全力ファミリーレストラン
今日という日ほど俺の自信がボッキリ折られた日はないだろう。
日の沈みかけた夕暮れ時、俺はトボトボと家に向かって歩いていた。
夕日を背に受ける俺の影法師は長いはずなのにとても小さく見える。
なぜこんなに落ち込んでいるのかというと、事の発端は今日行われた空手の地区大会までさかのぼる。それまで大会を3連覇していた大学3年生の俺には当然今回も優勝以外の選択肢など無かったわけだ。
ところが俺の野望は1回戦で早速打ち砕かれた。なんと無名の高校生に完膚なきまでに叩きのめされてしまったのだ。
しかも開始10秒KO負け。絶対優勝すると豪語していた俺のメンツは完全に潰される形となった。
試合で負った傷も痛かったが、その後先輩後輩たちからの慰めの言葉がさらに痛くて痛くてしょうがなかった。
こんな時はやけ食いして全てを忘れるに限る。
どの店に入ろうかと思い顔を上げた時、ふと見慣れぬ店が目に入る
黄色い看板には「ファミリーレストラン•ジョスト」と書いてある。
……聞いたことがあるような、無いような名前だな。
まあ入ってみるか。ファミレスでドカ食いしたところで料金は知れているだろう。
俺はガラス扉を押して中に入る。
店内を見回そうとした瞬間入ったことを激しく後悔した。
目の前に並ぶのは人。人。人。
ファミレスは店員が入り口まで来て案内してくれるのは確かだ。だが俺の前にいる人数が半端じゃない。これからマンモスでも狩りにいくのかと思うほど多い。
そして全員がストッキングでも被っているのかと思うほど吊り上がった笑顔で俺を凝視していることが恐怖を増長させる。
——いらっしゃいませええええ!
俺に向けられた一糸乱れぬ大音声。
あまりの迫力に後ずさった俺はガラス扉に背を預ける。
その背中越しにもビリビリと振動が伝わってくる。
店員のうちの1人、短髪の男が進み出た。
「ぅお客様あ!」
店員の声はマイクなしで武道館コンサート出来そうな音量だ。
「は、はい……?」
「私!店長の富田と申しまぁす!」
「はあ……」
「タバコはお吸いになられますか!」
「あ、吸わないっす」
「どぇしたらこちらの席へどうぞぉ!」
店長の目はこれからエロ本を読む中学生のように血走っていて何かの危険を感じる。
富田店長の体の動きは凄まじい。
まるでコマ送りしているかのような機敏さで禁煙席の方を指差す。
その瞬間モーゼの滝のように左右に割れる店員たち。
たぶん軍隊でもここまで激しい動きはできない。
俺は警戒しながら店員たちの間を通り抜け、指定された席へ座った。
店員が多すぎて気付かなかったが他に客はいないようだ。
「こちらメニュー表になりまぁす!」
富田店長が取り出したのは、どう見ても「広辞苑」の3倍は分厚い本だ。
それはメンコのような勢いで机に叩きつけられる。
机ヘコんだんじゃねーのか。
試しにペラペラとめくってみるとミタコトナイ言語が黒々と書かれている。
「あの、読めないんですけど……」
「日本語の欄は1051ページからになりまぁす!」
探すの面倒くせえ……。
「フライドポテトとかありますか?」
「ありまあす!」
「じゃあたちまちフライドポテトください」
「ハイ!たちまちフライドポテト一丁!」
『たちまちフライドポテト一丁!!!』
全力で復唱する店員たち。
全力で頼みづらい。
「あとドリンクバーありますか?」
「ドリンク・ブー一丁!」
「いや、ブーじゃなくてバー」
「失礼しました!ドリンク・ブーバー一丁!!」
「バーだろ!」
「失礼しましたぁ!バーダロ・ブー丁!!!」
「そっちじゃねえよ!」
「他にご注文はウサギですかぁ!!!」
「勝手に決めんな!」
自然と俺の声もでかくなる。
「じゃあこのシーフードドリアと………」
俺は目を凝らしてメニュー表を見ながら品を探す。
「あとステーキ系の料理ないっすか?」
「でしたらこの『全力カットステーキ』がオススメでございます!!!」
店長はものすごい勢いでメニューをめくり、小さくて見えない一行を指差した。
「じゃあそれください……」
「っかしこまりましたぁ!『全力カットステーキ』一丁!!!」
『全力カットステーキ一丁!!!』
店員たちが復唱するたび窓にヒビが入るんじゃないかと心配になる。俺の鼓膜も退店まで持つだろうか。
「トイレどっちですか?」
飯の前にトイレに行こうと思い席を立つ。
「トイレでございますか!」
「あ、うん」
「ご用件をお伺いいたしまあす!!!」
「伺うなそんなモン!」
「大ですか!!!小ですか!!!」
「どっちでも良いだろ!」
「トイレ!あちらの喫煙席を真っ直ぐ進んだところにございまあす!!!」
「どうも」
「ちなみに大ですか!!!小ですか!!!」
「しつけえな!大だよ!」
「かしこまりました!お客様、大入りまあす!!」
「出すんだよ!!!」
『大入りまあす!!!』
店員たちの容赦ない大音声。
「何復唱してんだよ!」
俺は恥ずかしさのあまり顔を伏せてトイレに向かう。
『いってらっしゃいませえ!!!』
「うるせえよ!!!」
***
トイレの中はすごくキレイだった。
よほど気合を入れて掃除したのか、俺の他に使う客がいなかったのか。
外に出るなり一斉に店員がこちらを向く。
「ぅおおお帰りなさいませご主人様ぁ!!!」
「誰がご主人様だ!」
俺は店員を掻き分けそそくさと席に戻る。
待ってましたと言わんばかりに走ってくる店員。
両手いっぱいに抱えたフライドポテトは揚げたてなのだろう。ジュウジュウと音を立てている。
「お待たせしましたぁ!フライドポテト30kgになりまあす!」
「牛か俺は!」
「お客様……」
やけに神妙な表情の富田店長。
「他の誰が何と言おうと!私はお客様が人間だとわかっております!!!」
「別に疑ってねーよ!!!」
フライドポテトがテーブルの上に置かれるやいなや、隣に富田店長、向かいに二人の店員が座って来た。
突然の行動に俺が固まっていると、3人はフードファイターの2倍の勢いでフライドポテトを頬張り始めた。
「お手伝いいたしまぁす!!!」
「それ俺のだろ!!!」
まあどうせ一人じゃ食いきれないけど……。
それなりに腹の減っていた俺がフライドポテトをパクついていると、視界の端、席の横の通路を黒い物体が横切ることに気付く
何だろう?
俺は首を回して動きを追う。次に俺の目が黒い塊を視界に捉えた時、生きた心地が消滅した。
理由は三つある。
一つはそれがネズミだったこと。
もう一つはどう見積もってもネズミの全長が2mを超えていること。
更にもう一つはネズミを追うように日本刀を掲げたチョンマゲの男が店内を走り回っていることだ。
俺はもう少しで口に入れていたフライドポテトを吹き出しそうになった。
「天誅!天誅!」
「店長!店長!ネズミが!クソでかいネズミが!!あとサムライが!!!」
俺は富田店長の肩を掴んで揺する。
「存じ上げておりまあす!あれはネズミを駆除するために雇ったサムライでございまぁす!!」
「存じ上げてんのかよ……」
「はい!何故か我が店のネズミは巨大化する傾向があるようですね!」
今更だけど どうなってんだこのファミレスは!?
「お待たせいたしました!!シーフードドリアでございまーす!」
厨房の方から女の店員が3人くらい殺した直後のような顔で走ってくる。
店員の両手で収まっているところを見ると、今度はシッカリ一人分のようだ。
しかし机に置かれたそれはグツグツと煮えくり返っていて、ドロリとした気泡が膨らんでは弾け膨らんでは弾けている。
「これ、めちゃくちゃ熱いんじゃ……」
「摂氏2000度でございまあす!!」
「舌が溶けるわ!!」
「熱いうちにお食べください!!」
「殺す気か!!!」
気泡が弾けて散った飛沫がテーブルに付着した。かと思えばそこから黒い煙が立ち上り始める。
食えぬ。
——いらっしゃいませえええ!!!
厨房の方からけたたましい声が響く。
「あれは新人教育でございます!!」
ええ……。
「なにもあそこまで声出ししなくても……」
俺が言った瞬間富田店長の目がカッと見開かれた。
「何があってもお客様を第一に考え!どんなに落ち込んでいるお客様でも当店自慢のメニューとサービスで元気になって帰っていただく!それが我が店のモットー!!そのために!!常に全力で接客する!!全力で調理する!全力で声を出す!新人教育にも手を抜くことは出来ないのです!!!」
すごくまともな理由に俺は面食らった。
「ですからお客様!お客様にも必ず笑顔になって帰っていただきたい!いや笑顔にしてみせる!!!」
富田店長の顔には一点の曇りもなく、満面の笑みにはよどみない自信と優しさが滲んでいる。
俺は思わず泣きそうになった。きっと入店した時から俺が落ち込んでいることは気づかれていたんだ。確かにこの店は少々やり過ぎだったり、ズレていたりする。だけど俺を励ますために全力を尽くしてくれている。その事実が嬉しかった。
「ぅお客様ぁ!!!大変申し訳ございません!!!」
厨房の方から白い調理服を着た店員が走って来た。
「ただいま牛肉を切らしておりまして!ご注文の『全力カットステーキ』をお作りすることが出来ません!!」
あ、そうなんだ。じゃあ別のを頼もうか……。
「ですから代わりに!先ほど仕留めたネズミの肉でお作り致しまぁす!!!」
「致すな!いらんわ!」
「たった今出来上がりましたあああ!!!」
「早すぎるわ!!」
後ろから全速力で走ってくる店員。
手に持つ皿からは異様な匂いが漂ってくる。
「『全力カットステーキ』お待たせしましたああ!!」
禍々(まがまが)しいオーラをまとったカットステーキ。俺にそれを食べる勇気はない。
「こちら、サービスで『バーダロ・ブー』入っております!!」 「バーダロ・ブー実在するのかよ!!!」
***
結局フライドポテト以外まともに食わず外へ出た俺の腹は減ったままだった。だが今まで死ぬほど落ち込んでいたことが嘘のように体が軽い。まさかこれが富田店長の狙いだったのだろうか………。まさかな。
空に浮かんだ丸い月を見ていると自然に鼻歌が出てきた。
ジョスト、また行くか………。
おわり
お読みいただきありがとうございました!
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