八
入学式が終わって数日。クラスメイト達は行動を共にする数人ごとのグループを形成し始めていた。誰かが誰かに話し掛け、それを切欠にして会話が広がり仲良くなって行く。誰も彼もがお互いの事を知らない中で、人に話し掛ける事は勇気のいる事だ。話し掛けられて答える事にもまた勇気がいる。クラス内に友人を作る事はこれから続いて行く高校生活に必要な事である。友人がいない、話ができる人がいない教室内は地獄に等しい。ましてや、そこで誰かに敵意を向けられる事にでもなったら、教室内にいる事なんてできなくなる。
大智は帰りのホームルームで明日の行事などに関する連絡事項を話す教師の声を上の空で聞きながら、随分前の思い出を振り返るような気分になりつつある日思った事を思い出していた。教師がプリントを配る為に黙ったのを契機に大智は顔を巡らせて周囲の生徒の姿を見た。未だに教室内には友達と呼べる生徒は一人もいなかった。菊子が過去の事を話さなければ一人くらいは友達ができたのかも知れないと思ったが大智は自分でも驚くほどにすぐにそんな事はどうでも良いと思った。そう思ってから自分は武部と出会い武部の皆と出会い菊子との戦いを通して変わったんだなと思った。
兼定先輩は武士道という道はこうだという理想の形を持ってはいるが、その理想の形にに沿って歩く事だけが大切なのではない、武士道で唱えられている内容をできるだけ意識し実践しながら自分の行く道を探し見付け追い求め変わりながら生きて行けば良い、そう言っていた。
今よりももっともっと柔軟であろうと思っている。昔の自分が変わった事で今の自分があるようにこれからも変わって行く事でまた別の自分があると思う。教室で友達が作れないのなら別の場所で友達を作れば良い。勇気を出して話し掛ける事、友達を作ろうとする事はその行為自体が大切な物なのかも知れないが同じ教室にいるからといって誰彼構わず声を掛け友達になるというのも何か違う気がする。武部の皆と自分が出会ったようにきっと誰にもどこかに自分と合う人がいて自分を必要としてくれている場所がきっとあると思う。駄目だと思った時、無理だと思った時、そういう場所や人を探して見付ける事ができれば人は変わって生きて行ける。それで良いと思うし、その行為自体を逃げだとか負けだとかはまったく思わない。それは人の生き方の一つで選択の結果なんだ。武部の皆と楽しくやって行ければ良い。それが自分が見付けて選んだ一つの道なんだから。
「時間」
不意に向日葵のいつもの小さな抑揚のない声が聞こえた。
「わあっ。びっくりした。向日葵。迎えに来てくれたの? でも、まだ早いって。それに瞬間移動は駄目だよ」
「瞬間移動もホームルーム中に抜け出すのもわたくしが許可しているから良いのですわ。鹿島大智。部室へ行きますわよ」
菊子も瞬間移動して来て大智の前に姿を現した。
「うわっ。菊子先輩まで。それにまたそんな事言って。兼定先輩に怒られますよ」
「それは、ちょっと、困りますわね。けれど、鹿島大智。あなたが一緒に謝ってくれれば兼子もそんなには怒りませんわ」
菊子がまったく悪びれた様子も見せずに嬉しそうに微笑んだ。大智がまたそんな事言われても絶対に嫌ですからねという言葉を出す前に菊子が言った。
「では皆様ごきげんよう」
「ん」
「向日葵、抜け駆けはずるいですわよっ」
大智は菊子よりも一瞬早く腕をつかんで瞬間移動を始めた向日葵とともに空間を飛んで武部の部室に向かった。
了