初心者講習という名のサンドバック
他の作者さんはよくあんなに書けるな……
「……職業ですか?」
「はい、冒険者ギルドは主にモンスターの討伐もしくは調査などといった戦闘を生業とするギルドです。
今のクレア・ジークス様は職業無し、つまり無職の状態ですとクエストを受けることが出来ないので規則により登録できません」
受付嬢の女性は営業スマイルで説明する。
……無職、心に突き刺さる響きだ。
「えっと、じゃあ何か職業を得ることが出来れば冒険者ギルドに登録できるってことですよね?」
「はい、そうなりますね」
「じゃあ、どこに行けば職業を得ることが出来るんですか?」
「職業自体はこの街の中心の塔のそばにある神殿で就くことが出来ます。だけど、えっと……」
受付嬢はやけに言いよどみながら困った風に俺を見る。
「職業の選択肢にはその人の経験が反映されます。つまりスキルです。
例えば剣を使った事のある人は大体、剣術スキルを持っているので選択肢に剣士が出てきます。
しかし、その、異界の冒険者はほとんどの方がスキルを持っていないことが多いので選択肢がほぼ無かったり時には選択肢が表れない場合があります。つまり、ええっと」
受付嬢は申し訳なさそうに上目使いで俺を見る、可愛いなおい。
まぁそれはさておき今のまま神殿に行っても何にも職業に付けないことになるかもしれないと言いたいのだろう。
実際に俺が持っているスキルで選択しが表れるとは思えないものばかりだ、可能性があるとしたら【使役】の影響でテイマーが出るかもしれないというぐらいだ。
しかし、ほんとにリアルというかハードなゲームだ。
「なら、スキルはどうやったら得ることが出来るんですか?」
なんだかここで聞くようなことではない気がするがこのチャンスを逃す訳にもいかない、ガンガン聞いていく。
「スキルは得たいスキルを持っている人に教えを乞う事で得ることが出来ます。
もう一つの方法はスキル珠と言うアイテムを使うことです、しかしスキル珠は本当に基本的なスキルなら露店などで売っていることもありますがそれ以外はダンジョンなどで発見されたものしかないのでやはり値段が高くなるので買うのは難しいと思います。
あと、なんでも百年前に現れた異界の冒険者はスキルポイントというものでスキルを得ることが出来たそうです。」
スキル珠はキャラメイクで引いたあの珠の事だろう。
となると教えてもらうかスキルポイント?とかだけど……教えてもらう事にするか、スキルポイントが何かわかんないし。
「ありがとうございます。誰かに教えてもらう事にしますね」
「いえ、仕事ですから。教えてもうなら冒険者ギルドでも初心者講習をやっていますよ。
500$とお金が少しかかるので他の冒険者はみんな無視していっちゃいますが初心者用の武器ももらえるのでお得だと思うのでよかったら受けるといいと思います」
なるほど、それはお得だ。何より俺はまだ使う武器を決めていない、初心者講習なら色んな武器を使えるかも。
「じゃあ、それで」
俺はアイテムボックスから500$取り出して受付嬢に渡す。
「ありがとうございます‼これでバジルが喜びます……。訓練所は向かって右の地下です。頑張ってください」
バジル?知らない名前が出てきたな、美味しそうな名前だ。
「ありがとうございます。あ、最後に一ついいですか?」
訓練所に向かおうとした足を止めると振り返ってまた別の冒険者の相手をしようとしている受付嬢に尋ねる。
「はいなんでしょうか?」
「名前、あなたの名前ってなんていうんですか?」
受付嬢の女性は一瞬驚いたような顔をして軽く微笑んで答えてくれた。
「私の名前はレーティア、レーティア・チルドです。これからもよろしくお願いしますね?」
レーティアさんはにこやかに俺を見送ってくれた。ギルド内の冒険者も皆見送ってくれた、全く優しさが含まれていない黒いオーラを発しながら……俺生きてここから出られるかな……
名前、聞くんじゃなかった‼‼
『ピコン‼ 『受付嬢:?????』➡『レーティア・チルド』』
◆◆◆◆◆◆
地下に続く階段を下るとそこは広い白い壁と砂の地面でできた空間だった。
天井は高く10メートル近くあり広さも中学校のグラウンドぐらいの広さがある、サッカーコートも10面ぐらいできそうだ。それでいて昼間のように明るい作りになっていて暗いところが見当たらない。
「これは壁が光っているのか?鑑定スキルみたいなのがあれば分かるのかな?」
白い壁は光っているがまぶしいとは感じない、いわゆるファンタジーな素材のようだ。
「てか、誰もいないな。てっきりもう何人かは居るかと思ったんだが」
訓練所には人影一人見つからない。
「いや、居るぞ」
「いやいや、居な……ってうおぉぉぉ‼‼」
後ろから声が聞こえたと思ったら人が立っていた。
「俺がお前に訓練を付けることになったバジルだ。なんでも聞いてくれ」
後ろに立っていたのは大柄ではないががっしりとした引き締まった筋肉をしている男だった。
そしてもう一つ……
「ん、どうした?」
「あ、いえ、その耳って本物ですよね?」
バジルさんの頭には黄色い三角の耳が付いていた。そう、ケモ耳だ。
「なんだ、獣人は嫌いか?」
聞き返してくる声が低くなる。
「いえ、その獣人を初めてまじかで見たので驚いて」
「ん?そうかお前は異界の冒険者だったな、ならその反応もしょうがないか。
すまんな、この街ではほとんど無いんだが時々獣人というか亜人のことを見下す奴がいてな、お前もそうなのかと思ってしまった」
「いえ、むしろ獣人はかっこよくていいなと思います」
「お、おうそうか」
バジルさんは嬉しそうに返事をする。
「よし、じゃあ初心者講習を始めるぞ‼まず、クレアだったな。まずはランニングからだ‼ いくぞ‼」
そう言ってバジルはいきなり訓練所を走り出した。
「え、走るの⁉なんか思ってたのと違うんだけど‼」
「うるさい‼四の五の言わずついてこい‼」
ま、マジか。
こうして俺とバジルの初心者講習が始まるのだった。
………………「どうしたクレア‼スピードが落ちてきているぞ‼もっと速く走れ‼」
「ちょ、まってバジ「ため口聞くんじゃねえ‼教官と呼べー‼」……は、はいー‼」
………………「なんだその腕立て伏せはぁー‼ もやしかてめぇー‼」
「ひぃ、ひぃ「はいだろーがぁ‼」はいー‼」
………………「気配察知スキルは冒険者には必須だ‼おまえにもこれを覚えてもらう‼」
「え、それって絶対初心者こうブヘェェー‼」
「口答えすんじゃねえ‼いいか‼今から俺がお前に気配遮断スキルを使ってぶん殴る、それを避けろ‼」
「いや、見えてても避けられアベシ‼」
「お前が避けるまで俺は殴るのを止めない‼」
………………「次は格闘術だ‼格闘術の基本は防御だ。取り合えず守っとけば負けることはねえ‼というわけで今から俺が攻撃するからそれを防御するんだ‼」
「それってさっきと何にも変わってグホー‼」
「接近戦では息を乱すな‼ 死ぬぞ‼」
「現在進行形で死にそうです‼」
「よくやった。これでお前は冒険者として最低ラインの実力は身につけられただろう。」
あれから二時間、俺は教官殿と一緒に訓練という名のサンドバックとして励んでいた。
ボコボコにされて瀕死になるたび何処からかもわからない回復魔法によって強制復帰、まさに地獄である。
「やった、生きてる。俺生き延びたよ」
思わず涙する。
「ふ、感動して涙を流すなんて、そんなにいい訓練だったとは俺も嬉しいぞ‼」
訳が分からん。唯一楽しかったのはランニングぐらいだ。しかし後半ランニングから全力ダッシュになって死にそうだったのは地獄だったが。
「しかし涙を流すのはまだ早いぞ。これから武器を使った訓練に入るからな」
教官は腕を組みながらうんうん頷く。
「え、武器?」
「当たりまだろ、お前は武器も持たずにモンスターと戦うつもりか?
むしろ初心者講習としてはここからが本番だぞ。ん、なんだそんなに涙を流してそんなに楽しみだったのか‼ これは教えるのにも力が入りそうだ‼」
「は、はい教官。俺、感動で涙が止まらないです……」
こうして俺と教官の初心者講習は続くのだった。
「まず先に言っておく、今から教えるのはあくまで武器の基本的な扱いだ‼ それ以降は自分で技や技術を学び磨いていくのだ」
教官はさっきとは違い説明から始める。それだけ大切なことなのかもしれない。
「教官、じゃあさっきまでやった訓練はなんだったのですか?」
ふと気になったので質問してみた。
「うん、いい質問だ。まずさっきまでの訓練は戦うと言うよりも生き延びる為の訓練だ。
モンスターから逃げるための体作り、出会わないための気配察知、そして万が一出会ってしまったときの格闘術だ。なのでここからが戦う為の訓練となる」
なるほど、さっきまでの訓練は意味があったか。ずっとノリでやっているだけだと思っていた、少しだけバジルの事を見直したぞ。
「じゃあ、まず使う武器を決めるところから始めよう。まずお前はソロでクエストを受けるのか?」
「はい、一応ソロで行こうと思っています。でもそれって関係あるんですか?」
「うん、ある。パーティーなんかだと自分の役割を果たせば他をパーティーメンバーが補ってくれるがソロだとそれがない、つまり自分で補わなければならないわけだ。そうなるとやはり扱える武器も多いほうがよくなってくる」
ふむ、中々筋が通っている。確かに正論だ。
「まぁ取り合えず、使いたい武器を一つ選んで来い。それを補える武器をそのあと選んでいこう」
教官は倉庫につながる扉を開く。そこには木製の武器が所狭しと並んでいる、ここから探せと言うことなのだろう。
そこには本当にたくさんの武器が並んでいた。剣でもレイピアのような細いものから大剣のような大きなものまである。ここから見つけるのは骨が折れそうだ。
試しにショートソードを持ってみるが思ったよりも軽い。かといって大剣は無理なので無難にロングソードを選び手に取ると教官の元まで戻る。
「ロングソードか……まぁ初心者は剣の方が使いやすいか。よし一回自分で思うように振ってみろ」
教官は何か考えるようなしぐさをしながら言った。
「ふんっ、っとと」
さっき持った時よりも振ると重いように感じる、重さにつられるような形の素振りになってしまった。
だが二回目三回目と連続で振るとそれなりの形になってきた。
「うん、クレアは下半身がしっかりしているからそれなりにはうまく振るえるだろう。しかし何というか見ていて違和感を感じるな……」
「確かに何かしっくりこない感じはありますね」
振っていても何か違う、そんな感覚がぬぐい取れない。
「うーん、クレア。お前ここに来るまでに何か倉庫にある武器に似ている形状のものを使った事はあるか?」
……あると言えばある。
「なにかあるって顔だな。それも持ってこい」
「……わかりました」
俺は倉庫からもう一つ記憶にあるのと似ている武器を取り出した。
「……まさか長槍とはな……」
そう、長槍。
俺は中学までは棒高跳びをやっていたのだ。たぶん記憶に残っているのもこれだろう。
「どういう風に記憶に残っているのかだ知らないがおそらくその長槍がお前に合っている武器だろう」
俺が棒高跳びに持っている記憶、それは逃げた記憶だ。
俺は中学の頃に棒高跳びの選手としてスランプに、いや成長としての壁にぶつかった。
あの頃の俺はまだ幼かった、認めるのが嫌で自分は十分努力している、才能がないだけだと逃げた。そして棒高跳びを止めた。その時短距離走の心地良さをしって短距離走の選手になったのだが。
そんな棒に形状が似ている長槍を構える。
「持ち方なんて全然違うはずなんだけどな……やっぱり懐かしいな」
長槍で突く、切り上げる、薙ぎ払う。
言葉に出来ないがしっかりと手になじむ。
「うん、いい感じだ。それがお前に合う武器だろう」
教官も見ていてしっくり来たのか頷いてこっちを見る。
「だが、長槍は場所を選ぶ武器だ。
森の中や乱戦になるとかなり扱いづらい、サブとしてさっきのロングソードも使えるようにしておけ。となると後は長距離に対応した武器だがどうするかだな……」
後は遠距離に対応した武器を選ぶようだ、確かに今の俺は遠距離から攻撃されたら一方的にやられてしまうだろう。
「魔法じゃダメなんですか?」
別に魔法でも遠距離攻撃はできるはずだ。念のために教官に聞いてみる。
「うむ、確かに魔法でも遠距離攻撃としては十分だ、だがやはり近接タイプが魔法を覚えても大した威力にはならない。この際だ、職業について説明しておこう。
職業によって成長、つまりレベルアップするたびに筋力、耐久、敏捷、器用、魔力がそれぞれ成長していく。
例えば戦闘系の職業なら筋力、耐久、敏捷、魔法職なら、魔力、生産職なら器用といったふうに一部が大きく上がっていく。そしてこの中で魔法剣士などは器用値以外がすべて上がっていくんだ、魔法も近接戦闘もこなせる、つまり万能型だな」
魔法剣士、中々夢のある職業だ。
おそらくプレイヤーでもなる人がたくさんいるんじゃないかな。
「しかしこれは逆に言えば器用貧乏ということだ。
魔法なしの実践じゃ純粋な戦闘職に負けてしまうし、魔法も特化した魔法職ほどの力は無いだろう。
もちろん所持しているスキルにもよるし人それぞれだがクレア、お前はソロだ。手を出しすぎると成長も遅くなる、出すとしてももう少し成長してからの方がいいだろう」
なるほど、理にかなってる。まあ、正直言ってあんまり魔法には興味がない。だって、ねえ、走っている途中に詠唱なんて噛んじゃうしね。
「じゃあ、教官。遠距離の武器は何があるんですか?」
「そうだな、やっぱり主なのは弓、投げナイフ、後は銃なんてものがあるな」
銃なんてあるのか、ファンタジー感ぶち壊しだな。
「おすすめは投げナイフだな。銃は金がかかるし何より命中率も射程も弓より短い。弓もいいんだが弓は威力が器用値によって変動する」
投げナイフか。正直あまり好みでは無い、金もかかるだろうし。
その時開いていた倉庫であるものに目が付いた。
「教官、盾は駄目ですかね。
俺は自分で言うのもなんですが足には自信がありますし、盾で防ぎながら近づけると思うんです」
正直そこまで理由はない。あえて言うなら見た瞬間ピンと来たのだ。
なんとなく目が離れない。
「なるほど、盾か。悪くないな。剣や槍との相性もいいだろう、なら盾を選べ」
教官に言われるように倉庫に向かう。
選ぶのはさっきか目についた丸い大きめの円盾だ。
「悪くないな、持っていてもお前なら走ることが出来るだろう」
これで一通りだが俺の武器は決まった。
となれば次にやることは……
「よっしゃ‼ 完璧に使いこなせるように基礎を骨の髄まで叩き込んでやるぜ‼」
ですよね……
「死なない程度にお願いします」
「心配いらん。死にそうになってもどこからか不思議な回復魔法が飛んでくるさ‼ 今から休みなしで使いこなせるまで訓練だ‼」
やっぱり俺と教官の地獄の初心者講習はつづくのであった。
ホントはもう少し書こうと思ったのですが疲れたので適当に区切って投稿‼
お金は1円=1$という設定ということで。