表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

1/6


*これは「存在しないドキュメンタリー番組の採録」およびレポート、という体裁の読み物です。

*実在の人物・団体とは何の関係もありません。


*NA=ナレーション


2016年10月放送『熱情台地』採録



  愛宕坂あたござか47(ふぉーてぃせぶん)のステージ。


NA「現在、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気グループ。愛宕坂47」


  歌っている姿。


NA「夏元硬なつもと・かたし総合プロデュースにより、国民的人気グループ「BKA49」の「公認宿敵」として結成され、今年で結成5年目になる。今回は「補助」メンバー、半田つかさ(はんた・つかさ)が主役だ」


  映る。


NA「某民放のカラオケ番組に出演、破竹の勢いで勝ち進み、その歌唱力が評価されると同時にトーク力の高さなどが関係者の目に留まり、歌番組にて愛宕坂47と共演。紆余曲折の後、期間限定で「補助」メンバー入りすることになった」


  制服衣装でぺこりと頭を下げている場面。


NA「その愛くるしい笑顔は普段の時も歌っている時も変わらない。じっとしているとこの様に落ち着いた美人あるいは美少女であるが、喋ればちょっとおバカ気味の天然元気ムスメである」


  舞台上で女子高生の制服姿でキャッキャと跳ねている場面。


NA「同時に舞台役者でもあり、」


  薄暗いブースの中で地味な服装で台本を手に真剣な目で画面を見つめている。


NA「声の仕事としては声優もこなすマルチなタレント活動を行う現在18歳」


  にっこにこの笑顔で歌っているクローズアップからの引き。


NA「ただ、半田つかさには国民的ガールズアイドルグループに参加しているアイドルタレントとしては異色のプロフィールを持っている」


  履歴書風の書類に正面からの顔写真と文字。


NA「半田つかさはれっきとした男性であるということだ」


  タイトル「熱情大地」。


  CM明け


NA「愛宕坂47は先行するBKA49及びその姉妹グループと違い、専用の劇場を敢えて持たずに敷居の高さを強調。選挙やあっち向いてホイ大会などにも巻き込まれない形を取った」


  会場風景など。


NA「メンバーの容姿も清楚・可憐で美人揃いと評判で、メンバーの内7人がモデル業を兼任しているほどだ。口さがないファンにおいては『容姿の平均値で言うならば過去最高のアイドルグループ』とも言われる」


  メンバーの写真次々と。


NA「では、その前の年から動きを追ってみよう」


  サブタイトル


NA「前年…2015年10月 半田司はんた・つかさ17歳と11カ月 「カラオケ・デュエル」において鮮烈なテレビデビューを果たす」


  歌い始める場面。


  歌い出しで驚く出演者たちの表情…というカットのはずが、「男性である」と名乗ったはずの人物から出て来る魅力的な女性ボーカル。余りのことに戸惑い「どういうこと?どういうことなの?」と隣の出演者に聞きまくっているゲストなどが映り込む。


NA「この番組に於いて、初出場1回目の歌唱でいきなり100点満点を叩き出す。その後現在まで4回出場し、平均スコアはなんと3回の100点を含む99.87。この記録は現在も並ぶものが無い」


  パニック状態になる「カラオケ・デュエル」スタジオ内。

  それほど驚くでもなく笑顔のままそれを受け止めるかの様な半田。


NA「この日は決勝と合わせて合計2曲を披露。一曲目は「ボーカロイド」の楽曲であったが、決勝戦において公共の場で初めて愛宕坂47の定番ナンバーである『ロウ・オブ・ガールズ』を披露した」


  歌っている場面。


NA「男性と言うことになっている人物から紡がれる、余りにもキュートなガールズポップに会場は一瞬困惑し、その後に熱狂した」



トーキョーテレビ会議室にて

プロデューサー・東氏「ひっくり返りましたね」


  カラオケ・デュエルの場面


東P「打ち上げの席でもう女装してましたよ。いや、してなかったのかな…とにかく見た目で間違いなく女の子だと思ってて、実際歌わせたらもう物凄くてね」


  面白がって腕を組んでいる笑顔でピースサインのつかさと東Pの写真。


東P「そしたら男の子だっていうから尚更驚いて、これは是非出て頂こうと。予選もなしでいきなり」


―大胆ですね


東P「推薦大会とかもあるんで…今回は特に「本番でのサプライズ」演出がいかに決まるかが勝負だったんで、可能な限り謎のままで出演してもらったんですけど…成功しましたね(笑顔)」


  笑顔で気持ちよさそうに歌う半田。


  テロップ「カラオケ・デュエル 司会アシスタント 柳沢美代子」

スタジオにて

柳沢「とにかく強いんですよ。つかさちゃん。…とにかく半田ちゃんって強いんです。歌も上手いんですけど、機械で点を取れる歌いかたを知ってるんですね」


NA「同年11月。18歳の誕生日を迎えると同時に劇団の先輩で3歳年上の女性と結婚」


  愛宕坂47の様子。


NA「一方の愛宕坂47はこの年、前年内定していたと言われながら出場を逃していた紅白歌合戦出場をグループとして初めて決め、準備に余念がなかった」



  テロップ「カラオケ・デュエル 総合司会 笠井正秋かさい・しょうぞう

スタジオにて

笠井「いやぁ可愛かったですねぇ~」


―スター性とか感じましたか?


笠井「といいますかね。彼女…じゃなくて彼はウチの番組が無かったら世に出てないわけでございますので…もう少し別の番組に出た時に『笠井さんのお蔭です』…っとこう言っていただきたい…と」


NA「恩義を感じたかどうかは定かではないが、初出場からわずか2か月、年も押し迫った12月に二度目の出場」


  歌っている場面。


NA「比較的カラオケ採点において得点を稼ぎやすいとされるミディアムテンポの楽曲を選ぶ他の出場者が伸び悩む中、アップテンポの上、転調を多用するガールズポップスを少女の声で歌うというハイレベルのパフォーマンスを見せつけた」


  得点が出た瞬間立ち上がって喝采するゲストたち。


NA「半田司がこの日披露した愛宕坂47の楽曲は、予選において『制服のトルソー』、決勝において『何回目の青空?』であった」


  盛り上がる会場。


NA「圧倒的な高得点で二度連続の優勝」


   トロフィーを受けている半田の笑顔。


NA「この年、愛宕坂47は待望の紅白歌合戦初出場を果たす。この年末、半田司はんた・つかさは夫婦水入らずのアパートの炬燵こたつの中でそれを観賞したという。翌年の年末、いや数か月後の運命については、この時点では想像もつかない」


   正月の情景。


NA「開けて2016年2月、半田司18歳と3か月。「カラオケ・デュエル」において出場3回目。この時披露した楽曲はやはり愛宕坂47。予選において『希望が君の名前』。決勝において『ヒメジョオンの咲くころ』である。特に決勝においては2度目の100点満点を達成。無敗で3度目の優勝を飾る」


  女性の姿で舞い散る紙ふぶきの中、トロフィーを受け取っている半田司。


NA「この時、愛宕坂47のメンバー2人が客席で声援を送っていた」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 河前奈々(かわまえ・なな)」

廊下にて

河前「前の年の年末くらいにカラオケ番組で愛宕坂歌いまくってぶっちぎりに強い子がいるってちょっと話題になってたんです」


NA「この段階においては半田司は無名に等しい舞台役者及び声優ではあったものの、一介のカラオケファンとしか世間的には認知されていなかった。だが、その特異なパフォーマンスはおおむね好意的に迎えられていたと言える」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 江藤美也えとう・みや

廊下にて

江藤「ムチャクチャ上手いし、可愛いし本当に驚きました。しかも男の子だっていうから…ねえ」


―メンバーの間でも話題に?


江藤「あの番組、りょってぃ(メンバーの川町千尋かわまち・ちひろのこと)が前に出場したことがあったんですよ。だからメンバー間の知名度は結構ありました」


NA「一瞬にして男女をスイッチするかの様に切り換えて歌い、かつ歌のパフォーマンスに優れ、それでいて男性であるという異色すぎるキャラクターを持ってすい星のように現れた半田司はんた・つかさ


  インターネットニュースに取り上げられ、笑顔で手を振る半田の姿。


NA「愛宕坂47ファンの間にも当然知れ渡った。現在では国民的とも言える人気を獲得しつつある同グループであるが、2016年初頭の段階ではまだまだ熱心なファン以外への広がりと言う意味に於いては決定打を欠いていた。その愛宕坂47にとって、その楽曲を無料で宣伝してくれるに等しい半田司はんた・つかさの存在は福音と言えた」


  喝采する出演者たち。


廊下にて

江藤「この時は話して握手もしてます。物凄いファンだって言ってくれて…挙動は完全に女の子で通してましたね(笑)。だからあたし、つーたん(半田の愛称のひとつ)の男の子状態って本当に一度も見てないんですよ」

河前「間近で見たら本当にムチャクチャ可愛くて…惚れちゃいそうでした(笑)」

江藤「でも結局、かたくなに推しメン(テロップ:応援しているメンバー)が誰かは言わなかったよね(笑)。気ぃ遣ってくれたのかな」

河前「多分そう」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 齋賀晶さいが・あきら

廊下にて

齋賀「なんかぁ…ファンの方が教えて下さるんですよ。愛宕坂歌っててムチャクチャ可愛い男の子がいるって…どゆこと?って思って(笑)」


―ご覧になりました?


齋賀「いやもうびっくり…これ男の子ってウソでしょ?って」



  テロップ「愛宕坂47メンバー キャプテン・桜木玲さくらぎ・れい

廊下にて


桜木「愛宕坂のファンの間での有名人になってたんじゃないでしょうか」


NA「実際、この時点で「カラオケ・デュエル」初出場から4か月が経過。3度の出場と実績を積み重ねており、水面下でレコード会社の個人契約や、一部のアーティストによる楽曲提供及びプロデュースの話が準備段階ということで打診され始めていたという」


  レコードジャケット。


NA「この間、半田司は本業である舞台で活躍し、1月期にはアニメーションにおいて初めて、準主役と言える重要な役のレギュラーを獲得。順調にキャリアを積んでいた」


  アニメの絵。


NA「2016年3月。遂に「カラオケ・デュエル」以外の番組に呼ばれることになる」


  ゆったりとした北欧の村娘風の衣装と長い髪で歌う半田の映像。楽曲はやはり愛宕坂47。


NA「舞台経験こそ豊富だが、アニメは準主役級しか経験が無かった。が、深夜アニメ『正義戦士ジャスティスマン・アライブ』の主役を射止めると共に、その主題歌で歌手デビューを果たすことになった」


  「正義戦士ジャスティスマン・アライブ」の場面。


重役室にて

  笑顔が印象的な初老のロマンスグレーであるO氏

ソミー・ミュージック・Oプロデューサー「楽曲は出来てたんですけど、直前で歌う予定だった女の子が引退して田舎に帰っちゃいましてね(笑)。夏元先生に作詞・プロデュースまでお願いしておきながらねえ」


―大ピンチですね


O「そしたら夏元先生が今プロデュースしたい歌手がいるんだけどって話になったんです」


―夏元先生とお知り合いだったんですね?


O「ええ。10年来の付き合いです。あたしは知らなかったんですけど、カラオケ番組で男の子ってことになってるけど物凄く上手い女の子の歌手がいる…みたいな良く分かんない話で(笑)」


―偶然ですね


O「ホントに偶然でね。調べてみたら声優もやってて、よりによって担当アニメの主役の男の子の役者だってんだから…ねえ」


―本当に偶然なんですか?


O「偶然ですよぉ(苦笑)本編だときりっと決めてる男の役者が、主題歌を女の子の声で朗々と歌うってのはどうなんだ?とちょっと思いはしたんだけど(苦笑)」



社長室にて

夏元硬「やっぱり声ですね。歌も抜群にうまいけど」


握手会会場

太った男のファン「声いいっすよね~。エンジェリック・ボイスっす」


握手会会場

可愛い女性ファン「むっちゃくちゃ可愛いんです声が!」


  歌い初めの場面


NA「確かにその澄んだ歌声は、月並みな表現をするとなまじの女性よりも清楚で美しい。それでいて力強い」


社長室にて

夏元硬「彼女…じゃなくて半田つかさってずっと笑顔で歌うんですよ。これが可愛くて」


  笑顔で歌っているところ。


NA「遂に持ち歌を得た半田司は得意のパフォーマンスで2016年3月の週だけで2つ、二週間で合計5つの歌番組に引っ張りだこになった」


会議室にて

半田つかさ専属マネージャー 荒井恵子

荒井「当時は本当にドタバタしてて余り順番は覚えてないんですけど、色々偶然が重なったんですよ」


―偶然と言うと?


荒井「この時は会社としても久しぶりに愛宕坂以外の歌手を夏元先生とタッグを組んで売り出して行こうってことだったのに直前になって引退しちゃって…」


―大変でしたね


荒井「そしたら『男の娘カラオケ歌手』みたいな話が盛り上がってて、噂の金の卵にどこが最初に手を出すかなんて言われてました」


―そしたらその枠に収まったと


荒井「まあ、とはいうもののそこだけ聞くとキワモノっぽいです(笑)。人気がもしかしたら出るのかもしれないけど、…まあ一種の「ゲテモノ」だと思われてました。ぶっちゃけ誰が貧乏くじ引くのかみたいな」


―そんな扱いだったんですか


「はい。でも…確かに半田のカラオケ番組見るとぞわっと来ます。男女どうでもいいと思います。…で、テレビのオファーと主題歌歌手への抜擢がほぼ同時だったと思います。あたしは元の歌手のほうのマネージャーやれって会社から言われてずっと担当してたんで、そのままスライドして」


―どう思いました?


荒井「半田って日常は女装しないんですけど…もう、普通の男の子の普段着でも美少女オーラがありました。身内みたいな人間がこんなこと言っちゃ駄目だとは思うんですけど」


NA「一説によると男であることを隠して謎の美少女歌手として売り出す計画すらあったという」


荒井「週刊誌情報でしょ(苦笑)。冗談でそういう話が会議で出たことはあったかもしれませんけど、絶対バレるし、そうなった時のダメージは計り知れないです。考えられません。というか、そんなんだったら私はやりません」


NA「交渉の結果、半田司はカラオケ・デュエル時とそれほど変わらない野暮ったいと言われる長袖ロングスカート姿で歌うことになる」


  歌っている映像。


NA「そんな中、最初の事件が起こる」


CM


NA「『音楽駅』という番組においてのことだった。同年4月。半田司18歳と5か月。既に『正義戦士ジャスティスマン・アライブ』は深夜枠で放送が開始され、一部では話題になっていた頃だ」


スタジオ

女性アシスタント「はいそれでは次のアーティストさんです」

   司会者席の隣に座っている。その辺にいるお姉さんみたいな地味な格好。髪の毛はセミロングのカツラ。

半田司「(完全な女声で。以下同じ)はいどーもー(にこにこ)」

リモタ「ハイこんばんわ―」

女アシ「半田司はんた・つかささんは声優さんでもいらっしゃるんですよね?」

半田司「はい」

リモタ「あっそぉ(ニヤニヤ)」

女アシ「現在好評放送中の深夜アニメ、『正義戦士ジャスティスマン・アライブ』にて主人公の堂々真実どうどう・まことくんを演じていらっしゃいます」

リモタ「あ、声優さんなんだ」

半田司「はい(にこにこ)」

リモタ「折角ならちょっとやってよ」

半田司「では…こほん(かるく咳払い)…(凛々しい青年声で)『ヴィランの怪人め許さない!へんっしんっ!』…(美少女声に戻って)…こんな感じです」


  周囲が「おお~」というどよめき…になるはずが、余りにも声の落差が大きいので「???」という戸惑いの方が大きなリアクションとなる


リモタ「結構声太いんだね(にやにや)」

半田司「そうですね。あっちの方が地声に近いですね」


  周囲のざわざわという空気。


女アシ「はい、この半田司さん実はれっきとした男性で(悲鳴のようなざわめきで聞こえにくくなる)既に結婚していらっしゃいます」


  スタジオがざわざわとしたまま。

  寄ったカメラにカメラ目線で笑顔で指先を曲げてひっかく様なVサインをする。


リモタ「あっそぉ。結婚してんだ(面白そうに)」

半田司「はい。去年の11月に」

リモタ「新婚だね。18歳だっけ」

半田司「はい」

リモタ「奥さん幾つ?」(奥さん、のあたりで更にざわめきが大きくなる)

半田司「21です」

リモタ「姉さん女房だ」

半田司「そうですね(笑顔)」

リモタ「あなたは…普段からこういうカッコしてんの?」

半田司「してないです。この声も仕事ですね(にこにこ)」

リモタ「ビジネス女装だ」

半田司「(笑顔で)そうそう、ビジネス女装です」

女アシ「他局になりますが、カラオケ番組において愛宕坂47の楽曲を歌って三連続優勝をなさって、この度の主題歌に抜擢されたんですよね?」

半田司「まあ、そんな感じです」

リモタ「どう思った?」

半田司「もう恐れ多くて…夢かなと思いました」

女アシ「残念ながら本日は2時間スペシャルではあるんですが、労働基準法の関係で半田司さんには冒頭で歌っていただいた後は退場となります」

(採録者注:実際には18歳を越えていれば夜の番組出演は法的に問題無い。サプライズのための詐術と思われる)

半田司「はい」

リモタ「ん?確か愛宕坂って」

女アシ「(残念そうに)はい、本日は交通事情の都合でスタジオ到着が遅れておりまして後半からの出場になりますぅ~」

リモタ「あ、そうなんだ。残念だね会えなくて」

半田司「いやいやいや!売れない舞台役者だったのがいきなり歌番組に出してもらえて、愛宕坂さんといきなり対面出来たら幸福すぎて死んじゃいます!」

リモタ「あっそぉ…(ニヤニヤしながら楽しそうに)しっかし、あなたホントに男の子なの?誤魔化してない?」

半田司「(笑顔で)ごまかしてませんって!」

女アシ「それではそろそろスタンバイの方を…」

半田司「あ、っはい」


   立ち上がって去っていく。

   スタジオ内はまだザワついている。


   場面変わってステージ上。スタンドマイクの前に立ち、両手を身体の前に重ねて目を閉じて待っている。


   重低音やひずんだギターなどが掛かり、勇ましいアップテンポに可愛らしいガールズボーカルが重なるいかにもアニメの主題歌らしい楽曲がスタート。

   トレードマークとなる笑顔で両手を身体の前に揃えたまま、身体をゆする最小限の動きと表情で歌い始める。


   すると、広いステージにドタバタと大人数の美少女たちが現れて激しくノリよく踊り始める。

   歌っている半田司はまだ気付いてない。


階段にて

―本当にご存じなかったんですか?


つかさ(男性時)「完全にサプライズでした。てゆーかあの時点であんなに人気があったグループが自分らが知りもしない曲をたった1回のステージのために振り付け覚えるなんてありえないから…って思い込んでました。それで油断しました」


   笑顔で歌い続け、最後まで決まったところで周囲をずらりと囲んでポーズを決める愛宕坂47のメンバー。

   青ざめた顔でひきつけを起こしたように固まっている。


つかさ(女性時)「あ…あぁ…」


   唇あたりがぶるぶると震えているのをカメラがクローズアップで捉えている。

   にこにこしながら周囲を取り囲んで交互に顔を覗き込んでは爆笑するメンバーたち。


つかさ(女性時)「え…えぇぇえぇ!?」


   髪をぶんぶん振り回しながら周囲を見渡しつつ、益々両手を肘から折り曲げてぎゅううっ!と身体に押し付ける様に固まるつかさ(女性時)。


女アシ(OFF)「半田さーん!いかがです?愛宕坂47さんと共演して見て~」

つかさ(女性時)「え…だってさっき今日はこれないって…」


   顔が真っ赤になって目を大きく見開いて目に涙をため、唇がブルブル震えている。


つかさ(女性時)「あ、あぅぁあいぇあ…」


   言葉が震えて意味不明になってしまうのを見て爆笑するメンバーたち。CMに入る。


  テロップ「愛宕坂47メンバー 中川姫子なかがわ・ひめこ

廊下にて

中川「あー初々しくてかわいーなーって思いました」



   CM明け。改めて椅子に座らされて並べられている半田司と愛宕坂47。


リモタ「はいでは改めて、愛宕坂47の皆さんでぃーす」


   ずらり並んだメンバーをドリーで舐めて行くカメラ。それぞれ思い思いのポーズを決める。


女アシ「そして先ほど歌声を披露してくれた半田司さんも少し時間に余裕がありますのでご一緒に」


   半田司、両目から滝のように涙を流している。


リモタ「あなたさっきから大丈夫ですか?」スタジオ爆笑。


半田「ぇえ?!…ふぇ、ぇいきでぇす」顔が焼けた鉄板の様に真っ赤。


   愛宕坂メンバー「かわいー」などと言いながら爆笑。


リモタ「(にやにやしながら)いや、どう見ても平気じゃないよねぇ?」


半田「(真っ赤な顔で)…っ!!…」


  何かを言おうとしているらしいが口がぱくぱくするばかりで言葉が出てこない。メンバー爆笑。


半田「あの…ティッシュください。鼻水がひどくて」


  どう見てもびしょびしょになるレベルで涙が流れまくっている。

  ごほんごほん!と咳き込むが涙が止まらない。


  メンバーが次々に優しい言葉を掛けてくれるが、触られそうになるとびくっ!とする。再びメンバー爆笑。


リモタ「そんなに泣くほど嬉しいんだ」


半田「いや、泣いてないです」メンバー爆笑。


リモタ「いやいや、泣いてるよね」


半田「泣いてないです」


  と言いつつ滝のように涙が流れまくり、顔は真っ赤になっている。


  おーよしよしとなだめてくれようとするメンバーに対して、びくっ!として拒否しつつ小さな声で「鼻水ついちゃう!鼻水ついちゃう!」と押し殺す様にいうのだがモロに全部マイクが拾っていて腹を抱えて笑っているメンバーたち。


NA「突然のサプライズは大成功と評され、愛宕坂47ファンにも好評を持って迎えられた」


  「泣いてるじゃねえかww」「どうせ男だろと思ってたら想像以上に可愛かった」「キモいWWW」「抱ける」「ふぅ…」「嘘乙。あれは女。俺には分かる」「だが男だ」「こんなに感動してくれるのか」「反応面白すぎ」「泣きすぎだろ」などなどが表示される。


会議室にて

荒井「良かったですよ。評判」


CM


会議室にて

愛宕坂47チーフマネージャー 野中沙紀


野中「同じ会社でしたからね。あっちがメジャーデビューする前に何度も会ってます」


―いかがでした?


野中「ちょっと信じられないレベルでした。女の子に化けるのが。結構そういうの見抜くのは得意な方だったんですけど…雰囲気から違うんですよ」


―お芝居だと本人は言ってますが


野中「そう…なんですかね。まあ、可愛いってだけなら幾らでもいますけど、あんなに可愛く歌えてしかも上手いのに男の子って…人間不信になりますね(笑)」


―コラボ企画は野中さんが持ちかけたとか


野中「はい、そうですね」


  カラオケ・デュエルの一場面


野中「アマチュア時代って諸々(もろもろ)の要素があって『いかにもプロになったら凄いことになりそう』に見えても実際なってみたら大したことないってことは本当に良くありますからね。まあ、それは我々みたいな送り出す側が駄目にしちゃったってこともあるのかもしれないんですが…とにかく、その辺どうなるか分からない…とは思ってました」


会議室にて

荒井「奥さん…雅羅がらちゃんとも話し合って、メディア露出する際には基本は女装しててもらうってことになりました」


*テロップ 半田雅羅はんた・がら…半田司夫人


―はあ


荒井「まあ、女装ったって半田は普通にしてれば女の子に見えるんで。一瞬でも「女装した男」に感じられたらアウトなんで、そこをコントロールするのには苦労しましたね」


―一説には彼女…彼の活躍は荒井さんの功績だとも言われてるみたいですが


荒井「…半田の素材の良さと苦労が第一ですけど…まあ、そう言っていただけるのは嬉しいです(笑顔)」



控室にて


メロンガイ相良「接待企画をやってくれって言われたんですよ」


メロンガイ火山「何じゃそりゃってね(笑)」


NA「2016年3月に朝の情報番組に登場し、話題の歌手として歌番組を席巻した半田司改め半田つかさは、愛宕坂47の冠番組のゲストとして招かれ、2016年4月に彼女たちと二度目の邂逅を果たした」


愛宕坂工事中

相良「はいそれでは来て頂きましょうこの方でーす」


  床掃除が出来そうな長い長いスカートに長袖の無地のセーターと、野暮ったさで固めたような地味なスタイルで申し訳なさそうにおづおづと入ってくる半田つかさ。


  熱狂している愛宕坂47のメンバー


相良「はい、あなたはどなたですか?」

翼(女性時)「(真っ赤な顔で)半田つかさと申します…ちょっとだけ歌手活動をさせていただいております(ぺこりとお辞儀をする)」


  メンバーも雛壇に並んだ状態で全員お辞儀をする。



階段にて

―半田つかさといえば、信号機みたいに顔を真っ赤にすることで有名ですが


つかさ(男性時)「あがり症じゃなくて照れ屋で赤面症なんですよ…。緊張はしてないです。人見知りでもないし」



会議室にて

荒井「歌ってない時って、『駄目な子』に見えるんですよ。半田の女の子モードって。そこが良かった」


―良かったんですか?


荒井「158センチとサイズもまあ…高すぎないし、何しろほっそいんですよ。横から見ると板みたいだし、男の子にしては明らかに横幅も狭くてウェストもきゅっ!と細いですし。この子よく今まで舞台上で男の役とかやってたなって」



稽古場にて

  テロップ 劇団『こんにちは計画』団長 阿部奈爪あべ・なつめ


  四十台後半に見える坊主頭でいかつく日焼けした男。


阿部「どういういきさつかあんまり覚えてないけど気が付いたらなんかいたね(笑)。高校入ってすぐに来たとか言ってたかな。何しろ細いんでちょっと使いにくかったのを覚えてるよ」


―阿部団長さんが女装させたんでしょ?


阿部「代役でね。ウチみたいな小さなところはそんなの何でもありだよ。俺だってしょっちゅう女装するし(笑)」


―あの歌声は


阿部「声変わりは…もうしてたと思うけど、折角化けるなら声も練習しろって言ったんだよ。したら歌うシーンとかも作ってやるって」


NA「阿部は半田司が少女に見えたことは無いという」


阿部「それ言い出したらウチの女優なんぞみんなおっさんみたいなもんだよ。精神的に(笑)。まあ、そりゃ冗談だけど15のガキだったからさ。ロクに食ってねえのかガリガリの」



会議室にて

Oプロデューサー「最初言葉だけ聞いた時は『気持ちわりいな』って思ったんですよ(笑)。17…もう18になってたのか…の男の子が女装して歌うってだけ聞くと。でも夏元先生が目を付けるくらいなんで」


―見てみてどうでした?


Oプロデューサー「あたしにゃ理解できないけど…でもまあ、確かに孫の女の子見てるみたいな気になることはあるね。ふっと。まあ、あたしくらいの年になるとアイドルなんてみんな孫に見えるからあんまり変わんないね(笑)」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 桜木玲さくらぎ・れい

廊下にて


桜木「愛宕中に最初に出てもらった時に『写真撮って上げようか?』って聞いたんです」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 堀井奈央ほりい・なお


堀井「そしたら断られたんだよね?」

桜木「そうそう。やっぱ推しメンじゃないと撮りたくないのかなーと思ったらそうじゃなくて、前の単なるカラオケファンの時だったら撮ってもらったけど、今は自分も一応はCDデビューしてるプロの歌手なんで…って」

堀井「びっくりしました。あたしと年そんなに変わらない…っていうか年下なのに意識がプロ意識だなって」


NA「この日、公式ブログに掲載するための集合写真や同じく公式ブログ個人ページに掲載するための写真は何枚も撮影されたが、半田が個人的に撮影することは一枚も無かった」


会議室にて

愛宕坂47チーフマネージャー 野中沙紀


野中「ファンにはおおむね好評でした。心配してたんですけど」


―心配とは?


野中「何だかんだ言っても「男の子」なんで、メンバーと絡むと反発が大きいから」


―そうなんですか


野中「メロンガイのお二人くらいになっちゃうとファンも保護者みたいな目線で見てくれるんですけど、同年代の男の子がきゃっきゃと仲良くするところなんてファンにしてみれば激怒ポイントにもなります」


―確かに


野中「握手券買ったり、色々して数秒話せるくらいなのに、仕事上の役得でいい思いしやがって…とか」


―それが余り無かったと


野中「ほぼ…無かったですね。まあ、放送見て頂ければ分かりますけど完全にファンの女の子ですからね。あんなに真っ赤になって泣きそうなほど嬉しそうにしてれば」


―本人は単なる赤面症だとおっしゃってますが


野中「そうなんですか?…まあいいけど(苦笑)。18歳の男の子としては大いに問題があるとは思うけど、18歳のアイドルの女の子だと思えばありですよ。荒井も中々やるなと(笑)」



会議室にて

―荒井さんは半田つかさくんに対して「アイドルとしての演技指導」とかされたりしたんですか?


荒井「全くしてないです。それであれなんで完璧でしたね」


NA「彗星のように現れた謎の新人歌手だった半田つかさの愛宕坂47の冠番組への登場はファンにも好評を持って迎えられた。ネットには好意的な書き込みが溢れ、お互いの売り上げを伸ばす好循環へとつながった」


CM


NA「2015年の年末から2016年の2月に掛けては単なる女装で歌うマイナー劇団員兼声優であった半田司が3月には怒涛どとうのテレビ出演、4月にはメジャーデビューを果たし、憧れの愛宕坂47と二度の共演を果たし、5月にはこの番組に出演することになる」


  司会の「とろーるず」の二人組が映る。


NA「「マイナーすぎて似てても分からない選手権」である」


  いつもの野暮ったい衣装で登場する半田つかさ。


NA「愛宕坂47のモノマネで参加。決勝で敗れはしたものの、合計8人のモノマネを披露。元ネタを知らないはずのとろーるず及びゲストたちにも大好評を博す」


  モノマネしている半田つかさ。審査員たちは一瞬どうしていいか分からないが爆笑に繋がる。


NA「これまた愛宕坂47のファンには熱狂的に歓迎された」



  テロップ「愛宕坂47メンバー 春元真冬はるもと・まふゆ

廊下にて

春元「そんなに似てたかなぁ~…。あたし以外はそっくりだと思いましたけど(笑顔)」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 端元奈々はしもと・ななお

廊下にて

端元「ムカつくくらいクソそっくりでしたね(微苦笑)」


NA「翌6月。愛宕坂47は4年目の全国ツアーが開始され、第一期生にしてカリスマだった深山麻美ふかやま・まみの卒業コンサートを執り行っていた」


  深山麻美の卒業コンサートの模様。


NA「その月に半田つかさは2枚目のシングルを発売した。ちなみにそのMVミュージックビデオには愛宕坂47のメンバーが一部ゲスト出演している。同じレーベルだからこそ実現したコラボレーションである」


階段にて

つかさ(男性時)「何かあの頃ってトンでも無く忙しくて余り記憶が無いんですよ…」


会議室にて

荒井「話題性がとにかくすごかったので…例え一発屋で終わってもここで畳み掛けなかったら嘘だっていう。そしてまた都合がいいことに丁度いい感じの楽曲が宙に浮いて回ってきたんですよ」


―持ってますね


荒井「全くねえ。半田と仕事してて『ああ、男の子だなあ』って思うことって余り無いんですけど(笑)、あの底なしの体力と何が起こっても絶対にめげないタフな精神力はちょっとそう思いますね。新曲のプロモーションもう一度やるってんで急遽撮影に入ったMVなんて連続30時間撮影とかだったのにこなして、仮眠とって朝のニュースバラエティに生出演とか普通にやってましたから」


―凄いですね


荒井「それでメイクで誤魔化さなくても普通にちょっと寝れば肌の張りとか治っちゃうんだから…ねえ」


NA「新曲のタイアップとして半田つかさは地上波のバラエティに数多く出演。その可愛らしさで話題をさらいつつ、「実は男」と暴露しては場の空気を一気にさらうことを繰り返す」


荒井「この手のタレントが出演すると不可抗力で一定数来るクレームはかなり少なかったと聞いてます。既婚者アピールがよかったんでしょうか(笑)」


NA「『愛宕坂47大好き芸人』を自称し、メディアに出る度に自分の新曲のアピールも忘れて熱く語ることを繰り返した半田つかさは、愛宕坂47の冠番組「愛宕坂工事中」に二度目のゲスト出演を果たす。前回が4月なのでたった2か月での再登場だ」


会議室にて

野中「流石男の子だけあって、とにかく体力があるんですよ。持久力も瞬発力もあって、肺活量もあります。あれだけ踊って歌っても全然息が切れない。ぶっちゃけ外国のグループでもダンス込みだと口パク多いのに全く必要ないんだから凄いです」


NA「極めつけがこれだった」


VTR中

つかさ(女性時)「はああぁあぁ!?」


NA「この日の収録はこれを着て欲しいとのことで楽屋控室に準備されている愛宕坂47の制服衣装」


  VTRを見て転げまわって笑っているメロンガイやメンバーたち。


NA「マネージャー荒井に電話したり色々するが、ヘアメイクさんがメイク室に呼びに来てしまう。絶体絶命…ということで翌週に続く」


会議室にて

野中「まあ、普通はありえないんですよ」


会議室にて

荒井「作戦勝ちでしたね」


  この週のメンバーたちとお揃いの制服衣装で登場する半田つかさ。

  余りのはまりっぷりにきゃーきゃーという称賛だけでなく、ちょっとシャレになっていない…と戸惑いの方が大きいメンバーもいる。


会議室にて

荒井「まあ、あり得ない仮定なんですけど、もしもトップダウンで『今日から半田つかさは愛宕坂47に加入します!』なんてやってたらメンバーにしてもファンにしても反発の方が大きかったでしょうね」


会議室にて

野中「何というか…メンバーは勿論ですけどファン全体も含めてのおもちゃになってた感じですね。本人はどう思ってたのか知りませんけど(笑)。悪いけど見ててムチャクチャ面白かった(笑)」


NA「ファンの間では“いっそメンバーに加入しちゃえばいいんじゃないか?”という説が盛り上がる。そして遂にあの企画が実現される」


CM


NA「どちらもプロ歌手であるということで「愛宕坂47と半田つかさ」というコラボレーションが企画され、実行された。その際「一時的に愛宕坂に加入する」ことまで企画に含まれていたのだ」


階段にて

半田つかさ「なんつー無茶言うんだって思いました(笑。この時はまだボクって普通の声優で歌手の積りだったから…今みたいなイメージになったのって明らかにこの所為せいです」


会議室にて

荒井「かなり話題になるなーと思ってました。…今にして思えばホントに大英断でした」


  ひっくり返って抵抗している半田。


NA「ここで引き当てたのは、ルーレットで一番小さなエリアだった『一年間』だった」


 見事に狭いところに命中している矢の映像。


NA「流石に一週間程度ならともかく、一年間は長いとして番組は撮影が中断されスタッフが話し合う場面が挿入されるメタ展開を見せる。妥協案として、WEB投票を実施することになり、賛成票が上回れば期間限定で加入すると言う条件を飲むことになる」


  WEB画面


NA「この投票行為は一躍話題となり、愛宕坂47そのものの知名度をある程度押し上げることに成功した。選抜選挙、あっち向いてホイ大会などのサプライズを仕掛けることをほとんどしていなかった愛宕坂47のほぼ初めてのイベントだった」


 湧いているメンバーたち。


NA「結局、僅か0.2%の僅差で「あり」の得票が上回り、半田つかさはなんと男性でありながら愛宕坂47のメンバーとして限定加入することになった。これが全ての始まりであった」


会議室にて


―結局承認されちゃったんですよね?


野中「(苦笑)…まあ…(苦笑)緊急会議ですわな」


NA「前例のない事態にソミー・ミュージックも揺れた」


   会社の外観。


NA「男女混成ポップスグループや、男女混成アイドルグループも存在する。また、男性が女装して“女性と言う体裁で”歌うケースも「サルエ」「シンイチママ」「矢口サロン」といった例が存在はしている。」


  それらのグループが続々と映る。


NA「また、性転換した男性が女性としてアーティスト活動を行っている例は既に存在している。しかし、思春期の既婚男性が同じく思春期の少女たちに混ざって男性では無く女性アイドルとして活動を共にするという事態は前例がない」


  『変態商法』『人権侵害か!?アイドル業界の闇』といったおどろおどろしい週刊誌やスポーツ新聞の見出し。


NA「半田つかさは既に7月期のアニメ主題歌をサードシングルとして発売することが決まっており、この時期はレコーディングやジャケット撮影に追われていた」


  MV撮影現場でメイクされる半田つかさ。


NA「既に独立して活動していたソロアーティストが集団アイドルに組み入れられる形となったのである」


会議室にて

野中「賭けではありましたね(苦笑)」


―それにしても思い切りましたね


野中「冠番組の存在はやっぱり大きかったですね。ある意味一番説得しなきゃいけないのは愛宕坂ファンだったんでしょうけど、それが最初から味方だった訳です」


―結局番組の企画で決まったみたいなもんですもんね


野中「半田つかさ自身も前年の10月からメディア露出してじわじわ認知度を上げてました。あの格好のままメジャーデビューが4月で、6月に加入決定。普通に考えれば急過ぎるのかもしれないですけど、こういうのは勢いが大事なので」


―とんとん拍子ですね


野中「いえ、綱渡りもいいところですよ(苦笑)。アニメの7月期のオープニングが7月に発売だけど、グループ加入した状態でソロ発売するってことになると名義はどうすんのかとか考えること山盛りで…」


NA「ちなみに表記はこの様になっている」


  「半田つかさ(愛宕坂47)」というパッケージの文字。


会議室にて

荒井「今から考えると、4月・6月・7月に立て続けにデビューからシングル出してんですよ。バカじゃないかと(笑)」


―間のセカンドはいらなかったんじゃないですか?


荒井「ん~まあ、みんな頭がどうかしてたんでしょうね(笑)。でも、結果として吉と出ました」


―出ましたか


荒井「プロになってんのにカラオケ歌わせる訳にはいかないですからね。結果的にこれで持ち歌6曲になったんでステージの営業もやりやすくなりました」


NA「番組内で遂に『愛宕坂47への「補助メンバー」として期間限定加入』が発表される」


  制服衣装で小さくなって座っている半田つかさ。


NA「控室・個室・更衣室は完全に別にするとされ、トイレも別。衣装は特注で、決して他のメンバーと混ざらない様に管理され、クリーニング業者も別とされた」


  番組内で紹介されるフリップ。


NA「メンバーとの接触は振り付けの際及び練習のみ可とする。それ以外は握手も禁止。会話も一対一の状態では禁止。必ずスタッフの立会いの元、或いは他のメンバーの元行う場合のみ可能」


  紹介時の番組のVTR。


NA「メンバーとのプライベートな交流も禁止。電話番号・メールアドレスなどの交換も禁止。どうしても個別に連絡をとる必要がある場合はマネージャーを通すこと」


  神妙な表情の半田つかさ。


NA「番組で雛壇に並ぶ際は『補助席』表示のある他のメンバーに比べて貧相な椅子に必ず座ること。また、各種衣装にも必ず区別が付く様に『補助メンバー』を示すワッペンを付けること」


会議室にて

荒井「徹底した差別待遇ですね。これがポイントです」


―ポイントですか


荒井「ええ。普通に考えたらあんな美少女集団の中に男が一人加わるなんて天国…に見えるじゃないですか」


―見えますね


荒井「なので視聴者やファンの皆さんに『羨ましがられる』ポジションじゃ駄目なんです。多少はそういう風に見えたとしても、ちょっと同情を引くくらいでないと。それこそ『もうちょっと何とかしてやれよ』と言われるくらいでちょうどいいんです」


NA「6月は愛宕坂47にとっても激動の月であった。まず、「ホーリーマザー」と称されたカリスマ的人気メンバーだった深山麻美が卒業する」


  卒業コンサートの様子。


NA「7月に発売が迫った15枚目シングルの選抜発表も重なる」


  選抜発表が行われている番組の様子。


NA「当然だが、半田つかさはこの15枚目のシングルの選抜メンバー選考からは対象外とされている」


  15枚目選抜メンバーたち


NA「ここから半田つかさの試練の日々が始まる」


CM


NA「これまではソロの歌手として、独自のスタイル…スタンドマイクの前でほぼ動かず、上半身をゆする程度で笑顔で歌うスタイルであった」


  歌っている映像。


NA「愛宕坂との共演においても、半田司のみがいわばセンターポジションで動かなかった」


  別の音楽番組の映像。


NA「ソロアーティストとしての活動も並行して行っていたが、こちらにおいてはこの「半田つかさスタイル」が貫かれた」


  半田つかさソロアーティストとしての歌唱場面。


NA「ただ、ソロアーティストとして歌う場合と、集団アイドルの一人として歌って踊るのではまるで違う」


  レッスン場で汗を流す半田つかさ。ジャージにTシャツ姿。


NA「半田つかさはこの時期、3枚目のシングルのプロモーション及び音楽番組などへの出演に加えて「愛宕坂47」の100曲に及ぶナンバー全ての歌詞と振り付けを叩きこむ練習に追われた」


会議室にて

野中「私がもう一度生まれ変わるとしても、半田つかさだけは嫌ですね(笑)」


  移動中のタクシーの中で潰れて寝ている半田つかさらしき人と思われる服のかたまり


野中「それにしても恐ろしい体力でした。私たちもちょっとそれに甘えたかも知れない(笑)」


レッスン場にて

  テロップ 振付師 東 流れ石


東「選抜メンバーは大体16~18人くらいですけど、細かく動きが違ってるんですがそれ全部覚えちゃうんです」


―何種類になるんですか?


東「あの時点で100曲越えてたから2,000パターンくらいになりますかね」


―凄いですね


東「しかもあの体力…あたしの方が休憩申し入れて断られたの初めてです(笑)」


NA「この時期、歌番組になんと両方の名義で出演し、見事に三列目として溶け込むことに成功している」


  踊っている映像に矢印が表示され、「補助メンバー」ワッペンのある制服衣装で踊ってポーズを決める半田つかさの姿が確認出来る。


NA「順風満帆に見えるが、心無い中傷も受けた」


階段にて

つかさ(男性時)「もうネットなんて見ませんもん。元々見る趣味とか無かったけど」


NA「所属劇団のブログやホームページなども荒らされ、公演は何度となく中止となった」


  そうした画面。


NA「半田つかさは結局在籍中には愛宕坂47名義での個人ブログ、およびモバメ(モバイルメール)を持つことが適わなかった」


  歌番組で面白くなさそうな顔をしている端元のクローズアップ。


NA「確かに以前とは比べ物にならないほど多くの媒体に取り上げられ、話題を席巻はしたが、その大半…いやほぼ100%の話題は『男が加わった美少女アイドルグループ』というスキャンダラスで興味本位のそれであり、半田つかさの加入に賛成し、後押ししていたファンですら本来目指していた方向ではないとする向きも多くなっていた」


CM


NA「反対派の筆頭が端元奈々緒(はしもと・ななお)である」


廊下にて


端元「個人的にあの時点で辞めようとは思ってました」


―卒業したいと


「…ノーコメントで」


―でも、その時点では辞めて無いですよね


端元「…」



握手会会場にて

神経質そうな男性ファン「ここだけの話、可愛さだけならメンバーでも上位です」


握手会会場にて

女性ファン「癒されます(笑顔)」


   控室の場面。身体をきゅっとひねって衣装の様子を確かめている様子。スカートがふわりと広がり、髪がなびく。


NA「余りにも見事な女性人格ぶりにファンの間では、元となる人物は存在はしているが、「半田つかさ(はんた・つかさ)」という架空の人格が降臨している…という見立てが徐々に定着して行った」


廊下にて

  テロップ「愛宕坂47メンバー 生馬理科いこま・りか


生馬「つかさちゃんはね…女の子ですよ」


―「でも、女性と結婚してますよ」


生駒「それは外の人でしょ。中身は愛宕坂にいる時は降りて来てるんです」



廊下にて


  テロップ「愛宕坂47メンバー 東野彩萌ひがしの・あやめ


東野「(関西弁のイントネーションで。以下同じ)あたしは問題だと思ったことは無いです」


―それはどうして


東野「女の子だとしか思ったことないですから…。つかさちゃんを男の子として好きになるかって言われたらなれへんと思います」



控室にて

―どう思われました?


相良「(周囲を見渡して)これ、大丈夫なの?…ならいいや。で、オレ聞いたのよ。最初の出演の時から。『変態とか言うのはありなの?』って」


火山「また相良さんストレートだから。この流れでストレートとか言うのはどうかって思うけど(しーん)」


相良「(無視して)したら『もう全然ありです!ガンガン(いじ)り倒してください!』ってあの格好で言うわけよ」


火山「あんな可愛い恰好でねえ」


相良「ああ、ありなんだそういうの!って。それから吹っ切れたよね」



楽屋にて


―最初に聞いた時どう思いました?


セガーレ岡山「スキャンダラスな話題ですからね。ビックリしましたね」


―どう思いました?


セガーレ岡山「天才だと思いました。常に笑顔の天真爛漫キャラって春元真冬はるもと・まふゆがそれに近いけど案外愛宕坂にはいないタイプでしかも見た目が落ち着いてますからね。そのギャップが」


NA「外見が完全に美少女とはいえ、紛れもない既婚男性がメンバーに加わった美少女ユニットという話題は、アイドル業界に激震をもたらしたが、それ以上に一般の人々の話題になった」


   朝のワイドショーや昼のワイドショー、歌番組などのVTRが次々と。


NA「アイドルファンの間では絶大な人気を誇ってはいたが、一般への知名度と言う意味ではどうしても本家BKA49とは大きく水を開けられていた愛宕坂47は、これをきっかけに大幅に露出を増やした」


   一般紙、スポーツ紙、週刊誌などの紙面。


調整室で


―当時の反発はどんなもんでした?


運営「先に情報が出た段階から正式発表までは10通だった爆破だの脅迫だのが1日10通単位になってましたね(笑)」


階段にて

つかさ(男性時)「悩みは…ありましたね」


NA「半田つかさもまた、番組に出演する際には必ず話を振られることへの悩みはあったという」


つかさ(男性時)「絶対に触れて頂けるじゃないですか。ボクって『公認ウソつき』って言われるほどその場で笑いを取りに行く方だから盛り上げは出来るんですけど、ホント「そればっかり」になりがちだったから…。折角テレビの歌番組に出演してるのに、全く映らない他のメンバーに悪いなって」



番組風景

司会    「なんでこんなことになっちゃったの?」

つかさ(女性時)「そうなんですよ。ある朝家のドア開けたら黒づくめの大男がやってきてそのまま事務所に連れて行かれて、気絶してたんですけど目が覚めたら衣装着せられてて」

司会    「(一瞬マジになって)そ、そうなの?」

つかさ(女性時)「(全く落ち着いた美女風のイントネーションのまま)ウソだぴょ~ん」


  どどどどど…とスタジオ中がずっこける。


司会    「ウソなのかよ!」

つかさ(女性時)「はい、すいません。普通にマネージャーさんから電話がありました」

司会    「普通じゃねえか!」



廊下にて

  テロップ「愛宕坂47メンバー 片山一美かたやま・かずみ


片山「つーかつかさちゃん、どう見てもあたしより可愛いんで、街歩いてて「ああ、あんたが何とか坂の男の子でしょ」とか言われるんですよ。違うっつーの!あたしじゃないっつーの!ホントいい迷惑ですよ(笑)」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 春元真冬はるもと・まふゆ


春元「あ、それあたしも言われた。あんたが男の子なの?大変ねえ女の子に混ざって…とか言われて。あたし女の子ですぅ~っ(笑顔で泣きまね)」


NA「ここに来て事態が好転し始める」


   雑誌の表紙を制服風衣装の笑顔で飾る半田つかさ。


NA「どちらの意味でも爆発的な話題となった愛宕坂47は気が付けば以前とはケタ違いの知名度を手に入れていた」


   平積みになっている雑誌たち。


NA「一般紙は、文学雑誌、文芸雑誌、サブカル雑誌などもこぞって特集を組み、その勢いは海外まで波及した」


   英語雑誌の表紙を愛宕坂47が飾っているところ。


NA「CDのセールスも好調を記録。その為、とある現象が起こる」


街中にて

妙齢の女性「曲が…いいんですよね」


街中にて

三十代前と思われる男性「キワモノだと思ってたんだけど…結構格好いい曲が多いかなって…気づきましたね」


NA「元々楽曲の良さに定評のあった愛宕坂47だったが、実際に曲に触れる機会が増えたため、そこで再発見されることとなったのだった」


   半田つかさの瞳のアップ。


NA「2016年10月初週。半田つかさが「愛宕坂47」に在籍して5か月目。既にソロ名義で3枚のシングルを発売し、アニメソングながら3枚の合計がミリオンに達する売れっ子として、「カラオケ・デュエル」に8カ月ぶり4度目の再登場を果たした。ちなみに収録番組であるため、実際の収録は二週間ほど前になる」


カラオケ・デュエル

笠井「ご無沙汰ですねえ」

つかさ「すいません…ちょっと色々ありまして」


  愛宕坂47の清楚系制服衣装姿の半田つかさ。


柳沢「はい、半田司改め半田つかささん…ひらがなですね…は丁度一年前、去年の10月にこの番組に初登場なさいまして、その後12月、開けて2月と2回の100点満点を含む圧倒的なスコアで3度の連続優勝をなさいました」


  当時のVTRが流れている。


笠井「うぅむ!」

柳沢「その後アーティスト名を「半田つかさ(はんた・つかさ)」さんに変えられて深夜アニメ『正義戦士ジャスティスマン・アライブ』の主役を務められるとともにオープニング主題歌でCDデビューなさいました」

笠井「あなたプロの歌手になっちゃったんだねぇ!」

翼「そうなんです」

柳沢「その後6月、7月と立て続けにシングルCDをリリースなさるんですが、とある番組の企画によってなんとアイドルグループ「愛宕坂47」に期間限定でメンバーとして参加することになってしまいました!」


  会場拍手。


柳沢「現在もソロアーティストとアイドルの二足のわらじを履きこなして頑張っていらっしゃいます」

笠井「まあ、あなたも随分立派におなりになって…と申し上げてよろしいんでござぁいあしょうかねえ」



  舐める様に足元からパンアップ。可愛らしい制服が映し出される。

  会場に微妙な笑いが漏れる。


つかさ「そうですね…(苦笑)。なんか流される内にこんなことになってまして(分厚い膝下丈のスカートを少し持ち上げる)」

笠井「男としては複雑ですか?」

つかさ「ん~(にこにこ)。妻は複雑みたいですけど、ボクは嬉しいです」


NA「この日も会場には「愛宕坂47」のメンバーが観覧に来ていた」


会議室

―8か月ぶりの「カラオケ・デュエル」ですね


荒井「ホントに大変でしたよあれは…(苦笑)。各局で半田のスケジュールの奪い合いですからね」


NA「この日、持ち歌とそして参加してしまっているため得意の愛宕坂のナンバーを封印される逆風とも言える条件下において、「懐かしのアニメソング」であるスチームネーション・イントラネットのナンバーを2曲歌い、やはり圧倒的スコアで優勝する」


  制服衣装姿で舞い散る紙ふぶきの中、トロフィーを抱いている笑顔の半田つかさ。


NA「この番組を現役アイドルが制した最初の例となった」


荒井「当然ですけど、歌の練習はしててもカラオケマシンでの調整なんか全くしてませんから…大したもんです」



 エンディングのBGMが掛かり始める


NA「今月には愛宕坂47は16枚目シングルの選抜メンバーを発表すると言われている」


 アイドルスマイルで歌っている半田つかさの制服姿の笑顔。


NA「15枚目においては所属していながら『選抜選考除外』扱いであった半田つかさだが、16枚目においてはまさかの選抜入りの噂もある」


 集団で可愛く踊る愛宕坂47のメンバーたち。歌番組の様子。


NA「もしそれが実現すれば、史上初にして空前絶後、男性でありながら選抜入りすると言う快挙となる」


 カメラに気付いて笑顔で手を振る半田つかさの表情。


NA「年末の紅白歌合戦に出場ということになると、男女混成グループ以外では史上初の男性で紅組出場となる。とにかく史上初が目白押しだ」


夜の夜景

―半田さんの目標って何ですか?


「…とりあえず与えられた仕事をこなすことですよ。今はそれで精一杯です(笑顔)」


NA「半田つかさはこれからも我々を楽しませてくれることだろう」


「それじゃ!明日も収録があるんで!」


  夜景に消えていく性別不詳のファッションの半田つかさ。


エンドクレジット


*****


 「熱情台地」の採録は以上となる。


 人間・半田つかさを巡る騒動という点においては「2016年10月」が大きな分岐点となるのだが、この番組はその最大の騒動の直前の段階で製作されているため、一切触れることが出来ていない。


 後述することになるだろうが、半田つかさはごく普通の18歳の男性であったため髪の長さはこの段階では普通であったため、カツラを使用しており、ストレートのロングヘアの印象が強い。


 ここまでの略年表を記す。


略年表

2015年10月 17歳12箇月 カラオケ・デュエル 初登場 大評判 100点を含むぶっちぎりの優勝

            アニメにおいて初めて「名前のある役」を得る(出番は2回のみ)

2015年11月 18歳 1箇月 雅羅(当時21歳)と結婚

2015年12月 18歳 2箇月 カラオケ・デュエル 2回目 圧倒的な歌唱力で二度連続の優勝。愛宕座47の曲にて。

2016年 1月 18歳 3箇月 アニメで初の準主役級の役を獲得(ほぼ全話に出演)

2016年 2月 18歳 4箇月 カラオケ・デュエル 3回目 3回目にして2度目の100点決勝で最強ぶりをみせつける

2016年 4月 18歳 6箇月 深夜アニメ『正義戦士ジャスティスマン・アライブ』主役 OP主題歌メジャーデビュー

            歌番組にて愛宕坂47と共演。

2016年 6月 18歳 8箇月 愛宕坂47への加入発表

            半田つかさとして2枚目のシングルリリース

2016年 7月 18歳 9箇月 グループ15枚目シングル発売(在籍はしているが不参加)

            半田つかさとして3枚目のシングルリリース

2016年 8月 18歳10箇月 真夏の全国ツアー帯同

            格闘ゲームのラジオ公開録音にてミニライブ 幻の4枚目シングル発表

2016年10月 18歳12箇月 カラオケ・デュエル 4回目 愛宕坂の歌を封印されるも圧倒的優勝



 その後、「熱情台地」は幾つかのスキャンダルなどの洗礼を受けながらも目覚ましい活躍を見せた半田つかさに対する二度目の取材が試みられたのだが、「同じ人物を二度取り上げない」方針により断念せざるを得なかったとのことだった。


 ただ、最初のドキュメンタリーにおいても編集の行程で使うことが出来なかった素材が余りにも多く、ここに採録分も交えて掲載し、「半田つかさ」の実態に迫ってみたい。



 ここで紹介しておかなくてはならない。

 本稿を成立させることが出来た最重要人物、アマチュア評論家の「キップ」氏である。

 

 田園風景の中に立つ家にその人物はいた。


 本稿は基本的に彼との対談形式で取材の成果を採録する形で進行させていただくこととする。


*****


キップ「あ、どーも。どうぞこちらへ」


 インタビューに答えるキップ氏。恰幅のいいラフな格好の四十台後半の男性だ。ちなみに未婚。メガネにチェックのシャツにジーンズ。

 申し訳ないが、世間一般に流通する「オタク」的な人物とほぼイメージは一致する。


 自己紹介によると昼間はごく普通のサラリーマンとして活動。年齢相応の待遇を得て滞りなく働いているとのこと。

 作家・クリエイターとしての活動はしておらず、過去に同人誌を出版した経験はあるが、現在は本格的な同人活動もしていないとのことだった。

 アマチュア評論家を自負し、一応SNS上で自前の論を発表したりはしているが、広く浅く取り上げるオタク系ニュースブログなどと相性が良くないためにマイナーな位置に甘んじている。だが、そのジャンルで大成することを全く求めていないため、現状には満足しているとのことだった。


 通された部屋は意外にこじんまりと片付いていて、アニメグッズ・ポスター・フィギュアなどは目立つところには見当たらなかった。

 ただ、パソコン回りだけは親指サイズのアニメキャラと思しきフィギュアが幾つかあるが、この程度ならば普通の社会人のオフィスにあってもそれほど不自然ではない。




―最初に「半田つかさ」をご覧になってどうでした?


自宅にて

「ビックリしました」


―マンガみたいですよね


「そうですね。実は容姿が女の子と変わらないほど可愛いことで、女装してアイドルをせざるを得なくなる…って展開の漫画って結構あるんですよ」


―そうなんですか?


「ぶっちゃけ『女装アイドルもの』ってジャンルが成立するほどありますね」


 そうしたマンガやアニメの表紙・ジャケット写真。


―それっていつごろからです?


「えーっと…正確に何年頃からってことを調査まではしてませんけど、80年代にはもうあったんじゃないかな。だから30年以上の歴史ってことになります。てゆーかそもそもBKAの公式スピンオフ漫画は「男の子が加入する」って筋立てですよ」


―本家が既にやっていたと


「公式でね(笑)。ただまあ、されどマンガたかがマンガですからね。それほど話題になったとは言えないですね。巻数も出てるから全く人気が無かった訳じゃないみたいですが」


―何でそんなことに?


「連載されたのが少年誌だったってことが大きいんじゃないでしょうかね。若くて綺麗で可愛い女の子集団ってどうしても男の子には理想郷みたいなイメージがあるじゃないですか」


―はあ


「そこでアイドルプロデューサーの立場で見守る少年主人公ったって現実味が無いし、かといって現場の底辺で働くスタッフとアイドルの恋物語じゃ逆方向に現実味がありすぎです。かといってアイドルの一人の女の子を主人公にしても、流石に少年読者たちの共感は得られにくいでしょ。だったら男の子がメンバーとして加入しちゃえって」


―どんな漫画なんです?


「主人公は意識も何も完全に男の子なんで、それこそ身体と性意識が違う精神は女の子の葛藤を描いたりって話じゃないし、かといって所謂(いわゆる)「ラッキースケベ」…説明いらないですよね?…でちょっとエッチな漫画って訳でもありません」


―というと


「一言で言えばスポ根ものでしたね」


―「巨人の星」みたいな


「極論するならそうです。もともとBKAグループって過剰に体育会系なんですよ。ドキュメンタリーみてもどうしてこんなにって言うほど始終怒鳴り散らしてるし」


―今回の事象と重なりますね


「まあ、僕も最初に思ったのはそれでしたね」


―どうでした?実際に観てみて


「残念ながら僕はカラオケ番組の方は後追いなんですよ。…一応全部観ましたけど」


―アイドル評論家としてはいかがです?


「別にアイドル評論家ではないですが…所謂(いわゆる)両声類りょうせいるい』ってことなんだろうなとは思いましたね」


―「りょうせいるい」ですか。


「元は生まれた直後は水中生活だけど成長するにしたがって陸に上がってくる「両方で生きる」一部の爬虫類なんかを指す言葉ですけど、「せい」の字を「生きる」じゃなくて「こえ」にして当てますね」


―男女の声とも出せると


「そうです。動画投稿サイトには大量にいらっしゃいますし、結構な有名人もいらっしゃいますよ」


―そんなに


「ええ。テレビでは『男なのにこんな声が出せる』とか『あっという間に切り換えられる!』なんてやっていじってましたけど、何年前の流行を後追いしてんだって思いましたね」


―そんな世界があるんですね


「まあ、とはいうものの厳しい話ですけど『両声類』の方って、正直『…まあ、そういう風に聞こえなくもないけど…普通におっさんが裏声出してるよね』って方も多いです。というより大半といっていい」


―はあ


「喋る分には何とかなってもイントネーションとかで明らかに不慣れだったり照れたりしてるのがモロ分かりだったり、そもそも「女声じょせい」の調教(筆者注:「調教=作り込み」)が甘い方も多いですね」


―なるほど


「そういう意味ではつかさくんが抜群の完成度…というか究極の完成度だったのは幸いでしたね」


―確かに


「それにあの笑顔!…驚きますね」


―はい


「全てが混然一体になったバランスが良かったんですね。そして「実際は男である」ってのが良かった。これで女性だったらこんなに人気出てないでしょう」


―…え?


「ここまでの「魅力的な女性歌手…そしてタレント」の外見と所作と声を兼ね備えていながら、それでいて男だからこそ魅力的な存在たりえたんですよ」


―いや、それはおかしいでしょ


「ふっふ~ん(にやり)やっぱりそう思ってますね。はっきり言って半田つかさの魅力って「実は男」ってところにある…ってのが私の評論スタンスでしてね」


―いやいやいやいや


「先ほど『女装アイドルもの』漫画自体は沢山あるとは言いましたけど、どれも「実は男性であることを隠して」行うものであって、こんなにおおっぴらに『実は男です』って公表していながら女性アイドルグループに所属したまんまなんてマンガにすらありませんよ」


―そりゃそうでしょ


「正に事実は小説より奇なり…というところですね。男女混成グループは普通に存在しますし、男女混成アイドルもありました。ただ、女性として男性が参加してるグループ…ってことは男の子の方はいわば『意思に反して女装を強いられている』構図になります」


―おっしゃる通り


「普通は気持ち悪い!ってことになります」


―私もそう思いました


「ただ、半田つかさくんの外見見れば…月並みな表現ですけど、そこいらのブスより100倍可愛いです。いや、というかトップアイドルたちと並べても全く遜色ない。美少女揃いの愛宕坂の中に放り込んですら違和感無いんだから」


―…はい


「それが騙されてますよ」


―え?


「公称158センチと男性にしてはかなり小柄でしかもか細くて華奢。163センチのモデル軍団の御三家(黒石、端元、松山)から5センチも低く、物凄く童顔に見えることもあるし、じっと黙って動かずにいればグループの趣旨に合致した落ち着いて清楚な美人です。すらりとスレンダーで…当初はカツラ着用で真っ黒なストレートの背中まである長い髪でした」


―そうですね


(ほとん)どしてないみたいに見えるナチュラルメイク。オタクの『美少女幻想』を一方向で100%具現化したみたいな理想的な外見ではあります」


―「一方向」というのは?


「色々ありますからね。ショート好きの奴もいるし、活発な方が好きなのもいるし」


―ああ、なるほど


「ともかく、間違いなく美人なんですが、それじゃあこういう女性が実際いたとして…沢山いますけど…即、アイドルとしてちやほやされるかっていうとかなり疑問符が付きますね」


―そうですかねえ。私ならちやほやしますけど


「希少価値が無いんですよ。言ってみれば全部女性としてはある意味当たり前のことばかりであって。事実、女性にまで範囲を広げれば同レベルのアイドルタレントは沢山いますけど、みんな半田くんほどの売れっ子にはなってません」


―そうとも言えますが…


「話を戻しますけど、何と言っても…僕の勝手な命名ですけど『オカマの谷』を越えてるのが良かったですね」


―オカマの谷とは?


「『不気味の谷』はご存じですか?」


 不気味の谷とは、限りなく人間に近づいた人形やロボットなどが、(ほとん)ど人間に見えるのにごくわずかに人間に見えなかった場合に感じる不快感である。アニメのキャラやデフォルメした人の顔などの戯画においては『本物の人間』とかけ離れているために感じないが、人に近づけば近づくほどある段階から『不気味の谷』現象が発生することが知られている。


―はい


「それの女装版で、『限りなく女性にしか見えないんだけど、ああ実はやっぱり男なんだなあ』と感じさせられることが、ごく僅か、1%でも感じられてしまうとそれまでの「男であるにも関わらず」という「カッコつき」の『美しい・綺麗・可愛い』評価が一気に『気色悪い』に転落するんですよ」


―あー…


所謂(いわゆる)ニューハーフタレントさんとか、男性芸能人の女装企画だとまま感じられますね『オカマの谷』」


―そう…ですね。多分、大半の視聴者の感じる…不快感ってそういうことだと思います


「今だとPC(ポリティカリー・コレクトネス、政治的正しさ)で大っぴらには言えませんけどね。ところが半田つかさくんって、今現在確認する限りではただの一度もそういうことは無いですね」


―はあ


「現在のハイビジョン高画質カメラであれだけ顔面をアップされてるのに全く問題無く美しいんだから物凄いです。天は二物を与えてますね」


―確かに


「話を女声…「おんなごえ」…に戻しますけど、ここにもあるんですよ「オカマの谷」が」


―あるんですか


「完全に「オカマの谷」を越えきった方ならいいんですけど、一番気持ちが悪いのがその…「オカマの谷」が感じられる方ですね。あれはかなり辛いです」


―はあ


「数年前に確か『両声類』だってんで歌手デビューされた方もいらっしゃったみたいですけど、私に言わせれば「ちょっとハイトーンの男性ボーカル」ってだけで別に『両声類』名乗るほどでもないな…と。実際その後の話は余り聞きませんね。実は曲自体はそんなに悪くないんですけどね」


―そうなんですか


「技術的には低い声の方が出しにくいんだそうです。女性が低音を出す方が辛い。音域で言うならば低い方に自由な男性の方が女性よりずっと広いんですよ」


―え?でも…


「男はファルセット…裏声を駆使すれば、高さだけは高い声は出せちゃいますし、低い声はナチュラルに出せますからね」


―そうですか…?男に高い声ったって限度があるでしょ


「男性のオペラ歌手でソプラノ出す人なんてごろごろいますよ。高い声を維持するために去勢手術までした「カストラート」が有名ですけど、そこまでしなくても出すこと自体は練習で可能です」


―でも…


「(にやりとして)まあ、おっしゃりたいことは分かります。男性オペラ歌手のキンキンの高い声なんて『観賞させていただく』お芸術としてのオペラとかってんならともかく別に積極的に聴きたいもんじゃないし、ファルセットって言えば聞こえはいいけど「裏声」って要は「オカマ声」ですからね」


―そうですそうです!それです


「正に「オカマの谷」って奴で、中途半端に女性を装おうとして失敗している状態が一番気色が悪いんですよ。だから所謂(いわゆる)「オカマタレント」の方の中には語尾は女性っぽくても発音は完全に男性のままの方とかいるでしょ。マリコ・ゴージャスさんみたいに」


―そういえばいますね


「裏声のクネクネした「オネェっぽさ」は不要って判断なんでしょ。流石に売れっ子の嗅覚は違います」


―半田つかさの声って裏声なんですか?


「僕の調査だと一応そうです」


―調査…されたんですか?


「何でも調べるのが趣味なんで」


―もしかして「女声」練習されたとか


「後学の為にね」


―ちょっと出してみてもらえます?


「クオリティ低いですよ?…あーーーーーーーー(段々悲鳴みたいに高くなって行く)…この状態で無理やりちょっと喋ります。もう一度やりますね。あーーーーーーーーー(その頂点で)…どーもー…こんな感じです」


―っ!!!


「ホンの一瞬だけ女性っぽく聞こえたでしょ?」


―確かに…聞こえましたね


「つかさくんが言ってる『練習』ってのは多分これのことです」


―これをやったと


「きっとね。ただ、生まれつきの喉とそもそもの声質っていう先天的な部分は無視できないでしょう」


―誰でも出来る訳じゃないと


「同じ人間でも全員が100メートルを10秒で走れるわけじゃないでしょ?」


―はあ


「僕なんかだとこれだけやって一瞬だけ『そう聞こえなくもない』声質になる…のが精いっぱいなんだけど、そのまんま延々喋れて歌まで歌えるんだから間違いなく才能ですよ。しかもコロコロ切り換えられる」


―ですね


「綱渡りしながらその上でジャグリングやってるみたいなもんです」


―はい


「要はファルセットのまま、徹底的に声質から『低音部分』と『音の濁り』を取り除くと「女声」…「おんなごえ」になるわけです」


―低い部分が残ってたり、濁った部分があると


「いわゆる『オカマ声』になりますね」


―難しいですね


「難しいっていうか、まず無理ですよ。オカマ声ってのも深淵なもんで、それこそ「オネェ系」に振りきれて笑いを取りに来てくれるんなら、まあ楽しめるんですけど、本人の自意識としては半田つかさみたいな『深窓の令嬢』っぽい雰囲気でオカマ声だったりすると…」


―悲惨ですね


「不気味の谷を越えられないんなら近づかない方が無難です。僕なんか絶対近づきませんから」


―あはは…


「あと、最大のそれが演技というかお芝居というか…」


―あの笑顔ですね


「雰囲気ですね。まるで本当に人格が一瞬にして切り替わったみたいな錯覚を起こします」


―私も取材しててそう思いました


「ちなみにTRPGテーブルトーク・ロールプレイング・ゲームはなさいます?」


―いえ…


「面白いですよ。要は「ドラゴンクエスト」を口頭でやるみたいなゲームです」


―はあ…


「ルールのあるごっこ遊びですね。たまにこれでNPCノンプレイヤー・キャラクターの演技がムチャクチャ上手いマスターがいたりするんですよ」


―…つまりどういうことです?


「要はお芝居なんですけど、ごく普通の男なのに「通行人の町娘」とかの演技がムチャクチャ上手いんです」


―はあ


「ポイントは声質は男のまんまで、いわゆる「女言葉」みたいな語尾も余り使わなくても「女の子に見える」ことって可能なんだ…ってことです」


―はあ


「実は女性の声が高いってのもある種の錯覚でしてね」


―そうなんですか?


「特に海外の女性キャスターの声なんてかなり低いです」


―意識したことありませんでした


「海外ほどじゃありませんけど、日本人の女性でもニュースキャスターの声はかなり低いです。聞きやすい様に訓練されてますから」


―女性的な高い声って聴きとりにくいんですか?


「というより場合によってはイラッと来るんです。遠くに届くためにはとても有利なんですが」


―遠くに?


「遠くにいるオスに助けを求めるのに有利ですからね。あと赤ちゃんの声は言ってみれば自分の生命に関する危機アラームなんで一番精神をかき乱す音の領域です」


―ああ、それで赤ちゃんの泣き声はあんなにイライラするんですね


「心地よかったら親は気付きませんからね」


―なるほど


「女性の声の特徴って高さというより『澄んだ』音質というか『濁ってない』ことが一番大事で高さそのものは決定的な要因じゃないと思います」


―はあ…


「ぶっちゃけそれは男が一番除去しにくい要因でして…(苦笑)。濁ったまんま裏声でキンキン声出せばどうなるか分かるでしょ?」


―この世で一番不快な声になりますね


「加えてあの演技です。あれならモロに男声でも顔を観ながらだったらマジで女性の声と認識してしまうかもしれません」


―あっ!…そうか


「人間は情報の9割を視覚情報から得ていると言われますからね。なのにあの澄んだ声ですから…鬼に金棒というか」


―身体つきもほっそいですよね


「半田つかさくんの深淵なところってそこで、それこそ外科手術とかで性転換しちゃってるんだったらあれよりもっと美しい人とか世界中に沢山いるし、日本にだって一杯いるんですよ」


―そうでしょうね


「なんだけど、彼は外科手術も投薬も一切してなくて、純粋に仕事として「美少女アイドル」をやってる訳です。ネタじゃなくガチで」


―はい


「しかもそれを公言してやってる」


―ですね


「元々純然たるアイドル志望って訳じゃなくて、ベテラン劇団員…当時18歳ですけど…だったってことも大きかったんじゃないかなあ。上から目線で失礼ですけど(笑)」


―お芝居の経験が豊富だったと


「バラエティとかの出演も拝見してますけど、まあある種の天才ですよ」


―多くの方がそうおっしゃってます


「それこそ生まれつき緊張したりしなくて、お芝居そのものが好きなんじゃないかなあ」


―実は本編で編集カットされた荒井さんのインタビューがあるんです


「本当ですか!?それは是非観たいです」


*****


会議室にて

荒井「ちょっと忙し過ぎましたね」(引用者注:2016年夏ごろを指す)


―そんなに


荒井「全国ライブで駆け回ってて…レギュラー番組もあるし。ソロでのアニメソングのライブにも単独名義で出てるんです」


―かなり活躍してますね


荒井「もしもソロ活動だけなんだったらそろそろファーストアルバムを…ってな話になるんでしょうけど、とてもそんなこと考えてる余裕は無かったです」


―機会損失なんじゃないですか?


荒井「う~ん、それについては何とも。ただ、日本人って根本的なところで「多才」な人間を嫌うところがあるんですよ」


―どっちつかずになると


荒井「ええ。ピン…じゃなくてソロ活動に夢中になっててグループ活動がおろそかになってんじゃないの?みたいな」


―実際どうです?


荒井「平凡な子ならそういうこともあるのかもしれないけど、こと半田に関しては無いですね」


―体力的にも


荒井「ええ。アイドルグループに参加するなんて一生に一度しかないチャンスだから、この時期は完全にソロ活動を停止してアイドルに専念する予定だったんですよ。7月期と10月期はアニメ番組のオーディションも受けさせてないし」


―あ、そうなんですか


荒井「でも、オファーが来ちゃうんだこれが(笑)」


―どうしたんですか?


荒井「ソロアーティストやってアイドルやって、声優やってってのはウリの一つなんで…出しましたよ」


―どっちの役で?


荒井「男…というか男の子の役ですね」


―女性役じゃないんですね


荒井「やろうと思えば出来るんでしょうけど…それは流石に普通の女性の声優さんに失礼でしょ。そのバランス感覚は大事ですよ」


―でも、オファーあったんですよね?


荒井「それこそ「男のムスメと書いて男の」の役とかね(笑)。まあ、半田は存在自体がファンタジーみたいなもんなんで創作意欲が刺激されるのは良く分かりますよ。それぞれ3役くらいは結局やらせちゃったのかな。女の子の役も含めてね」


―結構多いですね


荒井「これでも相当断ったんですよ。アニメって出演すると雑誌の取材はともかく、番組のラジオとか、なんっつってもイベントにも引っ張り出されるんですね!ちょっと知らなくて結構大変でした。またアニメのイベントがまた半田で客引きするんだもん…まあ、あたしでもするけど」


―トンでも無い夏でしたね


荒井「あの体力のオバケの半田が痩せはじめたんでこりゃマズい!と思って医者に相談しましたもん」


―そうだったんですか


荒井「地方行って制服みたいな衣装とかミニスカートとか着て歌って踊ってライブして、そのまま打ち上げにも参加せずに飛行機でトンボ返りして翌朝の朝十あさじゅうのアフレコ参加して…レッスンしてレコーディングして、取材受けて…みたいな」


―どうにかなりそうですね


荒井「はい。でもどこも半田を欲しがるんで…特にアニソンライブは欲しがってました。アニメ界でもスターでしたから」


―チケット売るために


荒井「チケットは元々完売です。開始した年からね。更なる話題性が欲しいんですよ」


―なるほど


荒井「あの鉄人でも流石にこの時期は辛かったみたいで、アップにすると軽く頬がこけてます(笑)」


―はあ


荒井「アルバムは出せなかったんですけどシングルを寄せ集めて無理やりレコーディングしたリバイバルを詰め込んだミニアルバムで糊口を凌いでたってところです(笑)。お蔭さまでロングランになりまして、ミニアルバムの売り上げとしては記録を作りました」


*****


キップ「これは凄いですね。ファンなら周知のことではありますけど荒井さんから直接聞くと」


―彼女、ファンの間では人気なんですか?


「まあ、カルト人気というところです。というか主に『熱情台地』さんのせいですが」


―…



階段にて

つかさ(男性時)「緊張は…しないですね。したことないです」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 生馬理科いこま・りか

廊下にて


生馬「つかっさちゃんって本当に緊張しないですね。ムカつくくらい(笑)」


  テロップ「愛宕坂47メンバー 黒石真紀くろいし・まき

廊下にて


黒石「私がつかさちゃんの立場だったら逃げ出してたと思います。男の子なのに制服の衣装着て女の子に交じって歌って踊るなんて…絶対無理」



自宅にて

キップ「つかさくんの女の子のパーソナリティとしてのお芝居っていうのかな、作り込みが余りにも完成度が高いもんだから見てる側が『同じ人が演じてる』と認識できなくなるんですよね」


―確かに


「普通の男って、当たり前ですけど女の子についての知識が…普通はありません」


―ないですね


「双子の姉とか妹がいたりすればある程度は分かるでしょうけど…実際つかさくんには妹さんはいらっしゃったんですけど、3歳年下です。女子高生程度の女の子を演じる上ではそれほど参考にはならないでしょう。それに、そういう頭でっかちな「知識・情報」ってことじゃなくて『自然と可愛く見せられる仕草・所作』とかですね」


―そりゃあ、ないです


「ハッキリ言ってそれは同年代の生まれつきの女の子ですら無い人は無い訳です」


―あー…無いですね


「誰か思い出したりしてました?」


―まあ


「まあ、だからこそ『アイドル』に需要がある訳ですよ」


―む~ん


「現実は残酷でね。そこまで可愛かったり魅力的な女の子なんて普通は彼氏がいたり下手すりゃ結婚してたりするんですよ」


―結婚はともかく、彼氏はいそうですよね


「勝手な話なんだけど、その魅力を感じる存在の好意が自分に向かないのは…まあ、しょうがない。けども他人に向かってるのを見せられるのは許せん!…っていう意識はありますよ」


―…まあ


「憧れのアイドルには魅力はあっても性欲はあって欲しくないんです」


―…


「まあ神代の昔から若い娘は「傾国けいこく」…国をかたむけるだの「傾城けいせい」…城をかたむけるなんて別名があったくらいで、男にとっては何もかもなげうってしまいかねない魅力はある訳です」


―一般論そのものなんですが…


「中東各国が『石油が出るから』ちやほやしてもらってるみたいなもんで、若い娘がちやほやしてもらってるのは『魅力があるから』ですよ」


―石油ですか


「実際、クウェートやアラブ首長国連邦なんてあれだけ構ってもらえるのは石油が出るからですよ。イランやアフガニスタンの扱いとえらい違いでしょ?」


―はあ…


「ではその『魅力』とは何ぞやってことになるんですけど、少なくとも我が国に於いては『可愛い』ことですね」


―…


「では『可愛い』とは何かってことなんですが、恐らくこれも相当に細かく分析することって可能だと思います」


―そうなんですか?


「ある程度まではってことです。単に見た目の容姿とかだけじゃなくさっきから言ってる所作とか仕草とか。ただ、受け手のフィーリングによる裁量で個人差が大きかったりもするんでどうしても分析は進まないんですけど、この場合アニメキャラは参考になりますね」


―といいますと?


「人が描くものですからね。しかも作者の裁量次第でどんな存在でも生み出せる。そこに持って来て読者の受けがいいキャラを分析すれば求められているものはかなり分かります」


―なるほど…でもそれってアニメファンの求める理想像であって、アイドルファンのそれとは必ずしも一致していないんじゃないですか?


「分析の手法はどちらも同じです。人気のあるアイドル個人を調べればいい」


―はあ


「私なりの結論を言いますね」


―結論?結論ですか。


「ええ」


―てっきりアニメキャラの名前が出て来るのかと思ったんですが


「各論を言っても仕方がないでしょ。総論を言います」


―ではお願いします


「『無垢であること』です」


―…無垢むくですか


「ええ。ピュアとかでもいいですけど」


―具体的にお願いします


「これはこの頃のアニメとか見てもらうのが一番ではあるんですが…」


―アニメとかあんまり見ないので


「ちょっと正確な時期ははっきりしないんですがこの頃のアニメキャラ、ことにヒロインって過剰に白痴化が進んでると思うんですよ」


―…知りませんよ四方八方敵に回して


「だから私はアマチュア評論家なんでね。とにかく、アニメや漫画において過剰に『いい話』がもてはやされる様になってましてね。アイドルやれば『頑張れば夢は適う!』とか目をキラキラさせる様なアニメばっかりなんです」


―…それって朝の八時とかからやってる幼女が見るアニメですか?


「…流石一般の方だ。視点が新鮮だなあ」


―はあ


「おっしゃる通りで、そんな表面的な人間賛歌をはき違えた様な上っ面の物語なんぞ、子供が見るものだと思うじゃないですか」


―そうですね



「ただまあ、それなりに演出すれば感動的に見えなくもないくらいには仕上げられるんですよ」


―…大丈夫ですか?そんなこと言って。


「別に…。個人的にはアニメも好きですけど実写映画もかなり好きなもんで、やっぱりこのアニメの風潮にはちょっと乗り切れないんですよ」


―てっきりアニメファンでいらっしゃるのかと


「そりゃ今もたしなんでますけど、やはり一歩ひいてはいますね。何というか、人間関係のドロドロを描くことを主眼にしなくてもいいんですけど、やっぱり生身の人間を描くんならそれなりにみんな(すね)(きず)を持ちつつも現実に折り合いを付けて生きてる…くらいのバランスで描けないもんかなあ…とは思う訳です」


―…まっとうですね


「ところが今のアニメファンって、そういうしんどい話を観たい訳じゃないんですよ」


―そうなんですか?


「アニメがフィクションである以上、『作り話』なのは当然なんですが、それにしても『物語性』が画一的というか…厳密には『物語性』という名前の『記号性』が求められてる気がします」


―ちょっと分かりにくいんですが


「今のアニメって、『至誠天に通ず』じゃないですけど、『汚れなき純粋な心で一生懸命頑張れば必ず目標は適う!』式の人生賛歌に溢れてるんです」


―まあ、それほど悪いとも思いませんが


「ここで『望んでも夢がかなわないこともある』式のバッドエンドもたまにはやれ…と言ってる訳じゃないんです」


―え?違うんですか


「目標を達成するのは当然なんですが「過程」の純粋性まで求められてるんですよ。もう過剰に潔癖症というか」


―?


「アニメの登場人物であるからには、一点の曇りもけがれも無い人物でないといけないんです」


―はあ


「もっと言えば、実際に成功するかどうかよりも「その登場人物が『純粋無垢であるかどうか』」こそがある種の評価基準になっちゃってる」


―…ちょっと分かる気がします


「この表現が適切かどうか分からないんですけど、『キャラクターソング』が出るくらいのキャラってどうしても「裏表を描く」訳にはいかないじゃないですか」


―そう…なんですか?


「これってスポーツ選手とかにも求められてるんですよ。過剰かつそれでいてインスタントな『物語』が」


―…う…


「亡き父にささげる想い、だの支えてくれた家族がどうしたのって…それ自体は大いに結構ですけどもどうしていちいち『物語』が報道についてまわるんですかね。もっと淡々と伝えて欲しいんですが」


―…確かに


「上手く言えないんですけど、確かに感動が無いとは言わない。ただ、みんなその手の安易かつインスタントにしてお手軽な「共感物語」に乗りすぎです。そんなに始終『この話って感動したよね!』と確かめ合ってないとお互いの気持ちが不安なんですかね」


―…


「元が『偶像』という意味の『アイドル』なんて正に『物語性』の生身の具現化みたいなもんですよ」


―…はあ


「それこそ戦後すぐみたいな時代だったなら「アイドルはトイレ行かない」くらいの物語も信じられていたのかもしれません」


―…どうなんですかね


「半ば願望込みなんでしょうね。この間大笑いしたのが、亡くなったかつての大横綱がいたんですが」


―はあ


「現役時代はそれこそ地方巡業に行ったらおばあさんに拝まれるレベルの大スターで、武勇伝や『いい人』エピソードもてんこ盛りな訳です」


―そうでしたね


「ところが相撲協会会長になってみると週刊誌にボコボコにぶっ叩かれる訳です。「指導力が無い」とか「見る目が無い」くらいならともかく「性格が悪い」だの「人望が無い」だのまで言われる。同じ人ですよ?それでいていざ亡くなってみると『いい人』エピソード垂れ流しです。何なんだこれはと」


―…マスコミってそういうところありますからね


「もはや事実関係や統合性すら問題じゃないんです。そこにあるのはある種の信仰にも近い『絶対的に正しい』物語か『絶対的な悪』の物語しかありません。思考停止なんです」


―耳が痛いです


「そこに「人間には色んな面がある」的な複雑な物語が受ける訳が無いんです」


―なるほど


「野口英世っているでしょ」


―ああ、あのお札にもなってる


「今は知りませんけど、あの方子供の頃の事故で片手が不自由になってるんですけど、そのハンディキャップと貧乏な出自にもかかわらず功成り名を遂げたってことで僕が子供の頃には『道徳の教科書』では定番だったんです」


―はあ


「ぶっちゃけ日本の学界では相手にされなかったのに海外でちょっと名前が売れたら日本人が逆輸入して有難がってた…ってところまで書いてもらえばいいんですけどね。ともあれ、「障害者」「貧乏な苦労人」と『絶対的な感動物語』のてんこ盛りみたいな人ですわ」


―私のイメージもそんな感じです


「だもんで生きてる内から『伝記』が出版されて、本人にも原稿チェックが回ってきたんですよ」


―そりゃ照れくさいですね


「本人が読んで曰く『こりゃ誰の話だよ』って言ったそうです」


―…え?


「確かに障害者ではありますが、別にだからといって純粋無垢で天使みたいな人な訳じゃない」


―まあ、そうですが


「それどころか放蕩癖がひどくて留学の為にカンパしてもらった金を使いこんで飲んじゃったり、借金踏み倒したりかなりワイルドだったそうです」


―…えっと…


「功績が凄いのは間違いないんですがね。でもこんな話道徳の教科書には載せられないでしょ」


―そりゃあ…


「そこで話が『アイドル』に戻ります」


―え?ずっと『アイドル』の話してたんですか?


「だって今日の取材は半田つかさくんについてでしょ?そりゃそうですよ。私の話脱線だらけなんでよろしくです」


―はあ


「可愛くて純粋無垢に見える女の子…というだけで基本的には無条件に称揚される下地はあるわけです」


―はい


「ただ、これだけ情報が氾濫してますし、少なくともある程度人生経験を積んだ大人なら男性だろうが女性だろうがそれなりに裏表もあるし、いずれにしても人間でしかない…ってことは分かる訳ですよ」


―ですね


「とはいえ『純粋無垢な存在に癒されたい』物語の希求はあるので、『猫動画』を観賞したりするわけです」


―ああ、ありましたね『猫なべ』とかでしょ?


「ええ。少なくとも猫は人間的な欲望やら欲求やらをむき出しにはしない訳です。それでいてつぶらな瞳でじっとこちらを見られたりとかされると…」


―ははは


「広告業界で言う「3B」って奴ですね。美人…ビューティー、子供…ベイビー、動物…ビーストです。美人以外はやっぱり『精神が純粋無垢』ですからね」


―…美人は除外なんですね


「モデルとか女優とかと違う文脈で『アイドル』ってのが存在するのは『作っていない魅力』の存在である『確率がやや高い』ことに希望が持てるからでしょ」


―確率ですか


「『枠の外』ってことになると、所謂(いわゆる)ニューハーフさんとかオネエ系の方々がいますね」


―最初は半田つかさもそっち系なのかって思われてたんですよね


「普通はそう思いますよね。まあ、あの方々もワイドショー的には便利な存在ではあります」


―そうなんですか?


「例えば女性差別だの女性の権利がどうしたのって話題になった時、これを男のコメンテーターが何か言うと『男なんて何にも分かってない』という雰囲気になる」


―はあ


「かといって女性が発言しても『やっぱり女は自分勝手だ』みたいな雰囲気になりかねないです」


―そうかもしれないですね


「これがオネエの人だと『この人が言ってるんなら仕方がないか』みたいにカドが立たないことが多いんですよ」


―っ!なるほど


「たまに『女性よりもよっぽど美人』のニューハーフタレントさんみたいな方がバラエティとかに出るでしょ?」


―出ますね


「どう思います?」


―どうって言われても…


「不快感とかあります?」


―言葉だけ聞くならぎょっとはしますね。正直言って


「実際見てみてどうです?」


―そりゃ可愛いとか綺麗だとかは思いますけど…個人的には余り関わり合いになりたくはないですね。差別もするつもりはないですが


「それが最も一般的なスタンスだと思います。とてもいいとは思うんだけど、これを自分の中で「よし」としてしまっては駄目だ…的な心理的ブレーキが掛かるというか」


―そんな感じですかね


「実はそういう『見た目が全く分からない』系の美人って案外レギュラー定着しないんですよ」


―そうなんですか?


「ええ。むしろ、分かりやすい「オカマキャラ」「オネエキャラ」みたいな人の方が残ります」


―それはどうしてでしょう?


「注釈がいらないのがまず第一点。何しろ見てすぐに分かるし、敢えて誰も「実は男ですよね」なんて一旦話題を振ってから番組に入ったりしません。どう考えても野暮ですし」


―ははは、確かに


「これが完全に見た目が女性だと、一応「実は男性です」と話を振った上で女性の出演者が「きれーい!」「あたしより美人!」とかの「定番の受け」をひとしきりやって、その上「どうしてそんなことになったんですか?」だの「手順」が増えちゃってスムースに進まないんですよ」


―目に浮かぶようです


「もう一点が本人が嫌がるんです」


―本人って、その美人男性さんがってことですか?


「どうもそうらしいです。あの方々はあくまでも「美人の女性として扱ってほしい」んであって、「性転換した元・男としていじって欲しい」訳じゃないんです」


―いや、そりゃ無理でしょ


「そうなんです。ぶっちゃけ「本物の美人の女性」はテレビ業界なんて溢れかえるほどいるわけです。態々(わざわざ)「元・男」なんてメンド臭い人なんて呼んでくる理由が無い」


―ですよね


「呼ぶとしたら『元・男なんだけど性転換していて今はなまじの女性よりも綺麗』っていう『キャラ』で呼ぶしかない」


―そうです


「ところがこれって…そもそも立ち位置が物凄くデリケートです」


―といいますと?


「それこそPCポリティカリー・コレクトネスって奴で、ちょっと扱いを誤るとたちまち「マイノリティー差別だ」って話になる」


―面倒臭いですね


「その点、所謂(いわゆる)「オカマタレント」なら多少口汚く(いじ)っても笑いになります」


―むしろ本人も自分で自分を笑いものにしてますよね


「あと、やっぱり存在が結構ディープですよ。マンガじゃないんで一旦性転換しちゃえば戻れませんからね。そこまで人生掛けてアイデンティティ獲得の為に戦ってる人にしょーも無い話題振れないじゃないですか」


―はい


「それから、これが一番決定的なんですけど今って「自然志向」なんです。それに完全に逆行してる」


―自然志向?


「要するに『作ってない天然の魅力』って奴ですね。90年代に始まる『女子高生ブーム』とかもこの路線です」


―私なんかだと『女子高生』って逆に結構奔放に乱れてるイメージですが


「これ、直前の『女子大生ブーム』へのカウンターなんですよ。だからこの当時はこれでいいんです」


―そうか!


「日本人の精神が幼児化してるってことなのかどうか分かりませんけど、純粋無垢さを求めてどんどん嗜好対象が幼くなってます。この当時のアニメのヒロインの変遷なんかと併せると露骨ですよ」


―そういうことですか


「流石に『女子高生』より(さかのぼ)ると『女子中学生』になっちゃいますからね。これだと犯罪です」


―おおっぴらには出来ないと


「私は乗り切れなかったんですけど、80年代に「ロリコン・ブーム」ってのがありまして」


―オタクバッシングの根本ってその辺の気色悪さですよね


「そこもちょっと誤解があって、少なくとも80年代の「ロリコン・ブーム」って一種のネタなんですよ」


―ネタといいますと?


「これはBL論にもなっていくんで深入りしませんけど、要は『こんなヘンなこともやってますよ!』ってのを露悪的に表現した、アングラ的なビザール表現の一種であって、本気で幼女が好きな訳じゃないんです」


―そうなんですか?


「例えばオタクバッシングの最大の原因になった89年の幼女誘拐事件ですが、あいつの部屋の中で見つかった最も有名なエロ雑誌のタイトルが『若奥様のナマ下着』ですけど、ロリコンがこんなエロ本読むと思います?」


―あ…


「オタクは『やっぱり小学生は最高だな』とか今もネタで言いますけど、あくまで変態っぽく自分をつくろってみる遊びなんであって、まっとうな(?)性的対称の下限はやっぱり『女子高生』位だと思います。それより幼くなっちゃうと流石に異性としては見られません」


―あれ?意外にまっとうですね


「はい。マスコミにとってはオタクってのは『異常者であってほしい』ので、こういう話って遡上に登らないですからね。それこそウェーイ系サーファーとかの方が性的に乱れてたりしますけど、それよりも見た目は確かにキモいけど女性に近づきもしないんだから相対的に安全なはずのオタクの方がバッシングされたりします」


―…はあ


「まあ、これはオタクバッシングについての話じゃないんでこれくらいにします」


―はい


「可愛らしさの要素を分解すると『無垢』が出て来るって話でした」


―そうでした


「女性アイドルのファン…この場合は男性ってことにします…が一番見たくないものは『無垢』を否定する要素でしょうね」


―もう少し詳しくお願いします


「何かに入れ込んでる姿勢とかですかね。これが『好奇心』ならいいけど『欲望』となると冷めちゃう」


―まだ分かりません


「アニメが面白かった!とかなら、まあいいけど男と付き合ってるのは駄目です」


―じゃあ「恋バナ」とかは駄目なんですね


「あ、それはありです」


―?基準が良く分からないんですが


「恋に恋する恋子ちゃん…ですか、そういったシチュエーションを想像して「きゃー」とか照れてるのはありです」


―はあ


「『アイドル』が初々しい状態のリアクションをさらす…のはアイドルファン大好物のシチュエーションです」


―む~ん、何とも気持ち悪いですね


「まあ、そうですわな。同年代の男の子ならともかく未婚の五十台男が夜な夜なそんな番組見てにやにやしてるのを想像すると…」


―世も末ですね


「ただ、『初々しさを愛でる』ってのは人間としてそこまで異常心理じゃないでしょ。子供を可愛く思う心理が人間に無かったら滅びます」


―まあ


「同じ女でも『この間の男はチン〇が小さかった』とかのホンネトークは駄目です」


―そんなアイドルいませんよ


「下品ってこともありますが、要は『初々しさ』が無いのが致命的です」


―初々しさがあれば下品トークはありなんですか?


「ありですね。下ネタにぷんぷん怒ったり、照れて真っ赤になっちゃったりすれば」


―ははあ、初々しさこそが全てなんですね


「実はこの段階でBKAグループのアイドルの一部って『業界ずれ』してる態度みたいなのをあからさまに出す様に成ってましてね。本人たちはサバけたアイドルグループっぽくて面白がられてると思ってるのかもしれませんけど、ファンはみんな初々しい愛宕坂とか桜坂(坂シリーズ第二弾アイドル)に流れてっちゃってる」


―厳しい話ですね


「ところがこの『初々しさ』のハンドリングって物凄く難しいんですよ」


―といいますと?


「余りにも初々し過ぎるとわざとらしいでしょ?」


―そりゃそうですが


「かといってホンネお下品トークをしちゃうと男性はドン引きになる」


―…アイドル幻想ってのも難しいですねえ


「だからアイドルにそれなりの価値を見出す人と最初から『子供だまし』として相手にしない人がいるでしょ」


―いますね


「それこそブルドッグみたいな顔の『女性評論家』とか最初からバカにしてる感じじゃないですか。「女を愛玩動物みたいに見てる!」とか言って」


―どんなイメージですか


「それこそ『普通の(?)』女性と日々付き合って振ったり振られたり修羅場になったりしてる男…ヤローなんて、アイドル見たって「やりてえ」としか思わないでしょ?」


―なんかイメージが極端すぎませんか?


「つまり、ハンドリングは事実上不可能なんです。現実問題として、100人が100にとまでは言わなくても80人納得させられる『アイドル』って現在だと存在しえないと思うんです」


―ああ、そういう流れですか


「先ほど『無垢でないもの』の話をしましたね」


―ええ


「男にとって最も『無垢でないもの』…欲望まみれで汚れきっているものといえば…」


―なんです


「まず第一にそりゃ『男』ですよ。男そのもの」


―はあ


「女と見ればアソコをおっ立ててあんなことやこんなこと妄想してる…何しろ自分自身が男なんだから、「男などと言うものがどの程度のものか」なんてことは嫌と言うほど分かっている訳です」


―まあ、そうとも言えますね


「流石に『男』はランキングに入れるのは規格外ですのでこれを殿堂入りってことにするならば、その次に『無垢でないもの』の実質ランク一位は…何だと思います?」


―さあ


「『すれた女』です」


―…はあ


「『可愛さ余って憎さ百倍』じゃないですが、同じ女であっても『純粋な女の子』と『すれた女』では評価が180度違います」


―主観じゃないですか


「いえ、客観です」


―でもそれって、「酸いも甘いもかみ分けた妙齢の女性」よりも「何も分かってない小娘」を珍重するってことでしょ?


「肉体的かつ物理的に見るなら、そうです」


―ロリコンに通じる気持ち悪さがあるんですが


「いえ、この場合は『魂の美しさ』の話です」


―魂って…(失笑)


「いっそ汚れてしまうくらいならそれこそ女の精神など邪魔なのではないか…それこそ『美しい女性の肉体・外見に純粋な少年の魂が入った状態が理想なのではないか…』」


―何言ってるんですか


「馬鹿馬鹿しく聞こえるでしょうけど、『女装男性に理想の女性像を見る現象』ってのは実は割とあるんです」


―…へ?


「古くは古代ギリシャですね」


―ギリシャですか


「ギリシャ哲学者には少年愛疑惑がある人が多いそうなんですが、この人たちは全て概念で捉える習慣がありますからね」


―はあ


「ちなみに哲学者のプラトンですが」


―ああ、ソクラテスの弟子の


「そう、そのプラトン。これはリングネームです」


―リングネーム?プロレスラーだったとでも!?(失笑)


「はい、その通り。今で言うプロレスラー、格闘家でした。ちなみに「プラトン」というのは「肩幅の広い男」と言う意味です」


―え…


「あ、ちなみにプロレスで二人掛かりで技を掛けることを「ツープラトン」と言いますが、こっちのプラトンは「小隊プラトーン」から来てます。オリバー・ストーンの映画にもありましたね」


―…何でもよくご存じですね


「かの有名な「プラトニック・ラブ」ですけど、これどういう意味かご存じですか?勿論この哲学者プラトンが由来ですけど」


―それはあれでしょ?…肉体関係を伴わない、純粋な精神だけの愛というか


「その通りではあるんですが、これがいわゆる男性同士の恋愛のことを指してるのはご存じでしたか?」


―はあぁ!?そうなんですか!?


「はい。これはギリシャ哲学講座ではないので簡単に済ませますが、要するにこの頃『人…というか男…はこの世の全てのいいものを体現することが出来る!』という信念というか思い込みがあったみたいです」


―哲学者っぽいですな


「プラトンがプロレスラーなんてやって肉体的にも強かったのはその理想を実現するためで、頭も良くて肉体的にも強い『完全な人』を目指してたわけです」


―はあ


「この辺まではまあ、いいんですけど『美においても男が女よりも上位なのだ!』みたいなことを言いだします」


―ん?


「要するに肉体的な欲望を背景とした美しさを判定するのに女の美しさだと、そこにどのくらい性欲による評価が入ってるんだか分からんので、『美少年の美しさ』が分かる人間が真の美の美しさが分かってるんだ!…と、強引にまとめればこういうことになります」


―アホですね


「ただ、『女装男性に理想の女性像を見る現象』ってのは逆説的なだけにある種分かりやすくはあります」


―そうかなあ…個人的なことを言っていいですか?


「どうぞ」


―確かに一部の男性が『女性よりも美しく見える』ことがあるのは分かります。分かりますけど、私なんかどうしてもスカートの下におちんちんがあるのを想像してげっそりしちゃうんですけど…


「歌舞伎はご存じですか」


―そりゃ知ってます…。女形おやまの話ですか?


「はい。ご存じの通り「歌舞伎」の創始者の出雲阿国いずものおくには女性でした。最初は女優も普通にいるお芝居だった訳です」


―はあ


「ところが江戸時代になって『風紀を乱す』ってことになって女優を使うことが禁じられます」


―もしかして半ばストリップ小屋だったんですか?


「これは日本史…それも文化史の話になっちゃうんですが、江戸時代ってのはある意味つまらん時代でしてね…この頃は儒教の一派である「朱子学しゅしがく」が幕府の考え方の中心になってます」


―はあ


「乱暴に言うなら娯楽全般に余り優しくないんです。そんなしょーもないことをしてるんだったら真面目に働け!ってな具合ですわ」


―その理屈は分からんでもないですが…確かにつまらないですね


所謂(いわゆる)『バレエ』も要は若い女が薄着でドタバタ踊るのをおっさんやじいさんが鼻の下伸ばして眺めるのも趣旨の一つでしたし、「フレンチ・カンカン」なんかに於いては位の高い人ほど露出が許されます。おっぱい丸出しの人がリーダー格ですね」


―はあ


「幕府にしてみれば、庶民が娯楽なんぞに(うつつ)を抜かすこと自体が気に入らなかったんでしょ。まあ芝居小屋が巡業してくることでの風紀の乱れも実際にはあったとは思いますがね」


―はあ


「上に政策あれば下に対策あり…ってのは中国の(ことわざ)らしいですが、ともあれ「若衆わかしゅ歌舞伎」として女優対策にする訳です」


―若衆とは?


「要は『女装した美少年』ですね」


―なるほど


「ポイントはこの時点では基本的に『女優の代役』という位置づけってことですね」


女形おやまじゃないんですか?


「ちょっと違います。ヨーロッパなんかでも女性の地位が低いので『女優』という職業が存在しなかったので声変わり前の男の子に演じさせてました」


―それはまた…


「演劇ファンなら知ってるんですけど、シェークスピアの「十二夜」って作品の中には『男装する女の子』が出て来るんですけど、それを女装した(?)男の子が演じることになる訳です」


―何重にも回ってますね


「ただ、これもまた『女性の代役』でしかなくて、そのまま技術継承されたりするわけじゃなくて声変わりしたらそれっきりでした」


―そうなんですか


「ええ。結局「若衆歌舞伎わかしゅかぶき」では根本的な「風紀対策」にならなかったんです」


―もしかして美少年を買われてた?


「間違いないでしょうね。江戸時代は今よりもずっと男色に鷹揚だし。井原西鶴の「好色一代男」は女を実に3,742人そして少年を725人相手にしたことになってます」


―…どんな人数ですか…


「そこで仕方なく幕府は「若衆歌舞伎」を禁止にして遂に「野郎やろう歌舞伎」なら許す、と言い出します」


野郎歌舞伎やろうかぶき


「男性に対する敵意のある二人称として使われる『野郎やろう』ですが、むさ苦しいおっさんとか、汗臭い男連中とかを想像するでしょ?」


―しますね


「この「野郎やろう」は意味は勿論、含まれる意味合いも現在とほぼ同じです。つまり「おっさん歌舞伎」みたいな響きですね」


―これは…


「そんなに言うならやってもいいけど、女役はこれまでの女優とか美少年じゃなくて「むさ苦しいおっさん」と「汗臭い男連中」な!…という訳です」


―ヒドいですね


「想像なんですが、恐らく幕府としては『禁止令』の積りだったんじゃないかと思うんです」


―でしょうね


「ところが日本人は(たくま)しいもんで、「それならやってやらあ!」とばかりに、「いい年こいた男」が女役をやる技術のノウハウを磨き始めます」


―それが女形おやまであると


「ハッキリ言えばそうです。肩の力を抜いてなで肩に見せかける技術とか、そりゃもう沢山あります」


―む~ん


「まだ気持ち悪いですか?」


―「野郎歌舞伎やろうかぶき」の言葉の響きが醜くって…


「気持ちは分かります。ちなみに東洲斎写楽とうしゅうさいしゃらくはご存じですか?」


―名前だけは


「謎の画家として今も正体探しが(かまびす)しいんですが、写楽と言えばあの「大首絵おおくびえ」ですね。浮世絵うきよえのある意味代表的なイメージです」


―そうですね


「あれって発表当時は物凄く評判が悪かったんです」


―そうなんですか?


「何と言ってもかなりのリアル作風だったのが良くなかった」


―?


「当時の日本の技術だから限界はあるんですけど、あの「大首絵」って役の絵というよりは「演じてる役者の顔も分かる」…というか正にそう思わせるのが狙いの絵だったみたいです」


―それが何か問題なんですか?その役者のファンだから浮世絵とか買うんでしょ?それこそアイドルみたいに


「歌舞伎の女形おやまってのは見立て文化ですよ?実物はどうあろうと『絶世の美女ってことにする』ことで成り立つんです。だから浮世絵もそういうのが多かった」


―あ…


「それを『男が女装してる様にしか見えない』リアルな絵を売ってどうすんですか」


―確かに…でも、写楽はどうしてそんなことしたんですかね


「後ろ盾になってた蔦谷重三郎つたやじゅうざぶろう…ちなみに現在の書店やレンタルチェーンのTSUTAYAのご先祖様ですが…の意向もあるんでしょうが…要するに「風刺画」とか「冗談絵」だったみたいです」


―はあ


「あなたが言うみたいに『でも男じゃねえか』という身もふたもない現実を突きつけたってことでしょ。いるじゃないですかそういうことを言う人が」


―まあ、いますけど


「現代の歌舞伎においても大勢のモブみたいなのを演じる際に『どう見ても男の女装にしか見えない』のが混ざってたりするでしょ?」


―いや、歌舞伎とか見ないんで分からないです


「いるんですよそういうのが。特に「野郎歌舞伎」に切り替わった直後はそういう事態が頻発したと推測できますし、女形向けの男性がそんなにゴロゴロいるとも思えない」


―はあ


「ともあれ、ここで『女優を使ってはいけない』演劇というジャンルが誕生します」


―はい


「ある意味枷(かせ)を嵌められた訳で、ここで磨かれる「女形おやまの技術」ってのは、「女性の代役」ではなくて「最初から男が女を演じるための技術」です。ここが根本的な違い」


―まあ、分かりますが…


「ちなみに歌舞伎における「女声」は典型的な「裏声」なんで、受け付けない人には受け付けないでしょうね」


―そうですね


「半田つかさくんの存在って、僕には歌舞伎役者を想像はしましたけどね」


―でも歌舞伎の世界って男社会ですよね?


「その通り」


―半田つかさくんのスキャンダラスなところって、女の子しかいないところに男が女の子として入って行くところにある訳で


「演技…お芝居としての「女の子アイドル」って話ですね」


―そうですよ


「今ってアイドルは『総合的なもの』になってますからね」


―総合的ですか


「流石に私も子供だったんで七十年代や八十年代のアイドルについてそこまで確信をもって当時の「空気」をすらすら説明できる訳ではないですが」


―はい


「あの当時のアイドルってやっぱり「歌番組」とか「映画」「ドラマ」が中心だったと思うんですよ。言ってみれば「オン」状態でアイドルであればよかった」


―オン?


「ええ。オンとオフのオンです。でも今のアイドルって、それこそ冠番組でプライベートの寝起きをドッキリされたり」


―ああ、何となくそういうイメージありますね


「今は歌番組でも歌の部分になると視聴率下がる時代です。間のトーク部分…言ってみれば作られていない部分にこそ一番興味がある訳です」


―作られていないですか


「『七時だョ!全員集合』みたいに作り込んだコント番組って余りありませんからね。それよりも雛壇芸人ならべてYoutubeから適当な動画拾ってきて垂れ流し、リアクションを見せてる方が多い」


―ですね


「折角の芸人さんたちも漫才やコントよりも司会ばっかりやらされてます」


―はい


「ただ、私はこれに関しては余り悪いことだとは思ってません」


―というと?


「この世で一番面白いもの…それは『リアクション』ですよ」


―また随分ハッキリ言い切りましたね


「電子メールにしても通話アプリにしても、要するに『相手がどう反応してくれるのか』というプリミティブな好奇心が麻薬的に面白いってことに人類が気付いた訳ですよ」


―話が大きくなってきました


「電子メールが登場した時、一日中何時間でもやってる中毒者が出たでしょ?」


―今も大勢います


「チャットとかもね。あれも結局「相手のリアクション」が一番見たい訳です。僕はテレビ画面の下の方にずっとワイプで出演者が映り続けるのに反発する人がいる理由が分かりません。要は『衝撃映像』そのものよりも『衝撃映像を観たあの人がどういう反応をするか』が見たい訳でしょ?それなら一番正しいやり方と言えます」


―はあ


「つまり、「作られたもの」じゃなくて「素材そのまま」が見たい訳です。大半の視聴者は」


―あ…


「これ、「見立て」と真逆です」


―そうですね


「話を戻しますけど、そういった「でも男じゃねえか」風潮を乗り越えて、遂に『美形』の女形を生み始めます」


―はあ


「これですよ『男なのに女よりも美しい、いや男だからこそ女よりもずっと美しい』ってな存在の誕生です」


―…


「事実、江戸時代においては女形おやまがファッションリーダー的な役割を果たしていたと言う話もあるそうです」


―ファッションリーダー?


「当時は一応瓦版かわらばんというメディアは存在はしてますが、ファッション雑誌やテレビはまだありませんからね。広く大勢が見られるお芝居が情報発信元になるのは自然でしょ」


―情報発信元ですか


「赤穂浪士の討ち入り事件…所謂いわゆる「忠臣蔵」ですが、最初は人形浄瑠璃になるんですけど、事件から一週間か二週間後にはもう上映されていたと言われています」


―江戸時代にですか?


「そういうこと。脚本書いてお芝居の練習することも考えると二週間ってのは驚異的な速度です。ましてや江戸時代ですからね。正に歌舞伎は当時のワイドショーですね」


―ところで、先ほどの話ですが女性が女装した男のファッションを参考にしていたと?


「そういうことになります。少なくとも女性はそういうことに関して男性よりも拒否反応は少ないみたいですね。綺麗ならいいじゃないってね」


―はあ


「女形の熱狂的なファンでおっかけをしてるおばさんなんて物凄い数で存在しますよ」


―まあ…そうですが


「ポイントは女形もまた「仕事」であって、女性を装うのはあくまでも舞台の上だけ。終わればメイクも解いて普通に男性として生活してるってことです」


―半田つかさくんみたいな「仕事としての女性アイドル」は歴史上とっくの昔に存在してたと


「はい。歌舞伎役者は血統制の部分もあるんで子孫も残さないといけません。つまり男としての生活もしっかりしてた訳です」


―まあ、そうですが


「年齢も自在ですからね。それこそ「自分のお父さん」である役者が舞台の上では「自分の妻を演じる」なんてこともごくごく普通です」


―うげっ!


「うげっ!とは失礼な」


―いや、でも想像を絶しますよ。自分のオヤジが芝居で自分の妻の役やってラブシーンとかも演じるなんて


「だからそういうの日常茶飯事なんですって。兄弟同士で娘と母役とか」


―…凄い世界ですね


「とはいえ、これもまたある意味プロの世界と言えなくもありません」


―プロですか


「日本の言ってみれば芸能史はプロとアマの(せめ)ぎ合いってところがありましてね。先ほど出雲阿国いずものおくにの話をしましたけど、源義経みなもとのよしつねの奥さんの静御前しずかごぜんっているでしょ」


―いや、あまり日本史詳しくないんで


「彼女もまた踊り子出身です。とはいえ流石に鎌倉時代以前ということになると、芸能人が一般庶民に近いってことはありません」


―はあ


「これが江戸時代の明和めいわ年間になると、『会いに行けるアイドル』が誕生します」


―あの…何言ってんですか?


「事実です。笠森かさもりせんですね。要するに「ムチャクチャ可愛い店員の女の子」に接客してもらえるってないわば喫茶店が大評判になるんです」


―はあ


「値段も割高ではあるんですが、それでも男たちは殺到したそうです。完全にBKA49ですな」


―…これは…


「お客が入りきらないもんだから、ブロマイド…っていうか浮世絵ですが…だの「グッズ」が大量に制作されてバカ売れしたそうです。フィギュアまであったんだから」


―ウソでしょ?


「そりゃガレージキットじゃなくて日本人形ですけどね。完全にアイドルですね。ちなみにこの商法はあちこちでマネされて遂に『総選挙』まで実施されます」


―ちょっといい加減にしてください


「だから本当なんですって。『美人比べ』といって獲得点数のランキングまで発表されてたそうです。ちなみにこれは地方にも波及して何故か名古屋で物凄く盛んだったとか。その辺まで今と同じなのが面白いですね」


―…なんてこった


「ちなみに突如引退して…言ってみればプロデューサーと結婚しちゃった辺りも構図がそっくりです」


―…はあ


「ここでのポイントはそれこそ舞台女優だったり、歌手だったりといった『一流芸能人』であるということよりも『魅力的な素人』であることにこれほどの価値を見出されていた…そしてそういう文化の下地が江戸時代には濃厚にあったってことなんです」


―日本人は昔からそうだったと


「あと、話の流れなんでついでに言っときますと現在のオタク文化のかなりの部分は江戸時代に確認できます」


―また強引な論理なんじゃないんですか?


「例えば『ネコミミカフェ』がありますね」


―何を言ってるんですか?


「もちろん、そんな用語をそのまま使ってる訳じゃないんですが、頭に猫の耳を模した飾りを付けた女の子の店員が接客するいわば喫茶店が評判を取ったと文献にあります」


―はあ…


「あと、女体擬人化ものってご存知ですか?」


―いや、良く分からないです


「歴史上の人物などを美少女に置き換えるフィクションです」


―え?織田信長とかも?


「信長なんて一番美少女化されてますよ」


―頭が痛くなってきました


「これも江戸時代には既にあります」


―…


「戦国時代じゃなくて『水滸伝すいこでん』ですけどね」


―え?あの梁山泊りょうざんぱくの?


「そうそう。まあ当時の絵柄なんで萌えたりは出来ませんが相当奇抜な発想…でもないのかな。建国の英雄から女装してる国なんで」


―はあ


「ちなみに歌舞伎なんですが」


―はあ


「ごく普通の人間同士の話も多いですが、雑に言えばドラゴン退治するみたいなフィクション性の高いものもあります。こういうのを「荒事あらごと」っていうんですが…この分類、雑すぎるんで専門の方すいません!」


―いいですよ


「普通はそこまで荒唐無稽な話なら別に人情の機微とか描きこまなくてもいいと思うんですが…」


―描きこんでいると


「そうなんです。これって何かに似てません?」


―いや、分からないです


「日本のアニメですね。巨大ロボットで毎週やってくる怪獣倒して地球の平和守るみたいな内容であってもしっかり人間ドラマを作り込んだりすることで『与えられた(かせ)の中で創作物をひねりだす』源流があると言えるでしょう」


―…はあ


「日本人は300年前からやってることは変わらない訳です」


―流石に脱線が過ぎませんか


「すいません。ただ言えるのは世界的にはアンドレ・パジックみたいに『セクシャリティは完全に男性なのに、女性的な容姿のみをもって仕事として『女を魅せる』ことを行っている』存在が出て来たのは最近なんでしょうけど、日本には古くからあったってことです」


―それが女形おやまであると


「一面ではそうです」


―一面では?


「これが更に大衆化する訳です」


―?つまりどういうことです?


「歌舞伎役者さんたちはこれまた言ってみればプロであって、ちゃんと修行して作り込んだ見世物です」


―そりゃね


「日本には「大衆演劇」というジャンルがありまして…って世界中にありますけど…そこで今風に言えば「チビ玉」なんて存在が目玉になったりしてるでしょ?」


―すいません、何ですそれ?


「はい、それこそ『旅芸人一座』とかが幼少の男の子に女装させて『娘役』とか『お姫さま役』とか演じさせるでしょ?ああいうのです」


―…そういえばそんなのありましたね


「これもまた『男が演じる女役』の大衆化ですわ。どこまでも素人珍重なんですな日本は」


―「チビ玉」って「チビっ子玉三郎」でしたっけ。思い出しました


「はい。不世出の女形である「坂東玉三郎ばんどうたまさぶろう」にあやかって、「チビ玉」だの「何とかの玉三郎」だの言ってるあれです。「何とかの小京都しょうきょうと」とか「何とか銀座ぎんざ」みたいなもんですな」


―ありましたねそういえば


「これなんか、プロの役者がビシッと可憐に女役を決めるところじゃなくて…これはこれでちゃんと一定のファンがいるわけですが…年端もいかない男の子が慣れない女物の着物やらお化粧にあたふた苦労しながら恥ずかしそうに、でも一生懸命に踊ったりお芝居してるのを、じじばばが目を細めて観賞してるって構図です」


―む~ん…


「だから『男の子が女装させられる』のを眺めて楽しむ文化ってのは実は伝統的に日本にはとっくの昔にあって、基本的には今もあるんですよ」


―そういわれれば…でもそんな『旅芸人一座』みたいなのってまだあるんですか?


「流石に江戸時代ほどは無いでしょうが今も普通にありますよ。たまにドキュメンタリーとかやってますけど、ごく普通の学ラン着て坊主頭で学校から帰ってきた中学生くらいの男の子がアッと言う間に着替えてメイクして『お姫さま』になって舞台に上がって、そのまま舞台から降りたらその恰好のまま男言葉で喋りながら弁当食べて、何事も無かったかのようにメイク落として帰る…とか放送されてます」


―どう思ってるんでしょうね


「そこで何かの感情的揺らぎ…それこそ鏡見て「これが…おれ…?」とかやって顔を赤らめてる…なんてことは全くないんですよ。何しろ人生の大半をそんなことして過ごしてきて、日常の一部ですからね。いちいち動揺してられませんから」


―そういう意味ではプロですね


「いいところに目を付けられましたね。そうなんです。彼らにしてもプロには違いない。でも「アマチュアのロマンを感じさせる」プロなんです」


―見る側は素人として見ていると


「子供には違いないですから『大人のプロには無い初々しさがある』という見立ては可能は可能です」


―しかし、その価値観を拡大していくと『素人なら素人なほどいい』ってことになりませんか?


「なりますね。だから今のアイドルってダンスのキレだの歌の上手さだのって求められてないでしょ。下手すりゃ下手な方が可愛がってもらえる」


―上手過ぎるとイヤミみたいな


「若くて可愛くて初々しいのが最大の価値ってことになると、プロの技術も形無しですわ」


―ヒドい話です


「折角なんで話を及ぼしときますけど、やっぱり半田つかさくんが愛宕坂47に加入ってことになって一番騒がれたのがフェティシズム方面ですよね」


―フェチですか


「彼って最初は『見た目も声も女性シンガー』ってことで出てきて、カラオケバトルの初期…っていうか第1回はユニセックスな恰好こそしてますが、それほど女性らしさの「外見」を売りにはしてませんでした」


―2回目以降は女装してますよ


「女装といってもほぼ肌の露出は無し。床掃除できそうな長いスカートです。メイクも全然できてないし。この野暮ったさ寸前のスタイルがまた『バッチリメイクのステージ衣装』とは違う効果を生んだ訳です」


―まあ、確かに「隣の綺麗なお姉さん」風ではあります。18歳なのに


「ところがアイドルグループに参加して、他のメンバーと分け隔てなく歌って踊るってことになると、当然ながらあの『可愛らし』くて、それこそ『女子高生の制服風』のコスチュームも着て歌って踊ることになる訳です」


―そうですね


「ここでBKA49じゃなくて愛宕坂47だったのがポイントですね」


―というと?


「ご存じの通りかなり後発のグループなんですが、各地に展開した姉妹グループと違って…レコード会社も違いますしね…あくまで露出度低めで、『セクシーさ』よりも『清楚さ』を全面に押し出すグループでした」


―露出度が低いと


「低いですね。水着になったことが…個人のグラビアの仕事ならともかく…グループとして水着で統一したコスチュームは一度もないですし、MVも水着で歌って踊ったことは一度もないんです」


―そうでしたっけ


「愛宕坂47のイメージっていうと、この私立の女子校の制服風の落ち着いた膝丈スカートの衣装ですね」


―そうですね


「この状態の女の子の集団って、これが露出度高めだと結構圧迫感がありますよね」


―まあ…キャバクラ嬢の集団に見えますね


「…女の子の集団アイドルの抱える問題がそこですよね。加入直後はミドルティーンなんでしょうけど、4~5年なんてあっという間に経ちますから。そうなると『二十歳前後の『女子高生の制服姿』の女の子たちの集団』になっちゃって、見ようによってはこれほど『痛々しい』モノは無い訳です」


―ですね


「ましてやこれで全員下着も同然のビキニで並んでたらどうです?」


―水商売って感じですね


「これに比べて愛宕坂47はあくまで露出度低めです。流石にノースリーブにミニスカートくらいは幾つもありますけど、決してそれより露出度は高くはしません」


―はあ


「さて、そこによりによって男の子が加入させられた訳で…例えどれほど見た目が清楚なお姉さん系だろうとも、それこそ女性と結婚している程度には男としての機能を活かした日常生活を送っていることが確実な男が…当然そっち方面の心無い中傷は受ける訳です」


―ですね


階段にて

つかさ(男性時)「ムチャクチャ聞かれました。毎日のように」


―番組のトークでも聞かれてましたよね?


つかさ(男性時)「えーと…最初の頃に2~3回はライブ(生放送)で司会の方に聞かれましたけど、事務所の方から『流石に生々しくなるからそれは勘弁』みたいに申し入れがあったみたいで、自分の方から先回りして振る様になりました」


番組風景


 愛宕坂47の主要メンバーがずらりと並び、ロングスカートの制服風衣装に身を包んでいる。

 半田つかさは司会コンビの一番近いところに座らされている。


司会1   「で、キミやっぱパンティーとか履いてんの?」

つかさ(女性時)「(苦笑して)履いてないです」

司会2   「今はパンティーやなくてショーツやろ」

つかさ(女性時)「履いてないです」

司会1   「ウソや~。ワシならバンバン履くで!」

  メンバーから「え~」といった非難の声が上がる。

つかさ(女性時)「見えないようにスカートの下はスパッツですよ。ボク以外も全員」

司会2   「見せパンっちゅーことやな」

つかさ(女性時)「見えるところはこういう格好(自分の身体を指す)してますけど、見えないところは全然気を遣ってないですよ」

司会1   「ブラジャーはしとるんかいな?ブラジャーは」(妙に『ブラジャー』を強調して言う)

司会2   「やらしいなお前」

司会1   「ええやないか。男同士の会話や」

つかさ(女性時)「えっと…必要ないんでしてないです」

司会1   「必要ないって何や」

つかさ(女性時)「ボク男の子なんで…おっぱい無いから」

司会2   「ボクとか言うな!」(会場笑い)

つかさ(女性時)「ボクはボクですよ。これで「あたし」(思いっきり可愛く)とか言ったらヘンじゃないですか」


  司会1「突っ込み」の様に思いっきり頭を叩く


司会1   「気色悪いわ!」(会場ひきつった笑い)

女アナウンサー「あの…そろそろ歌の方を…」



階段にて

つかさ(男性時)「流石にあれは『放送事故』だって言われました(苦笑)」


―あんなこと言われたら泣きそうですよね


つかさ(男性時)「別に泣きませんけどね。このずっと後ですけど握手会ではもっとヒドいことも言われたし。日常生活でもガンガン言われたし」


NA「この番組は放送終了後から『炎上』し、同情の声が集まった」


―やっぱりそうなんですか


つかさ(男性時)「だって握手会なんて…もう卒業した今だから言えますけど…あの可愛い普通の女の子たちでもヘンなのが色々絡んで来たりするんですよ?ボクなんて…ねえ」


―どうやって乗り切ってたんですか?


つかさ(男性時)「う~ん…あんまり面白くない答になっちゃいますけど、ボクって精神的にかなり強いみたいで基本的にあんまり正面切って怒られたりイヤミ言われてもコタえない方なんですよ」


―そうなんですか


つかさ(男性時)「演劇の基礎がウチの劇団の団長のしごきが最初だったからかな。とにかくあんまり落ち込んだりはしないですね」


―強いですね


つかさ(男性時)「でもあの時って、結局面白く切り返せなかったんですよ。まだテレビに出始めの頃だったから…それが心残りですね」



別の番組


女アシスタント「はいでは次は愛宕坂47の皆さんで~す」

愛宕坂47「「「よろしくおねがいしま~す。(ポーズと共に)愛宕坂47です!」」」

男司会者「はいどーも」

女アシスタント「はい!えーとですね、こんなに可愛い愛宕坂47の皆さんなんですが、この中に一人男の子のメンバーがいらっしゃいます」

男司会者「(お約束っぽく)えーっ?」

女アシスタント「どなたですかー?」

つかさ(女性時)「はいはいボクで~す!」


  つかさ(女性時)が手を上げる(最初からカメラ映りのいい正面の中心メンバーの男司会者に一番近い位置に配置されている)


男司会者  「え?あなたですか?」

つかさ(女性時)「はい!(満面の笑顔で)この衣装の下はTシャツに短パンでーす!」

男司会者  「聞いてませんよ」

つかさ(女性時)「段取り省いた方がいいかなって」

男司会者  「段取りとか…え?じゃあ下着は全部男の子なんだ」

つかさ(女性時)「下着っていうか見えるところはこの通りですけど(自分の衣装を指す)、見えないところはTシャツとか短パンとかです」

男司会者  「あ、そうなんだ。へー…偉く可愛い声だけど、ホントに男の子なの?」

つかさ(女性時)「(手で口元を隠し、少し低くした声で)はい、そうですよ」

女アシスタント「あ、すごーいー!」


   つかさ(女性時)(照れる)


男司会者  「え?なんでそんなことしてんの?」

つかさ(女性時)「仕事です(にっこり)」

男司会者  「いや、仕事ってんなら他にもいっぱいあるでしょ。コンビニバイトとか(会場笑)」

つかさ(女性時)「ええ。家族を人質に取られてしかたなく(笑顔のまま)」

男司会者  「ええっ!そうなの!?」

つかさ(女性時)「(イントネーションそのままで)うそだぴょ~ん」(会場爆笑)


  男司会者、殴るフリをする。手でガードする振りをするつかさ(女性時)。


女アシスタント「はいそれでは歌って頂きましょう(フェードアウト)」



自宅にて

キップ「ネットの噂の大半も、憧れのアイドル衣装着てハァハァしてるんじゃないか的なものが多かったですね」


―要は…そういうことですね


「ええ。誰しもが抱く疑問…と言いたいところですが、でもこの疑問って歌舞伎役者とかにはしないでしょ?」


―…しませんね


「舞台上で女装してるときブラジャーしてパンティしてますか?とか歌舞伎役者さんに聞かないじゃないですか」


―聞かないです


「何で聞かないんですかね。職業として女装してるって点じゃ同じでしょ?」


―和服ですし…


「でも、それって決定的な理由じゃないですよね」


―…何ででしょうね


「やっぱり『アイドル』ってのが特別なものなんですね。アイドルはステージ上の出し物を見せるための演芸集団じゃなくて、『存在そのもの』を見世物にして楽しんでいただく存在ってことなんでしょ」


―その分出し物のクオリティは落ちますけどね


「私はそれほどアイドル文化に肩入れしてる方じゃありませんけど、そういうのに期待するならアイドル見ても実は無いと思いますよ」


―擁護ですか?


「ええ。私の定義だと『アイドル』ってのはもう『全身がアイドル』というか『全存在がアイドル』だからこそ意味があるし、そうでないといけない」


―全存在


「どのアイドルでも結構ですがファンブログとか読んでみると、やれ私生活で見せた…ってことになってるグラビアの写真…こんな一面が可愛い、とかそんな話ばっかりです」


―はあ


「こうなってくるともう技術もクソもない。アイドル的な存在に生れ落ちられるかどうかの世界です」


―確かに


「そこに持って来て加えて、実も蓋もない言い方をすれば『可愛い若い娘』であることそのものが最大の価値になっちゃう」


―はあ


「だから昨日何食っただの、好きなアニメが何だのという…分別のある大人から見ればどーでもいい…情報にまで価値が出てしまう訳です」


―アイドルファンの気持ち悪さってその辺ですよね


「私はこの頃特に強く思うんですけど、アイドルファンの理想的な終着点ってどこなのかなって」


―終着点ですか


「例えばファンとして握手会で握手してほんの数秒だろうとじかにお話して手を握れば満足なのか」


―どうなんでしょう


「それこそ付き合って…セックスをし、結婚するのがゴールなのか」


―う~ん


「これが一人っきりのアイドルならばもしかしてそれが最終的なゴールなのかもしれません」


―はあ


「しかし、集団アイドルってことになると分かんないですよね」


―あんまり集団アイドルに憧れた経験が無いので


「例えば何らかの機会に彼女たちが集うパーティに呼ばれたとしますよね」


―はあ


「そこでちやほやまではされなくても、何人かと仲良くお話出来たとします」


―はい


「ある意味ファンとしてはこれが終着点な気がするんですよ」


―はぁ?話しただけでしょ


「何というか…集団アイドルファンは、そのアイドルが大勢で可愛く仲良くしてるのを眺めるだけで満足なんですよ」


―それじゃあ、一緒にお話ししなくてもいいでしょ?


「突き詰めればそうなっちゃいますけど、流石にもう少し距離は縮めたいじゃないですか」


―ちょっと待ってください。じゃあ握手会の為に大量にCD買ったりするのって、「あわよくば」のスケベ心は全く無いとおっしゃるので?


「あると言えばあるし、無いと言えばないですね」


―すいません。良く分かりません。


「アイドルが自主的に自分のことを好きになってくれるんならいいけど、どうせそんなことはないんだろうなあ…という」


―いや、良く分からないです


「まあ、仮定の話ですけど仮にここに1億円…別に何億円でもいいですけど…があったとして、アイドル事務所にこれだけ出すからアイドルたちと10分間楽しくおしゃべりさせてくれ…って言ったら多分その願いは適うと思うんですよ」


―適うのかもしれませんね。なまじの営業より割がいいですから


「きっとその『イベント』が仮に実現したとして、アイドルたちが愛想よく自分の話に相槌を打ってくれたりしたとしても、心は決して満たされないんですよ」


―…会うのが最大の目的なんでしょ?適ってるんだからいいんじゃないんですか?


「それって結局あくまでも「お仕事」としてやってるだけじゃないですか。要は「友達になりたい」んですよ。もっと人として心と心の交流をしたいというか」


―それって恋愛関係になりたいってこととは違うんですか?


「違う違う!全く違います。そういうのとは別次元の話です」


―はあ


「仲良くなりたいっていうか、心の交流がしたいんです。同じこと言ってますが(笑)」


―う~ん


「それには、『ダサい男』という立場だと絶対に『心理的な壁』は打ち破れないと思うんです。心理的に近づけない」


―???もしかして「女友達になりたい」ってことですか?


「…あくまでも推測なんですがね。アイドルオタクにとっての究極の理想って「集団アイドルの一員になっていっしょになってきゃっきゃうふふしたい」ってことなんじゃないかと」


―え?良く分かりません。女の子になりたいってことですか?


「女の子になる部分が主眼じゃありません。あくまでも彼女たちの心理の壁を低くするために必要ならってことです」


―はあ


「可愛い女の子たちの理想郷に自分みたいなダサ男が侵入したんじゃ台無しじゃないですか」


―だから女の子になりたい?


「あくまで雰囲気を壊さないためです」


―えーと…極論になりますけど、男としてアイドルと恋愛したりセックスしたりするのが究極の理想なんじゃないんですか?


「それでもよさそうに見えますけど、男として恋愛するという距離の詰め方と、女の子として『友達になる』心理の距離の詰め方って違う気がするんですよ」


―あの…キップさんって女性化願望があるってことですか?


「違いますよ。あくまでも分析です分析。私はアイドルファンじゃありませんから(笑)」


―はあ


「アイドルファンにアンケート取って「恋人になりたい」か「友達になりたい」かで、「恋人になりたい」方が圧勝するとは思えないんですよ」


―そんなもんですかね


「むしろ憧れのアイドルには汗臭いセックスなんぞして欲しくないです。例えそれが自分相手であっても」


―はぁあ!?


「これも一種の『萌え』文化の終着点ですかね」


―良く分からないです


「仕方がない、『萌え』について超駆け足で解説しましょう」


―あれでしょ?メイド喫茶で「萌~え~」とか言ってるあれでしょ?


「(ためいき)まあ、仕方がないんですがね。ステレオタイプになるのは」


―ロリコンとかコスプレとかでしょ?萌えキャラとか


「感情の一種なんですよ。「懐かしい」とか「怖い」、「楽しい」とかと並んで。ただ、人類が今まで出会ったことが無い感情だったので仕方なく新しい名前を付けたんです。それが『萌え』です」


―はあ


「『赤い』という言葉を使わずに『赤い』を言葉で表現してみてもらえます?」


―…えっと…熱い感じのする色とか


「まあ、そんな風になりますね。『赤い』と一言で大勢に意味が通じるのは、その概念が共有されてるからです。全く新しい概念は「感覚を言葉で説明しないと」いけない。だから伝えるのが難しいんです」


―そんなに新しいものなんですかね


「はい。「うまみ」みたいに新発見されたものだったので今もって余り正確に認識されてません」


―といってもねえ。「萌え」でしょ?(小ばかにするように)


「新しい概念を捉える場合、仕方なく『似たような感情』と思われるものを並べ立てることで理解した積りになろうとします。『萌え』の場合、それは「ロリコン」と混同されがちでした。ここに悲劇がある」


―違うんですか?


「違いますね。というか「ロリコン」なんだったら既にそういう言葉がある訳だからそれを使えばいい。新しい言葉を提唱するからにはそこからはみ出す物もある訳です」


―例えば?


「この場合、『含まれそうな要素を否定する』ことで実態が見えやすくなると思います」


―ほう


「例えば『萌え』というのは「性欲」ではありません」


―違うんですか?


「ええ。あと「恋愛感情」でもない」


―??その二つを否定したら好きになる要素が無いんじゃ?


「例えば真っ黒な目をくりっとさせた猫がえさを取ろうとしてゴロゴロ回ってる状態に関して「性欲」が湧きますか?」


―…私は湧かないですね


「でも、可愛いとは思うでしょ?」


―まあ…


「更にその猫に恋してる…恋人になりたいと思ってる…訳でもないですよね?」


―そりゃね


「つまり、これが『萌え』です」


―猫がですか?


「別に猫に限りません。ただ、人間は何かを見てホンワカした気持ちになったりする現象は間違いなくあるんです。そこに「性欲」も「恋愛感情」も挟まないでもね」


―はあ


「ですから、女性が可愛い女の子に『萌え』ても何の問題もありません」


―…そうなんですか?


「ええ。性欲でも恋愛感情でもないので。全く問題ないです」


―まあ、…何となく理解出来なくもないですが…


「アイドルファンが、「いっそ女の子になって女の子たちがきゃっきゃうふふしてるところに混ざって仲良くしたい」ってのも、そういうはかない心理ですよ」


―はあ


「彼らは別にその状態で自分のおっぱいもんでハァハァしたいとか、油断させてメンバーの寝こみを襲いたいとか思ってる訳じゃないんです。ただただ仲良くしたい。その為にはむさ苦しい自分の現世の肉体が邪魔なだけなんです。そういじめないであげて欲しいなあ」


―別にいじめてませんが…


「そして、それを実現してのけた存在がいるんですよ」


―あ…


「そう、半田つかさくんですよ。彼はなんとアイドルと距離を詰めるにあたって『立場としての女の子アイドルとして直接参加する』などという夢物語を実現させてしまった」


―確かに…でも彼ってそれほどまでに熱心なアイドルファンだったんでしたっけ?


「後で解説しますが、これには重大な前振りがあります。ただまあ、何百万も課金する様な「こじらせたファン」と同じ様なベクトルではなかったでしょうね」


―「アイドルファンに嫉妬で焼き殺される」みたいなことは言われてましたよね


「ええ。彼が今もって無事に芸能活動をしていられるのは、この『構図』をメンバーは勿論、ファンを含めた世間全体が『許容』するためのいくつかの『段階』を踏んで、結果的にクリアしたからです」


―しかし、本当に思い切りましたよねえ


「全くです。普通はありえません」


―上手く行くという計算があったんでしょうか?


「運営側もそれほど深刻には考えて無かったんじゃないかと思います。ともあれまず最初に『無垢である』ことを構造的に証明しなくてはならない」


―ん?でも先ほど『最も無垢なるものから遠い』として『男』があるとおっしゃってましたよね


「いかにも」


―じゃあ、駄目じゃないですか


「おっしゃる通りで、基本的にはお話になりません。これで所謂いわゆる「世間的なルール」の外にいる性的マイノリティの方だったとしても駄目でしょう」


―駄目ですか


「先ほど『評論の立場における立ち位置の分類』で『男でも女でもない独自の位置にいる、それが強み』みたいなことは言いましたけど、それはあくまでもワイドショーとかでの話であって、『ガールズアイドルグループに参加』ってことになると話の次元がまるで違います」


―そうでしょうね


「女の子グループには『男の肉体』と『男としての性欲』の両方を持つ人間がいるのは絶対的タブーです。それこそ宇宙人や動物が加入することがあっても『男』は加入しないでしょう」


―ん?ちょっと待ってください。その両方が揃ってなくて片方だけならいいんですか?


「一応はね。ただ「片方だけ」可能です。唯一許されるのは『女の肉体』に『男としての性欲』ならOK。この他は駄目です」


―え?女の子が男の性欲を持つってありえるんですか?


「ガチじゃなくて、ホモソーシャル(同窓社会)的な意味ですけどね」


―はあ


「ガールズグループでは大勢いれば一人くらいは他のメンバーのおっぱいもんだりお尻撫でたり、ふとももに吸い付いたりキス魔だったりするのがいるもんです」


―そうなんですか?


「はい。こういうのはむしろ「ファンタジー」として許容されます」


―はあ


「『女の肉体』に『女としての性欲』ならOK。普通の組み合わせです」


―そうですね


「『女の肉体』に『男としての性欲』がOKなのは先ほどいいました」


―はい


「『男の肉体』に『男としての性欲』は普通の男ですのでこれは論外」


―当然です


「最後の組み合わせの『男の肉体』に『女としての性欲』ですが」


―…良さそうに見えますが


「これはアウトです」


―なぜ?


「物理的に可能ってのがまず第一点」


―はあ、肉体的に男である以上あんなことが出来ると


「はい。そして、そもそも女の子のアイドルファンは『男の肉体』なんつー小汚いもんなんぞ見たくもないし認識したくもないんですよ」


―え…それって男性性の否定ってことですか?


「女の子の集団アイドルを愛でる上ではそうです。だからこそ半田つかさの加入が発表された時、基本的には歓迎ムードながら、一部に凄まじい反発が起こった訳です」


―まあ、そりゃそうでしょ。普通はそう考えます


所謂いわゆる性的マイノリティ…それこそニューハーフの方とかですね…はその方自体はいいんだけど、アイドルグループに所属するとなったらそれは違うでしょってこと。どうしても「男の雰囲気の残り香」を感じてしまいますからね」


―え…そこまで男的なるものに嫌悪感を感じてるんですか?


「『女の子の集団アイドルを愛でるうえで』と言う条件付きならば、ハッキリ言えばそうです。ただ、ここであるアイテムの導入に成功するならばこれらマイナスファクターは全て消し飛びます」


―それは何ですか?


「『無垢であること』です」


―え…


「少なくとも実際そうであるかはさておいて、“物語”としてファンに共有され得るか…ってことです」


―えーとつまり…


「この場合はつかさくんが、男性としての欲望が一切ない…『無垢である』ことが感情的に納得できるんなら、ファンとしては「肉体的に男が加わる」ことも許容できなくは無くなるわけです」


―いや、無理でしょ。だって女性と結婚してて活動中に子供まで生ませてるんですよ?その気になればメンバーの誰かを押し倒して妊娠させることだって生物的には可能ですよね


「一応そういうことになります。ただ、この場合『既婚者』というのが逆に神話形成へのトリガーを引きました」


―つまり、女はもう間に合っていると


「ですね。そして、大前提として、彼のお芝居が『まるで女人格に切り替わっている』としか思えないほど見事なものだった…ってこと」


―つまり「精神が女の子だから男としての性欲は当然ない」と判断されたと


「言葉にすると陳腐ですが…まあそういうことです」


―確かにある時期から「あれは女の子の人格だから」という『物語』がファンの間にも共有され始めましたね


「運営の対処の見事さも褒められるべきでしょう。どうやら本当に楽屋も控室も何もかも別で、衣装のクリーニング業者すら違うという徹底ぶりなんですから」


―厳しすぎてそもそも本番以外は余りメンバーに会えないとか言ってましたね


「実はそれもある時期までなんですがね。ともかく確かにガールズグループではありますけど、デビュー曲の歌詞みたいに本当の意味で『男子禁制』なんかじゃ全くありません。番組スタッフなんてADやカメラマン始めほとんどは男だし、メイクさんだって男は大勢います。彼らは握手どころか髪をいてメイクしたりとかなり直接接触してる訳です」


―とはいえ仕事だし、スタッフとして接するのとメンバーとして接するのじゃ次元が違うでしょ


「人格云々ってのも、言ってみれば『お話』で厳密に考えるなら辻褄の合わない点は多々あります」


―そこを検証するのは大人げない気がしますが…


「一番のツボは半田つかさくんの一人称でしょう」


―ああ「ボク」ですね


「最初に「ボク」を使ったのは深夜の音楽番組のトークコーナーだったとされています」


CM


番組

(前略)

つかさ(女性時)「初めて会ったのは歌番組でゲストで歌わせてもらった時ですね」

(全て美少女声で。以下同じ)

司会    「で?どうだった?初めてメンバーに会った時どう思った?」

つかさ(女性時)「うわっ!髪が黒い!と思いました」(会場笑。メンバーも少し笑っている)

司会    「そうなんですか」

つかさ(女性時)「これだけ若くて可愛い女の子が一杯揃ってたらその内何人かは茶髪にしたり金髪にしたりしてるもんなのに、みんな真っ黒だからさすが清純派アイドルだなあって思いました」

司会    「でも、あなたも真っ黒ですよね」

つかさ(女性時)「あ、ボクの髪はカツラなんでそりゃ真っ黒ですよ(にっこり)」


  司会、一瞬ギョッとする


司会    「あ、ああそうね…カツラなんだ」

つかさ(女性時)「ボク男の子なんで、髪短いんです(にこにこ)」

(後略)


自宅にて

キップ「完全に美少女の外見と声質とイントネーションで喋ってるのに唐突に「ボク」なんて言うから視聴者は物凄く“ドキッ!”とする訳です」


―正直私もショックでした


「それでいて『ボク男の子です』(物凄く低クオリティの物まね)なんて続くから視聴者の心理はムチャクチャになります」


―そうですね


「これに関して彼には計算めいたことは余り無かった…というか、自然とこうなったと思います。自然にやることで最大の効果を生むことに気付いたというか」


―一人称を「ボク」にすることがですか?


「業界用語でいうところの「ボクっ」って奴ですね。先ほどしつこいくらい『無垢』言ったでしょ。彼は確かに身も心も男で、「仕事として女の子アイドルをやっている」立場ではあります」


―はい


「ところが同時に「女の子としては初心者」という側面…一種の物語ですね…も併せ持つ訳です」


―…


「ここで「アタシ」とか言っちゃうと『初々しさが無い』と思われてしまいます」


―…え?それは「女として初々しくない」ってことですか?


「はい。「お前みたいなのがいっぱしの女気取ってんじゃねえよ」的な雰囲気になります」


―はあ…


「でも、『ボク』なら本人の自意識として一応は男の子なんだな…という形になります」


―む~ん


「本来『無垢なるもの』から一番遠かったはずの『男』としての属性が『女としては最もすれていない』ものになった瞬間ですね」


―はあ…


「面白いのは、生粋の女性が「ボク」とか言っちゃうと途端に痛々しくなるんですよ」


―へー…


「そういう意味では、「ボクっ子」って存在するとしたら外見的特徴が完全に女の子で中身は男の子しかありえないのかもしれません。つまり、唯一存在していい「ボクっ子」というかね」


―はあ


「きっと視聴者のイメージとしては『10歳くらいの男の子』が中に入ってる18歳の美少女…と言う風に見えてたんでしょうね。ごりっごりの『女初心者』ってわけ」


―はあ


「この放送を境に彼には爆発的に女の子のファンが増えて、オススメのシャンプーだのメイク用品だのがドカドカ送ってくる様になったそうです」


―それは、『女の先輩として後輩を可愛がってあげる』心理ってことなんですかね


「でしょうね。ご覧の通り、余りにも人格の切り代わりのクオリティが高すぎて本当に男の子が精神を残したまんま肉体だけ女の子になっちゃって女の子の声で喋ってる様に見えますからね」


―まあ…そうですけど


「送られてきたものの中には生理用品まであったそうです」


―…現実と非現実の区別がついてませんね


「正にです。ポイントは、これが生まれつきの女の子だったら間違いなくそういう風には見てもらえなかったであろうってことです」


―あ…


「彼は少なくとも仕事の上では『女社会の序列』の中に組み入れられる形になった訳だから、その社会における立ち居振る舞いをしっかりしなくてはなりません」


―そう…ですね


「これがガチの単なる未熟な女の子なんだったら「何よぶりっこぶっちゃって」なんて反発も受けたかもしれませんけど、初々しいのは仕方ないですよね。男の子なんだから」


―まあ…それはそうですが


「男の子が仕事として女の子を演じてるという物語のリアリティを担保するためには、決して破綻しないバランスが必須です」


―といいますと?


「これで『恋バナ』…恋の話…とかで、「好みの男のタイプ」とかを語っちゃうと、途端に話が生臭くかつうそ臭くなってしまいます。というか純粋に気持ち悪いです(笑)」


―え?でも女の子アイドルの一員なんですよ?


「面白いもんで、ガールズグループとして女の子しかいなかった時には見えてこなかった「ガールズグループとは何ぞや」という構造が一人男が加入することで見えてきたところはあります」


―ほう


「例えばそれこそさっき言った「オトコ」の話です」


―好きな男のタイプとかそういうことですか?


「初恋話とかですね」


―まあ、アイドルグループにありそうな番組の話題ですわな


「ただ、はっきり言って普通だったらこの時点で『構造的破綻』です」


―構造的破綻


「やはり男の子が女の子に混ざって女の子アイドルをやるなんて無謀なことはありえないし不可能だったんだ!となります」


―まあ、当然です


「ところが、信じられないアクロバットでこれを乗り越えてしまいます。これは『ATABING!』の『神回』とされている回です」



番組場面

  テロップ「愛宕坂47メンバー 能礼亜衣のうれい・あい)」


能礼亜衣「はい、それじゃ次の初恋の思い出の話…えーと…つかさちゃん」スタジオどよめく

つかさ(女性時)「(苦笑して)…あの…初恋って言われてもボク結婚してるけど」


  ひゅーひゅー!と言う声


つかさ(女性時)「だから話すとしたら今の奥さんと出会った時の話とかになっちゃうけどいいかな」

何人か「いい、いい!聴きたい聴きたい!!」


  物凄い勢いでメンバーが食いついてくる。


つかさ(女性時)「えっとね…今の奥さんと出会ったのは劇団に入ってすぐだったね」

幾田絵理いくた・えり「それってつかさちゃんはその時はちゃんと男の子だったんだよね?」

つかさ(女性時)「そりゃそうだよ…って今もそうだよ!(軽く怒)」(スタジオ笑い)



「要するに女の子は『恋の話』そのものが好きで聞きたいんですよね」


―これは意外でした


「完全に美少女にしか見えない外見と声質とイントネーションで「ボクが奥さんと結婚した時」(低クオリティの物まね)とか言われると訳が分かんなくなりますけどね。というか、実はその精神をかき乱される感じに熱狂的ファンが付くことになるワケですが」


―はあ


「色んな偶然があったと思います。半田つかさが基本的には男の子であるってことは共通認識としてあることはあるんですが、余りにも女性に化けるスキルが高すぎるために「オカマっぽさ」が微塵も無い訳です。まあ、そこまでだったらそういう人は結構いるもんなんですけど、そこで彼が語るのはまっとうな「男としての女性に対する恋愛感情」だったりするでしょ?」


―はあ


「ここで「男に対する恋愛感情」言われたら、女性視聴者はともかく男性視聴者はその時点でドン引きです」


―まあ、そうでしょうね


「幾ら女性ファンも増えてると言っても、ガールズグループのファンなんて大半が男性なんだからそこを突き離したら駄目です」


―はあ


「もう言ってみればアニメキャラみたいな非現実的な存在です」


「ATABING!」別の回


注・番組リクエストによる「恋人の女の子にこんなことを言われたら嬉しい」コーナーにて


松山百合まつやま・ゆり「(関西弁のイントネーションで。以下同じ)ねえ、つかさちゃんって男としてこういう時どう言われたら嬉しいの?」

つかさ(女性時)「え~…(考え込んで)コーナーの趣旨を全否定するようなこと言って良いかな…」

松山百合「いいよ~」

つかさ(女性時)「その…男としては、好きな相手の女の子がいてくれさえすればそれだけでいいよ。どんなことを言われても嬉しいから」

  ひゅーひゅー!とか「きゃー!」とかで盛り上がるスタジオ

セガーレ岡山「それ…コーナーの全否定じゃねえかあ!」(スタジオ大爆笑)

つかさ(女性時)「だからそう言ったじゃん!」(スタジオ大爆笑)




―…完全に「男として」のアドバイス求められてますね


自宅にて

キップ「そうなんですよ。しかもそれでちゃんと機能してるんです」


―これは凄い…


「これは、男の視聴者にとってみれば『自分があの中に混ざれる可能性』そのものだった訳です」


―ん…ん~…?


「ポイントはコーナーとしては趣旨の全否定には違いないんだけど、番組的には結果として『面白くなって終わった』からこれでいいんです」


―テレビの申し子でしょうか


「アイドルの看板番組…全国5局ネットのみでほぼ関東ローカルの深夜番組ではありますが…ですから、当然「歌」にからめた企画とかもある訳です」


―あるでしょうね


「ぶっちゃけアイドルの存在意義は『可愛くて若い女の子であること』であって、歌手じゃないんだから歌の上手さは二の次三の次です」


―はあ


「アイドルファンって、その『大して上手くない歌』を『一生懸命に歌って』いて、音程がずれちゃったり色々粗相をする「ほつれ」現象みたいなのを愛でてるところがあります」


―む~ん


「しかもどんなに長くても4~5年もしたら卒業しちゃう。十代半ばで入って三十になるまで磨き続ければ歌は上手くなるかもしれないけど、アイドルとしては無価値です」


―そうですね


「なんだけど、半田つかさくんの場合はバリバリの『歌手』です。それも日本芸能史に残る不世出の天才シンガーです」


―まあ…そうかも


「大体、カラオケ番組で優勝し始めた時も人に歌を習ったことが余り無かったそうですから」


―そうなんですか?


「CDデビューする時にボイストレーナーさんが付いたそうですけど、余りにも完成されていていじるところが無かったんだとか」


―はあ


「天才ってのはそういうもんです。サッカーの一流選手なんて上手くなってから…というか上手いことが分かってから初めてルール覚え始めたなんてのがゴロゴロいます」


―いるんですねえ


「こんなのをアイドルグループに入れて歌の企画なんてやらせたら駄目ですよ。結果は目に見えてます」


―そう…ですね


「一瞬にして空気を作ってしまい、歌ってる間は他のメンバーたちも完全に観客になって拍手とかしてる」


―ホントですね


「正直、この辺りから『タレントとして集団アイドルの一員としては「絶妙」から「微妙」にすり替わっていた』と言えるかもしれません」


―どういうことです?


「ひとりだけ突出した才能がいるもんだから、グループ全体が引っ掻き回されちゃうんです。この冠番組は結局半田つかさくんが在籍してる間の特に後半は、彼を中心に据えたかメインにからむ企画ばかりになります」


―そうですか


「作ってる側も抜群に面白いのが分かったでしょうし、実際視聴率も良かったそうです。番組は後でまとめてDVDボックスになったりある程度はソフト化されるんですが、この時は彼の出演部分だけの総集編が急遽発売されたほどです」


―むむむ…


「象徴的な例が2つあります」


―はい


「自宅に於いてどんな部屋着を着てるのかを自撮りして持って来る…という企画です」


―いかにもファンしか観ないアイドル番組っぽいですね


「他愛のない企画に見えるんですが、普通ならこのまま淡々と進めばいいんですけど…この場合は独特の緊張感が走ります」


―あ…


「何しろ男の子がいるんだから。若干18歳にして既婚男性が」


―可愛い女の子をひたすら愛でるアイドル番組の企画として成立してなくないですか?


「普通ならそうです。そんな気色悪いものなんか見たかないんです。視聴者のほとんどが未婚男性の番組で、既婚か未婚かはともかく、男のプライベート写真なんぞ『この世で一番見たくないもの』の1つでしょう」


―ですね


「なので「オチ担当」だと思われてました」


―あ、そういう扱いになるワケですか


「そうです。この企画に『正解』なんてありません。『若くて可愛い女の子』がやれば何やっても可愛いんです。ある子はジャージだったし、ある子はホットパンツ、ある子は水玉のパジャマ、ある子はふわふわのワンピース形状のナイトガウンでした」


―可愛いですね


「で、半田つかさくんです」


―オチですね


「別にステテコに腹巻で出て来るとは思ってません」


―そんな18歳いないでしょ


「ただ、ここでネグリジェだったりピンクのスリップだったりしたらアウトなんです」


―え?じゃあこれってどうしたらいいんですか?


「正に逆のパターンで、『若くて可愛い女の子』でない存在は「何をやっても不正解」なんです」


―どうやって乗り切ったんです?


「正解はこれでした」


  番組の一場面のスクリーンショット


  そこには無地のTシャツに、ハーフパンツの様な膝上の長さまであるズボン形状の私服を着てニコニコしながらカメラに向かってピースサインを出している半田つかさが映っている。頭髪部分はタオルで隠されている。長い髪があるはずのところを隠したのだろうか。


  無駄毛ひとつなく、ほっそりした身体つきは「普段着に男装した美少女」といった佇まい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ