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その出会いと戦いが僕を変える  作者: 風時々風
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大智は目を開けた。見た事のないクリーム色の天井が一番最初に大智の視界の中に入って来た物だった。

「ミーはもう食べられまっせぇーん。うへうへうへうへ~」

 大智の真横から突然ナタリーの素っ頓狂な声が上がった。

「なんだ? 痛いっ」

 大智の胸の上にドスンッと音を立てて何かが降って来た。

「うう? ナタリーか? まったく。ナタリー。起きろ。この足をどけろ」

 兼定の眠たげな声がナタリーの声がした方とは反対の方から聞こえて来た。二人の声を聞いた大智は今更ながらに自分は何をしていたんだろう? と思った。大智の脳裏に黒煙を巻き上げ炎に包まれて燃え上がっているはしご車と燃え移った炎に焼かれながら自分に近付いて来る戦子の姿が過ぎった。

「戦子」

 大智は叫んで飛び起きた。

「いたっ。ヘ~イ。ダイチー。人の足をいきなり持ち上げるなよー」

 ナタリーが不満たらたらな声を出した。

「大智。もう起きて平気なのか?」

 先ほどの眠たげな声とは打って変わった明瞭な兼定の声がした。大智は二人の声がした足元の方に顔を向けた。大智は今自分がベッドの上に立っている事に初めて気が付いた。

「先輩。ここは? いや、そんな事より戦子は? 戦子はどうなったんですか?」

 大智はベッドの上、自分の足元の傍に女の子座りをしていた兼定の顔を見た。

「落ち着け。戦子は平気だ」

 大智は兼定の両肩を両手でつかむと、自分の顔をぐっと兼定の顔に近付けた。

「本当ですか? 戦子は今どこですか?」

「こ、こら。顔が近い。放れろ」

 兼定がびっくりした顔をすると不意に大きな声を上げ、大智から顔を反らすように顔を斜め下に向けた。

「すいません。つい。先輩。お願いします。教えて下さい。戦子はどこにいるんですか?」 

 兼定から手を放し顔を引いて大智は改めて聞いた。兼定が立ち上がると、ベッドの周りを覆っていた白いカーテンを開けて、ベッドから下りた。

「大智。俺の質問の答えがまだだ。体の方はどうだ? おかしな所はないか?」

 足の下に敷いていた上履きを片方ずつ足を上げて履きながら兼定が言った。大智は僕の事はいんですと言おうとしたが、兼定が自分に向けて来た真剣な瞳を見てもどかしさを覚えながらも簡潔に自分の体の事を伝えた。

「大丈夫です。どこも悪い所はありません。先輩。戦子はどこなんですか?」 

 大智はベッドの下を見た。自分の靴を見付けるとベッドから下りて靴を履いた。兼定がしょうがない奴だなという風に優しい顔をした。

「戦子は今メンテナンスの為にラボの方に行っている。二、三日すれば帰って来るはずだ」

「メンテナンスって、どこか壊れたんですか?」

 大智は死刑宣告を待つ被告人のような心持になって兼定の答えを待った。

「そんなんだから薬品嗅がされんだよ。ダイチは取り乱し過ぎなんだ。男だったらもっとデーンと構えてろデーンと」

 ナタリーが立ち上がるとベッドの上から飛び下り大智の背中を勢い良く叩いて来た。大智は思わずよろけてしまったが、すぐに体勢を立て直すと、ナタリーから逃げるように距離を取った。

「先輩。ラボってのはどこにあるんですか?」

 兼定が上履きを履いているナタリーの傍に行き、仲の良い男同士がするように肩を抱いた。

「場所を聞いてどうする?」

「そうだぞダイチー。聞いてどうするんだ?」

 ナタリーが嬉しそうに微笑む。

「すぐに行きます。戦子が心配なんです」 

 兼定とナタリーが顔を見合わせた。

「大智。今日は帰宅しろ。帰ってゆっくり休め。ラボには関係者以外は入れない。行っても無駄だ」

 兼定がナタリーの背中を押すように軽く叩いた。

「ナタリーザダイナマイトとっかーん」

 ナタリーが両手を横に伸ばし、子供が飛行機の真似をするようにブーンと言いながら大智に向かって走って来た。

「そう何度も食らいません」

 大智はナタリーに向かって駆け出すと、すんでのところでフェイントをかけてナタリーを避け兼定の背後に回った。

「オー。生意気な奴め」

 ナタリーがブーンと言いながら旋回すると大智の方に向かってまた走り出した。

「俺を盾にするか。だが甘いぞ」

 くるりと回って振り返った兼定が大智の体を両腕で左右から挟むようにつかんで来た。

「先輩。何するんですか」

 大智が兼定の真意を探るように顔を見ると、兼定が真剣な表情を顔に浮かべた。

「今日は帰れ。部長命令だ」

「ブチョー命令は絶対なのだぞ。ダイチー。機関砲発射。ドドドドド」

 大智の背後からナタリーが抱き付いて来てふくよかな双丘をギュッと押し付けて来た。

「卑怯です二人して」

 大智は二人の拘束から抜け出ようと身をよじりつつ大声を上げた。

「このまま正門まで送ろう」

「カネサダ。ナイスアイディーア」

 二人が大智を挟んだまま歩き出した。

「また辱める気ですか!」

 大智は先ほどよりも激しく身をよじりながら足を踏ん張って体が進まないようにと抵抗した。

「素直に帰った方が身の為だと思うが」

「本当はミーのオッパイから離れたくないんだろ?」

 兼定の大智を動かそうとする力が強くなり、ナタリーの胸がその存在を誇示するかのように柔らかくかつムギュムギュと大智の背中に押し付けられた。

「分かりました。離れて下さい。今日は帰ります」

 大智が落胆も露わに小さな声で言うと兼定がわざとらしく大げさに疑うような眼差しを大智に向けて来た。

「本当か?」

「本当です」

「嘘ついて探しに行こうとしたりしたら、退部な」

 ナタリーが言葉尻の「な」に合わせてギュムっと胸を一際強く押し付けて来た。兼定が笑い声を上げた。

「ナタリー。それは良い考えだ。退部になってしまったら、戦子には会えなくなるからな」 

 兼定が大智から両手を放した。

「ダイチー。また明日だ。車に轢かれないように気を付けて帰れー」

 ナタリーが大智から離れたと思うと大智の首に右腕を回して来て、顔をぐいっと大智の顔に近付けて来た。大智の頬にチュっと音をたててナタリーが軽くキスをした。

「やめて下さい」

 ナタリーの右腕を振り解くと大智はナタリーから距離を取った。

「なんだとー。じゃあ、もっとキスしてやるぜ」

 ナタリーが両手を前に出し、すべての指を鷲の爪のように第二関節部分で曲げるとそれをワキワキと動かしつつ大智に迫って来た。

「ナタリー。その辺にしておけ。部室にあった君の鞄はこっちに持って来ておいた」

 兼定がベッドの脇にあった荷物台に近付いた。大智の鞄を手に取ると、大智に向かって差し出してくれた。

「すいません」

 大智は恐縮しながら鞄を受け取ると、戦子に会いに行けない事に改めて落胆しながら、ナタリー、兼定の順で二人に小さく頭を下げた。

「また明日部室に来ます」

「おう。待っているぞ」

「うーん。そうだなあ。まあ。また明日だな」

 二、三日すれば、きっとまた戦子に会えるはずだと大智は自分に言い聞かせながら帰宅の途に着いた。

 学校に着いたらまず部室へ行こう。大智はもしかしたら戦子が来ているかも知れないという期待を胸の中で膨らませながら家の玄関で靴を履いていた。

「気を付けて行ってらっしゃーい」

 廊下の奥の居間から母親の声が聞こえて来た。

「うん」

 大智は立ち上がると玄関のドアを開け、朝の真新しい陽射しを受けながら家の外に出た。不意に急ブレーキを掛けたと思しき悲鳴のような甲高い激しい音が柔らかく静かな音しかなかった空気の中に鳴り響いた。なんだ? と思いつつ数歩歩いて家の敷地内から外に出ようとする瞬間にボリューミーで柔らかく優しい感触の二つの物体が大智の胸に強く押し当てられた。

「グッモーニン。ダイチー」

 大智の背中に両腕を回し、しっかりと抱き付くと嬉しそうに笑いながらナタリーが言った。

「びっくりした。ナタリー先輩。どうしてこんな所にいるんですか」

 大智は心臓が止まるかと思うほどに驚いたがすぐに冷静になるとナタリーを引きはがしに掛かりつつ、ナタリーの顔を見た。

「ヘイ。当然のように引きはがすな。リアクションが冷め過ぎじゃないか? 会ってまだ二日だぞ」

 ナタリーが唇を尖らせ、背中に回した腕に力を入れて引きはがされまいと抵抗して来た。

「外ですよ。家の前なんですよ。やめて下さい。人に見られたどうするんですか」

 大智も負けずに抵抗に抵抗した。

「ダイチは人目を気にしてばかりだ。そんなんじゃ、人生つまらないぜ」

「そんなんで楽しくなる人生なんていりません。大きなお世話です」

 押しても引いてもナタリーが離れないので大智は声を大きくした。

「大ちゃん? どうしたの?」

 玄関のドアが開き大智の母親が顔を出した。

「母さん!?」

 大智は凍り付いた。

「グッモーニング。ダイチマザー。ダイチの学校の先輩のナタリーだぜー」

 大智に抱き付いたままナタリーが至極フランクに挨拶をした。

「あら。大ちゃんの先輩さん? どうも、おはようございます。大ちゃんがお世話になってます」

 大智の母親が特に動じる事もなくいつもと同じおっとりとした口調で言ってから頭を下げた。

「お世話させてもらってるのだー」

「ナタリー先輩。早く離れて」

 大智はこうなったら仕方がないとばかりに、相手が先輩で女子という事で遠慮していた今までよりも力を強めてナタリーを引きはがしに掛かった。

「ダイチー。マザーの前だぞ。大人しくしてろ」

 そんな事はさせじとナタリーも腕に力を更に入れて反撃して来た。

「母さんの前だから余計に離れて欲しいんです」

 二人の力がぶつかり合い拮抗してお互いの体がプルプルと震えた。

「二人とも仲が良いのね。母さん嬉しいわ。大ちゃんに仲の良い先輩がもうできて」

 大智の母親の声が涙声になり震えた。

「母さん。これを見て、どうしてそうなるんだよ」

 大智はナタリーを引きはがすのを忘れ、目を潤ませて大智達の方を見ていた母親の顔を見つめた。

「ダイチの事は任せな。ダイチマザー」

 ナタリーがミーの勝利だなと宣言でもするかのように言い放ち、力の抜けている大智を引っ張って歩き出した。

「どこ行くんですか」

 大智はナタリーに引っ張られている事に気付くと慌てて四肢に力を込め引っ張られないようにと抵抗しようとした。

「どこって、センコのいるラボだ」

 ナタリーの言葉を聞いて大智は心の奥底から驚き何もかもそっちのけで、どういう事なんだ? と必死になって考え始めた。

「行ってらっしゃーい」

 背後から母親の優しく温かい声が聞こえて来た。

「ダイチマザー。行って来るぜー」

 ナタリーが嬉しそうに言い片手を大智から放すと大きく振った。

「ダイチー。ダイチもマザーに行って来ますしろよー」

 ナタリーが大智の頬に自分の頬をくっ付けて甘えるように頬ずりして来た。香水を付けているのか、使っている石鹸の香なのか、ナタリーから柑橘系の爽やかな良い香りがした。

「ラボに行くってどういう事ですか?」

 一人で必死になって考えていても悶々とするだけで何も解決しないと気付いた大智は早口に捲し立てるようにして聞いた。ナタリーが頬ずりを続けつつ言葉を返して来た。

「そのままだ。センコのメンテをしてるラボに連れてってやる」

「そういう事じゃなくて。何しに行くんですか?」

 大智は噛み付かんとするかのような勢いで声を出した。

「センコに会いにだ」

 大智は戦子に会えるんだと思い、諸手を上げて喜んだ。だが、すぐに昨日の兼定の言葉を思い出し本当に会えるのだろうかと不安になった。

「兼定先輩は行っても無駄だって言ってましたよね? ちゃんと許可とかは取れてるんですか?」

 ナタリーが足を止めた。引っ張られて来ていた大智の足も必然的に止まった。

「許可なんて取ってないぞ。正面から行けば会えないが、方法はある。こっそり会いに行っちゃえば良い」

 ナタリーが大智から離れた。

「こっそりって不法侵入とかそういう事ですか?」

 ナタリーが傍に駐車してあった大型のアメリカントライクのシートに横座りした。

「そゆ事。怖いか?」

 ナタリーは嬉しそうに楽しそうに微笑んでいた。

「失敗して捕まったりしたら二度と戦子に会えなくなるんて事になったりしませんか?」

 セルモーターの回る音が鳴った。続いて大型ツインエンジン独特のアイドリング音が周囲に響き渡った。

「ドンウォーリー。ダイチー。捕まったらミーの所為にすれば良い。ダイチは何も悪くない。無理やり連れて来られただけ。ドゥーユーアンダースタン?」

 ナタリーがステップに片足を掛けて立ち上がるとトライクに跨った。

「どうしてですか? 僕や戦子の為ですか?」 

「ミー自身の為に決まってる。ミーはこう見えても結構ドライなんだぜ」

 ナタリーがトライクのタンデムシートをポンポンと軽く片手で叩いた。

「行くんだろ?」

 大智はナタリーの顔をじっと見つめた。ナタリーが屈託のない笑みを顔に浮かべ、来いよとばかりに顎を横に向かってしゃくった。

「ラボに行って何かしろって言われたって僕は何もできませんよ。足手まといになっても文句言わないで下さいね」

 自分の心の中にある不安や心配を振り払うようにぶっきら棒に言い放ち、大智はトライクのタンデムシートに跨った。

「文句くらいは言うさ。失敗したら殺されるかも知れないからな」

 不意にナタリーの口から出た物騒な言葉を聞いて大智は目を見開いた。

「ちょっと待って下さい」

 大智が言ったと同時に、ナタリーがクラッチを切り、ギアをチェンジした。ガツンとトライクのクランクケース部分から音が鳴り体が微かに揺れるくらいの振動が伝わって来るとナタリーがアクセルを回してエンジンを吹かしてからクラッチを繋いだ。高まったエンジン音が一瞬低くなり、トライクが走り出した。トライクの加速を受けて大智の体は座っているシートと一体になっている背もたれに押し付けられた。大智は体を支えようと慌てて両手を動かすと偶然手に触れたシート左右の下部にあったタンデムバーをつかんだ。

「ダイチー。何か言ったか?」

 エンジン音と風切音が邪魔をしてナタリーの言葉は良く聞こえなかった。

「なんですか? 良く聞こえません」

 大智は耳に入って来る雑音に負けないようにと大声を出した。

「何か言ったか?」

 ナタリーが顔を横に向けて前よりも大きな声で言った。

「失敗したら殺されるってどういう事なんですか?」

 大智は言葉の途中から声を荒げた。

「ああ、その事か。センコシステムの開発に関する事は巡天の中でも最高機密に属してるからな。スパイみたいな真似をすれば秘密裏に処理されるみたいだぞ」

 大した事じゃないという風にナタリーがさらっと答えた。大智はナタリーの両肩を両手でつかんだ。思わず結構な強さの力がこもってしまった。

「なんですかそれ」

 大智が叫ぶように言うと前を向いていたナタリーがまた横を向いた。

「センコに命懸けてないのか?」

「それは」

 大智は口ごもりながらナタリーの肩から一瞬にして力の抜けた手を放した。

「どのみち、こいつは地獄へのスーパーエクスプレスだぜ。止まる気はないからな。飛ばすからしっかりとミーの腰につかまれー」

 大智はナタリーの言った戦子に命懸けてないのか? という言葉を頭の中で何度も繰り返しながら何も返事をせずにナタリーの腰ではなくタンデムバーを両手でつかんだ。

「イヤーフー」

 ナタリーが嬉しそうに吠え、トライクが殺人的な加速を開始した。

「危ない。ナタリー先輩。危ない。怖いですって」

 ナタリーは運転に集中しているようで大智の言葉に反応しなかった。後方に飛ぶような速度で流れて行く景色を見ていられなくなった大智は目を閉じると死にたくない死にたくないと繰り返し心の中で呪文のように唱えながらタンデムバーから両手を放し、ナタリーの細くくびれている腰に両腕を回した。

「アーライバァール。ダイチー。降りて良いぞ」

 トライクが停止しても走行中に感じていた恐怖から放心状態になっていた大智は目を閉じたままナタリーの腰にしがみ付いていた。

「ダイチー。そんなにしがみ付きやがって。ほんっとにかわいいな」

 ナタリーがささっと大智の両腕を解くと、正面から抱き締めて来た。少し温めたマシュマロのような感触のナタリーの胸が左右から大智の顔を圧迫して来た。

「着いたん……ですか? 離れて下さいよ、もうっ」

 大智は我に返るとナタリーから離れようとした。

「ダメダメー。風に当たり過ぎて少し体が冷えた。ダイチで温まらせろー」

 ナタリーの凶悪ともいえる双丘が更に強く押し付けられて来た。

「カイロ代わりにしないで下さい。それに、冷えたって言ってるけど、先輩今日はちゃんと服着てるじゃないですか」

 ナタリーは部室で会った時とは違い、今朝は女性スパイが着そうないかにもそれっぽい黒色革製のツナギを来ていた。

「んふふー。息が当たってくすぐったい。ミーって胸元開けてるだろー。だから寒いんだよー」

 ナタリーが胸で大智の顔をグリグリして来た。

「開けなければ良いじゃないですか」

 大智は今までよりも大きな声を出した。その声に呼応するかのように周囲から人々のざわめく声が聞こえて来た。

「なんすか? 今、大勢の人の声がしたような」

「しょうがないなー」

 ナタリーが嬉しそうにかつ残念そうに言い、大智から離れた。視界が広がった大智の目に周囲の光景が入って来た。大智とナタリーは通勤途中のたくさんの人々が闊歩する交差点の端にいた。

「どこですかここ」

 大智は呆気に取られながら周囲を見回した。大智達の周りには天を突くようにそびえ立つビル群があった。

「巡天の開発部がある区画だよ。来た事ないのか?」

 ナタリーがトライクから降りると、フロントフォークに沿うように取り付けられている長細い茶色の革製の袋を取り外し始めた。

「来た事ないですよ」

 大智は周囲の景色に圧倒され顔を巡らせながらまだ周りを見回していた。

「まあそうだよな。普通は関係者しか来ないからな。学園から結構遠いし」 

 取り外した細長い袋の側面にあったチャックをナタリーが開けて中を確認するように見た。

「なんですか、それ」 

 開かれた部分から微かに覗いた黒色の金属製の筒状の物体を見て大智はまさか今自分が思った物ではないよなと確認するように呟いた。

「もう一丁そっちにある。ダイチが持ってけ。後はこいつだ」

 細長い袋のチャックを閉めたナタリーがサドルバッグを両方外すと、自分が座っていたシートの上にのせて蓋を開けた。

「もう一丁って。それに、その中身」

 大智は言葉を途中で失い押し黙った。体がガクガクと震え出すほどに恐れ戦き顔をひきつらせてナタリーの顔を見た。ナタリーがいつもと変わらない微笑みを顔に浮かべた。

「ガンだよ、ガン。こいつはピースメーカーシックスシューター。そっちのライフルはウィンチェスターM73だ。西部を征服したガンって奴さ」

 ナタリーがサドルバッグの中から一丁のリボルバーを取り出して大智に見せるようにヒラヒラと動かした。

「本物に見えるんですけど」

 大智は強張った声を出した。

「本物に決まってる。これから行く場所は戦場も同然。殺される前に殺せって奴だ」

 ナタリーがピースメーカーをサドルバッグの中に戻すと、今度は中から二丁用のガンベルトを取り出した。

「ミッションを開始したら、ミーが良いと言うまでミーから離れるな」

 ガンベルトを装着し終えると、またサドルバッグの中に手を突っ込み、二丁用のショルダーホルスターとバックサイドホルスターを二つ取り出した。

「リボルバーは弾切れ早いだろ。だからたくさん持って来んだ。といっても全部で六丁だけどな。おっと。じゃあリボルバーをやめろなんて言うなよ。こいつは好みって奴だな。リボルバーが、特にこのピースメーカーが好きなんだ。毎回は無理だけど、準備ができる時はこいつらを使うようにしてる。こうやって武装してるとテンションが上がって来ちまうぜ」

 ナタリーがふふんふーんと鼻歌を歌いながら、装着し終えたすべてのホルスターの中にピースメーカーを収納して行った。

「こいつでフィニッシュ。いくらミーでも目的の建物の中に入るまではガンは隠しておくぞ」

 黒色革製のダスターコートを羽織ると、ナタリーがウィンチェスターの入った袋を左手に持った。

「ダイチ。そっちの持ってけって言ったよな? 外さなきゃ駄目だろ」

 何もせずに立ち尽くしていた大智に向かってナタリーが困った奴だなという風に言葉を投げて来た。

「銃とか用意してるけど、本当は全部性質の悪い冗談なんですよね?」

 大智は冗談であって欲しいとすがるような思いで言葉を口にし、懇願するような目でナタリーの目を見た。

「ダイチー。撃たなきゃ殺されんだぞ。何言ってんだ。ミー達はこれからそういう所に行くんだぞ」

「ナタリー先輩が何を考えてるのか全然分からなくなりました。そんなに危険なら僕は戦子に会いには行きません」 

 ナタリーが大智の傍に大股歩きで近付いて来ると右腕を大智の首に回し大智の顔をぐいっと自分の方に引き寄せた。

「ダイチー。どうした? ここまで来て引き下がるのか? ゲーム機で喧嘩売って来た相手を殴って半殺しにした事があるんだろ? ガンで撃つのはそれよりやさしいぞ。イージーだよイージー」

「なんで。知ってたんですか?」 

 ナタリーが嬉しそうに微笑んで頷いた。その微笑みは良くナタリーが見せる微笑みと同じ物だったが、今している会話とはあまりにも不釣り合いだと大智は思った。ナタリーが自分の過去を知っていた事に驚いていたのも忘れ、大智はナタリーの微笑みに得体の知れない恐怖を感じていた。

「ダイチの事はいろいろ知ってるんだ。うちの部に来るって聞いてから調べさせたからな。今回の事だって調べさせて知ってたからこそやろうと思ったんだぞ」

 ナタリーが右腕を大智の首から放すと、トライクの方に向かって行った。

「やっぱ無理やり連れて行かないと駄目だったかな。いちいち意志を確認するのはやめにしよ。ダイチ。ドンウォーリーだ。ミーを信じろ」

 ナタリーがウィンチェスターの入っているもう一つの袋をトライクのフロントフォークから外すと大智の傍に戻って来た。

「ほら。使い方は分かるか?」

 ナタリーがウィンチェスターの入っている袋を差し出して来た。

「いりません」

 ダイチははっきりと意思を主張する為に大きな声を出してから微かに罪悪感を覚えて顔を少し俯けた。

「いらないのならミーが持って行く。けど、これだと咄嗟の時にミーはガンを抜けない。ミーはあっさり死ぬと思うぞ。それでも良いのか?」

 ナタリーが拗ねる子供のように言い唇を尖らせた。

「付き合ってられません。僕は帰ります」

 大智は歩き去る為にナタリーに背を向けようとした。

「ダイチー。待ってくれよー」

 ナタリーが寂しそうな甘えるような声で呼んだ。ナタリーの声を聞き、背を向けようとする動作を一瞬止めた大智に向かってナタリーがウィンチェスターの入った袋を放り投げた。大智は反射的に自分に向かって飛んで来たウィンチェスター入りの袋をつかんだ。

「ナイスキャッチ」

 ナタリーがウィンクしながら嬉々として言い、目にも止まらぬ速さでガンベルトの右のホルスターからピースメーカーを抜くと空に向かって一発撃った。銃声が摩天楼の中に木霊した。通勤中の人々の多くは雑踏の中にいて銃声に気付いていなかったが、大智達の傍を行く人達は何事かと足を止めたり、そのまま歩き去りながらも大智達の方に顔を向けて来たりしていた。

「反応が薄い。もう一発撃っとくか」

 ナタリーが撃鉄を親指で起こした。ナタリーの持つ銃と動きに気付いたらしい人達が悲鳴と怒号を上げた。

「何してんですか!」

 大智は叫んだ。

「こうすれば大智はもう一人で逃げられないだろ?」

 ナタリーがピースメーカーをホルスターに戻すと、大智の手を握って来た。

「こっちだ。ラボの入ってるビルはすぐそこだぞ」

 ナタリーが走り出した。

「行きますよ。行けば良いんでしょ。もう」

 大智は自棄になって、ナタリーに手を引かれるままに走り出した。

「ここだ。ダイチー。ガンの用意をしとけ」

 真っ白なタイルに覆われたビルの入り口の前で足を止めたナタリーがウィンチェスターを袋から出すと背負うようにショルダーホルスターの背中側にあるストラップに通して固定し両手でガンベルトのホルスターからピースメーカーを抜いた。

「ダイチー。先に行けー」

 ナタリーが大智の背中を突き飛ばすように押して来た。

「危ないっ」

 袋を胸の前で抱え、ウインチェスターを出すか出さないかで悩んでいた大智は不意を突かれバランスを崩し倒れそうになりながら、ビルの入り口にある自動ドアの中に入って行ってしまった。

「ヘイ。センコを出しなー」

 大智の後から入って来たナタリーが大智を追い越して前に出ると、大音声を上げた。

「お客様。何をなさっているのですか?」

 ホールのようになっているエントランスの一番奥にある受付カウンターに座っていた制服姿の女性社員が冷静に声を張り上げた。

「センコを出せ。ミー達はセンコに会いに来た」

 ナタリーが両手に持っているピースメーカーの銃口を女性社員に向けた。

「銃をすぐに下ろしなさい。下ろさないと警備の者に殺されますよ」

 まったく臆する様子もなく女性社員が告げた。

「それはこっちの台詞だぜ。死にたくなきゃ言う事を聞きな」

 ナタリーが一発撃った。銃声がホールに鳴り響き、女性社員の立っていた付近の壁に弾痕が刻み込まれた。女性社員がカウンターの裏に身を隠した。

「ダイチ。ついて来い」

 ナタリーが受付カウンターに向かって走り出した。大智はナタリーの人に向けての発砲に驚愕し色を失い言われるがままにナタリーの後ろについて行った。カウンター前に着くとナタリーがカウンターに手を突いて飛び越え裏側に入った。

「ダイチも早くこっちに来い」

 大智はカウンターの横から回り込んでナタリーのいる裏側に入った。

「見てみろ。もういない。この壁に隠し扉があるんだ。たくさん来るぞ。ガンの用意をしとけ」

 ナタリーが壁を蹴って言いながらカウンターの陰に身を隠すようにしゃがんだ。

「たくさん来るって。こんな事しといて。他に方法があったはずだ」

 大智は喉の奥から言葉を絞り出しつつ、その場にへたり込んだ。

「こそこそするのは嫌いだ」

「そういう問題じゃない」

「ドンウォーリーだ。ダイチ。ちゃんと作戦がある」

 ナタリーがカウンターの上の部分から顔を少し出して周囲を見回した。

「ダイチはここでミーのフォローな。ちゃんと撃てよ」

「ここから動かないつもりなんですか?」 

 ナタリーが顔を引っ込めて大智の方に顔を向けて来た。

「そうだ。動く必要はない。ここで籠城だ。そのうちにセンコの方から会いに来る」

 ナタリーが右手に持っていたピースメーカーをカウンターの上に置くと、空いた右手を大智の方に伸ばして来た。

「袋を貸せ。ガンを出す」

 渡さないで抱えたままでいるとナタリーが袋を少し強引に大智の腕から取り上げ中からウィンチェスターを出した。

「使い方は分かるか?」

 ウィンチェスターを大智に向かって差し出して来た。

「いりません。人に向けてなんて撃てるはずない」

 大智はナタリーを睨み付けながら大声を上げた。

「いいか。良く見てろ。この部分を下に引いて装填だ。後は引き金を引く。これを弾が尽きるまで繰り返せ。弾がなくなったらここだ。ここから弾を一発ずつ入れる。イージーだろ?」

「無理です。人殺しなんてできない」

 大智はナタリーを睨んだまま先ほどよりも更に大きな声で言った。

「ダイチー。ここまで来ちゃったんだぞ。もう諦めろ。怖いのは処女を散らすまでだ。一発撃っちまえば後はただの繰り返し。すぐに慣れるさ」

 カウンターの上に置いてあったピースメーカーをナタリーが手に取った。ナタリーの手がカウンターの下に入ったのとほとんど同時に激しく豪雨が降り注ぐような音が鳴った。

「ダイチー。エネミーインカミン」

 カウンターと大智達の背後にある壁に一瞬にして無数に銃弾が撃ち込まれた。

「M134か」 

 ナタリーがカウンターの向こう側を見る為に顔を少しカウンターから上に出した。

「武装を解除し投降せよ。繰り返す。武装を解除し投降せよ」

 人の声ではなくいかにも典型的なロボットというような口調と声が無感情にそう告げた。

「ダイチ見てみろ。警備ロボットが出て来た」

 ナタリーが嬉しそうに言って、大智の方に顔を向けて来た。

「撃って来た。殺される。ナタリー先輩。殺されますよ」

 大智はウィンチェスターの入った袋を投げ捨て、ナタリーにしがみ付いた。

「かわいいなーダイチー。思い切りハグしてやる。いいかダイチ。このまま何もしなけりゃ殺される。戦うしかないぞ。戦って粘って生きてればセンコが来る。センコに来てもらって戦ってもらうってのがミーがさっき言った作戦なんだ。センコが来れば、こっちの勝ちだ。エネミーを全部倒してくれるはずだからな。このまま死ぬか? それとも戦うか? どーする?」

 ナタリーが大智の体を包むようにギュッと抱き締めながら大智の耳元に顔を寄せ子供をあやすような口調で言った。

「戦うなんて無理だ。僕にはできない」

 大智は声と体を震わせながらかすれた小さな声を出した。

「どうしても無理か?」

「銃なんて撃てない」

「センコの事好きなんだろ? 今までずっと好きでいたんだろ? こんな事で諦めんのか?」

 大智は顔を少し動かすとナタリーの顔を見た。ナタリーは慈しむような目を大智に向けていた。

「先輩はなんなんですか。僕をどうしたいんですか。僕を騙してこんな所に連れて来て何をさせたいんですか」

 大智はナタリーをなじるように叫ぶようにして言った。ナタリーが嬉しそうに微笑んだ。

「ダイチ。ダイチの気持ちを見せてくれよ。センコの事好きなんだろ。何かをするって事は戦いなんだ。センコが欲しいんだろ? 戦わないと殺されるんだぞ。戦わないと欲しい物は手に入らないんだ。良いのか? センコに会えなくなるんだぞ」

 再び豪雨が降り注ぐような音が鳴った。無数の銃弾に穿たれ砕かれた背後の壁やカウンターの破片が大智とナタリーの体の上に降って来た。

「武装を解除し投降せよ。繰り返す。武装を解除し投降せよ」

 いかにもロボットらしい声と口調が冷徹に告げた。

「先輩。無理です。僕には何もできない」

 大智は体を震わせながら目を閉じた。

「じゃあ、ミーの物になるか? ミーが一人で戦ってエネミーを倒したら、センコを諦めてミーの事を好きになるか?」

 大智は目を開いて、真意を探るようにナタリーの顔を見た。カウンターの向こう側から重く力強いロボットの足音が聞こえて来た。

「デミット。邪魔しやがって。ダイチ。ちょっと待ってろ」

 ナタリーが立ち上がると、両手に持っていたピースメーカーをカウンターの向こう側に向けて乱射した。銃撃を受けてロボットの威圧するような足音が止まった。

「弾。ダイチ。さっき放り捨てたガンの入ってる袋の底だ。その中にある弾の入ってるシリンダーを空のシリンダーと交換してくれ」

 ナタリーが弾を撃ち尽くしたピースメーカー二丁を大智に向けて落とすようにして投げた。一丁が大智の頭にぶつかり、もう一丁は大智の胸にぶつかった。銃がぶつかった所が痛んだが大智は痛みを無視した。

「シリンダー?」

大智がナタリーの声に応じるように言うと二つのバックサイドホルスターから新たなピースメーカーを取り出し撃ちながらナタリーが頷いた。

「そうだ。シリンダーだ」

 大智は顔を巡らせて、ウィンチェスターの入っている袋を探した。後の壁際に落ちているのを見付けると、大智は袋を取りに急いだ。

「ダイチ。これもだ」

 ナタリーがまたピースメーカー二丁を大智に向かって投げ落として来た。二丁の銃は袋を取って戻って来た大智の肩にぶつかって床の上に落下した。

「はい」

 大智はウィンチェスターを袋から取り出すと、袋の底を見た。袋の底部にもう一つチャックがあり、それを開けると中にシリンダー(回転式弾倉)がたくさん詰め込まれていた。

「シット。やり方は分かるか?」

 ナタリーが素早く弾の尽きた最後の二丁のピースメーカーを大智に向かって投げ落とし、そのまま流れるような動きで背中に固定してあったウィンチェスターを抜いた。

「分かりません。だって、確か、この銃ってシリンダーごと交換なんてできないはずだ」

 大智は片手にシリンダー、片手にピースメーカーを持ちナタリーの方に顔を向けた。

「ガンの事詳しいのか?」

 ナタリーがウィンチェスターを撃ちながら声を上げた。

「ゲームで知った知識だけです」

「オッケー」

 ナタリーがしゃがんでカウンターの陰に入りウィンチェスターをカウンターに立てかけた。

「いいか」

 ナタリーが手を伸ばして来て大智の手から銃とシリンダーを取った。

「こいつは特注品なんだ。さっきも言ったがこのガンが好きだし、ウィンチェスターと同じ弾が使えるから便利なんだよ」 

 言いながらナタリーが流れるように自然な手慣れた動きで銃から空になったシリンダーを外し弾の入っているシリンダーと交換した。ナタリーがさっと立ち上がると、今シリンダーを交換したばかりのピースメーカーを撃った。全弾をほとんど一瞬で撃ち尽くしナタリーがしゃがんだ。

「分かったか?」

 弾の尽きたピースメーカーを大智に向かって差し出して来た。

「はい」

 大智が銃を受け取ると、ナタリーが体を伸ばすようにして大智が袋から出して床の上の放置していたウィンチェスターを拾った。

「なら急いでくれ」

「はい」

 大智はナタリーの行った動きを頭の中に描きながら、シリンダー交換を始めた。大智の横で立ち上がったナタリーが二丁のウィンチェスターをスピンコックしながら連射した。

「抵抗を中止せよ。繰り返す。抵抗を中止せよ」

 いかにもロボットらしい声と口調が告げ、ロボットの重々しい足音が再び鳴り始めた。

「あのヘビー級。撃たれても前進して来るようになりやがった」

 ナタリーが弾の尽きたウィンチェスターの銃床で大智の頭を突いて来た。

「こいつも弾切れだ」

 ウィンチェスターを受け取った大智はナタリーの空いた手にピースメーカーをのせた。

「サンクスダイチー」

 ナタリーが嬉しそうに言い、ピースメーカーとウィンチェスターを撃った。ロボットの足音は止まらなかった。重厚な振動が床を伝わり大智の傍にあったウィンチェスターとシリンダーを震わせた。

「ナタリー先輩。全部終わりました」

 手元にあったすべてのピースメーカーのシリンダー交換を終えた大智は顔を上げた。

「オッケーだ。ダイチ。こいつにも弾を。ミーはちょっと出て来る。戻るまでは悪いが自分で身を守ってくれ。ロボットしかいないからな。撃っても殺す事にはならない」

 ナタリーがしゃがんで弾の尽きたウィンチェスターを床の上に置いた。手に持っていたピースメーカーのシリンダーを交換し大智がシリンダーを交換した五丁のピースメーカーのうち四丁をホルスターの中にしまった。

「ロボットしかいないんですか?」

 大智は希望を見出した気持ちになりながら聞いた。

「現金な奴だな。センコだってロボットなんだぞ」

 ナタリーが不満そうに唇を尖らせつつ空いている手でピースメーカーを握り二丁持ちした。

「それは」

 大智は咄嗟に言い訳を探したが何も思い付かなかった。

「ジョークだよ。ウィンチェスターを使え。弾はシリンダーの下の箱に入ってる。死ぬなよダイチー」

 ナタリーが立ち上がった。大智は慌てて待って下さい行かないで下さいと言おうとしたが言葉を出す前にナタリーが大声を上げた。

「ヘーイ、こっちだ」

 天板に片手を当ててカウンターを飛び越えたナタリーが右に向かって走って行った。カウンターの裏側に一人残された大智はなんでロボットの事を言うより先に行かないで下さいって言わなかったんだと激しく自分を責めつつ恐怖に慄き心細さに身を震わせながらウィンチェスターに必死に弾を装填した。

「武装を解除し投降せよ。繰り返す。武装を解除し投降せよ」

 ロボットの声が告げ、足音が止まった。

「投降する気なら最初からこんなとこに来るかよ」

 ナタリーが咆哮するように叫び、ピースメーカーの連続する銃声が鳴り響いた。ウィンチェスターの弾の装填を終えた大智はウィンチェスター二丁を胸の前で抱き、カウンターに身を預けるように背板に背中をぐっと押し当てた。

「ヘイ。ダイチー。隠れてないで、ミーの華麗な戦いを見ろー」

 ナタリーのはしゃぐ声が聞こえて来た。大智は体の向きを変えると恐る恐るカウンターの上に顔を出し声のした方向を見た。

「大きい」

 ナタリーを見るより前に大智はナタリーと対峙していたロボットを見て呻くように言葉を漏らした。ロボットはホールのようになっているエントランスの三分の一を占めるほどの大きさをしていた。戦車の砲塔を思わせるボディを重厚な装甲に覆われた四本の脚が支えていて、ボディの左右から二本、上部から二本、計四本の腕が生えていた。左右の腕の先にはM134が一基ずつ装備されていて上部の腕の先にはロケットランチャーが一基とバレットM82が一丁装備されていた。

「ナタリー先輩。逃げないと。こんなの無理だ」

 大智は叫びながら二丁持っているウィンチェスターのうちの一丁を床の上に置くともう一丁を震える手に持って構え、その銃口をロボットのボディ部分に向けた。

「お。ダイチ、見てるな」

 ナタリーが嬉しそうに言い、両手に握っていたピースメーカーをホルスターに戻すとロボットに向かって走り出した。ナタリーの動きに呼応するように二門のM134から銃弾の雨が吐き出されナタリーを襲うが、ナタリーは右に左に小さく跳ねるようにしてそれをかわした。ロボットの間近まで迫ったナタリーが大きく跳躍した。ロボットの砲塔のようなボディの上に乗ると、生えている腕の一本の根元に片手でつかまりながらもう片方の手をボディに向かって伸ばし何かをし始めた。ナタリーを排除しようと三本の腕が襲い掛かった。ナタリーはそれをその場から動かずに体を反らしたり曲げたりする事で避けながら執拗に何かをしようとし続けていた。

「ナタリー先輩。何やってんですか。早く逃げて」

 叫ぶ大智の視界の中に一メートルくらいの背の高さの円筒形をしたロボットの一団が入って来た。円筒形のロボット達は全部で六体いて、大きなロボットを中心に円を描くように動き、大きなロボットを取り囲んだ。

「シット。警備のスモールロボットが来やがった」    

 ナタリーが鬱陶しそうに言い、ホルスターからピースメーカーを抜くと円筒形の警備ロボットのうちの一体を撃った。撃たれた一体は銃痕からバチバチと火花を散らせながら動きを止めた。大智はウィンチェスターを構え直し円筒形の警備ロボットのうちの一体に銃口を向けた。

「ナタリー先輩。逃げて下さい」

 大智は叫びながら引き金を引こうとした。

「一時退避だー」

 ナタリーが大きなロボットのボディの上から飛び、大智の持つウィンチェスターの銃口の先の円筒形の警備ロボットの前に下りて来た。大智は慌ててウィンチェスターの銃口を上に向けた。ナタリーが背後にいる円筒形の警備ロボットに張り付くように体を近付けた。

「こいつらにはテイザーガンが装備されてんだ。撃たれるとたまらなく痛い」

 ナタリーが張り付くように体を近付けている円筒形の警備ロボットとダンスでも踊っているかのような動きを見せながら周囲にいた円筒形の警備ロボットを次々と撃って行った。大智が援護射撃する間もなくナタリーはすべての円筒形の警備ロボットを破壊した。

「ナタリー先輩。上」

 大智は大きなロボットの四本の腕がナタリーを追うように動いているのを見て声を上げた。

「分かってる」

ナタリーが大きなロボットに向かってヘッドスライディングするように飛んだ。ナタリーがいた場所の床に二門のM134から発射された銃弾が撃ち込まれ一瞬にして穴だらけになった。ナタリーは床の上を数回前転してから立ち上がり大きなロボットの下を潜り抜けて後ろ側に回った。大きなロボットの四本の腕がナタリーの動きを正確にトレースするように動きすぐにナタリーに銃口を向けた。ナタリーが右に向かって走り出した。少し走った所でナタリーが突然倒れた。右足の太腿の外側辺りを手で押さえていた。

「先輩!」

 大智はカウンターの上に手を突きカウンターを飛び越えた。体が勝手に動いていた。大きなロボットの四本の腕の動きが止まり、装備されている武装のすべての銃口が倒れているナタリーに向けられた。大智はナタリーに向かって走りながら大きなロボットのボディに向かって闇雲にウィンチェスターを乱射した。

「撃ったスモールロボットがまだ生きてやがった。いってーな」

 ナタリーが怒鳴りながら手を床に突いて上半身を起こした。その場に座ったまま両手でピースメーカーを抜いたナタリーが自分にテイザー銃を撃って来た円筒形の警備ロボットに向かって弾丸を二発撃ち込み止めを刺した。ナタリーを狙っていた四本の腕は毒蛇が鎌首をもたげるかのようにして動き、走りつつウィンチェスターを撃っていた大智に四つの銃口を向けて来た。

「ヘイ。こっちを向きやがれ、マザーファッカー」

 ナタリーが叫びながら座ったまま体の向き変えると、弾の尽きたピースメーカーを投げ捨てながら次々にピースメーカーを抜き装備しているすべてのピースメーカーの弾が尽きるまで大きなロボットを撃った。大智の方を向いていた四本の腕が動き、ナタリーに銃口を向けた。

「コングラッチレーション。ダイチはやれる男だ」 

 ナタリーが何かを悟ったような口調で言いながら微笑んだ。その声を合図のようにして二門のM134が火を噴いた。ナタリーの体が無理やりに強い力で押し曲げられるようにして仰け反って行きながら砕け散り、そこかしこに飛び散った肉片が床の上に真っ赤な花が咲いているかのような光景を作り出した。

「先輩!!」

 大智の足は止まり、その場に立ち尽くした。大きなロボットの四本の腕が大智に向かって四つの銃口を向けて来た。大智はナタリーだった床に散らばる肉片を立ち尽くしたまま見つめていた。

「警告。火器管制プログラムに異常発生。警告。火器管制プログラムに異常発生」

 大きなロボットが告げながら、自身の四本の腕を動かし腕の先にある火器のすべての銃口を自身のボディに向けた。

「当機は自己保存規定に従い再起動します。当機は自己保存規定に従い再起動します」

 大きなロボットが四本の脚をたたむようにして姿勢を低くし動きを止めた。大智は目の前で起こったナタリーの死という出来事を受け止められずに放心して、まだ立ち尽くしたまま床に散らばる真っ赤な肉片を見つめていた。

「再起動完了。再起動完了。大智。大智。怪我はないのです?」

 大きなロボットが四本の脚を伸ばし低くしていた姿勢を元に戻すと、大智に呼び掛けながら大智に向かって歩いて来た。大智は自分の名前が呼ばれた気がしてのろのろと顔を大きなロボットの方へ向けた。

「大智。痛い所はないのです?」

 大きなロボットが大智の間近まで来ると足を止めた。

「先輩が。ナタリー先輩が」

 大智はうわ言のように呟きつつ再びのろのろと顔を動かし顔をナタリーだった肉片の散らばる方へ向けた。

「大智。そんな事よりここから逃げるのです」 

「おいてはいけない。ナタリー先輩を助けないと」

 大智は肉片が散らばっている方に向かって足を踏み出した。

「大智。戦子は今自分の体がないのです。だから、うまく助けてあげられないのです」

 大智の目の前に大きなロボットが立ち塞がるように移動して来た。

「どいてくれ。ナタリー先輩」

「ごめんなさいなのです。増援が来る前にここから出るのです」

 大きなロボットのボディの左右から生えている二本の腕の一方が大智を抱えるようにして持ち上げた。

「助けて。やめろ。頼む、殺さないで。誰か助けて」

 大智は激しく暴れロボットの腕の中から逃れ出ようとした。

「かわいそうになのです。混乱してしまっているのです。大智。今、楽にするのです」

 一台の円筒形の警備ロボットが大きなロボットとその腕の中にいる大智に近付いて来た。

「この子はテイザー銃ではなくて麻酔銃を装備している子なのです。本当は大智を撃ちたくないのです。でも今は仕方がないのです。ごめんなさいなのです」

 大智の右足にチクッとした痛みが走った。

「助けて、撃たれた。ナタリー先輩。戦子。死ぬ。撃たれた。助けて」

 大智は体をビクビクと痙攣させながら悲痛な声で懇願するように叫んだ。

「大丈夫なのです。後は戦子に任せるのです」

 麻酔が効いて来たらしく大智は体に気だるさを覚え急激な眠気を感じ始めた。

「戦子。ナタリー先輩」

 大智は喉の奥から絞り出すように声を出した。

「大智」

 戦子の自分の名を優しく呼ぶ声を最後に大智は引きずり込まれるように眠りの中に落ちて行った。


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