不穏な足音
「おっちゃん、ありがと‼」
「良いってことよ、商人は借りは早く返せっていうしな‼」
おっちゃんに礼を言い、馬車から飛び降りる。
ここまで乗せてきてもらったがここの村からは別行動だ、俺は手を振り別れをつげると村の関門に向かう。
このホーン村は森と近くを流れる大河を起点に作られた村だ、村自体は小さいが森からとれるアイテムが多く、かなり栄えている村である……と掲示板にかかれていた。
実際に見てみても村を囲む壁は木でできているがしっかりとしたもので出来ていて、多少の攻撃ではびくともしなさそうだ。
おそらくモンスター対策だろう。
俺は関門を冒険者カードを見せ、門をくぐる。
目に入り込んできたのはケルディアの街並みとは大きく違った風景だった。
ケルディアが石材で整えられた街だとすると、ホーン村は木材で作られた自由な村だ。そこに統一性は無く思い思いに作られた建物が乱雑に立ち並んでいる。
俺としてはこちらの方が好きだ。
「さて、先ずは……飯にするか」
「ポン‼」
<待ってました‼>とでも言うようにグランが尻尾をブンブンとふる。
グランにとっては完全に今回の鉱石集めは食べ歩きの旅とかしている、一応観光目的でもあるので間違いではないのだが……。
グランに急かされる形で入ったのは村の中心付近にあった酒場だ、グランに自分で飯を頼むように言うとアイテムボックスから巻物を出して机に広げる。
今回の旅で回る村はここ、ホーン村を含めた三つだ。
というかそこしか回れない。今の俺のレベルだととてもじゃないが危険すぎる、もし自由に旅をするならデスペナルティ覚悟で行ってもいいが今回はフェグルス爺さんとの約束もある。デスペナルティで採った鉱石を失うなんてことがあったら笑えない。
「さて、問題はここからだよな」
俺は巻物を広げそこに書かれた鉱石の採掘場所を睨む。
巻物はホーン村の森の深層部を示している。
「大雑把すぎるんだよな」
そう、巻物には大まかな場所しか載っていない。
森のどこで、どんな鉱石が採れるのかは全く分からないのだ。
ここからは時間をかけて手探りで探していくほかない。
「とりあえず今日は軽く探索して、本格的な採掘は明日からになるかな」
探索、そして移動時間を考えればかなりの長旅になるだろう。
観光もしたいのでゆっくりいくとしよう。
その時だった。
「おい、君」
大きく硬い手が肩に乗せられる。
「あれは君の連れだろう? 大丈夫なのか?」
男はそう言いながらテーブルの下を指さす。
「大丈夫って何……が……」
そこにあったのは皿、皿、皿。空になった皿が置き切れなくなった机に加え、床に積み上げられた食べ終わった皿の山。そしてその中心で料理を貪る大きな狸。
「えっ? ……えっ⁉」
あまりの惨状に思考が追いつかない。
というより理解するのを脳が拒否している。
「……グラン?」
「ポ~~ン」
目の前の膨れ上がった狸から返事が返ってくる。
――落ち着け、落ち着け、落ち着くんだクレア・ジークス‼
心の中で自分を必死に落ち着かせながら現実を受け止めようと努力する……だけど無理、これは無理だ。
あの量の食事代はやばい。絶対手持ちの金を超えている。
そんな俺の肩に再びおかれる手。
「……お金、払えるんだろうな?」
どうやら先ほどの男はこの酒場の店主だったようだ。
笑顔で言っているが目は全く笑っておらず、逞しい筋肉から血管が浮き出て見える。
「あ、あはははは、……つけってできますか?」
彼はにっこり笑いながら首を横に振る。
そして方に置かれた手にかかる力が徐々に強くなってくる。
「……」
「……」
痛い‼ 肩を掴む手が強くなった‼ 万力の様な強さ、肩が砕けそうだ。
「そ、そうだ‼ 俺は冒険者なんだ。あんたの依頼を何でも受けるから払いきれない金はそれで勘弁してくれないか?」
今の混乱した頭で必死に考えて出てきた俺の最善の策。これで駄目ならもうグランを差し出して、煮るなり焼くなり好きにしてもらおう。
彼は少し考えるような仕草を取ると首を縦に振る。
何とか首の革一枚繋がった感じだな。
「丁度いい、お前に受けてもらいたい依頼がある」
安心したのも束の間、彼はすぐに以来の説明に入る。
「依頼の内容はモンスターの討伐だ。この頃何故か森を徘徊するモンスターが多くなってきてな、その調査と解決をお前に依頼しよう」
「ああ、わかった。それだけでいいなだな?」
「ああ、そうだ。冒険者がいてくれてよかったよ、俺達でも近場の森のモンスターなら相手をできるんだが奥に行くのは難しくてな」
彼は安心したように言いながら俺の肩から手を放す。
安心したのは俺も同じだが予定していなかった依頼を引き受けてしまった、これはできるだけ早くここを出てモンスターの討伐、そして宿代を稼がねばならない。
急いで飯を食べきるとグランを掴み酒場を出る。
あと、グランはいつの間にかもとの大きさに戻っていた、おそらく【大食い】の効果なのだろう。これなら目一杯働かせることが出来る。
「ったく、ほんとに食いすぎだよ。ちゃんと働けよグラン」
「ポーン」
返事をするグランは完全にやる気がない、まるで嫌々返事をする子供だ。
「お前の頑張りがそのまま今日の夕食につながるんだぞ? わかってるのか?」
「ポンーー‼」
駄目だこいつ、頭の中に食べ物の事しか入っていない。
ため息を吐きながら関門を通り近くの森に向かう。
この森の名称は『ホーンの森』、ホーン村の名前の元となった森だ。掲示板でもまだ詳しい情報が上がっていない未攻略の森だ。素材は生産職にとっては涎が出るほど欲しいものだがモンスターのレベルが高く難易度が高い。
おそらくドラゴンは居ないだろうが『モディスの森』と同等、もしくはそれ以上だろう。
俺は短槍を『瞬間装備』で装備しながら森の足を踏み入れる。
同時に感じとる違和感。
「やけに静かすぎるな」
今までの森では聞こえていたような小さい生物の泣き声が聞こえてこない、店主が言っていたような何かがこの森で起こっているのだろう。
警戒心を引き上げると同時に常に【気配察知】を発動させる。
ゆっくりと森の中を歩いていく。
「お、これは」
見つけたのは草の中に生えた一つの雑草。
俺はナイフで丁寧に採取すると【鑑定】を使用する。
――――――
薬草
――――――
思った通り薬草だ、ケルディア周辺では見ることは無かったがホーンの森にはまだたくさん生えているらしい。
薬草などは採取しても一日で元の大きさまで成長する、金の為にも多めに採取してながら進む。
「にしても【鑑定】は便利だなぁ」
レベルが低いのでまだ名前しか見ることが出来ないが見ただけで何か分かるのはかなり有用だ。実際、森の中を見ても色々な使える素材が目に入る。
もしかしたらケルディア周辺の森でもプレイヤーが知らないだけで見落としているアイテムがあるのかもしれない。
【鑑定】のレベル上げと並行して素材を採取して歩く、単純な作業だが初めて見るものが多く楽しくなってきた。グランの方もつまみ食いしながら歩いている、まぁ多少毒があってもこいつなら死なないだろう。
その時だった。
「なっ‼」
木の根が足に絡みつき俺の体を持ち上げ、宙釣りの状態になる。
完璧に虚を突かれた奇襲。
グランの方を見ると同じく木の根で動きを封じられてしまっている、助けは期待できないだろう。
「ぐあっ‼」
宙釣りの俺を向かって何本もの子の根が鞭のように叩く。一つ一つの攻撃は大したことないが手数が多い。見る見る間にHPが二割削られる。
「ちっ、舐めるな‼」
『瞬間装備』で長槍を装備し本体であろう木に向かって投擲する。
直撃すると同時に生まれる小さな硬直、それを見逃さずに足の木の根を断ち切り着地し……
「『正拳突き』‼」
木の幹に拳がめり込み、反動で拳にダメージが入る。しかしまだ終わらない。
敵が倒れるまで何度も何度も『正拳突き』を叩き込む。
「はぁ、はぁ、やったか」
木が倒れると同時に【気配察知】から反応が消える、生き物には使うことが出来ない【鑑定】で見ることが出来ることからも倒したという事だろう。
思わず膝をつき安堵のため息を吐く。
「危なかった……にしてもレッサートレントか……」
先ほどの木の正体、レッサートレントを見ながらぼやく。
レッサーとつくわりに強かった、というよりも俺の攻撃で有効だが与えられない。おそらく物理攻撃に強い体制を持つモンスター。【気配察知】に反応しなかったことを考えると、擬態状態時に隠蔽系統の効果があるのかもしれない。
「どちらにしても厄介だな」
まだ森の浅い場所でこの強さ、異常だ。深層部ではもっと強いモンスターがいるのだろう。
そしてこの依頼の原因がある場所でもあり、鉱石が採掘できる場所でもある。
「どちらにしても行くしかないのか……」
本当にため息しか出てこない、採掘だけして観光して帰ってるだけの旅がいきなり高難易度の命がけの旅に早変わりだ。
「グランは……大丈夫そうだな」
すでに嫌になったのか首を左右に振って帰りたがっているがそれは無理だ。
「あちらは帰す気は無い様だな」
【気配察知】には何もない場所から俺たちを囲むようにモンスターの気配が現れる。
総勢二十以上。
視界に入っていた普通の木が擬態を解いて動き出す。
「はは、グラン‼ 根性見せろよ‼」
これが『ホーンの森』の真の恐ろしさ。
自然の力が、モンスターがクレアとグランに牙をむいた瞬間だった。
暑い‼ 怠い‼
追加説明―
それぞれのエリアにはそのエリアのボスとなる主モンスターが存在しています。
再ポップするわけでは無いので倒すと違うモンスターが主になる、その代わり主モンスターはかなり強い。
……ていう設定にしておこう‼




