18 帰郷途中の襲撃
「それではカール様、行きましょう。」
オイオット学院の前には立派な馬車が停めてあり、ウォーレットたちが待ち構えていた。
カールとワルドは馬車に乗り込み、ピジョー領に向けて出発していく。
「カール様はずいぶん成長されたご様子。
爺は大変うれしゅうございます。」
執事のウォーレットが嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
「ほんとほんと、剣術もかなり上がってるんじゃないですか?
今度、私と剣を交えてみましょうよ。」
マーリンもまた興奮しているようで、嬉しそうに話しかけてくる。
しかし、マーリンはワルドに対しては厳しかった。
「でも、ワルド。お前はまだまだ駄目だな。
カール様を御守りするのが役目なんじゃないか?」
マーリンにジト目で見られ、ワルドは否応なく緊張した。
「これマーリン。あまりワルドを苛めるものではないよ。
だが、今回は運よくカール様は無事だったが、2度目は無いと思いなさい。」
「…、はい。」
マーリンを制止したウォーレットからも釘を刺されたワルドは、改めて決意するように返事をした。
その後、馬車は市街地を通り田園風景広がる郊外を経て、順調にグエン領に進んでいた。
畑や森が延々と続き、周囲の景色にも飽きてきたころ、馬車のすぐ近くで爆発が起こった。
大きな音に驚いた馬は暴れだし、御者は馬の手綱を引いて必死に制御を試みる。
無事馬を制御し馬車を停めることに成功した御者はほっとする暇もなく、周囲の状況に強張った。
いつの間にか馬車の周りには10人を超える堅気には見えない男達がいる。
カール達は窓のカーテンの隙間から外の様子を観察する。形から察するに山賊の類のようだ。
「馬車をここで降りてもらおう。
この馬車は我々が徴収する。
諸君ら貴族に変わり我々が有効活用させてもらうから安心したまえ。
ああ、金と食糧は置いていってもらおう。
どこに行くつもりかは知らないが、徒歩で移動するのに荷物が多いと大変だろう。
そのあたりは我々の慈悲である。」
その集団のリーダー格なのだろう。一人の男が宣言すると、周囲の男達もどっと下卑た笑いが起きる。
一方、馬車の中で、ウォーレットとマーリンはカール達の様子に驚きを隠せなかった。
襲撃を受けてカールとワルドは顔色ひとつ変える様子もなく平然としているのだ。
カールとワルドはこの状況を既に想定していた。
厳密にはサンカネル先生から、事前に情報を聞いていたからだ。
「帰りの道中、おそらく窃盗団か何かの類から襲撃を受ける可能性が非常に高いです。
一応、大丈夫だとは思いますが、その時の対応も事前に伝えておきます。」
外の男達の形と話を聞いていると、山賊のようだがどうもタイミングが良すぎる。
裏で貴族が一枚噛んでる可能性もあり、どう対処すべきかカールは少し悩んだが、ヴィレの科白を思い出した。
「万が一、この襲撃が仕組まれたものであった場合、使用人達がチェックしている可能性もあります。
その場合、マルティン=ピジョーに報告されるでしょう。
襲撃に対する対応内容によって、ピジョー家がどのような決断をするかの判断材料になると考えて行動した方がいいでしょう。」
下手に自分が動くとマルティンに報告されかねない。
そのため、カールは自らはあまり動かず、使用人達に対処させるように指示を出すことにした。
「ウォーレット、恐らく無駄だろうが先ほど声をあげていたリーダーっぽい男と交渉してくれ。
もし、交渉がうまくいくようならそれでよし。
交渉が決裂するようであれば、マーリンは防御魔法を展開して欲しい。
ウォーレットとワルドは襲い掛かってくる奴らを片っ端から排除してくれ。」
カールはそれぞれに指示を出すと皆無言でうなずいた。
カールの指示に従い、ウォーレットは馬車から外に出ていき、リーダーの男に対して交渉を始める。
「私はこの馬車を雇ったウォーレットと申します。
我々は先を急ぎたいため、出来れば事を穏便に済ませたいのです。
そちらも戦闘になって負傷者を出すのは得策ではないでしょう。」
戦闘という言葉を聞いて、リーダーの男はピクっと眉が動いたものの、目の前にいる爺を見て笑う。
「なるほど、それは面白い冗談を言うな。
この状況で冗談を言える男は好きだぜ。
解った。交渉に応じてやる。
それで、お前は何を差し出せる?」
「1人につき10万レストでどうでしょう。」
ウォーレットの言葉に、周囲の男達は少しざわついた。
しかし、リーダーの男は不服そうな顔になり、男達を黙らせる。
「残念だがじじい、話にならない。
命までは取らないだろうと高をくくって値踏みしたのが災いしたな。
俺達をなめるなよ。その程度の端金では意味がない。
お前達、速やかに仕事をこなすぞ。」
その言葉が合図となり、男達は一斉に動き始めた。
魔術を使える者は土魔法で生成した石礫を馬車に飛ばしていく。
しかし、馬車に当たる前に石礫は弾き落された。
マーリンが防御魔法を馬車を守るように展開していたのだ。
ワルドは馬車から飛び出し、ウォーレットに杖を渡し、自身は持ってきた剣で襲い来る男達の迎撃を行う。
杖を受けとったウォーレットは襲い来る男達の攻撃を躱し、剣で攻撃してきた男を杖でいなす。
そのままカウンターで相手に杖で攻撃し、次々に襲い来る相手を無力化していく。
ウォーレットの動きは熟練の動きをしており、おそらく荒事に慣れているようだ。
その様子を見て取ったリーダーは指示を出す。
「魔術隊、あのじじいを集中的に狙え。
俺はあのガキをどうにかする。」
ウォーレットに石の矢が飛んでいく。
それに対し、ウォーレットは自身に身体強化魔法を使用して避けていく。
そればかりか、身体強化により攻撃して来た男達の元に接近して逆に無効化していった。
一方、ワルドの方は苦戦していた。
対多数での実践経験は少ないため、基本的に防衛に専念している。
襲い来る刃をかわし、少ない機会を逃さず的確に反撃している。
「なかなかやるな、ボウズ。
だが、かなり疲労してるじゃないか。
証拠に肩で息をし始めてるぜ。」
ワルドは戦場で張りつめた糸のように緊張を切らさないよう集中することで対応していた。
そのため体力の消耗は激しく、リーダーの言うことは的を射ていた。
リーダーの男の剣を振りまわすと、ワルドは剣の腹で受け止めるが、力を抑えきれず吹き飛ばされ馬車に激突した。
ワルドは意識を保ってはいるが結構なダメージを残しており、すぐに体勢を立て直せずにいる。
カールは当初、様子を馬車の中から様子をうかがっていたがワルドが吹き飛ばされたのを目の当たりにして馬車を飛び降りた。
「おや、あんた他の奴らとは少し違うな。
貴族のお坊ちゃまかな?
ここで俺等と出会ったのが運の尽きだと思いな。」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらリーダーはカールを見下している。
一方、カールはワルドの方を見た後、ため息をついてリーダーを睨みつける。
「やれやれ、科白が三流だな。
少し稽古をつけてやるからかかってこい。」
カールの大言にリーダーは面白そうな表情になる。
「ほう、なかなか吼えるじゃないか。
お手並み拝見といこうか。」
リーダーは勢いカールに突進すると剣を投擲のように投げる。
カールは剣を避けるためかがんで姿勢を低くするが、そこにかけてきたリーダーが左足を蹴り上げる。
「おら、くらえや。」
しかし、リーダーの蹴りは虚しく空を切る。そこにカールの姿は無い。
「お前がくらえ。」
後ろから聞こえた声に反応しようとたリーダーは、頭に鈍器で殴られたような鈍い痛みが走り、思わず意識を失いそうになる。
しかしすんでのところで歯を食いしばり、かろうじて意識を保つ。
周囲を見渡すとウォーレット達によって多くの部下達が倒されている。
目の前のお坊ちゃんが何をしたのか解らないが、部下達が倒されていく中、このまま戦っても状況は悪化するばかりだろう。
「お坊ちゃん、やるじゃないか。
どうもこちらに分が悪いようだ。ここは引かせてもらうぜ。
おい、野郎ども、撤退だ。」
そう言うなり、リーダーは何かを地面に投げつける。
すると、一瞬にして煙幕が張られ、視界が曇っていった。
煙幕がおさまってきた頃には、男達は皆撤退していた。
「素晴らしい活躍ぶりでございます、カール様。」
カールの元に戻ってきたウォーレットは満足そうに褒めている。
「いや、ウォーレット達も良くやってくれた。感謝している。」
「いえいえ、もったいないお言葉。大変うれしゅうございます。
ところで…、」
ウォーレットは一旦言葉を区切り、カールを観察するような視線を向ける。
「結局魔法は使われませんでしたな。
以前のカール様の性格ですと、このような場面では率先して魔法を使っていたと思うのですが。
何か心変わりでもありましたかな?」




