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第八十一話 おいでませ帝都! 安定志向!

 やっぱ旅ってクソだわ。

 失礼、本音が。


 さて、先日(俺的には)感動の旅立ちを果たしたわけだが、その余韻によってオブルニア山岳帝都までの道のりの険しさが和らぐわけではない。

 前回は、戦争を止めるために気張ってたけど、今は特に時間制限もない、平穏な旅路なので、そうなるとメンタルが如実に体調に影響する俺にとっては、苦痛ばかりが先走る苦行となる。


 幸い、大陸の英雄扱いなので、国賓用の一等馬車を出してもらえたのだが、馬車というのは登山に使うものではない。


 今、こうして、山道で馬車を後ろから押す苦役を負う身になっていることは、とりあえず愚痴っても誰からも怒られないと思う。


「せーの!」

「どっせえええええい!」

「押せえええええ!」


 この程度の道も登れないようでは、わらわに会う資格などないわ、とでも皇帝が言っているような帝都への山道を、新設部隊のかけ声ばかりが軽やかに駆け抜けていく。


 急な斜面を持つ山を取り巻くように、バターナイフでならしたような道が、一方通行を思わせる際どい幅で延々と続いていた。


 道の端の先はほぼ断崖絶壁。下は霧の川が流れていて、底を見通すことはできなかった。

斜面を見上げても落石を防ぐような設備は当然なく、時折動物が蹴り落としたらしい小石の音にどきりとして、列は何度も停止することになった。


 それを加味しなくても、隊列の進行速度はのろい。普通の人の歩み方がよほど早いくらいの、遅々とした進み具合だ。少人数の旅とはここも大きく異なる。


「なんでだああああっ」


 列の先頭で馬車を押すのは俺。

 レベル99の超人的体力のおかげで、四人がかりで押すはずの馬車は、俺の片手一つで前へと進んでいく。馬車馬はかっぽかっぽと調子のいい足音を立てて進むが、俺が手を離すとあっという間に息切れしてしまうので、いかに今が楽そうでも、馬車の中に戻るわけにもいかない。


「誰だよ。オブルニアなんかに俺たちを向かわせたのは」


 後ろに続く〈魔王征伐団〉の団員が愚痴るのが聞こえた。


「王都の連中、今頃ざまあみろって思ってるかもな。だからグランゼニスを本拠地にしとけって言ったのにって」

「ああ。この山道のどこかで、血へどを吐きながらな」


 グランゼニスその他の国々とは、オブルニアで集合することになっている。ここに彼らの姿はないが、帝都への道は一つしかないので、タイミングは違えど同じ苦しみを味わうことは間違いない。


「コタロー殿、大丈夫でありますかー?」


 グリフォンリースがすぐ背後の荷馬車の後ろから声をかけてくる。


「ああ。平気だ。そっちはどうだ?」

「大丈夫でありまーす」


 片手で馬車のお尻を支え、空いた方の手を振ってくる。レベル99組は無敵だ。


《力仕事は》《無理……》《死んじゃう》


 俺が押す馬車の中でぐったりしているキーニちゃんは別にしてな。


「ん……?」


 ふと、草もまばらな山道で、俺の靴底は、奇妙な震動が波紋のように広がるのを感じ取った。

 気づいたのは俺だけらしい。後続からは、苦しげな団員のかけ声が変わりなく聞こえてきている。


「何だ……?」


 どすん、どすんと何かの音が一定のリズムで聞こえてくる。

 落石という感じではない。規則正しいし、上の方を見てもそれらしきものはない。

 はっきりと感じられるようになり、気づく。


 これは……ジャンプだ。何かが飛び跳ねながら、こっちに近づいてくる音だ!


「全員止まれっ! 何か来るぞ!」


 魔物の襲撃だとしたら、タイミングは最悪。足場は狭く、馬車を守りながら戦うのはより困難になる。下手をすれば荷車の一つや二つ、崖底に転がり落ちていくことになるだろう。


「来たっ!」


 俺は腰に差していたナイフに手をやった。


 それは異様に俊敏な熊――いや、猿だった。

 ゴリラを一まわり膨らませたような巨体。毛の色は茶色で、坂道をボールのように跳ねながら近づいてきている。

 赤ら顔で、見開かれた黄色い目が、こちらを真っ直ぐに見据えていた。


 群れだ。十匹以上はいる!


「ま、魔物だーっ!」

「全員、抜剣! 馬車を守れ!」


 団員たちが口々に叫ぶ中、俺は奇妙なものを視界に捉えた。


 猿の背中に何かが、いや……人が乗っている。

 それは、黒塗りの軽甲冑に、大きな槍を背にくくりつけて。

 肌は褐色。髪はクリーム色の……。


「おおーい。コタロー殿ー!」


 笑顔で手を振ってきた。その声、顔、容姿、すべてに覚えがある。

 俺は大声で叫んでいた。


「カ、カカリナ!? みんな、構えを解け! あれは魔物じゃない。オブルニアからの迎えだ!」


 カカリナを乗せた猿は、先頭にいる俺の馬車に近づくと、長い手でそっと彼女を地面に下ろした。


「ありがとう。ゾゾモア」

「なあに。これが仕事だ。もっとも、俺たちの背中に乗って平然としてられるのは、帝国でも【インペリアルタスク】ぐらいだろうがね」


 大猿は、唸るような低音ながら言葉は流暢。獣人のようだ。

 正直、モンスターとして登場しても違和感のないレベル。


 カカリナは怯える馬を優しく撫でながら、俺のところまでやってきた。


「遅れてすまない。二つ先の山の上で嵐が起こっていて、足止めされた。普通の馬の足ではこの山道は大変だ。彼らがかわりに馬車を引っ張ってくれる」


 そう説明するが早いか、猿たちは馬と馬車を慣れた手付きで切り離し始めた。そして片手で馬車を掴むと、ショッピングカートを引っ張るみたいに、軽々と坂道を牽引し始めた。


「すげえ……」

「どうなってんだ、帝国は……」


 獣人の力を目の当たりにした団員たちが、余った馬たちの手綱を握りしめたまま、呆然とつぶやく。

 これが帝都流の運搬なのだろう。平地に住む人々の発想の埒外だ。


「さあ行こう。もう半日も行けば、多少は楽な道になる」


 カカリナは明るく言った。

 カカリナ、悪いんだが、それ、あんまり嬉しい情報じゃないわ。

 まだまだ長い道のりを感じ、多くのため息が俺の背中を覆った。


 ※


 それから二日後の昼過ぎ、俺たちはようやく帝都に到着した。

 長い道のりだった……。


 俺は一度来てるからそうでもないが、初めてここを訪れた団員たちは、やはりその奇妙な町並み――というか住人に、目を丸くしていた。


「すっご……。ねえ見てよグリフォンリース。熊とか犬が普通に町を歩いてるわ」


 クリムが呆然とつぶやく。


「クリム殿。あんまり奇異の目で見るのは、失礼でありますよ……」


 軽くたしなめるグリフォンリースだったが、カカリナがそれをやんわりと遮った。


「いや、ここでは肌の白いあなた方の方が奇異の目で見られるのだ。珍しいのはお互い様ということでそれほど気にすることはない。ただ――」

「あっ。でも、あの熊さんなんかは、可愛いかな。ずんぐりむっくりで、抱きしめたら温かそう――」


 クリムがそう言いかけたときだった。


「なにッ!?」

「なんだと!?」


 どどどど、と地面を踏み鳴らしながら、道を通行中だった熊の獣人が二人、クリムに詰め寄ってきた。


「おいあんた! 今俺を見て可愛いっつったか!?」

「あ、あわわわ……」


 身長で言えばクリムの倍。体重では二十倍は堅いだろう熊二匹に見下ろされ、狼狽えるクリム。カカリナが、あちゃあという顔に手を乗せるのが見えた。何だ? 禁句だったのか?


 容姿をナメられた熊は、さらなる怒号を発してクリムを責め立てるかと思われた。が。


「やっぱりな。前々から思ってたんだが俺は可愛いんだよ。はっはっは!」


 なんて言いながらいきなり笑い出した。クリムはきょとんとする。

 あれ? 嬉しいの? 可愛いって言われて?


 空気が一変して和やかなものになった。

 ぎょっとしていた他の団員たちも、肩から息を抜く。

 どうやら獣人に「可愛い」は褒め言葉として通じるらしい。


 と思ったら。


「何言ってやがる。そこの嬢ちゃんはな。俺に可愛いって言ったんだよ」

「ああ?」


 もう一人の熊の獣人が、お腹のあたりを、鋭い爪でぼりぼりと掻きながら言ったことで、何やら雲行きが怪しくなってきた。


「おめえのどこが可愛いんだよ。どこにもチャームポイントなんかねえだろうが」

「わかんねえのか? 見る目がねえな。腹だよ腹。ほれ。丸々として温かそうだろう? これに気づかないとはねえ……。センスがなあ……」

「は? 腹なら俺の方が出てるだろうが。おまえもしかして、この差が見切れないの? 三ミリは違うのに? はあー。恥ずかしいわ。鏡も見たことないのか。こんなのと同族だなんて。はあー」

「何だと? おい、もういっぺん言ってみろ」


 なんだこれ……。熊が二匹、お互いの容姿のことで言い合いを始めちゃったぞ。


「あ、あの、カカリナ、さん。どうなってるのこれ……」


 クリムがカカリナに助けを求める。カカリナは悩ましげに眉根を寄せ、


「獣人たちは、じろじろ見られるのは平気なのだが、自分の容姿について、我々人間よりもはるかにうるさいのだ。体のライン、毛並み、色、艶、大きさ、どんなことについても張り合おうとする。だから今みたいに、似たような獣人が二人以上いるような場面で、どちらを褒めたのかわからないような物言いは避けた方がいい、と言おうと思ったのだが、遅かった。すまない」


 そういや、動物のオスって、自分の体の色とかでメスにアピールするんだもんな。そういうのに気を遣うのもうなずける。


「なあ嬢ちゃん。俺に言ったんだよな?」

「いいや、俺だろ? なあ、俺だよな!?」

「ひっ、ひい」


 ああ、らちが明かないからクリムから直接聞き出すことになったみたいだ。


「あ、あの、ど、どちらも、素敵、です」


 クリムは普通キャラらしい、素晴らしく無難な切り返しをする。


「何だ。そうだったのか」

「どちらもか。じゃあ、いいか」


 素直に引き下がってくれたので、ほっとするクリム。俺も思わず胸をなで下ろすが、


「で、どこが素敵なんだ?」

「腹だろ? それとも毛並みかな? 毎日手入れをしてるからな。詳しく聞かせてくれよ」

「ひ、ひえええー」


 解放はまだまだ先のようだ。こりゃ、獣人たちの容姿については、確実に触れない方がいいわ。


そんな不思議なルールとも早速ふれ合いながら、俺たちは急遽建設されたという〈魔王征伐団〉駐屯地へと向かう。

 カカリナの案内はここまでのようだった。グリフォンリースたちには、別の帝国兵がつく。

 そして、俺たちもちょっと彼女たちと別行動だ。ここには〈魔王征伐団〉の宿泊所しかない。


「ひとまずは、前に泊まった宿屋をみんなで使うか」


 俺がそう切り出すと、カカリナがきょとんとした顔で言った。


「何を言ってるんだ、コタロー殿。聞いていないのか? 貴公らはこの国の英雄。なんと、クーデリア様の小宮殿の離宮を使っていいことになっているんだぞ?」

「ええっ!?」


 クーデリア様と同じところに住むの!?


「そしてわたしが、貴公らの世話役として選ばれた。ク、クク、クーデリア様と一つ屋根の下で過ごせるのだ。ハア、ハア……どうしよう、今から動悸息切れが……。高山病かな」


 現地人がかかるわけねえだろ! それは単なる劣情だ!

 それにしても、宮殿に住むのか、俺ら……。


「城か。懐かし……いや、初めてだな」

「お城ですか? わたしとご主人様は、お城に住めるんですね?」

「へえーっ。すごいじゃん! きっともの凄く広いんだろうなあ」

「楽しみ~。お姫様とかにも会えるかな~?」


《お城?》《お城に住むの?》《困る》《まぶしいとこ困る》《そうだ倉庫》《倉庫に住まわせてもらう》《そうしようコタロー》《ね?》《ね?》


 マユラたちは素直に感激し、歓迎モードに入っている。キーニはちょっと特殊だが。


 俺も嬉しいことは嬉しいが、それとは別に少し複雑。

 捨てられた馬小屋、高級アパート、お屋敷ときて次は宮殿。順調に成り上がってて、これは後々、生活水準が落とせなくて苦労しそうな気配がするぜよ……。



おひめさまのベッドにねちゃおっと!(サスーン感)

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[一言] レベル99でもできない力仕事をいとも容易く行える獣人たち……
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