9 中庭の交渉 その2
「それは後先考えない馬鹿の発想だね。失敗すれば下手人。
上手くいっても、殺人の実行犯を雇い主が生かしておくとは思えない。
それにバレれば、雇い主も厳罰に処されるリスクがある。
普通はそんな判断を軽々に下すことはできないよ。
地位がある相手がターゲットの場合、手段が重要になってくるんだよ。
だから、今回は殺さず魔術師の才能を開花させないよう手配したんだ。」
サンカネルはため息をつくと、ヴィレに鋭い視線を送った。
「むしろ解せないのは、あなたですよ。
ヴィレ君、君はどちら側なんです?
こんな場に私を呼び出して何がしたいんです。」
「そうです。加害者側と被害者側を呼び寄せるなんてどういうつもりですか。
事件の答え合わせというわけにはいかないでしょう。」
アイリもヴィレの行動に不審がっている。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いてください。
こんなことをしたのには理由があります。
俺は訳あって後ろ盾となる人を欲していました。
そんな時に、カール=ピジョーの事件が起きました。
なんの背景も持たない俺にとっては、この事件に貢献することがアピールになるのではと考えました。」
「へぇ。つまり、ピジョー家に雇われたいということですか。」
サンカネルはなるほど頷くような仕草をし、警戒心を少し緩める。
アイリは驚きながらも、協力する気があるということに喜んでいる。
「ということは君とは交渉の余地があると考えていいのかな?」
後ろ盾が欲しいということは、別にカールでなくても構わない。
例えば、サンカネルの背後にいる貴族側に寝返る可能性もあるということに他ならない。
「ちょ、ちょっと待ってよ。カール様に協力してくれるんでしょ?」
「それは、内容次第ということになりますね。」
サンカネルとヴィレは互いに腹黒い笑みを浮かべている。
一方、アイリは呆れていた。
* * *
ヴィレはアイリの予想の斜め上をいっていた。
本来、この場を設けたのは、ヴィレの立場を確認し、あわよくば協力者として説得しようと考えていた。
しかし、ふたを開けてみれば、この状況をヴィレに利用されている。
この事件の裏を読み、当事者であるサンカネルを呼び出して交渉しようとしているのだ。
ヴィレはどちらに付くのがより利益になるのかを決めるため、この場で天秤にはかっているのではないかと感じた。
そこまで考えて、アイリはふと疑問に思った。
自分を残したままサンカネルと交渉に入ろうとしているのはなぜか。
思い返してみると、先ほどまでのヴィレの科白の中に引っかかる言葉がある。
「事件に貢献する」とはどういうことか。
カールと同室とはいえ、ヴィレはそこまで親密ではないはず。
貢献度をアピールするためには、カールと近い位置にいる私を介する必要がある。
それにカールの背景などの詳細な情報は知らないため、天秤にかけるにも私からの情報が必要。
一方のサンカネルにしてみれば、ヴィレがサンカネルにとって障害になるかどうかを知りたいはず。
最終的にサンカネルにとって良くない状況となれば、実力行使も辞さないだろう。
つまり、場を納めるためには、私が双方にとってメリットとなる妥協案を提案する必要があるということ。
大分やっかいなことになっているわね。
まったく、ヴィレめ。あんた恨むわよ。
アイリはひと呼吸した後、覚悟を決めてサンカネルに問いかける。
「サンカネル先生、少し質問してもいいですか?」
「なんですか?」
「先生にとって今回の件の落とし所はどこですか?」
サンカネルはアイリのその科白に少し考え込むように黙った。
「…。雇い主の指示通り、ピジョー家の勢いを削ぐことが出来れば結構です。
あと、私が関わっていることが外部に漏れなければ安泰です。」
依頼を成功させたうえで、自分の関与がバレなければそれ以上はこだわらないということだ。
「それは、例えば鞍替えすることは可能ですか?」
アイリの言葉に、サンカネルは何か言おうとしたが少し考えこんでから答える。
「それを考慮してみましたが無理ですね。
人の繋がりは複雑に絡み合っていますから、シンプルには考えられません。
少なくとも現時点では、今の雇い主と対峙することによるリスクが高過ぎます。」
でも、私にとってみればそれは想定済みの回答。懐柔策は難しいと思っている。
けれど、それは正しく対立している場合だったらの話。
「では、雇い先が2か所になるというのはどうです?」
サンカネルの目が丸くなる。少しは驚いてくれたようね。
「それはつまり2重スパイになれということですか?
面白い提案ですが、ピジョー家の思惑とは相反しますから難しいでしょう。」
「いいえ、少し違います。
ピジョー家の意向とカール=ピジョー個人の考え方は異なります。
だから、2重スパイということではなく、2か所で雇われませんかと聞いたんです。
つまり、カール=ピジョーと契約をしませんかという提案です。」
それが落としどころ。たぶんヴィレが私に伝えたかったことはそういうことだろう。
サンカネルは少し考え、口許を緩めた。
「カール君はピジョー家の権力が増大することに協力的ではないということですか?」
「彼はピジョー家の中でも相続権が低い立場です。
政略の道具として使わることはあっても、利用する立場にはなれないと考えています。
この学院に来たのも、ピジョー家と距離を置くことを目的としている部分もありますから。」
「なるほど。それは盲点でした。
であれば、小細工などせず直接本人と交渉すればよかったですね。
私の目的とカール君の意図が反していなければ何も問題はありませんね。
ですが、それならわざわざ雇わなくてもいいのでは?」
「今回のように後手後手に回るのは困りますからね。
事前に情報を提供してもらえれば、回避策も検討できるでしょう。
それに、もし対立しても、そのときはカール様の立場も変わっているでしょう。
その時に改めてどちら側に付くか考えても遅くはないと思いますよ。」
「なかなか言いますね。
いいでしょう、カール君は私にとっても大切な生徒です。
出来れば大成してもらいたいのは本心です。
ただし、こちらから条件を出します。それを飲んでいただきます。
あ、ヴィレ君。君にもね。」
そう言ってサンカネルは悪戯でもする子供のように微笑んだ。