第八十四話 終盤チャートを組み立てよう! 安定志向!
「あれっ? ご主人様、部屋にいたんですか?」
離宮の自室に戻った直後、廊下と繋がる扉が開き、そこで目を丸くしたミグと遭遇した。
「さっき見たときは、いなかったのに……」
「ああ、ちょっとその、ベッドの下をチェックしてたから」
俺は咄嗟に誤魔化した。
「? ご主人様の隠しものは、本の形をした珍しい箱の中じゃないですか」
「ああ。まあ、一応ベッドの下にするかもと思っ……」
へ? ミグ、今、何て? 俺の秘密の箱……どうして知ってるの?
「行きましょう。お姫様たちも待ってますよ」
「あ、ああ……。はい……」
俺は半ば呆然としながら、ミグの小さな背中を追った。
エロ本とか、絶対に部屋に置いてはおけないですね。
その後は、みんなで集まって話ができるサロンルーム、二十人は同時に浸かれそうな大風呂、疲れた心を休める美術品展示室などを見て回る。
最後は、離宮の端に突き立った尖塔だ。
「うわー!」
「うおー」
一番はしゃいでいたのはマグだが、俺だって声が出てしまうほどの絶景だった。
帝都の素朴な町並みが一望できる。行き交う人々は、豆腐ハウスの隙間をなぞる小人のようだ。
だが、それよりも俺を震えさせたのは、もっと上の方の景色。
帝都を抱くオブルニアの山々が、雲を突き抜いてさらに空を目指しているのを、しっかり見晴らすことができた。
ナイツガーデンからここに来るまで辿ってきた山道も見える。
愚痴が出るはずだ。平地からここまで、四つは山を越えてるじゃないか。
「ここはオブルニア山系の中でももっとも標高の高い、ミド・オブルニアです。お母様の宮殿からは、さらによい景色が見られます」
高地を吹く風に前髪を撫でさせつつ、クーデリア皇女が説明してくれた。
「すごい! 見てみたいなあ!」
「いつか行けるといいね~」
「こら、二人とも行儀悪くしないの」
マグとメグが、展望台の手すりに寄りかかってはしゃぎ、ミグにたしなめられる。
相変わらず高いとこ平気だな、この子らは……。
「この高さからものを見下ろしていると、自分が神になった気分になるな……」
「だな。実際そういうとこに住んでるだろうし」
「今、神様とかの話はやめましょうよ……」
俺とマユラの会話に、パニシードの暗い声がかぶさってきた。そこに、さらに、ささやくような優しい声が割り込んでくる。
「オブルニアの山々には、それぞれ神様が住んでいるのです。あそこは〈力の神エレドネス〉が住むドマ・オブルニア。あちらは〈風の神ヴィンデ〉が住むロカ・オブルニア……」
「クーデリア様は物知りですね」
俺が褒めると、クーデリア皇女は少し頬を赤らめ、
「オブルニアの民なら誰もが知っていることです。こんなことで褒めないでください……」
「かはあっ!」
何でカカリナが胸をおさえて倒れ込むのか俺には理解できない……いや、できるけど。
オブルニアの山の神か。
こんな細かい話はゲームには登場しない。
しかし、帝都が神話と非常に近しい存在だという認識は、すべての『ジャイサガ』プレイヤーが共通して持っている。
序盤グランゼニス、中盤ナイツガーデン、終盤オブルニアというのは、『ジャイサガ』プレイヤーの王道であり、初見プレイヤーにもオススメのルートだ。
なぜかというと、ここオブルニア山岳帝都では、終盤における重要イベントがもっとも早い段階で発生するのである。
中でも〈巨人の集落〉〈凍てつく都市〉〈天魔試練〉〈天球〉は、これまで人と人、あるいは人と魔物の間を歩んできた〈導きの人〉を、一気に神話の領域へといざなうイベントだ。
特に〈巨人の集落〉では、世界の記録者である巨人ティタロと会い、彼が後の世に残した伝承こそが『ジャイアント・サーガ』と呼ばれるものになる。魔王と戦うための巨人の武器が手に入るのもここだ。当然、見逃す手はない。
「じき日が暮れますから、もう戻りましょう。山の夜風は、慣れないと風邪をひきます」
クーデリア皇女がそう言い、先導するように階段へと向かう。
「夕暮れか。ちょっと見てみたいな」
「大丈夫です。夕日は明日も明後日もありますから。今日はみんな疲れていますから、休んで土地の空気に慣れてください」
クーデリア皇女の言うとおりだ。
《ひい》《高いとこ怖い》《強い風が吹いたらここ折れるかも》《だいたいここは山なんだからこれ以上高いとこ上る必要なんかない》《早く戻ろう》
階段付近には、座り込んだキーニの姿があった。人や光や高所が嫌いな彼女は、とうとう景色の見えるところまで出てこなかった。
「夕食は部屋に運ばせますから、そのまま待っていてください」
そう教えられ、俺たちは一旦部屋に引っ込むことにした。
さて、ようやく落ち着けたか。
部屋に戻るなり、神域への扉を見たパニシードが反射的に目をそらすのがわかった。一度存在を認識したからか、最初は見えなかった彼女にも、今ではその存在が目視できるらしい。
目をそらしたい気分は俺も同じだ。
これから終盤のチャートを組むのに、あまり近くにいてほしい存在ではない。
まあ……攻略自体は、誰に見られても違和感のない、オーソドックスなものになる予定だが。
俺は机に向かうと、羽ペンの先をインクに沈め、静かに書き出した。
RPGというのは序盤がもっとも世界が広く、終盤がもっとも狭いものだ。
やり始めた頃は無限に思えていても、ラスボス前まで来ると、もうだいたいのイベントは見終えている。ラスボス手前でゲームをやめるプレイヤーがいるのはこのためだ。
これは良いとか悪いとかの話ではなく、構造上そうなるという話にすぎない。
が、規定の物語を一からなぞっていくタイプに対し、自分でイベントを選び、繋ぎ合わせていくフリーシナリオの『ジャイアント・サーガ』は、後半においても様々な面を俺たちに見せてくれる。
その理由は、一周では味わいきれないほどイベントが多いから、というわけではない。
その逆で、選べるイベントが少ないのだ。
一つのイベントを始めると、他のいくつかのイベントのフラグがごっそり消滅する。
しかも、それがはっきりとプレイヤーにわかるようになっている。
俺たちは「まだ見ぬ世界がある」と意識付けられ、次の冒険を、次の次の冒険を想像しながらラスボスと戦うことになる。
〝一日で『ジャイサガ』を六周した男〟は、マゾと変態の特産地であるこの界隈でも伝説として語られる人物だが、入院中に彼がブログで綴ったのはただ一言「次の可能性が俺を待っている」だった。
よって、後半もイベント選びは慎重にしなければならない。
レベルは99と、戦力としては十分。
ただ、終盤世界での戦いは、装備の耐性が十分でない場合、そこらの雑魚戦でも突然死できるほど危ないのが混じってたりするので、油断は厳禁だ。
特に〈ホロホロ〉〈イグニート〉〈邪樹〉の通称〝全滅御三家〟は、初手でプレイヤーのHP成長限界である999を軽くぶち抜く2000弱ダメージの攻撃を仕掛けてくるので、祈る神がいないヤツはさっさと逃げた方がいい。
このチャートで重視すべきなのは、貯金。
『ジャイアント・サーガ』は、ゲーム開始からクリアまでの総出費のうち、実に七割がこの終盤に集中しているといわれるほど……巨人がボってくる。
お忘れかもしれないが、魔王の危機に最初に気づいたのはこの巨人たちで、しかるべき試練をくぐり抜ければ主人公たちに最高級の武具を渡すと約束している。
が、その武器、タダではない。
有料だ。
渡す……渡すとは言ったが、無料でとは言っていない。どうかそのことを人間の皆さまに思い出してもらいたいっ……! ということ。
しかも憎たらしいことに金額に見合った威力がある。素の攻撃力だけでなく、覚えられる技の破壊力も桁違いだ。これまで装備していたのは、ブリキのオモチャだったと気づいてしまうほどに。
だったら買うしかないじゃない!
そんなわけで金だ。金がほしい。
そこで蓄財に励む必要があるわけだが、一つ気をつけなければいけないのは、巨人たちが住む村が、こことは異なる大陸にある点だ。
『ジャイアント・サーガ』で描かれる世界は今俺たちがいる〈大陸〉と巨人たちが住む〈異大陸〉の二つのみ。ここを渡るのはなかなか手間で、危険度も高い。
が、初回だけは極めて安全な手段で渡ることが可能だったりする。その一回目で、必要な装備をすべて買いそろえてしまいたい。
貯金はそれまでに完了させるのが大前提ということだ。
この注意事項は、アンダーライン引っ張って強調しておこう。テストに出る。
ところで、この〈巨人の集落〉というイベントは、他二つのあるイベントとトレードオフの関係にある。〈天魔試練〉と〈落冥〉がそれにあたるのだが、この三つのイベントは、いずれもラスボス戦に向けての強力な武器が手に入るようになっている。
『ジャイアント・サーガ』なのに巨人出てこねーのかよ、という展開もありえるのが、なんともこのゲームらしい。
宣言しておくと、俺はこの三つを同時にチャートに組み込むつもりだ。
トレードオフ? 知らん。
使えるものは全部使う。やりたいことは全部やる。
それが『ジャイサガ』プレイヤーの心得だ。
……と、このへんの方針は、あくまでゲームをクリアするためのもの。
中盤チャートの目的が神のあぶり出しだったように、このチャートの真の目標はそこにはない。
ラストバトルよりもさらに難しい、とある戦いへの準備。
マユラを消そうとする〝黄金の律〟を破壊することはできない。そうしたら、その瞬間だけマユラは救われるかもしれないが、後の条理を失った世界に殺されてしまう。
ではどうするか? その策はすでに見えている。
もちろんその内容をこのチャートに書き残すことはできない。
女神に見られたら腹パンどころでは済まない。
だが決して忘れるな。
俺たち『ジャイサガ』プレイヤーにとって、ラスボスは通過点にすぎない。
次の可能性のために、俺たちはいつだって、最後の戦いを、一番最初にしてきた。
今回もそれをするだけ。
何も恐れることはない。
ルールを把握して挑む二周目の楽しさは異常




