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第九十三話 忘れられた秘密ダンジョン! 安定志向!

〈図書館迷宮〉というダンジョンについて、もう少し補足しておこうと思う。


 こいつはRPGでよくあるクリア後の隠しダンジョンに似ていて、寄ろうが寄るまいが、ストーリーとはまったく絡まないポジションにある。

 わざわざクリア後と言ったのは、ここに出てくる敵が、ラスボス撃破後を想定したような強さになっているからだ。


 ただここ、本当は存在しないダンジョンだったんじゃないか、と噂されている。

 没マップならぬ、没にし忘れマップだ。

 なぜなら、マップはほぼ一直線で、どの階層もすべて同じ作り。無限ループに陥っているかと錯覚するほど、単調な構造をしているのだ。正直、潜っていて楽しい場所ではない。


 だが……。

〈スライムBFK〉や〈オークIMC〉など、文字化けに近い敵の名称。本編ではあり得ない配色であり、下層に行くほどバカみたいに大きくなっていく強さ。

 ラスボスを上回る野良エンカも日常茶飯事であり、そんなイカれた世界に『ジャイサガ』の廃プレイヤーたちは圧倒的に魅せられた。


 この地獄のトンネルを制した先には何があるのか。より強い裏ボスがいるのか、スタッフが隠していた新世界が待っているのか、ひょっとして、別のゲームへと繋がっているんじゃないかとか、そんな意味不明な領域まで、俺たちの想像力は無責任にはばたいていったのだ。


 しかし、当然今の俺たちはそんな廃プレイをしに来たのではないので、そこは勘違いしないようにしたい。


「コタロー殿、それで、ここに何をしに来たのでありますか?」


 ダンジョンの入り口。

 青ざめたような色の石が組み上げられた地下通路は、生気の一切を排除した空気を、俺たちに向けてゆるゆると流してきている。

 通路には、松明とはまた違った、おぼろ月のような光源がはめ込まれており、暗闇の支配を辛うじて押し返していた。


「ああ。〈ほん〉だ」


 グリフォンリースの質問に俺は短く答える。


「え……ほ、ほん?」

「そうだ」

「な、何のでありますか?」

「わからん」


 不安げな空気が俺の両サイドと、首のすぐ横から向けられてくる。


「……いや、いいんだよ。わからなくて。単なる金策だから」


 俺は言い訳がましく言って、その空気を吹き散らそうとした。

 そう。俺はこのダンジョンに金策に来たのだ。

 別に人類の極限をリアルで試してみたいとかカケラも考えていない。


「このダンジョンのあちこちに落ちてるんだよ、その〈ほん〉が」


 名前もそのまま〈ほん〉であり、アイテムとして使っても効果がないし、装備もできず何のためのものなのかまったく不明。

 だが、その〈ほん〉の売値。実に、一冊五〇一一キルト!


 端数については何だかバグの香りが漂うが、こいつを拾い集めるだけで大金持ちになれることだけは確かだ。

 巨人の武器を買い漁るために、こうした楽な稼ぎはためらわず手を出していく。

 そのためにここまで来たし、色黒にもなった!


「お、言ってるそばから、あそこに一冊落ちてるぞ」


 俺は通路の端で早速その〈ほん〉を見つけ、拾い、パニシードに差し向けた。


「バックヤードに回収頼む」

「あなた様、中は見ないのですか?」

「ああ。今はそれどころじゃないからな」


 最初のフロアとはいえ、ここの敵は地上の比ではないのだ。


「グリフォンリース。技は忘れてないだろうな?」

「もちろんであります! それに、こ、これ……」


 グリフォンリースはそわそわと腰の剣を抜いて見せた。


「ん……。それは俺が買った装備じゃないな」

「〈魔王征伐団〉に支給された〈ガーデンブレード〉であります! 隊長格にのみ支給された逸品であります!」


《おおー》《よく似合ってる》《かっこいい》《鎧とお揃い》《素晴らしい騎士》《やっぱりナイトじゃないとダメかー》


 キーニちゃんがぱちぱちと小さな拍手をする。グリフォンリースもちょっと浮かれた様子で、俺に感想を求めてくるのだが……。


「すまんなグリフォンリース。そいつは使わないでくれ」

「えっ……?」

「それだけじゃなく、俺が以前渡した武器以外はこれからも使用禁止だ」

「えっ、えっ……」


《どうして?》《せっかく似合ってるのに》《強そうなのに》《まさか》《自分が選んだもの以外許さない?》《縛る?》《縛っちゃうの?》《ソクバッキーなの?》


 何だよソクバッキーって……。

 ただ、グリフォンリースを支配しとかないと気が済まないってわけじゃないことは伝えておかないとダメだろうな。いらん不安を与えかねない。


「悪く思わないでくれ。今はとある理由で、新しい武器を使うわけにはいかないんだ。俺も含めてな」

「りょ、了解であります。でも、その……自分は、新しい技を覚えて、少しでもコタロー殿の力になりたいと……」


 ばつが悪そうに〈ガーデンブレード〉を鞘に戻すグリフォンリース。どこまでもシンプルな善意に、俺の心もちくちく痛む。

 しょぼくれて前屈みになったグリフォンリースの頭を、俺はよしよしと撫でてやった。


「コ、コタロー殿ぉ……」

「ありがとうな。おまえの気持ちは百パーセント伝わってるよ。ただ、技を覚えるのは今は待ってほしいんだ。その、新技を覚えるってヤツが、今は一番やっちゃいけないから」

「ふえ……? ど、どうしてでありますか?」

「口では何とも説明しづらいので、今は俺を信じて納得してくれないか」

「は、はいであります! 自分は、コタロー殿の言うことなら何でも信じるであります!」


 くっ……。相変わらずグリフォンリースちゃんは子犬のように健気で従順だなあ……。

 ちょっと可哀想だが、ここで我慢したことが、いずれ俺たちにとって大きなメリットを生み出すことになる。つーか、勝利への確かな約束となる。ここは頑張って戒めよう。


「ちょっとあなた様! いちゃいちゃしてる場合じゃないです! そこで何か動きましたよ!」


 パニシードが俺の首の皮を引っ張った。地味に痛い。


「戦闘準備!」


 俺が叫ぶと、グリフォンリースが最前列に飛び出し、キーニが俺の後ろに引っ込む。

 久しぶりの感覚だ。

 そういえば、レベル99でちゃんとしたバトルをするのはこれが初めてかもしれない。


「あっ、パニシード殿! この〈ガーデンブレード〉預かっておいてほしいであります! 持っていると使ってしまいそうなので!」


 投げてよこした〈ガーデンブレード〉を俺が受け取るよりも早く、グリフォンリースは前方への踏み込みを見せていた。


「さあ来い! コタロー殿と再会して勇気百倍、力みなぎるグリフォンリースが相手であります!」


 なんだか張り切ってるな。こいつも久しぶりで気合い入ってるのかな?


 相手は……小鬼――このゲームでも最弱の部類に入る〈ゴブリン〉が三体。ただ、肌が青く、これは本来のカラーリングではない。

〈サイクロプス〉という青肌の巨人がゲーム後半に登場するが、それを思わせる配色。当然、単なるザコではないだろう!


 洞窟の闇を打ち払う、力強い光が俺の眼前で弾けた。

 グリフォンリースの全身が紅蓮に輝き、〈カウンターツバメヒート〉の体勢は万全だ。


「ギャッギャ!」


 人型をしているくせに、知性を感じさせない怪鳥のような雄叫びを上げ、青ゴブリンが接近してきた。

 は、速い!?

 持っている武器は粗末な棍棒なのに、達人を思わせる脇構えからの、尋常でないすり足での接近。その姿がアンバランスすぎて何かの冗談かと笑ってしまいそうになるが、相対している方としてはその余裕はない。


 しかし。


「遅いッ!」


 グリフォンリースが盾を突き出すと、重なる二つの重低音が青ゴブリンを呆気なく弾き飛ばした。

 グ、グリフォンリースちゃんも速え……!


 弱キャラだから、レベル99でもそこそこ程度だろうと思っていたが、大間違いだ。彼女が地球の公道を走っていたら、何人かの若者を余裕で異世界送りにできる。


 異様な戦闘力を誇る青ゴブリンたちも、初弾が呆気なく叩き潰されたことに焦りを感じたのか、間合いを取ったまま動かなくなる。


 今気づいたが、こうなると俺のパーティーはちょっと厄介だ。

 これまで、魔物はこちらを恐れることもなく猛攻撃を仕掛けてくるものだったが、こちらが強すぎると、その状況も変化する。

 基本的にグリフォンリースのカウンターを軸にしているので、様子を見られると時間ばかりかかってしまうのだ。


 戦いというのは、神経を削り合うマラソンみたいなものだ。

 精神的に疲弊するのはお互い様だが、集中力が低下した場合、どちらにどんなミスが発生するかは予測不能。

 つまり、敵側にワンチャン生まれる可能性もあるということ……!


 この戦況はあんまり嬉しくねえ……! 俺が斬り込むか……?


「!?」


 そう考えた直後、背後から気配を感じ、思わず振り向いたとき、鼻先をかすめるようにして、深い色の魔力が魔物たちへとほとばしった。


 キーニの魔法だ。

 だが、彼女はレベル99あれど、大した攻撃魔法がない。


 手から放たれた帯状の魔力が青ゴブリンへと巻きつき、それが相手を一ターンだけ行動不能にする〈バインドカース〉であることを俺に認知させる。

 この魔法、ダメージはないし、キーニの敏捷が大して高くないせいで、行動後の敵を捕らえることが多く、「使えない」「相手にヒモを引っかけて遊ぶ魔法」「そいつより俺を縛ってくれ」とボロカスに言われている産廃なのだ。

 さらに、敵が動いていない今、一時的に相手の動きを封じても意味は……。


《捕まえた》


 ステータス表にその文字を走らせた直後、彼女は自分の手に巻き付けていた魔力の帯を、全身で引っ張った。


「ギャギッ!?」

 青ゴブリンの体が浮く。

 これはまさか、魔物の一本釣り!?


「おっと、そんな高い位置から攻めてくるでありますか!」


 簀巻きにされ、ダイビングヘッドバットしか許されない青ゴブリンに対し、グリフォンリースはおどけた様子で言うと、その潰れた鼻に容赦なくカウンターを叩き込んだ。


《もう一つ》《グリフォンリース!》


 戸惑うもう一体も絡め取り、再びグリフォンリースに向けて投擲。そいつをまたしても盾で叩き落とすと、もう戦闘は終了して経験値とキルトが入るシーンになっていた。


「やったであります」


《大成功》


 ぺち、と可愛らしいハイタッチをする二人。


「す、すごいじゃないか! 何だ今のコンビネーション!?」

 息の合った連携にも驚きだが、何よりあのコミュ障が人とハイタッチなどというハイレベルコミュニケーションを取っていることが驚きだ。


「コタロー殿が戦争に行っている間、二人で練習していたのであります」


《おいてかれて悲しかった》《でもいじけててもしょうがない》《せめて一緒にいるときは頑張りたかったから》《二人で特訓した》《実戦はこれが初めて》《うまくいった》


「そっか……。すごいぞ二人とも。さすがは俺の仲間だ。嬉しい、いや誇らしいよ」

「アヘェ」


《見直した?》《見直した?》《偉い?》《もっと褒めるべき》《もっと褒めていい》《惚れるまで許す》《その後は何でもしてOK》


 速攻でアヘったグリフォンリースと、悶々とした文字列を放射するキーニを見て、レベルというのは、人間的な成長を示すものではないことを、俺は確信した。

 ともあれ、この調子ならばダンジョンの攻略も難しいものではないだろう。


こういう戦法を妄想するのが楽しいのに、初見プレイにその余裕はナイッシュ

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キーニちゃんの束縛魔法!ソクバッキー二!
[一言] 連係プレイはロマン……!
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