27 マルティン邸からの脱出
マルティン=ピジョーの死、それはピジョー家にとって重大な出来事だった。
しかし、カールたちには、そのことに憂いている暇はなかった。
そのことに最初に気づいたのはウォーレットだった。
「皆さま、直ちにこの邸から出てください。
幸いにして、この部屋には水路へと抜ける緊急避難路があります。」
続いて、マーリンが気づく。
「この邸の周辺に50を超える人の気配があります。
おそらく、マルティン様殺害と関係があるのではないかと思われます。」
ワルドとルワンはマーリンの言葉に気を引き締めた。
ドルフも動揺していたものの、すぐに立ち直って気を引き締める。
しかし、カールだけは衝撃から立ち直れないでいた。
前世のころから、人の死を身近で体験したことが無かった。
カールとなってからも、周囲に護られていたため、人が死ぬということを経験する機会がなかった。
転生したこの世界は、前世よりも人の死が軽い世界だと理解していたつもりになっていたと実感した。
(ああ、いつもそうだ。俺はいつも理解したつもりになっている。)
カールが自問し、自分の世界に埋没しているところに、声が聞こえてきた。
「カール様、しっかりして下さい。」
ワルドに両肩を揺さぶられ、カールはようやく我に返った。
返事を返すがカール自身動揺は隠せていなかった。
ワルドから周囲に50人以上の気配があるとの報告を聞き、カールは自分の背後から死の足音が近づいてくるように感じた。
どこか気が遠くなっているカールは、突如、頭に衝撃と痛みを覚えた。
ドルフがカールの頭を殴っていた。
「しっかりしろ。お前もピジョー家の四男だ。
窮地の時こそ落ち着いてどっしりと構えておけ。
それが貴族の矜持だ。」
「ドルフ兄さん。ありがとうございます。大丈夫ですよ。」
「よし。」
ドルフはカールが落ち着いたのを見るとうなずいた。
一行は、緊急避難路を使い邸を後にした。
* * *
「ところで、他の使用人たちの姿が見えませんでしたがどうしたんです?」
ルワンがウォーレットとマーリンに視線を向けて尋ねる。
「今日この邸に居るのはウォーレット様とナニィ様と私だけです。
ただ、ナニィ様は夕暮れ前にマルティン様より預かった託をルイス様の邸に届けに出ておりますので、現在は2人だけです。
他の使用人はマルティン様の命により、3日後まで暇することとなっておりますので不在です。」
「不在…、ですか。」
ドルフとルワンは怪訝な顔をした。
「それにしても、父はどうして使用人を遠ざけるようなことをしたのでしょう?」
カールはマーリンに視線を向ける。
「その点に関して説明している時間はなさそうですね。
どうやら、避難路の情報も漏れていたようです。」
マーリンが言うのが早いか、武装した兵士たちが水路の出口から現れた。
兵士たちをより分けて一人の男性がカールたちの前に出る。
「大人しく投降してください。ドルフ兄さん。
そうすれば、命は助けてあげます。」
「お前はもっと賢い奴だと思っていたんだがな。ケイン」
カールたちの目の前には、ピジョー家三男のケイン=ピジョーがいた。




