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第七十七話 ちょっとわしらに語らせろ! 安定志向!

 表舞台はやばい。

 そう思った俺は、小学校中学年から、学芸会では村人D以上の役を狙ったことはない。

 観客席の父兄のために、各生徒最低一つは台詞がある舞台において、その最低ラインのみを満たす村人E以下は俺にとってのスーパースターだった。


 すべては心の平穏のため。

 ぴくりとも揺れない、陸の上の船に乗るための大原則だった。


 その俺が……。


「よくぞ来てくれた、我が友よ!」

「こうしてまみえることができて、わらわも嬉しい。みな、この勇者に心からの拍手を」


 グランゼニスの王様と、オブルニアの皇帝に挟まれて、鼓膜が破れるくらいの拍手を浴びている……!


 ああっ……あうあうあうああああああああああああああ!


 表舞台の毒気に押され、口の端からゆっくりと抜け出た魂が走馬燈を回し始め――まず最初に、ついさっきのできごとを俺に思い起こさせた。


 クーデリア様に捕獲された俺は、笑顔の兵士たちにつれられ、会場へと足を踏み入れた。

 カカリナとクーデリア皇女もついてきた。


 そこは輝く光と高貴な笑い声がモンブランのようにもっさり盛られた空間だった。男性は軍服、女性は豪奢なドレスに身を包み、旅装備の俺がいたら、会場が汚れるどころか、逆に一瞬で汚物消毒されそうなほど、暴力的にきらびやかだった。


 俺が兵士に招かれるまま進むと、左右に割れていく人垣から驚きと歓声が膨れあがり、いつしか鳴りやまない拍手が会場の内側を埋め尽くしていく。

 誰一人として怒りの表情を浮かべる者はいない。


 わからない。俺は本当に歓迎されているのか?

 しかし、なぜ? どうして? どういう理屈で?


そして会場の一番奥にいたのが、専用の玉座を二つ並べた、グランゼニス王とオブルニア皇帝だった。


 グランゼニス王は右手、オブルニア皇帝とクーデリア皇女は二人で左手を取り、玉座の間に急遽設えた特別席に俺を座らせた。

 そして、クーデリア皇女をすぐ傍らに立たせたまま、今に至る。


「英雄! 我らが英雄!」

「両国の危機を救った真の勇者!」

「人類の救世主よ!」


 なっ、ななな、なん、なん、なんなんなんなん……なんなんなん? これは!?

 鳴りやまない万雷の拍手に、記憶の遡上から連れ戻された俺は、目の前の光景に再び位置からの動揺を強いられる。


 心のムロフシが、ハンマーを手に回転を始めた。

 やばい。こいつが十分な遠心力を獲得して手を離したら、今度こそ俺の魂は本当に体の外に飛んでいってしまう。


「あっ……。妖精……?」


さらにまずいことに、すぐ傍らで、椅子の手すりに手を乗せていたクーデリア皇女が、俺の懐にじっと収まるパニシードを見つけてしまった。

 それに気づいたザンデリア皇帝も目をかすかに見開く。ああもうダメだ。さらに騒ぎになる。


「何と……。この者が〈導きの人〉とは、戯れの言葉ではなかったのか? グランゼニス王」

「ははは。そうでないぞオブルニアの皇帝よ。タタローこそ、今の世に大義をなすという〈導きの人〉その人だ。その証拠に、我らの目を覚ますという大役を、しっかりと果たしてくれたではないか」

「……ふむ……」


 が、ザンデリア皇帝は小さくうなずいてみせたきり、そこに言及はしなかった。

 これが俺の運命の流れを変えたのか、国王と皇帝が機を見計らって手を挙げると、拍手は引き潮のように消えていった。

 どうやら命の危機は去ったようだ。


 ザンデリア皇帝が切れ長の目を俺に向ける。

 肌や髪の色はクーデリアと同様だが、後ろに流された長髪には一筋の乱れもなく、鋭く光る両目には美しさと厳しさが宿り、その微笑を彩る。


 とても「綺麗だなあ」などという浅はかな感想を述べることは許されず、もし彼女に何らかの意思表示をしなければいけないのなら、俺は黙って服従のジャンピング土下座を敢行することだろう。


 彼女が言った。


「さあ勇者よ。話したいことは山ほどあるが、まずはみなのところに行って、声をかけてやってほしい。そのあとで、我らとゆっくり話をしよう」

「お母様、わたくしも」


 クーデリアが囁くような声で言うと、


「うむ。この者を見出したのはおまえだ。そばにいてやりなさい。カカリナ、娘を頼む」

「はっ」


 皇帝の許しを得て、クーデリアが俺の手を引くように、待ちかまえる人々へと歩き出した。

 正直、どうしたらいいのかわからない。話をする? でも何を? ああ、あの、膝はすごい笑ってますけど、上の顔は全然引きつっていて、何を話したらいいのか……。


 俺はそこで、オブルニアの奇襲部隊を務めていた、一人の騎士が目に入った。

 自然と足が向く。クーデリアもそれにならう。言うべきことが、勝手に腹の中に湧いた。


 奇襲部隊の騎士は背筋を伸ばし、敬礼の仕草を取ったまま、俺が近づくのを待った。


「あの……。戦場ではすいませんでした」


 俺がまず最初に頭を下げると、彼は大いに慌てた様子で、


「な、何をおっしゃるのです。あのとき、浅はかにも貴公に無礼な態度を取ってしまった手前のことこそ、お許しください」

「いや、だって、最悪の命令だったでしょう?」


 多分、三十前後くらいのその【インペリアルタスク】は、精悍な顔に不器用な苦笑を浮かべ、うなずきを返した。


「帝国のために身も心も捧げた我らを、これほどまでに侮辱する方法があるだろうか、と思うほどでした。これでもし味方が敗れるようなら、帝都に戻って即刻首を掻き切ると心に決めたほどです」

「本当にすみません」


 俺が再度頭を下げると、騎士は慌てて大きな両手を顔の前で振り、


「謝らないでください。これは、手前の視野の狭さをなじる、笑い話なのです。あのとき、貴公に見えていた唯一正しい方法を、手前どもは誰一人として気づくことができなかった。どうぞ笑い飛ばしてやってください。これぞ【インペリアルタスク】の牙折れというものです」

「はあ……」


 どういうことだ? 俺に見えていた、唯一正しい方法?

 あのとき、戦場で何が起こっていたんだ?

 き、聞きたい……。


「すまない。ゴラウス隊長。我々も話しに入れてはくれまいか」

「戦場での話が聞こえて、つい待ちきれなくなってしまった」


 酒の入ったグラスと笑顔を携えて現れたのは、ダンダマリアの平原で指揮を執っていた将軍二人。グランゼニスのダンデマルローと、オブルニアのロードハイブだった。


「将軍。それはあんまりです。手前はまだこの方に十分な謝罪もできていないというのに」

「すまんな、隊長。あとでゆっくりと謝ってくれ」

「どうかこのこらえ性のない老兵二人を許してほしい、帝国の肉切り牙よ。我らはさっきからこの話を延々と繰り返して、側近からも呆れられているほどなのだ」


 どちらも厳つい顔に、子供のような無邪気さを張りつけている。ゴラウス隊長も、その人となりを知っているのか、やれやれといった様子で身を退いた。


「さて、英雄殿。そなたの神算鬼謀が、それがしらに何を引き起こしたか。すでに掌の中と思うが、どうかこの凡庸な男の視点から語らせてほしい」


 ダンデマルロー将軍が切り出す。

 仲間にしても結構オチャメなオッサンだったが、直に会ってみて、その魅力がゲームを軽く超えていることに感動する。

 つーか、あんたが凡庸だったら、この世に名将なんていないんだが……。


「まず真っ先に驚いたのは、ロードハイブ殿だろうな」


 いきなり水を向けられ、日焼けとも地金ともつかない黒い肌に笑みを作ったロードハイブがうなずく。


「そのとおり。わしらはタタロー殿と一緒に行動しておったからな。そなたは途中から先行し、向かって右側の森の中に潜んだ。当日は霧がかかっていたが、どうにかそちらだけは見ることができてな。これも山霧の神の導きと喜んだものだった」


 手にした酒で一度唇を濡らした彼は、興が乗ってきた様子で続ける。


「あとは、霧の向こう側に、憎き王国兵がちらとでも見えたら、即座に右翼を前進させ、タタロー殿に奇襲を促すつもりであった。すると、だ。側近の一人が言ったのだ。奇襲部隊が後退しているとな」

「うむうむ」


 合いの手は、ちびちび酒をあおっているダンデマルロー将軍だ。息ぴったりの名将二人は、演劇でもやってるみたいに、身振り手振りを加えて声を盛り上げていく。


「何を馬鹿な、と側近から遠めがねを奪い取って見てみると、確かだ。森の奥へと遠ざかっていく帝国騎士の黒い鎧があるではないか。何が起きた? わしの頭はそのことでいっぱいよ」

「さて、ここからはそれがしの番であるな」


 突然横から話を引き取るダンデマルロー将軍。しかし横取りされたことを怒るどころか、今度はロードハイブ将軍がうんうんうなずいて、聞き手に回っている。


「それがしの方も、状況は似たり寄ったり。ただ、戦場には必ず間に合わせると言ったドラゴンスレイヤー殿が、なかなか姿を見せないのが心配の種であった。が、まあ、ここまでなら戦場ではよくあること。必ず間に合わせるだろうと、こちらも奇襲部隊の配置を確認し、相手の翼を叩こうと機をうかがっておったところ――側近が言うのだよ」

「味方の奇襲部隊が後退していると!」

『わっはっはっは!』


 いきなりロードハイブ将軍が結論を奪ったと思ったら、大口を開けて二人で笑い出す。

 やっぱり息ぴったり。あんたら、実は幼なじみか何かか?


 ひとしきり笑ってから、ダンデマルロー将軍が再び話の主導権を取った。


「さて、勇者殿。それがしらは戦のプロフェッショナルである。戦慣れしているからこそ、常勝などというものは存在しないし、負けてはいけない戦など、すべての場合に言えると心得ている。我らがもっとも恐れるのは死ではない。国を守る最後の一人までも、自分の指揮で殺してしまうこと。それを避けるために退くことは、将としての最後の誉れだ」

「つまりあの戦、退けぬ、と思っていたのは恐らく、互いの主だけだった。ましてや、魔王の軍勢がすぐそばで猛威を振るう状況だ。人と人が殺し合うことが、これほど愚かしい時期もなかった」


 ええと……つまりどういうことなんだ?

 何だか、すべて俺の計算の内みたいになってるから、迂闊に質問できねえ!


「お二人とも……。もっとわかりやすく言っていただけますか……?」


 そのとき、素朴な意見を口にしてくれたのは、クーデリア皇女だった。

 ナイスです皇女様! 飾らない君がすき!


「これは失礼を。皇女様」

「では有り体に申しましょう。帝国の姫様。我らはあのとき、ドラゴンスレイヤーが裏切った、と同時に考えたのです」

「そして、彼が裏切った以上、こちらはすでに罠にはめられ窮地である、とも」


 ニヤリと笑い、同時に俺を見る二人。かすかに歴戦の猛者としての獰猛さが垣間見える。これ、笑い話の最中じゃなかったらきっとチビってたな。


「我が帝国と王都。戦力はほぼ互角でした。正攻法では、並々ならぬ被害が出たでしょう。勝利の鍵はタタロー殿の奇襲部隊。しかしこれを失った以上、我らの優位性は消えました」

「さらに、ドラゴンスレイヤーの罠にはめられているとしたら、こちらが圧倒的に不利。いたずらに仕掛ければ無為に兵を死なせるだけなのは、火を見るよりも明らかでした」


「つまり……どちらも、自分が負けると思っていたのですか」

『そのとおり!』


 ただでさえでかい二人の声が見事に重なり、クーデリア皇女の肩がびくっと震えた。可愛い。

 しかし、両方が戦闘前に敗北を確信するなんて、そんなことがあるのか。どんなに不利でも、やってみなきゃわからないと思うのは、俺が素人だからか?


「なりゆき上、仕方ないこととは言え、こたびの戦には大義がありませんでした」


 少ししんみりした声になり、ロードハイブ将軍が言った。


「今は人と人が争っている場合ではない。ましてや、大勢を死なせる戦争などと。たとえ戦に敗れたとしても、このそっ首一つ差し出して詫びを入れ、どうか帝国との和議を、と王に願い出るつもりでいました」

「わしも同様です。皇帝陛下に、この命と引き替えに、兵たちの名誉の保持と、和睦を申し出るつもりでありました」


 そうか。二人とも、最初からこの戦争に反対だったんだ。

 しかし将軍が主に逆らっては、兵たちが動揺し、結果として王や皇帝から、軍が切り離されてしまう。だから、戦場で兵たちにしかるべき義務を果たさせた後に、退却を命じるつもりだったのだ。奇しくも、この場合は両方の将軍が。


 一敗地にまみれるとはいえ、人的被害は最小限に抑えられる。

 だが、それを遮ってゲーム通りの大被害をもたらす要因が、あの戦場にはあった。


 霧だ。


 あの霧の中に両将軍が兵を突っ込ませたかどうかはわからないが、しかし、うかつな接触が命取りになるのは確かだ。

 両軍は迂闊に、進軍も退却もできなくなった。

 俺が動くまでは……。


「ドラゴンスレイヤー殿は、それを決断させてくれた。こちらに完全な敗北を予期させるという離れ業で。そして驚くべきことに、王都へ戻る途中で、王から軍を退けとの下知が伝わったのです」

「帝国も同様に。陛下自らが判断を誤ったとお認めになり、我らに退却を命じたのです。戦場の指揮官のみならず、二つの国の為政者までもが同じことをするとは、天啓だったのでしょうなあ」

「そんなことがあったのですね」


 ほう、とクーデリアのため息が場に漏れた。

 こうして最終的に、誰も望まない戦争になった。


 しかしその思いが戦場に伝わるのには時間がかかる。

 その間に大勢が命を落としていれば、それは取り返しのつかない影を、両国の未来に落としただろう。


「それを防がれた。だからタタロー殿、貴殿は我が帝国と、そしてこの王都の英雄なのです」

「ありがとう。あなたは二つの国を救った。自分が、一時とはいえ、裏切り者のそしりを受けることをかまいもせずに。これこそ、真の英雄的行為といえましょうぞ」


 目に光るものさえ浮かべ、二人の将軍は俺の手を取った。

 戦場で鍛えられた彼らの手は、岩かと思うほどに硬く、大きく。

 思い切り握られた俺の手は、レベル99とは思えぬほどに、熱い痛みを覚えたのだった。



敵同士なのに仲の良いおっさんすき

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― 新着の感想 ―
これは歴史に残る!
[一言] マッチポンプで無名の英雄だったのが、 今回は名実ともに真の英雄になれましたね
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