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その出会いと戦いが僕を変える  作者: 風時々風
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「車が来たのです」

 戦子が告げ、大智達は学園に向けて移動する為に大智の部屋を後にした。ブルーシートをめくって家の外に出ると家の前の道を塞ぐようにして明らかに周囲の景観とは不釣り合いな外観をした車が一台停車していた。

「アーマードカーじゃないか。こんな物どこで手配したんだ」

 ナタリーが嬉しそうに声を弾ませて車に駆け寄った。

「戦子、これで行くの?」

 大智は戸惑いつつ戦子と黒色一色の窓一つない金属製ボディを何が起きてもパンクしなさそうないかついタイヤ六つで支えている装甲車を交互に見ながら言葉を出した。戦子がこれで行くのですと言いながら頷き、ナタリーの方に顔を向けた。

「これはただの装甲車ではないのです。戦子が設計から制作まで行ったオリジナルモデルなのです。爆心地から三キロ以上離れていれば三十メガトン級の核爆発にも耐えるのです」

 ナタリーが戦子の言葉を聞いてエクセレントと言いながら至極嬉しそうに微笑んだ。

「核爆発って。そんな事になったらこの町がなくなっちゃうよ」

 大智は戦子がこの車を用意したという事はそういう可能性があるのかも知れないと考え血の気が引く思いがした。

「大丈夫」

 向日葵が大智の腕にそっと優しく片手で触れて来た。

「向日葵」

 大智は向日葵の手の感触に心強さを覚えながら向日葵の顔を見た。向日葵が、ん、と短く言うと大智の腕から手を離した。

「何をやっているのです。守るも何も核兵器なんて使われないから大丈夫なのです。向日葵さんは何かにつけて大智にベタベタし過ぎなのです」

 戦子が大智と向日葵の間に割って入るようにして体を入れて来た。

「ヘイ。喧嘩をしてる場合じゃないだろう。とっとと行こうぜ」

 ナタリーが装甲車のボディを軽く手で叩きながらあきれたというような声を出した。

「分かったのです。では乗車を開始するのです」

 戦子が不服そうに言うと自動で装甲車の上部にある乗降口の蓋が開いた。

「一番乗りだ。ヤフー」

 ナタリーが装甲車の側面にある梯子を利用して車両上部に上ると乗降口の中に入って行った。

「大智。ナタリーさんがやったようにするのです。この梯子を使って上るのです」

 装甲車の傍まで行くと戦子が手で梯子に触れながら教えてくれた。

「うん」

 大智は返事をすると梯子を使って装甲車の上部に上り乗降口の中に入った。

「なあダイチ、これハンドルがないぞ。どうやって運転するんだろうな?」

 車内に下りるとナタリーが興味津々といった様子で目を爛々と輝かせながら内部を見回していた。

「戦子が作ったって言ってましたからね。きっと何か別の方法があるんじゃないですか。というか、これ、何もないし誰も乗ってないじゃないですか」

 大智も車内を見回したが車内には左右の側面の壁に数個ずつ前から後ろに向かって縦に並ぶようにして椅子が設置されているだけで他には何もなかった。大智の隣に向日葵がいきなり姿を現した。

「うわっ。向日葵。びっくりした」

「ん。びっくり」

 向日葵が言いながら大智に寄り添うように体をくっ付けて来た。

「何をしているのです。油断も隙もないのです。二人とも離れるのです。離れたら椅子に座るのです。すぐに走らせるのです」

 一番最後に乗降口から下りて来た戦子が大智と向日葵の方に顔を向けながら至極不満そうに声を上げた。

「そうだそうだ。さっきからヒマワリばっかりずるいぞ」

 ナタリーが大智に抱き付いて来た。

「ナタリーさんまで、いい加減にするのです。大智はこっちに座るのです」

「なんだよセンコー。邪魔すんなよー」

ナタリーを引きはがした戦子に両手をつかまれた大智は誘導されるようにして側面の壁に設置されている椅子の一つに座らせられた。

「戦子。なんかごめん」

 大智は自分の手をつかんでいる戦子の手をじっと見つめて謝った。

「もう、なのです。その一言で全部許せてしまうのです。大智。さっきの話聞いていたのです。必要な物は全部壁の中に埋め込んで隠してあるのです。運転手はこの車自体なのです。この車は戦子の量産ボディの別バージョンみたい物なのです」

「センコは体の形に縛られないからな。こういう事ができるんだな」

 ナタリーが感心しながら椅子の一つに座った。

「瞬間移動。早い」

 大智の座っている椅子の反対側の壁に設置されている椅子に座りながら向日葵がぽそっと言った。

「オー。そうだ。その手があったじゃないか。ダイチ。センコ。車を走らせる必要なんてないぞ。このままヒマワリの力で瞬間移動すれば良い」

 ナタリーが大きな声を出した。

「何を言っているのです。向日葵さんの力を無駄遣いしては駄目なのです。向日葵さんの力はここぞという時までとっておくのです」

 戦子が言い終えると設置されている椅子の一番前の椅子に腰を下ろした。

「平気」

 小さな声で言った向日葵の方に戦子が顔を向けた。

「それだけじゃないのです。向日葵さんの力の事は菊子さんも良く知っているのです。無闇に使うのは危険なのです。瞬間移動した先に罠があったら大変なのです」

「そん時はまた瞬間移動すりゃ良いじゃないか」

 ナタリーが唇を尖らせながら言うと向日葵が短く、んと言った。

「菊子がどんな準備をしてるか分からないし、いざという時の為に戦子の言う通り向日葵の力は極力温存しておいた方が良いと思う」

 ナタリーがセンコの味方ばかりしやがってという顔をしながら言葉を出した大智を睨むように見つめて来た。

「分かった」

 向日葵が小さな抑揚のない声でぽそっと言った。

「ヒマワリー。なんだよそれ」

 ナタリーがつまらなそうに落胆の声を上げると、向日葵がナタリーの方に顔を向けた。

「うるさい」

 向日葵の声を聞いたナタリーが空を仰ぐように顔を天井に向けると両手を動かしてあきれたというジェスチャーをした。

「出発するのです。ナタリーさん。元気を出すのです。実は後部に武器保管庫があるのです。対ロボット用に改造された兵器がいろいろ入っているのです」

 戦子が武器保管庫と言ったのとほとんど同時にナタリーが椅子から飛び上がるようにして立ち上がった。

「センコー。勿体ぶりやがって。そういう事はもっと早く言えよな。で、その保管庫ってのの中は見ても良いんだろ?」

「良いのです。けど走行中なので車の揺れには気を付けて欲しいのです。転んだりどこかに体をぶつけたりしたら危ないのです」

「オーケーオーケー。大丈夫だ」

 ナタリーが子供が新しく買ってもらった玩具に飛び付くような勢いで車の後部に向かって行った。学園までの道のりはまるで嵐の前の静けさとでもいうかのように何事もなく順調に進んで行った。

「そろそろ学園なのです。ナタリーさん。どうするのです? 先に行くのです?」

 戦子が心配そうに気遣うようにまだ武器保管庫の中ではしゃいでいるナタリーに向かって声を掛けた。

「もうそんな近くまで来たのか。もちろん行くぜ」

 ナタリーがガシャガシャと音をたてながら車内の中央付近まで歩いて来た。

「ナタリーさん。そんなに持ってくんですか?」

 大智は様々な銃器を身に付けハリネズミのようになっているナタリーを見て思わず驚きの声を上げてしまった。

「チョイスしただけだ。身に付けてるのは身に付けている感覚に慣れる為だ。ヒマワリ。すまないが、テレパシーと瞬間移動を頼む。やばくなったらミーが頭の中で言うからこのウェポン達を瞬間移動でミーのいる所へ送ってくれないか?」

 ナタリーが身に付けていた銃器を外し始めながら言った。

「分かった」

 向日葵が言うとナタリーがにこりと笑ってサンクスと言いながら頷いた。

「危険そうだったらすぐに僕らも行きますから」 

 大智は立ち上がり、ナタリーの傍に行った。車が静かに停車した。戦子が椅子から立ちがると大智とナタリーの傍に来た。

「これを持って行くのです。テレパシーも良いのです。けど、この通信機があれば皆と同時に話ができるのです」

 戦子が腰の後ろに手を回すと手の親指の爪くらいの大きさの肌色の小さくて薄い四角い物体をナタリーに向かって差し出した。

「こんなのどうやって使うんだ?」   

 ナタリーが指でつまむようにして受け取るとためつすがめつした。

「耳の裏あたりに貼るのです。骨伝導と高性能集音マイクで相互通信ができるのです。通信の制御は戦子がするのでナタリーさんや皆は話をするだけで良いのです。後これなのです。このカメラを付けるのです」

「これがカメラなのか? ただのコンタクトレンズに見えるぞ」

 戦子がまた腰の後ろに手を回すと透明なケースに入っているコンタクトレンズのような物を差し出して来た。

「こいつは目に入れれば良いんだな?」

「はいなのです」

 ナタリーが右の耳の裏に通信機を貼り付けるとカメラを右目の中に入れた。

「ナタリーさん。くれぐれも気を付けて行くのです」

「ナタリー先輩。絶対に無茶だけはしないで下さい」

「生きろ」

 戦子と大智がナタリーに向かって心配そうに名残惜しい、本当は一人で行って欲しくないという気持ちも露わに言い、向日葵がいつもの調子で言うとナタリーが照れ臭そうに微笑んでから右手を上げてサムズアップした。

「まったく。ミーの心配なんてするんなら自分達の事を心配しろ。ってあれか。この中でヤバいのはダイチだけだな。そうだ。ダイチもよ、ミーみたいになれよ。死ななくなれば何があっても怖くないぜ」

 大智がナタリーの照れ隠しの軽口に言葉を返そうと口を開く前にナタリーがシーユーと言って体の向きを変え車内右側面の壁に設置されている乗降口に向かう為の梯子に近付いて行った。大智達は無言でナタリーが車外に出て行くのを見守った。

「チェックを忘れてた。ヘイ。聞こえてるか? カメラはどうだ? ちゃんと映ってるか?」

 ナタリーが外に出て乗降口が閉まりやや間があってからナタリーの声が車内の前の方から聞こえて来た。

「ナタリーさん。聞こえているのです。通信機もカメラもちゃんと作動しているのです。映像を皆にも見えるように車内にあるモニターに映すのです」

 戦子が言うと車内の前の部分の壁の一部が隠し扉のようにくるりと回転してモニターが一つ現れた。

「オーケー。じゃあ、行くな」

 ナタリーが歩き始めたようでモニターの中に映っていた景色が流れ始めた。

「気を付けるのです」

「ナタリー先輩。何かあったらすぐに行きますから」

 大智と戦子が言うとナタリーがフンッと鼻で笑った。

「心配し過ぎなんだよ。大丈夫だからあんまり心配すんな」

 ナタリーの柔らかい優しい声が返って来ると戦子が先ほど座っていた椅子の方に歩いて行き、また腰を下ろした。

「車を待機場所まで移動させるのです」

「うん。戦子。戦う事になったら僕にまた力を貸して欲しい」

 大智は椅子に座る戦子の後姿を見つめながら小さく揺れる車内を戦子の傍まで移動した。

「何を改めて言っているのです。もちろんなのです。また合体するのです。けど、今回は前回とは違う合体方法なのです。戦子リッターという形態を作ったのです。これは大智が戦子の中にあるコクピットの中に乗るようになっているのです」

 戦子が嬉しそうに恥ずかしそうにそれでいて自慢げに言った。大智は自分を見上げている戦子の顔を見つめた。

「戦子リッター? コクピットっていうと巨大戦子の時みたいになるの?」

「見てのお楽しみなのです。前回の合体は大智の体に負担が掛かり過ぎるのです」

「僕はなんでも良いんだ。戦子が戦いやすいようにしてくれればそれで良い。ここ座るね」

 大智は戦子の座っている椅子の反対側に設置されている椅子に座った。目の前が不意に暗くなったと思うと、向日葵が大智の膝の上に現れた。

「ん」

 突然の事に驚いて、ひぃっと小さな声で悲鳴を上げた大智を尻目に向日葵が短くぽそっと言った。

「ごめん。向日葵。戦子と話をしたかったし、モニターを近くで見たかったんだ」

「言え」

「きぃーなのです。ん、だけで大智が向日葵さんの言わんとしている事を理解しているのです。以心伝心なのです」

 戦子が嫉妬に満ちたほの暗い情念のこもった声を上げた。

「ここ」

 向日葵が告げると大智の胸に抱き付いて来た。

「なんのアピールなのです。何をしているのです。離れるのです。今すぐに離れないと戦子も抱き付くのです」 

 戦子が椅子から立ちがり大智の方ににじり寄って来た。

「二人ともやめてよ。今はそんな事やってる場合じゃないんだから。ナタリー先輩の為にすぐに動けるようにしておかないと」

 大智は言いながらモニターに目を向けた。徐々に近付いて来る学園の正門の門柱の陰から不意に待ち合わせの場所に来た友人を驚かそうとでもするかのようにヒョコッと菊子が姿を現した。

「キクコ」

 別段驚いた風もなくナタリーの普段となんら変わらない声が車内に響き渡った。

「ようこそ。ナタリー。他の子達は一緒じゃないのですわね」

「ああ。あいつらは何をしてんだかな。ミーはキクコの病気の事で言いたい事があったから来たんだ」

「わたくしは病気なんてしていないのですわ」

「もう知ってんだよ。とぼけなくて良い。なあ、手術受けろ。その年で死ぬなんてないぜ。キクコがいないとつまらないんだ」

「ナタリー」

 菊子が戸惑うような迷っているような声を出した。

「ミーと同じようになるんだろ。嫌なのはわかる。ミーだって未だに悩む時がある。でもよ、悪い事ばかりじゃない。良い事だってある。死んだら終わりだ。それよりは全然ましだ」

 菊子が顔を少し俯けた。

「あなたの気持ちには感謝しますわ。手術を受けてあなたと同じになるのも悪くはないのかも知れませんわね」

「そうだよ。一人じゃないんだ。ミーだって、あいつは元々だけど向日葵だっている。三人なら寂しくないぜ」

 ナタリーが心底嬉しそうな声で言った。菊子が顔を上げ、優しげな目をナタリーに向けた。

「兼子の事でわたくしと争っているのにそんな事をわざわざ言うなんて、いかにもナタリーらしいですわ」

「ミーはキクコの死なんて望んじゃいない。それにキクコが死んだらカネサダが悲しむ。そんな姿は見たくないんだ。おっと。ミーだって悲しいぜ。キクコとは長い付き合いだからな」

 菊子の目がすっと細められた思うと菊子が笑顔になって笑い声を上げた。

「本当にナタリーらしいですわ。こんな風に話をするのは随分と久し振りですわね。なんだか、意地を張るのが馬鹿らしくなって来まますわ。兼子も凄く心配してくれているようなのですわ。けれど、わたくしが手術を受けて死ななくなったらあの子はまたわたくしの元から離れて行ってしまうと思いますの」

 ナタリーが一瞬だけ視線を上に向けたらしく、カメラに僅かの間だけ薄く曇っている空が映った。

「今回の事で分かったはずだぜ。カネサダは他のすべてを投げ打ってキクコの所に戻っただろ。考え方とかやり方とか生き方とかよ。そういう物は人それぞれだから進んで行く道が違って行くのはしょうがない事なんじゃないか? 相手を無理やりに自分に従わせるのは意味のないくだらない事だと思うぜ」 

 菊子の瞳が涙で潤んだのか微かに揺れた。

「そうですわね。今回の事で良く分かりましたわ」

 菊子が言葉を切るとゆっくりと優雅な仕草で横を向いた。

「兼子。こちらに来てナタリーに挨拶をするのですわ」

門柱の陰から兼定がスーッと音もなく姿を現した。

「なんだよ、カネサダ。いつからいたんだ? 聞いてたか? キクコが分かってくれそうだぜ」

 ナタリーが自分の手柄を誇るように得意気に言ったが、兼定はどこか虚ろな表情をしていて無反応だった。

「ナタリー。兼子はもうあなたの知っている兼子ではないのですわ。兼子が言う事をあまりに聞いてくれなかったので、洗脳処理を施したのですわ」

 菊子が兼定の頭に向かって手を伸ばすとそっと優しく兼定の頭を撫でた。

「お姉ちゃん。くすぐったいよ」

 兼定が突然甘えるような声を出し幼子が母親にするように菊子の体に飛び付くようにして抱き付いた。

「キクコ。なんだよこれは。性質の悪いジョークならすぐにやめてくれ」 

 ナタリーが驚き戸惑ったように言った。

「兼子は何をするにもわたくしと一緒だった頃の兼子になっているのですわ。一番わたくしに懐いていてかわいかった頃の兼子なのですわ」

「ずっとこんな状態じゃないんだろ? カネサダ。ミーだ。ナタリーだ。キクコの病気の事で話をしに来たんだ」

 ナタリーが言うが兼定にはナタリーの声が聞こえていないのか楽しそうにはしゃぎながら菊子に抱き付いたまま甘えていた。

「カネサダ。どうした? ミーの声が聞こえないのか?」

 ナタリーが兼定に近付き、手を伸ばして肩に触れようとした。

「いやっ。お姉ちゃん。助けて」

 ナタリーの伸ばした手に気付いた兼定が悲鳴のような声を上げ、菊子の背後に回るようにして隠れた。

「ナタリー。兼子が驚くような事をしては駄目ですわ。兼子がすっかり怯えてしまっていますわ」

 兼定の反応に言葉を失っているのか黙っているナタリーに向かって菊子が言った。

「兼子。お姉ちゃんがいるから大丈夫ですわ。この人は兼子とお話をしたいと言っているのですのよ」

 菊子が兼子の方に顔を向け優しく宥めるように言った。

「いやいや。怖い。兼子はお姉ちゃんだけで良い。他の人は嫌い」

 菊子が今にも泣き出しそうな顔をしながら頭を左右に振る兼定の体をそっと包むようにして抱き締めた。

「分かりましたわ。ではこの人には帰ってもらいますわ」

「うん。お姉ちゃん。大好き」

泣き出しそうだった兼定の表情が無邪気でとても嬉しそう物に変わった。

「ナイトメアだな。キクコ。これで良いのか? 本当にこんなカネサダと一緒にいて幸せなのか?」

 ナタリーが静かな落ち着いた声で兼定の微笑む顔を見つめながら告げた。

「愚問ですわ。わたくしはこういう兼子以外とは一緒にいたくはありませんわ」

 ナタリーの視線が一瞬下がり、アスファルトの地面と兼定と菊子の靴が見えた。

「キクコ。手術だけは受けろよ。何度も言うがミーは死んで欲しくないって思ってんだ。それは本当だぜ」

 ナタリーが兼定と菊子に向かって素早く近付いたと思うと菊子の腕の中にいる兼定を強引に抱き上げるようにして奪い取った。

「交渉決裂だ。カネサダはもらって行く」

 ナタリーが菊子に背を向けると走り出した。

「お姉ちゃん。助けて」

「カネサダ。暴れるな」

「お持ちなさい。そんな事をしても無駄ですわ」

 菊子が叫ぶと、ナタリーの目の前に数人の黒いスーツの男達が現れて立ちはだかった。

「センコ。ダイチ。ヒマワリ。見てるか? 悪いがこうなった。フォローを頼む」

 ナタリーが叫んだのと同時に黒いスーツの男達の体が宙に浮かび上がり何が起こっているのか分からず混乱した男達が手足をバタつかせながら悲鳴のような声を上げた。

「向日葵。殺しちゃ駄目だよ」

「ん」

 大智達は向日葵の力で黒いスーツの男達の背後に瞬間移動して来ていた。

「大智。向日葵さんを頼むのです。戦子はナタリーさんと兼定さんの所へ行くのです。ナタリーさん。今行くのです」

 戦子がナタリーと兼定に向かって走り出した。

「ナタリーさん。兼定さんの頭をこっちに向けるのです」

 二人の傍に行った戦子が足を止めると腰の後ろに手を回した。

「センコ。気を付けろ。今のカネサダはおかしくなってる。本気で暴れてやがる」

「大丈夫なのです。このヘッドギアを付ければすぐに大人しくなるのです」

 ナタリーに拘束されながら暴れている兼定の頭に戦子が灰色のバイクのフルフェイス型のヘルメットのような形をしたヘッドギアを被せた。

「これは戦子リッターの操縦者が使うヘッドギアなのです。外部から受けるあらゆる刺激や衝撃から操縦者の頭部を守るのように作られているのです。操縦者が精神に異常をきたした時にも対処できるようになっているのです」

 暴れていた兼定が急にナタリーの腕の中でぐったりとして動かなくなった。

「ヘイ。カネサダは大丈夫なのか?」

「大丈夫なのです。ヘッドギアに装備されている鎮静剤が注射されただけなのです。操縦中に操縦者が洗脳された時の為にこのヘッドギアには視覚と聴覚を利用した洗脳解除機能も搭載してあるのです。兼定さんの施された洗脳方法に搭載してある解除方法が合えばこのままにしておけば元に戻るかも知れないのです」

 ナタリーが自分の腕の中でぐったりとしている兼定の方へ優しい眼差しを向けた。

「洗脳なんてされたんだ。いくらカネサダがキクコの事を思ってても、洗脳が解けた後は今まで通りにはしないだろう。これでカネサダを取り戻せるかも知れないな。キクコとの決着は後回しだ。ヒマワリ。逃げるぞ。瞬間移動を頼む」

 黒いスーツの男達を全員気絶させ、大智とともに周囲と菊子に警戒の目を向けていた向日葵が、んと短く言った。

「駄目」

 すぐに向日葵がいつもの調子で言った。

「向日葵?」

「ワッツハプン?」

「どうしたのです?」

 戦子と兼定を抱いているナタリーが向日葵と大智の傍に駆けて来た。

「瞬間移動。駄目」

 向日葵の言葉を聞いて大智達は何事が起きているのかとお互いの顔を見た。

「やっぱり一緒にいたのですわね。飛んで火にいる夏の虫ですわ。ここから向日葵の力を使って逃げる事は不可能ですわ。瞬間移動は封じさせてもらいましたわ」

 嫌味なほどに落ち着き払った菊子の声を聞き、大智達は揃って菊子の方へ顔を向けた。

「サイコキネシスは使えてたぞ。本当にそんな事できんのか?」

 ナタリーが噛み付くように言った。

「今はまだ瞬間移動だけですけれど、いずれ研究が終了すればすべての超能力を封じる事ができるようになりますわ」

 菊子が言い終えるとくるりと体を回し大智達に背を向けた。

「皆様。出番ですわよ。兼子をさらおうとするこの子達をこらしめてやるのですわ」

 菊子の出した大きな声が学園内に響き渡ると校舎や体育館などの出入り口から合わせて三百人くらいの数の生徒達や教師達が軍隊蟻の群れが餌に参集するような凄まじい勢いで走り出て来た。菊子がまた体を回すと大智達の方を向き笑い声を上げた。

「学園の皆様も洗脳してみましたの」

 ナタリーが大智達皆の顔を順々に見ながら、逃げるぞと怒鳴った。

「逃げても良いですけれど、あなた達という標的がいなくなったら学園の皆様は仲間同士で傷付け合いを始めますわよ」

 菊子が嬉しそうに微笑みながらさも当然の事のように告げた。

「キクコ」

 ナタリーが低い唸るような声を出した。

「怪我をさせないように全員を動けないようにすれば良いだけなのです。ここは戦子に任せるのです」

 戦子が言いながら走り寄って来る生徒達や教師達の入り混じった群れの方に顔を向けた。

「僕も戦子とここで一緒に戦います。向日葵とナタリー先輩で兼定先輩をどこか安全な所に連れて行ってあげて下さい」

 大智は手を伸ばすと戦子の手をそっと握った。

「大智。今は、まだ合体していないから駄目なのです。大智もナタリーさん達と一緒に行くのです」

「戦子を一人にはできないよ」

「ん」

 向日葵が短く言うと、大智達の周りに見えない壁ができたようになり迫って来ていた生徒達や教師達がその壁に阻まれそれ以上近付いて来なくなった。

「ヘイ、ダイチ。安全な所があるとしたらここだと思うぜ」

 ナタリーがわざとらしく困ったような表情を作ってからニヤリと笑った。

「向日葵さん。ありがとうなのです。ナタリーさん。装甲車があったのです。装甲車をここまで来させるのです。兼定さんにはその中にいてもらう事にするのです」

「センコ。ナイスディーア。ついでにミーの武器も来るし一石二鳥だな」

 最前列にいた生徒達や教師達が急に動きを止めたと思うと地面の上にバタバタと倒れ出した。

「これも向日葵がやってるの?」

 大智は慌てて向日葵の方に顔を向けた。

「ん」

 向日葵が頷いた。

「一応聞くけど、皆生きてるよね?」

「失神」

 大智は安堵すると思わず顔を綻ばせながらありがとうと言った。

「これからが本番ですわよ。この人達はただの足止め役ですわ」

 菊子が制服のポケットの中から黒色の携帯電話を取り出してどこかと連絡を取り始めた。

「大智。新手が来るのです。掌握の終わった量産ボディ達を呼んでいるのです。数が揃ったら合体して一緒に闘うのです」

 戦子が大智の顔を見つめて来た。

「うん」

 大智は決意を込めた目で戦子の顔を見つめ返した。

「アーマードカーの到着だ」

 ナタリーの見つめる先、生徒達や教師達の人垣の向こうにこちら向かって走って来る装甲車が見えた。

「ん」

 向日葵が短く言うと人垣が割れて装甲車が入って来られるだけの大きさの道ができた。

「ナイスヒマワリ」

 兼定を抱いているナタリーが歌うように言いながら近付いて来る装甲車の方に軽やかなステップを踏みつつ進み出した。

「菊子さんはあの電話で巡天本社直属の機動部隊とロボット部隊を呼んでいるのです。けど想定の範囲内なのです」

「ハックで止めなかったのか?」 

 向日葵の声が聞こえていたらしくナタリーが足を止めずに振り向きながら言った。

「戦子リッターの力を試す絶好の機会なのです。折角だから利用させてもらう事にしたのです」

「戦子?」

 大智は戦子の不穏な言葉に驚いて戦子の顔をまじまじと見た。戦子が空いている方の手を自分の顔の前に持って来ると小さく手招きするように動かした。何? と言って大智が顔を寄せると戦子が小声で話し出した。

「今のは悔しいので思わず言ってしまっただけで本気ではないのです。本当は間に合わなかっただけなのです。けど、その所為で良かった事もあるのです。菊子さんは自分が不利な状況になったら恐らく洗脳している人達を人質として使うのです。こっちが不利だといように見せておいて戦いながら洗脳されている人達を菊子さんが手出しできない場所に移動してしまうのです」

「この人数相手にそんな事できる?」

 大智は自分達の周囲に殺到して来ている生徒達や教師達の方に視線を向けた。

「向日葵さんの瞬間移動が使えればできるのです。学園内のどこかに向日葵さんの瞬間移動を封じているなんらかの装置があると思うのです」

「それを探し出して止められれば」

「やってみる価値はあると思うのです」

「ヘイ。二人して内緒話か?」

 いつの間に兼定を置いて戻って来ていたのか大量の銃器で武装したナタリーが傍にいた。大智はナタリーの耳に顔を寄せると小声で戦子が言った洗脳されている人達を移動させるという話をナタリーにした。

「オーケーだ。ミーがこれから来るっていう敵を引き付けるぜ。その間にダイチとセンコでその装置とやらを探して壊してくれ。ヒマワリにはこのゾンビみたいな奴らの相手をしててもらおう」

 ナタリーが囁くような声で言葉を返して来た。

「向日葵。ちょっと良い?」 

 大智がナタリーにしたように向日葵の耳に顔を近付けると向日葵がんっと言って小さく体を震わせた。

「ごめん」

 大智が思わず体を引いて謝ると向日葵が大丈夫と言って体を寄せて来た。

「話があるんだ」

「言え」

 大智がナタリーに話したのと同じ話をし終えると向日葵がいつもの小さな抑揚のない声で分かったと言った。

「何をこそこそと話しているのか知らないですけれど何をしても無駄だと思いますわ。もうすぐここにあなた達を完膚なきまで叩きのめす機動部隊とロボット部隊が来ますのよ」

 電話を終えたらしい菊子が既に勝利を得たかのように満足気に微笑みながら勝ち誇った。

「量産ボディ達が来たのです」

 学園上空に無数の黒い点が現れた。

「ミーの出番がなくなりそうだな」

空を見上げながらナタリーが嬉しそうに笑った。量産ボディ達が大智達の周りに次々と降下して来た。

「やはり戦子ブログラムはやられていましたわね」

 菊子が最初から頼りになどしていないというような口調で言った。地上に降り立った量産ボディ達が校舎や体育館の方に向かって散り散りになりながら移動を始めた。

「戦子達を使って何をする気ですの?」

「教えるか」

「ケチですわね。まあ、良いですわ。聞きたくなんてありませんわ」

「へっ。言ってろ」

 菊子とナタリーが子供同士の喧嘩のような言い合いをしている横で戦子が申し訳なそうな寂しそうな声で囁くように言った。

「量産ボディ達に装置の捜索をさせる事にしたのです。戦子リッターはおあずけなのです」

「それならそっちは量産ボディ達に全部任せよう。ナタリー先輩。向日葵。僕と戦子も一緒に闘います」

 大智は皆の意志を確認しようと戦子、ナタリー、向日葵の顔を順々に見た。

「作戦変更か? オーケーだ。ダイチ。それならミーの持って来た銃の中から好きな奴を使え」 

 ナタリーが不敵な笑みを顔に浮かべつつ右手の親指を立てると背中や腰や足や腕など全身のあらゆる場所にホルスターやストラップなどを使って身に付けている銃器を指し示すように親指の先を自分に向けた。向日葵がんっと短く言うと、また何人かの生徒達や教師達がバタバタと倒れた。

「こちらも来たようですわ。あなた達を倒して兼子を取り戻させていただきますわ。それと、この戦いが終わったら鹿島大智、あなたには奴隷になってもらいますわ」

 菊子が宣言するように言ってから高らかに笑い声を上げた。

「ダイチをスレイブにするだと? 面白いじゃないか。それならこっちが勝ったらキクコにスレイブになってもらうからな」

 ナタリーが両手にAA―12を一丁ずつ持つと吐き捨てるように言った。

「いつまでそんな風に強気でいられるか楽しみですわ。皆様。一度そこから離れるのですわ」

 菊子が言うと生徒達や教師達が大智達の傍から集団行動する家畜の群れのように移動しながら離れ始めた。離れて行く生徒達や教師達と入れ替わるようにおびただしい数の機動部隊のワゴン車や装甲車などとロボット部隊のロボット達が大智達を取り囲むように集まって来た。ロボット部隊のロボット達はすべてがナタリーと大智が戦子のメンテナンスをしているというラボの入っているビルに乗り込んだ時に戦った四本腕四本足の大きなロボットばかりだった。

「全部ゴリアトタイプなのです。見ていると悲しくなるのです」

 戦子が大きなロボットの方を見ながら心底嫌だというような口調で言った。

「ゴリアトタイプ?」

 大智が聞くと戦子が頷いてから言葉を足した。

「あのロボット達の事なのです。次世代MBT、主力戦車の代わりとして設計されているのです」

「MBTと言う割には砲身がないじゃないか」

 ナタリーが会話に入って来た。

「パーツを換装する事で砲身を取り付ける事もできるのです。今回は必要ないと判断して砲身を取り付けて来ていないと思われるのです」

「壊す」

 向日葵が言うと一機のゴリアトが機体各部を軋ませながらぎこちない不自然な動きを見せつつ周囲にいるゴリアトに襲い掛かって行った。

「ヒマワリ。かなり無理やりだが、やるじゃないか。ならミーはこっちだ」

 ナタリーが機動部隊の方へ向かって駆け出して行き、両手に一丁ずつ持ったAA―12を乱射し始めた。

「ナタリー先輩。無茶だ」

 大智は叫びながら止めようとナタリーの後を追った。

「大智の言う通りなのです。ナタリーさん、危険なのです」

 戦子が猛スピードで大智を追い抜いて行った。

「ん」

 操っていたゴリアトを遊び飽きた玩具のようにほったらかしにして向日葵が宙に浮かびながら大智の横に並んで来た。

「ヘイ。こっちに来てどうすんだ」 

 傍まで来た戦子に気付くとAA―12を乱射しながらナタリーが振り向いた。

「ナタリーさんこそ何をやっているのです。すぐに建物の中に入った方が良いのです」

「だからミーが囮になってその時間を稼ごうとしたんじゃないか」

「そうだったんですか?」

 ナタリーの元に着いた大智はナタリーの言葉を聞いて思わず頓狂な声を上げた。

「ファック。そのぐらいミーの態度から判断しろよ」

「そんなの無理ですよ」

「そうなのです。そんな事できるはずなのです」

「移動」

 向日葵が言ったと思うと大智達全員の体が宙に浮かび上がった。

「この時を待っていましたわ」

「ヒマワリ。飛ぶのはアウトだ」

 菊子とナタリーがほぼ同時に叫んだ。

「向日葵さん。飛ぶのまずいのです。この状況でフレンドリーファイアの危険性がない場所に行くと集中砲火を受けるのです」

「遅いですわ」

 菊子の声とともに機動部隊とロボット部隊の持つすべての銃器が火を噴いた。重なり合って轟音と化した銃声とロケット弾の発射音と無数の銃口から吐き出される硝煙と光の尾を引いて飛ぶ銃弾とロケット弾とが一瞬にしてこの場を学園という場所とは似ても似つかない戦場という名前が最も相応しい非現実的な場所に変えた。

「ん」

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声を出した。

「凄い」

「これは、実際に見ると凄い迫力なのです」

「ムービーのワンシーンのようだぜ」

「ふんっ。これぐらい予想の範囲内ですわ。もっともっと撃つのですわ」

 大智達の周囲には向日葵のサイコキネシスによってその動きを止められた無数の弾丸とロケット弾とが黒い大きさの違う星々がひしめき合って浮かんでいるかのように静止していた。

「向日葵さん。戦子を降ろすのです。戦子が戦っている間に皆を校舎の中まで運ぶのです」

「待って。戦子が行くなら僕も行く。向日葵。僕も降ろして」

「大智。ここは戦子に任せるのです。ささっとやってすぐに合流するのです」

「戦子、一緒に行かせてよ」

 大智はまた戦子を失う事になるかも知れないと思うと不安になり声を大きくした。

「大智の力を借りるまでもないのです。楽勝なのです」

「楽勝なら一緒に行っても良いじゃないか」

 戦子を一人だけ残して行くなんて嫌だと思い大智は食い下がった。

「時間がもったいない。もめるのならミーも降ろせ」

「それは駄目なのです」

「何言ってるんですか」

 大智と戦子は同時にきつく責めるような口調で言った。

「ヘイヘイ。なんだよ。そんな二人して怒るなよな」

「ん」

 ナタリーがしょんぼりしている横で向日葵が短く言うと戦子が地面の上に降り立った。

「向日葵。どうして? 僕も降ろしてよ」

「ゴリアト達をこっちへ回すのですわ。戦子システム。あなたではこのゴリアト達には勝てませんわよ。対戦子システム用に戦術プログラムをアップデート済みですわ」

 大智の声は菊子の上げた声によってかき消され、誰の耳にも届かなかった。菊子の指示によってすべてのゴリアトが戦子の周りに集まって来ると戦子と対峙するように戦子の前に立ちはだかった。

「菊子さんは何も分かっていないのです。ここにいる戦子は戦子システムでも戦子プログラムでもないのです。戦子は変わったのです。ただの戦子なのです。戦子はもう戦う為だけに作られた頃の戦子とは違うのです」

 戦子が新たに生まれた戦子という存在としてここにいると自分自身を誇るように胸を張った。

「そうですの。ではどう変わったのか見せていただきますわ」

 菊子が目を細め睨むように戦子を見ながら言い放つとすべてのゴリアト達が四本の腕の先にあるM134とロケットランチャーを戦子に向けた。

「ゴリアト達はかわいそうなのです。その機体コンセプト自体が間違っているのです」

 戦子の背中が金属音を鳴らしながら変形して二つの推進装置が生えるように出て来たと思うと推進装置のノズルから青白い光が迸った。次の瞬間、戦子はゴリアト達に肉薄していた。

「良い夢を、なのです」

 戦子が右腕を振り被ると一機のゴリアトに拳を叩き込んだ。金属が破砕される音をさせながら戦子の拳はゴリアトのボディに深々と食い込んで行き、やがて、そのボディを突き破った。

「銃とか砲とかではないのです。人は己の魂と肉体で戦うのです」

 戦子が咆哮するように叫ぶと次の標的としたゴリアトにまた拳を突き通した。戦子を降ろしてから大智達は校舎に向かって空中を飛んで行っていた。

「ヘイ、ダイチ。戦子の奴、おかしな事言ってるぞ。何か変な事教えたのか?」

 空中を飛びながら機動部隊に向けてM82を撃っていたナタリーが口を開いた。

「向日葵、戻って。戦子を置いて行くなんて嫌だ」

 大智はナタリーの言葉を無視してもう何度目になるのか分からない叫びを上げた。

「戦子は変わったって言ってたが、それってダイチの影響って事じゃないのか? それであれだぞ。だからあれはダイチの所為って事だろ?」

「さっきから何言ってんですか。戦子が壊されたらどうすんですか」

 大智は噛み付くような勢いでナタリーを睨んだ。

「ヘイ、ダイチ。こんな時こそリラックスだぜ。おっと。校舎に着いたか。ヒマワリ、サンクス」

 開いていた二階の窓から教室の中に入ると大智とナタリーは床の上に降ろされた。大智はすぐに戦子の元に戻ろうと走り出そうとした。

「ん」

 向日葵のサイコキネシスによって下半身の動きを止められた大智はその場から一歩も動けなくなってしまった。

「ヒマワリ。ダイチを頼む。ミーは機動部隊の連中がここに近付くのを止めて来る。ダイチ。あのセンコの事は諦めろ。きっとすぐに別のセンコが来るか何かしらの方法で連絡があるはずだ」

「なんですかそれ。どういう意味ですか?」 

 大智はナタリーの言葉を受けて感じた怒りをそのままぶちまけるように怒鳴った。

「ここに来る前にセンコが言ってただろ? キクコが何かを隠してるかも知れないって。センコは何かを察知したんだと思うぜ。だからあそこで降ろしてくれって言って一人で残ったんじゃないか? 瞬間移動を使えなくさせる装置の事だとミーは思ってたんだが違うのかも知れない。ミーの勘が間違ってなければ何があるのかはここに来る別のセンコが説明してくれるはずだ。実はな。ミーも何やら嫌な予感がしててな。あのキクコの様子がどうも気になるんだ。あいつはキクコだが、どこかキクコじゃない気がする。まあ、そう思いたいだけかも知れないけどな。とりあえず、ダイチとヒマワリはここでセンコからの連絡を待っててくれ。何かあったら無線で、いや大智達が車から出てるから使えないのか。ヒマワリ、何かあったらテレパシーで頼む。ミーも心の中で呼び掛けるようにする」 

 ナタリーが言い終えると傍にあった机の上にXM8を一丁とマガジンを二つ置いた。

「一応こいつを置いておく。だが、ダイチ。これは護身用だ。危険だと思ったら撃つよりもヒマワリと一緒に逃げろ」

「逃げたりなんてしません。戦います」

「人を撃つ事ができないのにか? センコと合体してない生身のダイチに戦いは無理だ。ヒマワリ。くれぐれも冷静にな」

「ん」

 向日葵の返事を聞いて頷くとナタリーが教室の前の方にある出入り口に向かって歩き出した。

「ナタリー先輩。待って下さい。行かないで下さい。ここで一緒に戦子を待ちましょう」

 ナタリーが足を止めると大智の方へ体の正面を向けて来た。

「ここに奴らが来たら面倒だからな。出て行った方が戦いやすい」

「だったら僕も行きます」

「センコはどうするんだ? センコが来た時、誰かが待ってないと駄目だろ? それにダイチがミーと来たらヒマワリだって来る事になる。ヒマワリの力を温存できなくなるんだぞ」

 大智は何も言葉を返せなくなり押し黙って、ナタリーの顔を見つめていた目を伏せた。

「どうして皆勝手な事ばっかりするんですか? 戦子もナタリー先輩も。死なないから、代わりがいるからって二人が傷付くのを見て僕がなんとも思わないと思ってるんですか?」

 感情が溢れ出るように口から言葉がほとばしり涙が目から流れ落ちたので慌てて涙を隠そうと大智は顔を横に向けた。

「女の涙ってのは良くあるが、男の涙ってのはあまり聞かないな。だが、グッと来るぜ。こう思ってくれないか? こいつは愛の証って奴だ。ミーもセンコも命を投げ出して自分の想いの強さを証明する事ができないからな。だいたいミーもセンコもダイチと望んで離れたいと思ってると思うか? 今の状況でダイチを守ろうと思ったらダイチと別々に行動しないと駄目なんだ」

 ナタリーが言い終えると、柔らかい優しい笑みを顔に浮かべた。

「どんな事になってもどんな手段を使っても必ず戻る。必ずダイチと再会する。ミーもセンコもそう思ってるからダイチと離れても戦いに行けるんだ」

「ナタリー先輩。そんな顔で、そんな風に、ずるいです」

 ナタリーの柔らかい優しい笑みが悪戯っ子がするような笑みに変わった。

「こんな風にずるい女の方がかわいいだろ? シーユー」

 ナタリーが体の向きを変えると駆け出した。

「ん」 

 向日葵が短く言うと大智の下半身が動くようになった。大智は、しばらくの間逡巡してからナタリーの出て行った出入り口の方ではなく戦子の姿を見ようと窓に駆け寄った。大智が窓から外を見るとすぐに向日葵が飛んで来て隣に並んだ。戦子は戦場を校庭に移していて数十機のゴリアト達の残骸の中に一人立ち、迫り来ようとする無数のゴリアト達と対峙していた。

「そうだ」

 大智はXM8の事を思い出すと取りに走り窓辺に戻るとXM8の照準を戦子と対峙しているゴリアト達の内の一機に合わせた。

「攻撃しては駄目なのです」

 戦子の声が背後からし大智は反射的に振り向いた。

「戦子」

 大智は教室の中を自分の方に向かって歩いて来る戦子の姿を見ながらナタリー先輩の言う通りだったと思った。

「量産ボディ達を更に呼んでいるのです。今のままではどうにもならないのです」

「戦子、どういう事なの?」

 大智は自分に向かって歩いて来ていた戦子に駆け寄った。

「向日葵さんの力を使えないようにしていたのは菊子さん自身なのです。菊子さんは生身の人間ではないのです。サイボーグなのです」

「サイボーグ?」

 戦子の予想外の言葉に大智は思わず大きな声を上げた。

「そうなのです。戦子のロボットとしての能力も向日葵さんの超能力も再生能力も一人で持っているのです」

「殺す」

 大智の横に来ていた向日葵が宙を飛んで窓の方へ向かった。

「向日葵」

 大智は叫びながら止めようと向日葵の右腕を咄嗟に握った。

「ん」

 向日葵が体をビクンと小さく震わせてからその場で止まると大智の方に顔を向けて来た。

「向日葵。一人で行っちゃ駄目だ」

 大智は向日葵の黒い瞳をじっと見つめた。

「分かった」

 向日葵が瞳をキラキラと輝かせるといつもの小さな抑揚のない声で言ったので大智は向日葵の右腕を握っていた手を放した。

「量産ボディの増援が到着したら瞬間移動で逃がすはずだった人達を量産ボディを使った人海戦術でここから逃がすのです。それと、余剰になる量産ボディを使って戦子リッターになるのです。大智。合体なのです」

大智はこれで自分も戦えるようになると思いながらうんと言って力強く頷いた。

「一緒に大暴れするのです」

 大智は戦子の言葉にもう一度頷きながら返事をしようとしたが、菊子に関するある可能性に気付き愕然とした。

「戦子。どうしよう。僕、今、合体とかの事いろいろ考えた。菊子は向日葵の超能力が使えるんだよね? だったら心を読めるって事だよね? どうしよう。もう全部知られてるかも知れない」

 大智は情けなく狼狽えながら取り返しのつかない事をしてしまったと激しく後悔した。

「大智。ごめんなさいなのです。戦子の言葉が足りなかったのです。戦子が見付けた菊子さんのデータにはその能力があると書かれているのです。けど、菊子さんはその能力を使っていないとも書かれているのです」

「そうなんだ。ああ。良かった」

 大智は安堵のあまりに体から力が抜けその場に座り込んだ。

「読む。辛い。慣れる。大変」

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声でぽそぽそと言ってから大智の目を見つめて来た。

「菊子。読む。約束。破る」

 向日葵が付け足すように言った言葉の意味を理解し今もまだ向日葵があの時の約束を守っている事を知った大智は向日葵の律儀さを思い心を強く打たれた。

「待って。向日葵」

 立ち上がりながら言った大智はそこで言葉を切って向日葵の黒い瞳を真剣な眼差しで見つめ返した。

「まだ約束を守ってくれてたんだ。ありがとう。でも、向日葵がそれで何か困ったりする事があるのならもう約束は守らなくって良いよ」

「意地悪」

 向日葵がいつもよりも少し大きな声で言い放った。

「向日葵? なんで? 意地悪なんてしてない」

「今のは大智が悪いのです。折角約束をずっと守っているのにそんな風に簡単に嫌なら守らなくて良いなんて言ってはいけないのです」

 大智は慌てながら声を大にして釈明を始めた。

「ちょっと待って。簡単にとかじゃないよ。約束をずっと守ってくれてるって知って凄く、えっと、感動したんだ。でも、それが向日葵の為にならないかも知れないって思ったから。なんていうか、向日葵の持ってる可能性っていうのか、そういう物を制限する事になるでしょ? だから」

「分かった」

 大智の言葉を遮るように向日葵が瞳をキラキラと輝かせながら言った。

「なんだか痴話喧嘩を見せられているようで面白くないのです。向日葵さん。ぜひやって欲しいのです。少しだけで良いのです。菊子さんの心を読んでみて欲しいのです」

「やる」

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声で言ったので大智は固唾を飲んで向日葵の様子を見守った。

「読めない」

 向日葵がすぐにぽそっと言った。

「読めないのです?」

「ん」

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声で言いながら頷いた。

「菊子が超能力を使って読めないようにしてるって事?」

「ん」

 向日葵が、もう一度頷いた。大智は菊子の持つ力の一端を肌で感じた気がして、背筋が冷たくなるような恐怖を覚えた。

「守る」

 向日葵が大智の顔を見つめて来た。大智は向日葵に心を読まれたと思い、慌てて頭の中を空にしようとした。

「無理」

「向日葵。ごめん。やっぱり読むのは禁止で」

 大智は思わず向日葵に向かって両手を合わせ許しを請うように言いながら頭を下げた。

「分かった」

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声で言った。

「向日葵さん。試してみてくれてありがとうなのです。向日葵さん。この戦闘が終わるまでは、定期的に今みたいに菊子さんの心が読めるかどうか試してみて欲しいのです。菊子さんに一方的にこちらの誰かの心を読まれると厄介なのです。大智もこの戦いが終わるまでは向日葵さんに心を読まれてしまっても我慢して欲しいのです」

「戦子、向日葵、変な事言ってごめん。僕の事は気にしなくて良いから」

「読む」

「向日葵さん。重ね重ねありがとうなのです。大智も協力感謝なのです。増援の量産ボディ達が到着し始めたのです。学園内にいる人達の移動を開始するのです。移動させる人達の為にも合体したらできるだけ早く菊子さんを倒すのです」 

 戦子が向日葵の顔と大智の顔を交互に見た。

「うん。戦子。頑張ろう」

「殺す」

「向日葵さん。殺すのはどうかと思うのです。けど、ともかく、皆の力を合わせるのです」

 大智と向日葵の言葉を聞いた戦子が頷きながら言った。

「そんな、なのです。予定より早いのです」 

 戦子が不意に驚いた様子で声を上げると、窓に駆け寄った。

「どうしたの?」

「ん」

 大智と向日葵も窓に駆け寄った。

「ゴリアト達と戦っていた戦子がやられたのです」

「戦子がやられた?」

 叫ぶように言いながら校庭に目を向けると大智は必死に戦子の姿を探した。破壊されたゴリアト達の残骸とまだ破壊されていないゴリアト達の姿は見えたが戦子の姿はどこにもなかった。

「あそこなのです」

 戦子が右手を真っ直ぐに伸ばすと、人差し指で自分の正面を指し示した。

「戦子」

 菊子の体がゆっくりと空に向かって上昇して来ていて、その体の前に向き合うようにして血塗れになっているかのように機械油で汚れ傷やひび割れだらけになっている戦子の体が浮かんでいた。菊子が大智達の方に顔を向けて来た。

「ごきげんよう。思うところがありまして、わたくし人をやめていたのですわ。黙っていて申し訳ありませんでしたわね」

 菊子が優雅な動きでカーテシーをした。

「どうして急に戦子を破壊したのです?」

 戦子が先ほど驚いていた時とは打って変わって冷静な様子で聞いた。

「飽きたのですわ。なんて嘘ですわ。もうそろそろあなたが気付く頃だと思いましたの。

もう、とっくに気付いていてわざと知らない振りをしていたという可能性もありますわね。わたくしに対抗する手段を用意する為の時間が必要ですものね」

 戦子を壊された怒りと悲しみで体を震わせていた大智はやっぱり心を読まれていたんじゃないかと思い自分の所為かも知れないと怒りを強めると菊子を憎しみのこもった瞳で睨み付けた。

「僕を奴隷にしたいんだろ? だったら僕と今すぐに戦え。皆に手を出すな」

 大智が咆哮するように怒鳴り声を上げると菊子が嬉しそうに高らかに笑い声を上げた。

「面白い事を言いますわ。今のあなたに何ができると言うのですの? 戦子と合体してからで良いですわ。でないとわたくしがつまらないのですわ。ナタリーも向日葵も戦子もあなたも兼子とわたくしの仲を割こうとする者達は誰一人として許さないのですわ。鹿島大智。あなたは特に念入りにいたぶって差し上げますわ。異性と言う事を利用して兼子の心の奥にまで押し入った罪は簡単には許せないのですわ」 

 菊子の体の前に浮かんでいた戦子の体がバラバラに砕け散った。

「戦子」

 大智はここが二階である事を忘れ窓から飛び出そうとした。

「ん」 

 向日葵のサイコキネシスで動きを止められた大智は菊子に向かって咆哮した。

「返せ。戦子を返せ」

 大智は手に持っていたXM8の銃口を菊子に向けようとしたが、サイコキネシスによって拘束されている腕はいくら力を入れても微動だにしなかった。

「向日葵。戦子がやられたんだ」

 大智は向日葵の方へ顔を向けた。

「駄目」 

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声で短く言った。

「大智。落ち着くのです。戦子はここにいるのです。あの戦子はしょうがなかったのです。覚悟の上であの場に残ったのです。大智が怒ってくれるのは凄く嬉しいのです。けど、

今は我慢なのです。後で合体した時にその怒りをぶつけるのです」

 戦子が傍に来ると大智の体をそっと慈しむように抱き締めて来た。

「それは、銃ですの? 面白い物を持っていますのね。そうですわ。わたくしの事が憎いのなら撃ってみれば良いのですわ」

「駄目」

「させないのです」

 菊子のに考えに対抗するかのように戦子と向日葵がほぼ同時に言った。

「腕が、腕が勝手に」

大智は自分の腕に力を込めて自分の腕を動かそうとする菊子のサイコキネシスに抵抗した。菊子と向日葵のサイコキネシスが大智の腕を中心にしてぶつかり合った。戦子が動かないようにと押し当ててくれている手の下で震えたり痙攣したりしながら大智の腕が少しずつ少しずつ動き出しXM8の銃口を菊子に向けた。

「嫌だ。嫌だ。撃ちたくない。撃ちたくないのに」

大智は悲鳴のような声を上げながら必死に菊子のサイコキネシスに抵抗したが指が徐々に動き出し勝手に引き金を引いてしまった。初弾が命中した瞬間空中で静止していた菊子の体が大きく跳ねるように痙攣した。弾倉が空になるまで連続して発射された弾丸は菊子の体を穿ち砕き貫いた。肉片や脳漿を飛び散らせサイボーグ化した際に体の中に埋め込んだのであろう金属部品や内臓まで露出させた菊子の体が凄まじい速度で再生を始めた。

「大サービスですのよ。わたくしだって痛みを感じるのですわ」 

再生を終えた菊子が事もなげに言った。

「人を、殺した。僕は、人を」

大智は操られていたとはいえ自分の手で人を撃った事に衝撃を受け放心してしまっていた。

「大智。大丈夫なのです?」 

 戦子が大智の顔を覗き込むように見つめて来た。

「殺す」

 向日葵が宙を飛び菊子に肉迫した。

「あなた、兼子には随分とかわいがられていまわしたわね」

 向日葵と菊子が空中で睨み合うように静止すると二人のサイコキネシスが発動してぶつかり合い教室の窓ガラスが割れ校舎の壁に亀裂が走った。

「大智。しっかりするのです」

 戦子に声を掛けられ続け体を揺すられていた大智は我に返ると目の前にあった戦子の顔を束の間見つめてから目を伏せた。

「ごめん。戦子」

「ここから出て屋上に行くのです。向日葵さんと菊子さんが戦い始めたのです」

「向日葵が戦ってる? 僕の所為だ。なんとかしないと」

 大智はまだ手に握っていたXM8に吸い寄せられるように目を向けた。脳裏に銃弾によって砕かれ破壊されて行く菊子の姿が浮かび大智は吐き気を感じて口に手を当てた。

「大丈夫なのです。今度撃つ時は大智の代わりに戦子が撃つのです。大智。量産ボディ達の数がもうすぐ揃うのです。屋上に行けば合体して戻って来られるのです」

 戦子が優しく力強い自信に満ちた声で言った。

「戦子。ありがとう。でも、戦子だけに酷い事はさせない。もし銃を撃つ事になったら僕も撃つ」

 大智は空中で菊子と対峙している向日葵の方へ顔を向けた。

「向日葵。お願い。戦わないで。すぐに合体して戻って来るから」

「無理」

 向日葵が短く言うと戦子が大智を抱いている手に力をギュッと込めて来た。

「戦子?」

 突然どうしたんだろうと思っていると戦子が大智を抱いたまま天井に向かって飛んだ。

「最短距離で行くのです」

 大智と戦子は屋上までの間にある三つの天井を貫いて屋上に到着した。

「あれを見るのです。ちょうど良いタイミングだったのです。戦子リッターの大智受け入れ準備が完了したのです」

 大智は戦子に言われ顔を戦子の見ている方向へ向けた。

「あれが、戦子リッター、なの?」

 大智は向日葵やナタリーや兼定や菊子や人質の事をすべて忘れてしまうくらいの勢いで自分が想像しいてた姿とはあまりに違う戦子リッターを見て驚いた。

「そうなのです。あれが戦子リッターなのです。あの黒い四角い部分から大智が中に入るのです。その後はここいる戦子が蓋となるのです。それで合体完了なのです」

 雲間から差した陽光を鏡のように反射しながら周囲の景色をそのボディ表面に映り込ませている直径三メートルほどの白金色の球体が屋上の中心付近に床面から数十センチ離れて浮かんでいる状態で待機していた。

「あれで、どうやって戦うの?」

 大智は自分と戦子がビリヤードの手玉のようになって相手に突っ込んで行くのだろうかと思いながら聞いた。

「大智。そんな事は乗ってからでも話せるのです。急ぐのです。それにその聞き方はなんか失礼なのです。あの形で間違いないのです。早く乗るのです」

戦子が急にプリプリしながら言い不意に空中高く飛翔すると戦子リッターに近付き大智を入り口となっている四角い部分にバスケットボールの選手がダンクシュートを決めるような見事な手際で押し込んだ。

「ちょっと、戦子」

「合体完了なのです」

 戦子が高らかに宣言すると真っ暗闇だったの大智の周囲が一瞬にして明るくなり全方位に外の景色が映し出された。

「三百六十度全方位どんと来いなのです」

「戦子。急いでるのは分かるけど、あの乗せ方は酷いよ」

 大智は自分が座らされている全身を背中側から優しく包み込むような椅子以外に何もないコクピット内を見回しながら責めるように言った。

「戦い方はもう気にならないのです?」

 戦子がまたプリプリしながら言った。戦子リッターが移動を始めたらしく大智の周りに映し出されている景色が急激に動き始めた。

「それは」

 戦子リッターの動きは素早く大智が言葉を出したのとほとんど同時に菊子と向日葵が対峙している場所の上空へと達したので大智はもちろん気になってるよという言葉飲み込み別の言葉を口にした。

「戦子。そんな事より下。菊子と向日葵だ。向日葵を助けないと」

「折角自信があったデザインを褒めなかった大智にもう少し意地悪をしたかったのです」 

 戦子がそんな事を言い出した。

「戦子。それでさっきから。ごめんね。シンプルで良いと思う。でも、それより今は向日葵だよ」

「分かっているのです。ちょっと適当っぽいけど大智に褒められてやる気が出て来たのです。では。戦子リッターの戦い方を早速見せるのです」

 戦子が得意気に嬉しそうに言った。

「戦子。お願い」

 大智は戦子とともに手球になる覚悟をしてどこかにつかまないとと思い周囲を見たが、先ほど見た時と同じく大智の周りには何もなかったので後ろを向くと座っていた椅子にしがみ付いた。

「大智。そんな風にしなくても大丈夫なのです。菊子さんはこちらの攻撃を受けているのですぐには反撃して来ないのはずなのです」

「もう攻撃してるの?」

 大智は顔を下に向けた。菊子の頭の上から数メートルの所に凄まじい数の銃弾が撃ち込まれ、撃ち込まれて行く端から静止して行く様子が見えた。

「これどっかから手とか銃とかが生えてるの?」

「生えていないのです。球体のまま攻撃を繰り出す事ができるのです。今は様子見でM134の性能をコピーしたガトリングガンを撃っているのです」

 撃ち込まれ続ける銃弾を受け切れないと思ったのか、それともサイコキネシスで受け止めるのが面倒になったのか、菊子が真下から左に大きく移動し射線上から離れた。

「無駄なのです。三百六十度どこでも狙えるのです」 

 戦子の言葉通り、すぐにまた銃弾の嵐が菊子に襲い掛かり始めた。

「これはなんですの? 戦子の新形態ですの?」 

 銃弾を避けようと空中を無茶苦茶な軌道を描いて動き始めた菊子が言った。

「そうなのです。戦子リッターなのです。菊子さん。これがあなたを倒す者なのです」

 戦子がいつになく強気に言い放った。

「ん」

 向日葵の短い声がしたと思うと、菊子の動きが止まった。

「向日葵さん。ありがとうなのです。大智。折角のチャンスなのです。ここで決めてしまうのです」

 戦子リッターが動きの止まった菊子との距離を一気に縮めた。

「そうはいきませんわよ。さっきのお返しですわ」

 菊子の頭上から戦子が撃ち静止したままだったおびただしい数の銃弾がマスゲームでもやっているかのように揃って一斉にくるりと向きを変えると戦子リッター目掛けて高速で飛んで来た。

「大丈夫なのです。屁でもないのです」

 銃弾が次々に戦子リッターに命中したが中にいる大智はもちろん戦子リッター自体にもなんのダメージもないようだった。

「お返しありがとうなのです」

「戦子。どうなってるの?」

 平然と言う戦子に大智は息を飲みながら聞いた。

「戦子リッターのボディは流体金属装甲に覆われているのです。更になのです。その流体金属は地球の磁場を利用したエネルギーで瞬時に六千度まで温度を上げる事ができるのです。金属であれば当たって来ても一瞬にして溶かしてしまうのです」

「それは、凄い」

 大智は戦子リッターの持つ自分の理解が追い付かないほどの桁違いな性能の片鱗を知ってこれなら菊子にも勝てると思った。

「やりますわね」

「菊子さん。まだまだこれからなのです。菊子さんにはこれをプレゼントするのです。対超能力者用拘束具なのです」

 菊子の間近まで迫った戦子リッターからフルフェイスのヘルメットのような物がニュッと生えて来るとそれがそのままカタツムリの目のようの伸びて行きヘルメットのような物を菊子の頭に被せてからヘルメットのような物を切り離した。

「面白そうなので付き合って差し上げますわ。けれど、こんな玩具みたいな物でわたしくをどうにかできると思っていますの?」

 ヘルメットの中から菊子のくぐもった声が聞こえて来た。

「向日葵さん。菊子さんをサイコキネシスで押えるのです。もう少しすると超能力が使えなくなって落下し始めるはずなのです」

「ん」

 向日葵が短く言った。

「これは酷いですわ。音と光で意識がかき乱されていますわ。けれど、こんな原始的な方法はわたくしには通用しませんわ。超能力を使うただの人間になら効果的だと思いますわ」

 菊子が言い終えるとヘルメットのような物があっさりと菊子が添えた両手によって外された。

「駄目ロボット」

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声でぽそっと言った。

「聞こえたのです。駄目ロボットとはなんなのです。今のは高度な戦いの結果なのです。向日葵さんがこの拘束具を付けたら絶対に外せないのです。菊子さんはサイボーグだから外せたのです。向日葵さんはそこの所をちゃんと理解するようになのです」

「その通りですわよ。わたくしの人としての意識はこのおかしな道具の所為で何も考えられない状態になりつつありましたわ。機械の持つ意識の方が外してくれたのですわ」

 菊子がヘルメットのような物を戦子リッターに向かって投げた。

「残念なのです。この方法が一番平和的な方法だったのです」

 戦子リッターのボディに当たったヘルメットのような物が音もなく溶け込むようにして戦子リッターのボディの一部になった。

「これでお終いですの?」

 菊子が挑発するように微笑みながら優しく言った。

「まだまだこれからなのです。大智。申し訳ないのです。サイボーグ化している菊子さんには人間相手の手は通用しないようなのです。こうなると後は大智が嫌がりそうな手ばかりになってしまうのです」

 菊子に答えた後で囁くような声になりながら戦子が告げた。

「戦子。戦おう」

 大智は自分の言葉を噛み締めるように言った。

「了解なのです。では容赦なしに行くのです」

 戦子リッターが菊子から離れ、校庭の地面の上、数十センチの所まで降下した。

「向日葵さん。向日葵さんは休んでいるのです。後は任せるのです」

 向日葵が戦子の横に降りて来た。

「駄目ロボット」

「きぃー。しつこいのです」

「気を付けて」

「へ? なのです」

 不意に向日葵が投げて来た気遣いの言葉を聞いて戦子が素っ頓狂な声を上げた。

「すいませんなのです。急なので驚いたのです。向日葵さん。ありがとうなのです。頑張るのです」

「ん」

 向日葵が短く言うとその声をかき消すように上空から菊子の声が降って来た。

「戦子だけでわたくしに勝てると思っていますの?」

「思っているのです。まずは消えるのです」

「光学迷彩ですの? 今更ですのね。わたくしの目はごまかせませんわよ」

「ちょっと違うのです。見えるのです?」

「見えませんわね。これはちょっと困りましたわ」 

「赤外線、レーザー、サーモグラフィーなどにもかからないようになっているのです」

 戦子リッターから生えるように二つの球体が出て来ると戦子リッターが分裂した。大智の乗る戦子リッターの左右に新たに出現した三分の一くらいの大きさの戦子リッター二体が上昇を開始し、菊子を前後から挟むような位置に行くと静止した。

「あの戦子リッターの姿も菊子さんには見えてはいないのです。やるのです」

 二体の戦子リッターがグニャリと伸びるように変形して菊子の体よりも大きくなると前後から挟むようにして菊子の体を包み込んだ。

「なんですの?」

 菊子が初めて悲鳴のような声を上げた。

「大智。このまま菊子さんを溶かすのです」

「うん」

 大智は菊子を包んでいる戦子リッターの姿を見つめながら菊子を殺すという事に感じる恐れや戸惑いを押さえ付けるように力強く頷いた。

「これは惨い攻撃方法ですわ。わたくしの体と中にある機械部品を溶かすつもりですのね。戦子は素晴らしいですわ。こんな風に追い込まれるとは思ってもいませんでしたわ」

「当たり前なのです。出し惜しみなしなのです。本気で殺そうとしているのです」

「恐ろしい事ですわ。けれど。戦子。あなたは勝てませんわ」

「何を言っているのです?」

「ご覧になれば分かりますわ」

 菊子が言葉を切り、しばしの沈黙が場を支配した後、菊子を包んでいた戦子リッターの隣に力なくヘッドギアを被っている頭を垂れる兼定を腕に抱いた菊子が姿を現した。

「まさか、瞬間移動、なのです」

 戦子が悔しそうな呻くような声を上げた。

「そうですわ。向日葵の事を考慮しなければ妨害する必要もなくなりますわ。そうなれば、わたくしもこの力を使えるようになりますわ。詰めが甘かったのですわ」

「ん」

 向日葵が瞬間移動して菊子の間近に現れると兼定をギュッと抱き締め菊子の腕から奪い取った。

「向日葵。何を無駄な事をしていますの」

 不意を突かれ兼定を奪われた菊子が冷静さ失い怒鳴るように言った。

「見事なのですっ! 向日葵さん。援護するのです。菊子さん、あなたの敵はこっちなのです。不可視化解除なのです」

 戦子リッターが菊子に向かって凄まじい勢いで無数の銃弾とロケット弾とを撃った。向日葵が瞬間移動して戦子リッターの傍に来た。そのすぐ後に菊子がその場に瞬間移動して来た。

「兼定。渡す」

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声で告げた。

「向日葵。今すぐにこの力で潰して差し上げますわ」

 向日葵の体から何本もの骨の折れる鈍い音が連続して鳴り口から血を吐き出した。

「向日葵、逃げて」

「ん」

 向日葵が短く言うとサイコキネシスを菊子とぶつけ合いながら抱いている兼定を少しだけ差し出すように動かした。

「向日葵さん。兼定さんは任せるのです」

 すぐに戦子リッターから伸びた二本の腕のような物が兼定の体を抱くようにして支えると向日葵が兼定を抱く手を放した。

「向日葵、早く逃げて」

 大智は菊子の方に体の正面を向けた向日葵を見て叫んだ。

「兼子は後回しですわ。向日葵。あなたの存在はとても目障りですわ」

 向日葵と菊子が大智達から離れるように瞬間移動を繰り返し、体を消したり出現したりさせながらサイコキネシスをぶつけ合い激しい異能同士の戦いを繰り広げ始めた。

「戦子。なんとか向日葵を助けられない?」

「向日葵さんの行動パターンは分析してあるのです。向日葵さんの動きをトレースして行けば菊子さんの動きも分かって来るのです。ただ、向日葵さんがああして戦っている最中は攻撃は難しいのです」

 分裂していた二つの戦子リッターを体に溶け込ませるようにして回収しながら戦子が言った。菊子と向日葵の戦いは校舎や校庭やゴリアトや機動部隊の車や隊員など、近くにある物を蹂躙し破壊しながらを激しさを増して行っていた。

「プラチナ色の球体とはまたなんとも言えないデザインにしたんだな。オー、兼定もいるのか?」

 いつの間に来たのかナタリーの声が傍から聞こえて来た。

「ナタリーさん」

「ナタリー先輩。無事で良かった」

 ナタリーが得意気な嬉しそうな笑みを顔に浮かべた。

「二人も、いや三人とも無事で何よりだ。訓練を受けているとはいえ相手はただの人間だったからな。それにセンコ達も来てくれたしな。こっちは楽勝だったぜ。それで、これは一体どうなってる?」

 ナタリーが兼定の方を見ながら、手に持っていたF2000の銃口で激しい戦いを繰り広げている向日葵達の方を指し示した。

「菊子さんが瞬間移動を使えるようにしたのです。それで兼定さんをさらったのです。けどすぐに向日葵さんが取り戻してくれたのです。二人は現在戦闘中なのです。援護及び参戦は向日葵さんの安全を考慮すると難しいのです」

「そんな事になってたのか。この戦いに加わるってのはミーに無理そうだな。援護射撃は、へたに撃つとヒマワリに当たるか。だが、ヒマワリがどう思ってるかだな」

 ナタリーが向日葵達の方に向かって足を一歩踏み出した。

「ヘイ、ヒマワリ。援護射撃する。アーユーオーケー?」

 向日葵が瞬間移動して大智達の目前に来た。

「ん」

 小さな抑揚のない声で言って頷くと間近に現れた菊子とともにまた大智達から離れた場所に瞬間移動した。

「センコ。オーケーだ」

「ナタリー先輩。駄目ですよ」

「ナタリーさん。危険なのです」

「相手はミーと同じ再生能力持ちのヒマワリだぜ」

 ナタリーがF2000から手を放しストラップだけでぶら下げると背負っていたM14EMRを構えた。

「キクコ。ミーの相手をしてくれてた奴らは殲滅したぜ。そろそろ謝った方が良いんじゃないか?」

 ナタリーが言い終えるとM14EMRの引き金を引いた。

「この状況で撃つなんて実にナタリーらしいですわね」

 菊子の頬をかすめ向日葵の額に命中しそうになった7・62ミリNATO弾が向日葵のサイコキネシスによって空中で静止させられた。

「ソーリー。ヒマワリ」

「大丈夫。撃て」

「さすが、ヒマワリだ」

 ナタリーが連続して発砲を始めた。

「うう……」

 発砲音に紛れて兼定の小さな声がした。

「兼定先輩?」

「兼定さん。気が付いたのです? 戦子達の事が分かるのです?」

 戦子リッターの腕のような物が動き抱くようにして支えていた兼定を戦子リッター自身の真正面に持って来て向き合うようにすると兼定が被っていたヘッドギアを自分の手で外した。

「いろいろ迷惑を掛けた」

 兼定がしっかりとした口調で言い、ウィッグも外すとヘッドギアとともに地面の上に投げ捨てた。

「兼定先輩、元に戻ったんですか?」

「洗脳は解けたのです?」

「ああ。解けたみたいだ。本当にすまなかった。洗脳されていた時の事もちゃんと憶えている。姉さんは俺が止める」

 戦子リッターの腕が動き兼定をその場に立たせると兼定からそっと離れた。

「姉さん。もういい。やめてくれ」

 兼定が大きな声で言いながら髪の毛を両手でまとめて持ち上げ丁髷の形にした。

「ヘイ、カネサダ! 待ってたぜ。これを使いな」

 ナタリーがツインテールを解くと髪を纏めていた二つのヘアゴムを兼定に向かって投げた。

「ナタリー。すまなかった。随分と情けない所を見せてしまったな」

 兼定がナタリーからもらったヘアゴムで丁髷を完成させると涼しげな目を細め凛々しい笑みを顔に浮かべた。

「お互い様だろ。それで、どうやってキクコを止める気なんだ?」

「説得する」

「説得かよっ」

 ナタリーが構えていた銃を下ろした。

「姉さん。菊子姉さん。もうやめてくれ」

 兼定がもう一度大きな声を上げた。

「兼定」

 兼定に気付いた向日葵がいつもの調子で言ってから兼定の傍に瞬間移動して来た。

「兼子。目を覚ましたのですわね」

 向日葵と同じように瞬間移動して来た菊子が無邪気な笑みを見せながら嬉しそうな声を出したが、すぐに不機嫌そうな顔になった。

「その頭はなんですの?」

「これは丁髷です。俺は侍のつもりですから」

 菊子が何かを理解したというような顔をすると、目を細め兼定を睨むように見た。

「洗脳が解けていますわね。帰ってやり直しですわ」

 菊子が兼定の手をつかんだ。

「姉さん。もうやめてくれ。洗脳なんて悲しい事はしないでくれ」

 菊子の目尻がつり上がった。

「兼子。あなたはわたくしの言う事を聞いていれば良いのですわ。さあ行くのですわ」

 菊子が兼定の手を引いた。兼定が菊子の自分の手をつかんでいる手をつかむと自分の手から菊子の手を放させた。

「姉さん。俺は行かない」

 菊子が手を引くと兼定がつかんでいた部分をじっと見つめた。

「わたくしの体が治ったからですの? あの時、わたくしの所に戻って来て言った言葉は嘘だったのですの?」

 兼定が目を伏せた。

「姉さん。すまない。その事に関しては弁解の余地はない。嘘を言った訳ではないが、結果としてこうなっている。姉さんの言う通りだ。俺は自棄になっていた。姉さんの為ならすべてを捨てようって思った。武部の皆が戦っている姿を見てもそれでも俺はもう諦めようって思っていた」

「それで良いのですわ」

 兼定が伏せていた目を上げた。その目の中にある瞳には確固たる決意の光が宿っていた。

「姉さん。姉さんは間違っている。そんな姉さんを止めるのが俺の役目だ。もう権力と力をそんな風に使うのはやめてくれ」

 菊子が高らかに笑い声を上げた。

「何を言うのかと思えばそんな事ですの。分かりましたわ。あなたが私の元に戻れば、あなたの言う通りにしますわ。あなたが捨てろと言えば地位も名声も財産も超能力もすべて捨てますわ」

「姉さん」

「わたくしの元に戻って来てくれますわね?」

 兼定が両手を伸ばすと菊子の両肩を握った。

「姉さん。ごめん。俺は俺の道を行く。俺なしでこれからは生きて行って欲しい」

 菊子が何か信じられない物を見るような目を兼定に向けた。

「兼子。何を言っていますの?」

 菊子が何か意味の分からない事を言われた時のように戸惑いながら聞き返した。

「これからは姉さんと一緒の道は歩けない。俺は俺の道を行く。もちろん、姉さんが変わって俺と一緒に来てくれるのなら俺は大歓迎だ。だが、姉さんが変わらない限りは無理だ」

 兼定が再度一点の曇りも感じさせないはっきりとした強い口調で言い切った。

「兼子。待つのですわ」

「姉さん」

 菊子が厳しい表情になると両肩を握っている兼定の手を振り解き何かを探すように周囲を見回した。菊子の目が戦子リッターを見た所で止まった。

「そういう事ですの。分かりましたわ。戦子ですわね。戦子。兼子を洗脳しましたわね。今すぐに解くのですわ。でないとわたくしにも考えがありますわ」

 菊子が今までに聞いた事のないほどの殺気立った口調で言い放った。

「姉さん。戦子はそんな事はしていない。俺は自分の意志で言っているんだ」

「兼子。あなたには言ってはいませんわ。戦子。早くしないと取り返しのつかない事になりますわよ」

 菊子の殺気立ち切羽詰った声音と口調と言葉から得体の知れない不気味な迫力を感じ、大智は菊子が何かとんでもない事をしようとしているのではないかと思い不安に駆られた。

「戦子。菊子をなんとかできない?」

「向日葵さんと戦っていない今なら戦えるのです」

「読んでる」

 向日葵がいつもの抑揚のない小さな声で言った。

「読んでる?」

 大智は一瞬意味が分からず聞き返した。

「人の心を読んでいるのです?」

 戦子の言った言葉を聞いた菊子が顔を歪ませるとニヤリと壮絶な笑みを顔に浮かべた。

「この能力はやはり慣れませんわ。使うとガードが甘くなって自分の心も読まれてしまいますわ。何かとんでもない事ですわね。そうですわね。ああ。あれが良いですわ」

 菊子が無邪気な子供のように声を上げると、しばし間を空けてから不機嫌そうな顔になり眉間に皺を寄せた。

「学園の皆様がいませんわ」

「菊子さんの手の届かない所に量産ボディ達を使って避難させたのです」

 戦子が言うとまた菊子がしばし間を空けてから言った。

「誰もその場所を知らないのですわね」

「戦子の心は読めないのです」

 戦子が勝ち誇ったように言った。

「困りましたわね」

 菊子が急に感情を失ったように無表情になって言いながら顔を巡らせて周囲を見回し始めた。

「させない」

 向日葵がサイコキネシスを発動し菊子の体を校舎の壁に向かって吹き飛ばした。

「向日葵。大人しくしていて欲しいですわ」

 校舎の壁を突き破りコンクリートの破片と粉塵の中に姿を消していた菊子が無傷で壁にできた穴の中からゆっくりと空中を浮かびながら出て来ると向日葵に挑みかかった。

「油断大敵ですわね。けれど、次はないですわよ。戦いながらでもこれくらいの事ならできますわ」 

「大智。向日葵さんは菊子さんの心を読んだのです。菊子さんは何かをするつもりなのです」

「うん。何が起こるか分からないけど、なんとかしないと」

「キクコの奴、何をする気だ?」

「姉さん。もうやめるんだ」

「ん」

 向日葵がゴリアト達がいる場所へと瞬間移動し、ゴリアト達をサイコキネシスで片っ端から吹き飛ばし始めたが残っているゴリアト達が機動部隊の隊員達に襲い掛かり始めた。

「学園の皆様の代わりですわ。兼子の洗脳を解かないと皆殺しにしますわよ」

「戦子。ゴリアトを破壊するんだ」

「了解なのです」

「ミーも行くぜ」

「俺も行く」

 大智達が動き出すと菊子が瞬間移動して来てその前に立ちはだかった。

「行かせませんわ」

「ヘイ。ミーが相手だ」

 ナタリーがF2000を菊子に向かって撃った。

「無駄ですわ」

 連続して発射された銃弾すべてが空中で静止しF2000を持っていたナタリーの腕が嫌な音をたてて普通ならありえない方向に向かって曲がった。

「折りやがったな」

「ナタリーさん」

「ナタリー先輩」

「ナタリー」

 ナタリーが折れていない方の手で腰に装着されているMP7を抜くと菊子に向かって撃った。

「うるさいですわ」

ナタリーの体が吹き飛んで校舎の壁にめり込んだ。ナタリーが小さく苦しそうに呻くと、気を失ったのか頭をだらりと垂らし動かなくなった。

「ナタリー。大丈夫か?」

 兼定がナタリーに駆け寄った。

「菊子さん。許さないのです」

 戦子リッターから周囲を白く染めるプラズマ光とともに何かが発射されると、菊子の右肩とその下に続く腕が砕け散った。

「今のは危なかったのですわ。けれど、一撃で仕留められなかったのは失敗でしたわね」

 菊子が戦子リッターの傍に瞬間移動して来た。

「このボディ形状は対サイコキネシスの為でもあるのです。そう簡単には破壊されないのです」

 再びプラズマ光が白く周囲を染めたが菊子の体にはなんの変化も現れなかった。

「これはレールガンという物ですの? 凄い速さの弾ですわね。けれど、止めてしまいましたわよ」

「それくらいなんでもないのです。まだまだ兵器はあるのです」

「今度はどんな攻撃をして来るつもりですの? あら。わたしくったら、また良い事を思い付いてしまいましたわ」

 菊子が大智達をそのままにして瞬間移動し姿を消した。

「菊子はどこ?」

 大智は菊子の姿を探しながら叫んだ。

「近くにはいないのです。こうなると手の出しようがないのです。折角ダメージを与えても回復されてしまうのです。戦子は心を読まれないから戦えるのです。けれど、これでは勝てないのです」

「戦子。大智。悪いが、しばらくこの場を任せて良いか? 俺はナタリーを避難させる」

 ぐったりとしているナタリーを抱きかかえた兼定が戦子リッターの傍まで来た。

「兼定先輩。すいません。お願いします。僕と戦子は菊子とこのまま戦います」

「戦子からもお願いするのです」

「二人ともすまない。保健室のベッドにナタリーを寝かせたらすぐに戻る」

「兼定先輩。気を付けて」

「すいませんなのです」

「こっちこそすまんな」

 兼定がぐったりとして動かないナタリーを労わりながら歩き出した。

「戦子。菊子の居場所は分かった?」

「分からないのです。周囲五キロ以内にはいないようなのです。索敵範囲を広げてみるのです」

「遠くから攻撃されたらまずいから警戒はしてないと駄目だと思うけど、一旦菊子の事は放っておいて向日葵の方を助けに行けないかな? 先にゴリアト達を全滅させられば向日葵も一緒に戦えるようになると思うんだ」

「良い考えなのです。そうするのです」

 戦子リッターがゴリアト達を破壊している向日葵の傍まで移動した。

「向日葵。手伝いに来た」

「ん」

「全部破壊するのです」

 戦子リッターがガトリングガンやロケット弾を使ってゴリアト達を破壊し始めた。

「ん」

 向日葵が言ったと思うと瞬間移動して機動部隊の隊員達の傍に行った。

「向日葵?」

 大智は向日葵の方を見た。

「大智。大変なのです。機動部隊員達が仲間同士で戦い始めたのです」

「まさか、菊子がやってるの?」

「恐らくそうだと思うのです」

「ゴリアト。壊せ」

 向日葵のいつもと変わらない声が聞こえて来た。

「向日葵。そっちは一人で平気なの?」

「ん」

 向日葵がサイコキネシスと瞬間移動を駆使して次々と機動部隊員達を気絶させ始めた。

「向日葵さんの方はとりあえず大丈夫そうなのです。こっちを早く片付けるのです」

「うん」

 戦子リッターがガトリングガンやロケット弾に加えてレールガンも使い始め、今までよりも速いペースでゴリアト達を破壊し始めた。

「菊子さんなのです。こんな方法を使うとは予想できなかったのです。完全にやれたのです。大智はすぐに降りるのです」

 戦子がなんの前触れなく不意に告げた。

「戦子? 急に何言ってるの?」

「上空一万メートルにオスミウムの塊が出現したのです。落下時の衝撃を用いて戦子達を潰すつもりなのです」

「オスミウムって何? 潰すって戦子リッター相手にそんな事できるの?」

 大智は今の戦子がやれるなんてあり得ないと思いながら聞いた。

「オスミウムというのは金属で比重が一番重い物質なのです。それで選んだと思われるのです。大きさから推測して戦子リッターの保有する兵器をすべて同時に使用しても破壊する事は不可能なのです。戦子達は逃げてしまえば潰されたりはしないのです。けど、受け止めないと落下時の衝撃で学園と学園周辺が破壊されるのです」

 大智は顔を空に向けた。上空一万メートルにあるというオスミウムの塊の姿は薄い雲に覆われた空の中のどこにも見付ける事はできなかった。

「学園と町を守りたければ受け止めろって事なんだね。戦子。僕も行く」

「駄目なのです。もしもの事があったら困るのです。戦子は壊されても代わりがいるから平気なのです。大智の代わりはいないのです。大智は向日葵さんと兼定さんとナタリーさんと避難するのです」

 大智はいつも自分を犠牲にする戦子に何もしてあげられない自分に怒りを感じ思わず大きな声を出した。

「僕は逃げない。逃げるなら戦子も一緒だ」

「大智」

 戦子が切なげな声で言い何かを考えていたのか少し間を空けてから言葉を続けた。

「ありがとうなのです。戦子も一緒に逃げられたら良いとは思うのです。けど、戦子は大丈夫な体なのです。すぐに戻って来られるのです。大智には少しだけ我慢をしてもらいたいのです」

 大智が言葉を出そうとすると向日葵が戦子リッターの傍に瞬間移動して来た。

「逃がす」

「向日葵さん」

「向日葵、いきなり何?」

「読んだ」

「よろしくなのです」

 戦子が言うと向日葵が瞬間移動して戦子リッターの内部に入って来た。

「向日葵、やめて」

「駄目」

 次の瞬間、大智の視界は暗闇に閉ざされた。

「そんな。ここは?」

 視界が戻ると大智は見知らぬトンネルの中に一人で立っていた。

「学園から十キロほど離れたトンネルの中だそうだ。具体的な場所は俺にも分からない」

 兼定の声が背後から聞こえて来た。

「兼定先輩。戦子が危ないんです」

 大智は振り向くと兼定に詰め寄るように近付いた。

「大よその事は戦子から聞いている。二人を信じて待つしかない」

「二人?」

「ヒマワリもセンコと行きやがった」

 ナタリーの声が兼定の傍から聞こえた。

「ナタリー先輩。大丈夫なんですか?」

 兼定の背後に保健室のベッドごと運ばれて来ていたナタリーがいた。

「ミーの事は心配するな。ほっとけば治る」

 大智は枕に寄り掛かり上半身を少し起こした格好でいるナタリーからすいませんと言って視線を外すと兼定の顔を見た。

「戻ります」

 大智は一言告げると、とにかくトンネルから出ようと近い出口の方に体の正面を向けた。

「やめておけ。今から行っても間に合わない。それに、俺達が行っても何もできない」

「行ってみなきゃ分かりません」

 大智は走り出した。

「やめろと言っている」

 不意に兼定に右腕をつかまれ、バランスを崩した大智は転びそうになった。

「すまん」

 兼定が転ばないようにと大智の体を支えてくれた。

「先輩。放して下さい」

「大智。大丈夫だ。二人は死なない」

 またそれだ、と思い、大智は叫ぶように言った。

「そんな事は分かってます。でも、嫌なんです」

「駄々っ子のようですわね。兼子の言う通りですわ。二人は何があって死にませんわ。けれど、戻って来てあなたがわたくしの奴隷になっていたら二人はさぞかし悲しむと思いますわ」

「菊子」

「姉さん」

「キクコ」

 大智達は目の前に突然現れた菊子の姿を見てほぼ同時に口を開いた。

「あなた達、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていますわ。とっても面白い顔をしていますわよ」

「姉さん。二人には手を出さないでくれ。俺が相手をする」 

 兼定が数歩進んで大智達を庇うように菊子の前に立った。

「何もして来なければ何もしませんわ。それと、兼子。わたくしの相手をする必要はありませんわ。あなたはわたくしについて来れば良いのですわ」

 大智は足を踏み出すと兼定の隣に並んだ。

「兼定先輩は渡さない。僕らとの勝負はまだ終わってないんだ。僕が戦います」

「へーイ。ダイチー。格好良いじゃないか。戦うならミーも混ぜてくれ」

 いつ間に傍に来たのかナタリーが不意に大智の肩にもたれかかるようにして寄り掛かって来た。

「ナタリー先輩?!」

 大智は驚いてナタリーの顔を見た。

「ダイチ。シャラップだ」

 ナタリーがパチリと右目を瞑ってみせた。

「もう、何やってんですか」

 大智は小さな声で労わるような口調でこぼすとナタリーを支えるように肩を貸し一歩も引かないという意志を込めた目で菊子を睨み付けた。

「もうナタリーを痛め付けるのは嫌ですわ。何度やってもすぐに治るから面倒ですわ」

 菊子が言いながらサイコキネシスを発動させ、ナタリーと兼定の体を空中へと浮かび上がらせた。

「これで二人は口を利く事も体を動かす事もできませんわ。わたくしと戦うと言いましたわね? あなた風情がわたくしと一体どうやって戦うのか見せて欲しいですわ」

 大智は両手で拳を作ると、菊子の目前まで行った。

「その拳でわたくしを殴る気ですの?」

 大智は両手を胸の前に持って来ると拳を握っている自分の両手を見つめた。

「殴れればどんなに良いか。あなたの事が憎いし大嫌いだ。殺せるものなら殺してやりたいとも思う。でも、こうしてあなたを目の前にしても僕はあなたを殴るのが怖いと思った。皆や僕の乗ってる戦子があなたを傷付けるところを見ていた時は今ほど怖いとは思わなかった。こんな風に追い込まれてるのに僕はあなたを、いや、人を直接自分の手で傷付けたくないと思ってる」

 大智は拳を握っていた手を開いた。

「何を言っていますの? 意味が分かりませんわ。それでこれからどうする気ですの?」

 菊子が嬉しそうに言いながら嗜虐的な笑みを顔に浮かべた。

「僕を好きなだけ痛め付ければ良い。なんなら殺したって構わない。けど、僕は負けない。僕があなたに屈しなければ僕に負けはない。勝負の勝ち負けをどうやって決めるか決めてなかったはずだ。だから、僕がこうすれば勝てないまでも負けはない」

 菊子が嗜虐的な笑みを消すと、至極残念そうな顔をした。

「とんだ詭弁ですわ。向日葵と戦子を犠牲にしてここまで逃げて来て、兼子とナタリーをこうして拘束されて、そんな状況で言う言葉がそんな言葉ですの? あなた、わたくしが思っている以上にゴミクズですわ。どうしてあなたみたいな人間に兼子が肩入れするのか理解できませんわ」

 菊子のサイコキネシスによって空中に浮かび上がらされると両手が横に向かって勝手に伸ばされ大智は十字架に磔にされたような格好にされた。

「わたくしの能力を使えば、人の体を再生する事が可能ですの。例えば、こうするとしますでしょ?」

 ボギリと鈍い音がすると大智の両腕の橈骨と尺骨が折れた。なんの気構えもなく突然襲って来た激痛に大智は声を上げる事もできずに気を失った。

「気を失うなんて卑怯ですわね。起きるのですわ。これでは痛みを感じる事ができませんわ」

 サイコキネシスで体を激しく揺すられ目を覚ますと骨折の痛みが襲って来て大智は涙を流しながら顔を歪めた。

「良い顔ですわね。けれど、まだまだですわよ」

 痛い、やめて、許して、助けてという言葉が後から後から浮かんで来て大智の頭を中を埋め尽くした。

「やれば良い。全身の骨を折られてたって僕は屈しない」

 大智は喉元まで出掛った、痛い、やめて、許して、助けてという言葉を飲み込むと精一杯格好付けて別の言葉を言い放った。両腕の痛みとこれから更に襲い来るであろう痛みの事を考え頭の中を朦朧とさせながらこうなれば思い切り格好付けてやろうと思った。大智は昔ポータブルポケットで人を殴った時の事を思い出した。あの時の暴力的な破壊衝動が今は自分に向けられているようだと思った。自虐的な衝動に身を任せながら大智はこの菊子という理不尽極まりない暴君に負けないのならばあの自分で自分の事を恐れるようになった出来事でさえ利用してやると思い奥歯を砕かんばかりに食いしばった。

「いつまでそのへらず口を利く事ができるのか試して差し上げますわ」

 大智の全身の骨が折られた。形容する事のできない痛みはすべての感覚を奪い去り大智は音も光も痛みも何かもを感じられなくなった。

「ショック死するかと思いましたけれど死にませんでしたわね。まあ、心臓が止まってもすぐに処置を施して生き返らせるつもりですわ。簡単に死ねると思わない方が良いですわよ」

 菊子がサイコキネシスを使って大智を自分の目の前に寝かせると大智の右の肋骨部分を思い切り踏んだ。

「どうですの? 痛みは感じられていますの? 返事をなさい。黙っていては何も分かりませんわ」

 菊子が肋骨部分を踏んでいる足を上げると今度は同じ場所を思い切り爪先で蹴った。

「け、ない。負け、ない。負けな、い」

 菊子の言葉に応じた訳ではなかった。負けたくない屈したくないという思いが大智の口を勝手に動かしていた。大智は負けないという言葉だけを無意識のうちに繰り返し繰り返し唱え続けた。

「不快ですわね」 

 菊子が冷徹に言うと体の感覚が今までの事が何もなかったかのように一瞬にして正常に戻った。

「痛みがなくなったはずですわ。わたくしの能力を使ってあなたの体を再生したのですわ。痛みのない正常な体はとても良い物だと思いますでしょう? 今、負けを認めればこれ以上の事はしませんわ。どうですの?」

 菊子がサイコキネシスで大智を立たせた。

「僕ら、僕達に、何も、何もしないと誓ったら、負けを、認めてやる」

 大智は途切れ途切れに言葉を絞り出してからふっと思い付いて口にした交換条件を我ながら良い発想だと思い体が治っているのにまだ力の入らない顔の筋肉を引きつらせて笑みになっていない笑みを作った。

「言いますわね。分かりましたわ」

 大智の四肢が押し潰されて血を噴き出す肉塊に変わった。またも声も出す事すらできなかった。大智はあまりにも凄まじい痛みが一度に襲って来ると人は何も感じられなくなるという事をこの二度の体験から知った。

「どうですの? まだ屈しない気ですの?」

 菊子が大智の腹を裂き、右手を中に突っ込んで大腸を引きずり出しながら微笑んだ。

「ない。け、ない。負、け、ない」

 大智はまた負けないという言葉を無意識のうちに繰り返し唱え始めた。菊子が引きずり出した大智の大腸を乱暴に地面に叩き付けるようにして投げ捨てると苛立ちを露わにし高くなった声で言った。

「面白くないですわね。わたくしがこんな事までしていますのにどういう事ですの。あなたはマゾヒストなのですの?」

 菊子がサイコキネシスで大智の首をねじ切った。

「け、な、い」

 首をねじ切られてからも大智の口は僅かの間だけ動いた。

「このまま殺してしまいたいですわ」

 菊子が顔を醜く歪め憎々しげにこぼすと、大智の体が録画した映像を逆再生しているかのような動きをみせながら元に戻り始めた。

「は、は、ははは。どうだ? 僕は負けない。取り乱してるあなたを見るのは笑える。もっともっとやれば良い。そして自分の愚かさ、無能さを知れば良い」

 自分は苦痛でおかしくなってしまってるんだと思いながら、大智は頭と心の中に生まれた衝動に突き動かされるままに笑い、言葉を告げた。

「なんですの。なんですの。なんなのですの。あなた達はわたくしに逆らってばかりですわ」

 大智の体が浮き上がり、地面にめり込むほどの力で叩き付けられた。

「負、け、な、い」

 大智の口が動き、呟いた。

「わたくしだって負けませんわ。こうして、何年もかけてわたくしと兼子を利用しようとする家の者を周囲の者を屈服させて何もかも手に入れたのですわ。けれど、なんですの? どうしてこんなにわたくしを苛立せますの? この狂おしいほどに湧き上がって来る憎しみなんなのですの? わたくしはすべてを捨てて頑張りましたわ。これ以上何をわたくしに望むというのですの?」

 大智の体が爆ぜて四散した。

「このまま、死ねば良いのですわ」

 大智の体が再生を始めた。

「駄目ですわ。このまま殺したらわたくしは永久にこのゴミクズに勝てなくなってしまいますわ」 

 菊子が再生を続ける大智の体を自分の目前に立たせた。

「このゴミクズ。わたくしはあなたが憎くて憎くて仕方がありませんわ。あ、ああ。けれど。この気持ちはなんなのですの? 自分で自分が信じられませんわ。今、わたくしはおかしな事を感じてしまいましたわ。本当に、これはなんですの? あなたとずっとこうしていたいという衝動がわたくしの中になぜだかふっと生まれたのを確かに感じてしまいましたわ。ここまでされてもわたくしに屈しないあなたは何者ですの? 本当にただのゴミクズなのですの?」

 菊子が初めて恋を知った少女が相手の男の手を取る時に見せるようなおどおどとして危なっかしい手付きで大智の頬にそっと触れた。

「負け、ない。僕は、負けない。絶対に負けない」

 再生が終わり声が出せるようになった大智は菊子に生命を脅かされる度に己の中に燃えがる意志を目と言葉に込めて菊子に向かって突き付けた。

「なんて憎くて腹立たしくて、そして、なんて、愛おしいのでしょう。これは、ひょっとして、恋、という物なのですの? わたくし、こんな状況下で恋をしてしまったのですの?」

 菊子がその場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。サイコキネシスで宙に浮かんでいたナタリーと兼定の体が落下し、二人は地面の上に降り立った。

「ふんっ。いきなり何言ってやがんだ。散々好き勝手しやがって。恋だと? んな事は今はどうでも良い。やる気がなくなったんなら馬鹿な事言ってないでとっとと負けを認めろ」

 ナタリーが菊子の傍に来るとしゃがんで菊子の胸倉をつかんだ。

「姉さん」

 兼定がナタリーの菊子の胸倉をつかんでいる手を放させると菊子の肩にそっと手を置いた。

「ヘイ、カネサダ」

 ナタリーが不満そうに言いながらも、もう一度菊子の胸倉をつかんだりはせずに手を引いた。

「わたくしは、わたくしは、どうしてしまったのですの?」

 菊子が幼子が急に衝動的に母親に抱き付くように兼定に抱き付いた。

「姉さん?」

 兼定が少し驚いたように言ってから、菊子の体をそっと優しく抱き返した。

「ヘーイ。なんだよこれは。こんな終わり方で良いのか?」

「駄目」

「なんなのです? 菊子さんが恋をしたってどいう事なのです?」

 戦子と向日葵が大智の目前に瞬間移動して来た。

「向日葵。戦子。無事だったんだね」

 大智は思わず二人に飛び付いて抱き付いた。

「ん」

「いきなり大胆なのです」

 向日葵と戦子が珍しく一瞬驚き戸惑ってから大智に抱き付いて来た。

「良かった。本当に無事で良かった」

「大智?」

「大智。どうしたのです?」

「ヘイ、ダイチ」

「大智。大丈夫か?」

「鹿島大智」

 皆が大智の名を呼んだ。大智はその声を水中に沈んでいるかのような感覚で聞いていた。蝋燭の火がふっと消えるように大智の意識は一度突然途切れていて力の抜け切った体を向日葵と戦子が支えてくれていた。

「ごめん。寝ちゃったみたい。油断したら一瞬で熟睡できそうなくらい眠くなってて」

 大智は落ちかかる瞼をなんとか上げつつ眠らないようにと必死に努力しながら声を出した。

「大智。ゆっくり休んでくれ。後の事は俺が責任をもってやらせてもらう。不甲斐ない俺に変わって本当に良くやってくれた。心から礼を言う。ありがとう。君は我が武部の誇りだ。君の武士道、確かに見せてもらった」

 兼定が優しいが力強い声で言い、大智の頭を撫でた。

「兼定先輩」

 大智はありがとうございますというお礼の言葉を言う前に眠りの中に落ちて行った。


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