決闘
戦闘シーンって書くの難し~
「なあ、ハル。俺たちにも関係ある事って何なんだ?」
俺は振り返りながら後ろで人だまりを見つめているハルに尋ねる。
「あ、クレアって掲示板を見ないタイプなのか~。問題っていうのはねβテスターと今回新たにこの『HOH』を始めた初心者組との対立の事だよ」
βテスター? それって真昼と同じってことだよな?
「対立って何があったんだ?」
「うん、対立って言っても一部のβテスターだけなんだけどね。実はそのβテスターってのはねβテストで攻略組ってクランに入っていたやつらなの、まあ自称なんだけどね」
「自称ってなんか恥ずかしい奴らだな」
「ははは、実はそう呼ばれるのも『ワルキューレ』や『蒼聖騎士団』て言う他のクランが攻略組よりも先にガンガン攻略していっちゃったのが原因なんだけどね」
なるほど、それはもう攻略組を名乗れないわ。
「だから自称、攻略組はこの本サービス開始である行動にでたの」
「なんだ? 効率の良い狩場でも独占したのか?」
「いいえ違うわ、むしろそれよりもっと質が悪いことだよ。問題っていうのは攻略組による回復系のアイテムや生産職の囲い込みの事だよ。それに初心者組が反発しているってわけ、今目の前で起こっているようにね」
それは厄介だ。この『HOH』は今までのゲームとは違って初期で貰えるアイテムがほとんどない。実際に俺もアイテムボックスに入っていたのは普通のナイフと5000$だけだった。
初心者は戦いに慣れていない人ばかりだ、もしアイテムの買い占めなんてされたら大部分のプレイヤーはしばらく街の外でまともにモンスターを倒せなくなるだろう。
「運営には連絡したのか?」
「したらしいんだけどね、運営はゲームのシステム的な問題以外は自分たちで解決しろって言っているらしいよ」
ハルは困ったふうに顔をしかめながら言う。
だが実際にこれは問題だ、このゲームには特定の人を除外するような追放機能は存在しない。
これまでもハードなゲームだとは思っていたがこれはハードなんてレベルじゃない。
「うん? ちょっとまて。じゃあ今から案内してもらおうとしていたところはどうなんだ?」
「う~ん、たぶんだけど攻略組の奴らに邪魔か何かされて買えない可能性が高いかな……」
――それは困った。
どうしようか悩んでいると目の前の人だまりに変化が表れる。
自称攻略組のリーダーが出てきたようだ。
金色の髪に青い瞳、そしてサービス開始一日目だというのに他のプレイヤーが着ている皮でできた防具ではなく、鉄のような金属で出来た鎧を着ている。
だが……
「面白人間かなにかか?」
おそらくキャラメイクでアバターを弄りまくったのだろう。顔と体のバランスや目の大きさにとてつもない違和感を感じる。
素直にいって見ていられない、直視したら腹がねじり切れてしまうかもしれない。
「しっ、駄目だよそんな事言っちゃ。聞こえちゃうよ……」
そんな事言いながらハルも語尾を小さくしながら顔を伏せて悶絶している。
お前の方が失礼だぞ……
そんな会話を交わしていると攻略組のリーダーが演説の始める。
「私は『HOH』で活動しているクラン『攻略組』のリーダーのマリウスだ‼
初心者組の諸君には申し訳ないがアイテムを買い占めさせてもらう。だが心配いらないそれも次の街に着くまでだ、諸君らにはそれまでアイテム無しでプレイしてもらいたい。
これはこの『HOH』を迅速に攻略するためだ。そして生産職のプレイヤーにも我々攻略組に優先してアイテムを作ってもらいたい、私からは以上だ」
まるでマリウスはやり切った感に満ち溢れたような顔をして演説を終える、だが言っていることは滅茶苦茶。とうてい受け入れられるようなものではない。
「うっせぇ‼ そんなの無理に決まってんだろ‼」
「常識を考えろ‼」
「攻略組なんて自称だろ‼ 名前変えちまえ‼」
「顔と体のバランス見直してから出直してこい‼」
それをを表すように野次や文句が飛び始める。多少悪口が混じっているがそれは気にしてはいけない。
「黙れ‼そもそも俺たちβテスターとお前ら初心者では実力が違うんだよ‼ どうせ死んでも死に戻りするだけだ、お前らには軽いもんだろう‼ それなら俺たちが有効活用してやるよ‼」
いや、マリウス、沸点低すぎだろ。文句を言われた瞬間に切れ、周りのプレイヤーに当たり散らし始める。
「あの人、普通に危ない系の人だよ絶対」
ハルは横でゴミでも見るような目つきでマリウスを見る。
怖っ‼ 怖すぎだよ。
俺だったらあんな目で見られてしまった日にはもう布団にこもってふて寝するレベルである。
「そもそも俺のこのアバターの事は関係ないだろ‼ おかしいのは俺が一番わかってるに決まってるだろ‼」
マリウスの方はまだ怒鳴り散らしている、マリウスはすでに涙目で嗚咽交じりに怒鳴っている。なんだろう、少しかわいそうな奴に見えてきた。
「糞が‼ こうなったらお前らに実力の差ってもんを見せつけてやるよ‼」
何を言ってんだ、あいつは⁉マジで大丈夫か?
「おい、お前‼」
マリウスがこっちを見て怒鳴る。
「……」
周りがこっちを見てきたので俺も後ろを向く。
そしたら後ろの奴も自分の後ろを見る。……何か楽しい。
「お前だよお前‼」
そんな言い方じゃ誰か分かんないよ、主語を入れろ。
「お前だよ‼そこの茶髪赤目の男‼」
マリウスは地団太を踏みながら怒鳴り始めた、これじゃまるで子供だな。
「クレアさんクレアさん、もしかしてあいつが言ってるのクレアさんの事じゃない?」
「え? 俺?」
ハルに言われて気づく。そうだ今の俺は茶髪に赤目なんだった。
「そうだ‼ お前だよ‼ さっきからこっち見て笑ったり、可哀そうなものでも見るよな目で見やがって‼そういうやつが俺は一番むかつくんだよ‼」
いや、そんな事言われても知らないんだけど……。
するとマリウスはメニューから何かを操作し始める。
『ピコン‼ プレイヤー『マリウス』からPvPを申し込まれました。申し出を受けますか?
『YES』『NO』』
目の前に半透明の画面が表れる、どうやら俺はPvPを申し込まれたようだ。
「どうするの、それ?」
ハルは横から覗き込むようにこっちを見る。
「いや、普通に『NO』でいいんじゃないの? 無理する必要のないし……」
俺は『NO』をタップしようと指を動かす。
「おい‼ なんで受けないんだよ‼ ふつう受けるだろ‼」
え? これって受けるもんなの?
俺は横目でハルを見るが知らないと首を振られてしまった。
「……受ける理由も無いしな」
もう一度指を『NO』に向ける。
その時だった。
「もしお前が勝ったら買い占めを止めてやるよ」
俺を見ながら挑発的に笑う奴。
「……それは本当か?」
「はっ、できたらだけどな」
俺は画面から『YSE』を選択する。
『これよりプレイヤー『マリウス』と『クレア・ジークス』をPvPを開始します。勝利条件は相手に致死ダメージを与える、または相手が降参した場合となります』
無機質な音声と共に俺とマリウスの頭の上に緑のHPゲージ、そして真ん中には残り60秒で開始を示すタイムが表れた。
「大丈夫なの?クレア」
「何がだよ?」
周りの人だまりが俺とマリウスを囲むように離れ始める中、ハルが話しかけてくる。
「あのマリウスってやつ普通におかしい奴だけど確か強さではβテスターでは上位20人には入ってるかなりの武闘派な奴だよ」
……言うのが遅いよ。
「まあ、やれるだけやるさ」
俺は強気に答える。
俺だって時間としてはあいつよりも短いかもしれないが、教官との訓練は俺の中に強く焼き付いている。
「そっか。なら頑張ってね」
「おう‼」
そうして俺はマリウスの正面に立ったのだった。
◆◆◆◆◆◆
「はっ、せいぜい気張る事だな。簡単に決着がついたんじゃ面白味も何もないからな」
マリウスは俺を睨みながら言う。
「お前こそ俺に負けた後の事を考えておくんだな」
俺はストレージから木のロングソードを取り出す。まずは様子見だ。
「おいおいおい‼木の武器ってなんの冗談だ? まさかお前、初心者中の初心者か? これじゃ相手にもならないな‼」
マリウスは俺の武器を見て笑う。
確かにマリウスの防具は金属で出来ているし、武器も鉄の片手剣に木でできた盾を持っている。勝てる見込みはほとんどないと言っていいだろう。
しかしだからって諦めるよな俺ならとうの昔にあの事故で腐っている。
たとえ負ける確率が高くても100じゃないなら勝機はある。
そうしている間に残り時間はもう15秒を切っている。
「決闘だからな。名乗ってやるよ‼ 俺はクラン『攻略組』、クランオーナー、騎士マリウスだ‼ せいぜい覚えておけ‼」
マリウスは剣と盾を構え名乗る、なるほど騎士と言った格好だ。職業としては歩兵の上位職あたりだろうか。
「俺はクレア、クレア・ジークス。別に覚えてくれなくたってかまわない」
俺も体の前にロングソードを構える。
『6・5・4・3・2・1・Ready Fight‼』
タイムが0になるとともに俺は走り出す。マリウスはその場から動かないようだ。
「フンッ‼」
上段から切り込むがあっさり盾で防がれる。そして右からショートソードが襲い掛かって来る。
重い ‼剣としてはロングソードの方が重いのに押し込まれる。
ガン、ガン、ガン‼
マリウスの攻撃を受けきると一度距離を取る。マリウスは追ってこない。
おそらく筋力と耐久はマリウスの方が上、敏捷は俺に分があるだろう。
「はっ‼ さっきまでの威勢はどうしたんだ⁉ もっと来いよ‼」
「いわれなくても‼」
猛攻。盾を避けるように側面から攻撃を仕掛ける。
「糞っ‼」
マリウスは苛立ちを見せながら剣を振りぬいてくるが俺の方が速い。
微々だがマリウスのゲージを削っていく。
「調子に乗るなよ‼」
流石は元βテスターと言うべきなのだろう。すべての攻撃をはじき返す。
「っら‼」
何度も打ち合う。右から、下から、上から。
そしてお互いに剣で競り合った瞬間だった。
「ぐっ‼」
予想外の攻撃。盾の攻撃でひるんだ瞬間に左手を軽く切られ、俺のゲージが2割ほど削れる。
俺は大きく距離を取ると息を整える。
さっきの盾からの攻撃は予想外だが避けられる速さだった。
それなのに避けられなかった、となると原因は一つだ。
「まさか俺の速さが落ちてきているのか?」
「はっはっは‼ 意外と気が付くのが速かったじゃねえか‼ その通りだ」
マリウスが俺に向かって叫んできた。
「初心者組は知らないことが多いがこれもその一つ。
プレイヤーは自分のHPとMPを見ることが多いがこれにはきがつかねぇ、隠しゲージ、スタミナだ‼ 動けば動くほどどんどん減りステータスが落ちていくのさ‼ これが俺たち攻略組と初心者の差だ‼」
……なるほど長引けばレベルも低くあいつよりも動いている俺の方が不利だ。
となると短期決戦に持ち込むまで、そのためにはまずあいつの守りを崩す‼
「行くぞ‼」
俺はマリウスに切り込む。そしてカウンターでショートソードが迫ってくる。
「ここだ‼ 『瞬間装備』『シールドバッシュ』‼」
俺は剣から盾に持ちかえると武技を発動させる。
「なっ‼」
マリウスの半身が後ろにのけ反るのを狙って瞬間装備で剣に持ち変える。
「『スラッシュ』‼」
「ぐぁっ‼」
俺のマリウスの左手を狙ったスラッシュは無理やりねじ込まれた盾によって防がれる。
バキン‼
同時に二つの音が聞こえてくる。俺の剣とマリウスの盾がくだけっちった音だ。
「はあ、はあ、さっきのは危なかったぜ。だがそれだけだ、二度目はねえ」
マリウスは立ち上がりながら言う。
「お遊びはここまでだ、お前に敬意を評して本気で戦ってやるよ」
その瞬間マリウスの装備が切り替わる、『瞬間装備』だ。
そしてマリウスが持っていたのはもう一つの剣だった。
「二刀流、それが本来の俺の戦い方でな。この二刀流スキルもβテスターから引き継いだもんだ」
マリウスは二本の剣を構える。
「それじゃ行くぜ‼」
「ッツ‼」
速い‼ そして重い。とっさに盾を装備して防ぐが押し切られる。
二刀流は名前負けしておらず攻撃に切れ目がなく武技も発動できない。
ビキ、ビキ。
盾から嫌な音が聞こえ始めてきた。
「はっはっは、それなりに楽しめたぜ‼」
バギッ‼
マリウスが剣を振るうのと同時に盾が壊れる。
「ぐぅ‼」
とっさにけがをしている左手で防いだものの左腕は切り落とされゲージもほぼゼロだ。
「よく防いだがこれで終わりだな」
マリウスはゆったりとした歩調で俺にとどめを刺そうと近づいてくる。
ここで終わり。
正直、初心者としては頑張った方だろ。心がどんどん冷めていく。
それと同時にぐつぐつと心の底から込みあがってきたものがあった。
またか。また諦めるのか‼ 全部出し切ってない‼ 槍も足もまだ残っている。そして何よりここで諦めるような自分を許せない‼
近づいてくるマリウスの一撃を横に体からとび避ける。
「まだやろうっていうのか? 勝負は見えているぞ」
「それでも、そうだとしてもここで諦めるのは違う。まだ俺の足は動くし槍も折れてはいない、むしろここからが本番だ」
俺は右手で長槍を構える。
訓練とは違い左手はもうない。だが槍はより力強く、正確に動く。
マリウスの双撃を長槍一本ではじき返す。
槍が折れないように剣の腹を狙う。
手だけで手繰り寄せていては間に合わないので全身を使う。
より速く、より鋭く。
足も止めない。もっと速く、あの頃のように。
次第に体は軽くなっていく感覚になる。
足は燃えるように熱くそれでいて今まで以上に早く駆ける。
槍はもう手と一体化したかのように動かせる。
だからこそわかる。
終わりは近い。次止まったらもう俺は走れないだろう。
ならどうやってマリウスを倒すか、今のままでは間に合わない。なら、狙うは一つ、心臓だ。
PvPの説明でも言っていた致死ダメージ。食らったら即死亡だ。
そのためには最速で鎧の隙間を突かなければならない。
だから俺はある構えをとる。
「糞‼ さっきからどんどん速くなりやがって。こんどはなんだ?」
そう、これが俺の最速の形。
「なんだ? 降参……、いや違う。これはクラウチングスタート?」
片腕のみのクラウチングスタート。とても不格好だが問題ない、今の俺の足ならできる。
マリウスはこの一撃に込める気迫を感じ取ったのか動かない。
何も動かず静寂のときがすぎる。
二つの月がゆっくり上って行き俺たちを照らし出す、そしてその時が来る。
日付が変わったことを知らせる鐘の音が鳴ると同時に俺とマリウスは走り出す。
「おぉぉぉぉ‼」
マリウスの剣が俺に迫る。
ギリギリ抜けられるかどうかのタイミング。
俺の中には避けるという選択肢は無い、全力で駆ける。
もっと速く、もっと速く。自分の限界を超えていく‼
「フン‼」
マリウスの剣と俺の体が交差する。
しかし、剣の先には俺の体は残っていない。
俺はマリウスの横を駆け抜けていた。そして振り返ると同時に体のすべてを使って武技を発動させる。
「『上段突き』‼‼」
その槍はマリウスの心臓を正確に捉え、そして貫いたのだった。
最後の方適当になっちゃった