7 決意ときっかけ
アイリは穏やかな笑みを浮かべてヴィレを見ている。
その表情から、質問の意図は読み取れなかったため、ヴィレは当たり障りない回答をすることにした。
「この間、座学でマジックアイテムに関する講義があっただろう。
後学のために、それを調べていたんだ。
自分のスタイルを確立するためにも重要かと思って。」
「ふーん。ヴィレ君は真面目ね。
それで、何がわかったんです?」
「マジックアイテムは機能的制約と術式効果があるということだね。
マジックアイテムって、1度使えば終わってしまうものがあるじゃない。
それって、1度発動したことによる影響で2度と使えなくなるものがあるでしょ。」
アイリはヴィレの言葉を頷く。
「それって、カール君に付けられてる、魔法検知の腕輪とかよね。」
「そう、そういうのだよ。それは機能的制約によるもの。
だけど、それとは違って術式に効果を追加しているものがあるんだ。
例えば、魔法符。
魔法符に貯めた魔力を吸い出すと魔法符自体が燃えるだろ?
あれはなんでかなと不思議に思って調べたんだ。
魔法術式があらかじめ組み込まれているマジックアイテムだけど、魔力を吸い出す時に魔法符自体が燃えるように術式が組み込まれているらしいんだ。
それが、術式効果によるものだね。」
「へー、ということは、魔法符が使い切りなのは作り手が意図的にやってることだったんですね。
これは商売をするには上手い発想ですわね。商人の娘として勉強になるわ。」
そう言って、アイリの商売人の顔になる。
「なるほど。
発見された魔法符の一部が燃えていたということは、魔法符を使ったということなんですね。」
「ええ。そうなんです。」
アイリの質問に頷くように答えたヴィレは、返事をした後に自分の失態に気付いた。
魔法符が発見されていることは3人しか知らないことだ。
さらに、例の事件のことを調べているとは一言も言っていない。
だが、アイリの質問に答えたということはつまり、そういうことだと言っているようなものだ。
「謎が解けてすっきりしたよ。」
ヴィレは極めて冷静を装っているが、その背中は冷や汗でいっぱいだった。
「そう。それは良かったですわ。
でも、あまり目立つ行動は控えた方がいいと思いますよ。
図書館でこんなに本を積み上げていたらね。」
アイリは積み上がっている本を指さしながらくすくすと上機嫌に笑っている。
言葉通りに受け取れば、図書館での奇異に映るような行動は控えた方がいいと言っている。
だが、ヴィレの行動はすべて筒抜けだと言わんばかりの科白であった。
「そ、そうだな、全然気づかなかったよ。今度から気を付けるよ。」
そう言いながら、ヴィレは積み上げた本をもとあった場所に返していく。
「それがいいと思います。
そうそう、調べものはもう終わりました?」
ヴィレは無言で首を縦に振る。
ヴィレの答えに満足したのか、アイリはより一層笑みを深め、今まで読んでいた本を渡してきた。
「じゃあ、これも一緒に片づけておいていただけないかしら。」
ヴィレは苦笑いするしかなかった。
* * *
例の事件が起こってから私は焦っていた。
商人の娘として学院に入学し、交友を深めることでピジョー家とのパイプを確立したつもりだった。
事件の情報がピジョー家の耳に入っていないため今は平和なものだが、報が知れるとどのようなるか状況が読めない。
カールによると、魔術師としての才能を見込んで上位貴族に売り込んでいるらしいから事と次第によっては粛清される可能性まである。
カールにはピジョー家にとって重要な存在であっていただかないとこちらも困る。
そのためにも、窮地を打開するための策と味方が必要になってくる。
しかし、その味方の見極めが難しい。
オイオット学院は基本を学びの場ということになっている。
さらに学院は権力の不介入を謳っているため、家同士が対立関係にあっても、生徒たちは机を並べて学んでいる。
だが、実際には様々な立場の人間との交流の場である。そのため学院の生徒たちは権力とは無関係ではいられない。
学院内で権力的な派閥が出来るのは自明の理であり、強い派閥に属する生徒が多くできるのは致し方の無いことだ。
カール=ピジョーは家名こそ強いが、刺々しい物言いが周囲との壁を作っていることもあり派閥は小さい。
そのうえ、今回の事件で彼の将来は幸先のいいものであるとは言えなくなった。
利益に敏い商人達がこちら側に付くとは思えず、貴族たちは静観するだろう。
この間入学してきたヴィレ=トーサという男に注目していた。
普通より年上で入学してきた彼は何か意図をもってやってきた可能性が高い。
例の事件が起きてからの彼の行動には少し気になった。
あくまで私の勘だけど、彼は何かを知ってるような気がする。
だから私は、彼に対してアクションをとることで、彼を見極めることにした。
* * *
ヴィレは図書室を出て寮に戻ると、寮の玄関前で待ち構えていたアキトと合流した。
「向こうから接触があった。」
そういって、紙切れをアキトに見せる。
それは、アイリに渡された「商売の儲け方」という本に挟まっていた紙切れだった。
その手紙には、明日の夕方例の中庭で待っているという連絡だった。
「んー、どういう意図かな。告白でもあるのかな。」
アキトは少しからかうようなことを言いながら、ヴィレの方を見る。
「相手の意図までは分からないけど、乗ってみるのも面白そうだ。
後は出目しだいってとこかな。」
ヴィレはにやりと笑みを浮かべるが、すぐに真面目な顔になりアキトに向き直った。
「けど、いざという時のために少し魔法を練習したいんだが、付き合ってくれるか?
防御魔法くらい準備しておきたい。」
例の事件の後、今後何かあったときの対処法として、防御魔法の授業が行われた。
それは、学院側の意図としては不足の事態が発生したときに生徒自身が対応できるようにということだった。
防御魔法について、基礎的なことは教わったが、熟達していかないといざという時に対処できない。
だからこそ、ヴィレは防御魔法を練習することにしたのだ。
翌日の夕方、アイリに指定された場所にヴィレは向かうと、そこにはすでにアイリが待っていた。