47 緊急事態
「急患です。2名来ます。」
そう言って、修道服を着た女性が血相を変えて医務室に入ってくる。
医務室は急にあわただしくなっていく。
マッケインはその様子をぼぅっと見ていた。
しかし、担架に運ばれてきた患者を見て顔色が変わる。
運び込まれたうちの1人はカノンだった。
マッケインは慌てて、カノンのそばに駆け寄るが、近くにいた医者にとめられた。
カノンは意識を失っているようで、外傷がひどい。
全身に火傷と凍傷の後が出来ている。
既に治癒魔法を施しているが、怪我の治りがあまり良くなく、医者たちの顔色も芳しくない。
そこに、ヴィレとルワンが血相を変えてやってきた。
マッケインはヴィレを見つけるなり、激高しヴィレの胸倉をつかむ。
「どういうことだ。なぜカノンがあんな風になっている。
何のためにお前がいるんだ?」
マッケインはそれが八つ当たりだとわかっていた。
しかし、言わずにはいられない。
カノンの恋人を自称する相手が、カノンがあんな状態になるまで放置していたのだ。
しかし、ヴィレはマッケインを意に介していない。
「その手を放せ。」ただ一言それだけを言った。
マッケインはその言葉を聞くなり、怒りに任せてヴィレを殴る。
いや、殴ろうとしたが、ヴィレを捕えることなく、地面に伏していた。
動作は一切見えなかったが、どうやら投げられたようだ。
ヴィレとルワンはカノンの傍に行くと、医者に症状を確認した。
* * *
カノンが運び込まれる少し前、闘技場は荒れていた。
一人の選手が魔法の行使を止めないのだ。
カノンは途中まで魔法をうまく回避をしていたが、身体強化魔法が切れ動きが鈍くなったところで魔法の集中砲火を浴びた。
途中で審判が止めに入ろうと防御魔法を展開するが、カノンと同様に防御魔法を貫通し審判もろとも攻撃を受ける。
攻撃が止んだのは、審判が止めに入って一分後のことだった。
相手の選手は、気を失ってその場で倒れこんだ。
その時、身体が灰のようになりボロボロと崩れていく。
人が暴走したと思ったら、灰のように無くなっていくのだ。
観客席では悲鳴に似たどよめきが起こっていた。
闘技場にいる審判とカノンに救護班が駆け寄り、すぐさま担架に乗せられて運ばれていく。
ルワンは観客席から、ヴィレは舞台袖からその様子を見ていたが、カノンの容体を確認すべく医務室に走り出した。
医務室の手前でヴィレとルワンは合流する。
「これは、ケイン様の一件と関係があると見ていいのでしょうか?」
ヴィレはルワンに尋ねる。
「おそらく、そうでしょう。」
ルワンもうなずくが二人の表情は苦い。
カノンは重傷を負い、本人はすでに灰に消えている。
手がかりとなるものが残っていないのだ。
医務室に入るなり、ヴィレは胸倉を掴まれた。
そこには目が血走ったマッケインが睨んでいる。
しかし、ヴィレはマッケインのことはどうでもよかった。
彼に構っている余裕はない。
だから、マッケインに手を放すよう言うと殴りかかってきたため、風魔法でマッケインのバランスを崩して投げ飛ばした。
治療に当たっていた医者からカノンの症状を聞いた。
意識は失っているが、一命は取り留めている。
だが、治癒魔法による治療を行っているが治りが悪いそうだ。
* * *
医者に継続的な治療をお願いして、ヴィレとルワンは医務室から外に出てきた。
「瘴気による魔法を受けた影響でしょうか。」
「そうだろうね。瘴気に関してはケインの邸から少し資料が出てきてね。
その中に、瘴気による魔法は通常の魔力による魔法よりも威力と影響が大きいと記述がありました。」
ヴィレはルワンからの情報は初めて聞いた内容だった。
だが、その情報を聞いたヴィレに驚きはなかった。
「あれ?驚かないのですね。知っていました?」
逆にルワンの方が、ヴィレの反応に驚いている。
「いえ、その情報は今初めて知りました。
実際に瘴気の魔法による攻撃やカノンの症状を見てますから、その可能性は考慮していました。」
ヴィレの回答にルワンはなるほどと頷いてみせた。
実際、ヴィレはその可能性を考慮していた。だが、それは今回のことよりも以前のケインとの戦いの時であった。
しかし、感覚的なもので言えば、記憶を失う前の自分であれば知っていたのかもしれない。
「それにしても、なぜこの大会で瘴気の魔法を使ったのでしょうか?」
ヴィレは疑問だった。大会で上位入賞することが目的であれば、自分が灰になるような馬鹿な真似はしない。
「急に力を手に入れて誇示したくなった。それとも、誰かに騙されたか。
もしくはその両方なのかもしれませんね。」
「前者は可能性が低いですね。そうだったとしても誰かの入れ知恵で得た力の使い方で
この大会はVIP席が設けられていて、貴族や商人たちが多く集まりますからね。
何者かが彼を使って実験もしくは何かのデモンストレーションを行っていたという線はあるかもしれません。」
「私もそれが気になっていたんですよ。
本人は戦闘中に何やらカノン君に話していたようですが、観客席からだとよく聞こえませんでした。
ヴィレ君は聞こえました?」
「いえ、舞台袖にいましたが、内容は分かりませんでした。」
「魔法が使えたことを喜んでいたようです。
どうも、今までは魔法を使えなかったんでしょう。」
ルワンとヴィレは会話に割って入ってきた声に驚き、後ろを振りむいた。
そこにはコウ=タキスがいた。




