2 オイオット学院入学
「なぜ、あの者の入学を許可されたのですか、学院長?」
私は言わずにいられなかった。
ヴィレ=トーサはどこの馬の骨とも知れない男だった。
そんな者が学院に編入してくるというのだ。
歴史あるオイオット学院の品位にキズをつけるような冒涜的行為だ。
通常、学院は始まりの月に入学する。
例外的に王族や上級貴族の子息などが編入することはあっても、基本的に編入は認められてない。
オイオット学院に限った話ではないが、学院には貴族や影響力のある商人など富裕層が多く在籍している。
彼らにとってみれば、庶民と一線を画す基準が学院なのだ。
国の方針によって、優秀な庶民の入学が許可されているがそんなものはごく一部でしかない。
そして、そんな彼ら貴族達は常識をわきまえた者と、そうでない者、わがままを通そうとする者がいるのだ。
学院としては、誰に対しても毅然とした態度での対応が求められており、そのために規則が設けられている。
その規則は明言化されているものとされていないものがあるが、編入に関しては後者に当たるものだった。
その編入に関する暗黙の了解事項を、特に説明できる理由もなしに行っては他に示しが付かない。
だが、目の前の白い髭を蓄えた初老の男はやや困った顔でこちらを見ている。
「サンカネル先生、とりあえず落ち着いて下さい。」
「彼は、何かあるのですか?」
私は学院長の一挙手一投足を逃すまいと凝視する。
「はは、そういうことではないよ。
彼は偶々タイミングが良かったということですかな。」
「タイミング?」
私はその言葉を訝しんだ。
「そう、タイミングですよ。サンカネル先生。
詳細に関しては特秘事項に該当するので言えませんが、不利益になるようなことはありませんよ。」
「な、特秘事項ですと…。」
特秘事項、それは国が絡む重要な事項であり、言及して情報漏えいが発覚した際には厳罰に処される内容である。
つまり、これ以上の深追いはしてはならないとのことでもある。
「わかりました。私からは何も言いません。
ですが、特秘事項対象の生徒であっても1生徒として扱いますからね。」
「ええ、そうしてください。この学院では生徒は平等です。
来週には、サンカネル先生の受け持つ生徒の1人になりますので。
よろしくお願いしますね。」
「それでは、失礼します。」
そう言って、私は学院長室を退出した。
「タヌキめ。特秘事項だと。
わざわざそういうってことは、それ相応の対応をしろってことかよ。」
私は愚痴をこぼさずにはいられなかった。
* * *
「ヴィレ=トーサ君だね。ようこそオイオット学院へ。
私はサンカネル=ヨルという。ここの教師の一人さ。
今日から学ぶ教室に移動するのでついてきなさい。」
どうやら俺はサンカネルという教師の担当するクラスに配属されることになっているようだ。
その後、サンカネルからレクチャーを受けた。
オイオット学院は教育棟、実技棟に分かれている。
学院の敷地内には2つの男女別に別れた宿舎棟もあり、この学院の生徒は一部の例外を除き、ほとんどが入寮することとなっている。
それは、学院の生徒は貴族や商人の子息が多く、外から通うことによる誘拐などのトラブルを危惧してのことだ。
学院は基礎教育と専門教育の2種類に分かれており、基礎教育を行う下位学院、専門教育を行う上位学院と呼ばれている。
オイオット学院はその分類でいうと下位学院に属しており、主に語学や算術、歴史学、武術、魔術等を習うが基本的には座学となる。
武術と魔術に関しては、実技も行うが、基本的な部分に抑えれれており、専門的な部分は上位学院が行うこととなっている。
そのため、武術や魔術は専門的な内容を学ぶためには上位学院に入る必要がある。
だが、上位学院に入学するためには下位学院で優秀な成績を収め、推薦状を得る必要がある。
優秀な人材の選別という建前になっているが、上位学院で教えられるほどの教師の数が限られているというのが実情のようだ。
なお、余談であるがマレニ騎士学院やカンカニ魔学院などは上位学院に該当する。
しかし、俺は現時点では上位学院にはあまり興味がない。
オイオット学院は、俺の記憶を取り戻すために必要な要素があると感じているのだ。
それは、オイオット学院に入学することを決意した一か月前に遡る。
ロイによると、俺は記憶を失う前にロイを訪ねたらしい。その時の名前がヴィレ=トーサだった。
『一週間後、指定した場所に往診に来てほしい。扉は開けておく。
もし、誰も部屋に居なければ、そのまま帰ってくれて構わない。
俺がいたときは往診の後、適切な処置をお願いする。』
ロイはその時、何も聞かず2つ返事で了承したという。
報酬の一部を前払いしていたことと、その時の俺の覚悟を決めた顔を見て決めたらしい。
そして、約束の日に訪ねると俺は意識を失って倒れていたらしい。
「そのとき、現場にはメモの残っていてね。
君が目を覚ました後の行動についても指示があったよ。」
そう言ってロイから渡されたメモには、オイオット学院の編入の指示が書かれてあった。
編入手続きなどの手配はすべてロイが行ったらしく苦労したと苦笑しながら言っていた。
どこまでが本当のことかはわからないが、記憶を失っている俺にはこの流れに乗ることにした。
恐らくは、何か仕組まれた流れだということを認識しながら…。
* * *
学院での説明を受けた後、宿舎棟で入寮手続きを行った。
俺の部屋は4人部屋で、1人は同じクラスのアキトだった。
彼はクラスのまとめ役をしている委員長のアキト=ウェイス。
背は小さく顔も中世的であることから女の子のように見られるが本人は男だと主張していた。
アキトはウェイス商会の家系で将来独り立ちを見据えて学院に来たらしい。
クラスメートの自己紹介を聞くと、商人の子息や貴族の子息が多く、主に人脈つくりが目的らしい。
残りの2人のうち1人は、騎士爵の子でワルド=クロスロード。
背はそこそこにあり、体幹がしっかりとした筋肉質。まさに剣術を得意とするような見た目だ。
眼力が強く、真面目な顔で正面を向かれると威圧感がすごい。
もう1人は伯爵家の子でワルドを自らの騎士として従えているカール=ピジョー。
彼は選民意識が強いようで、言葉の端々に見下した感じが出ていた。
カール、ワルドからはあまり友好的でない雰囲気が漂っており、前途多難の予感がしていた。