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第七十六話 裏切りの報酬!? 安定志向!

 さあ、やってしまいました。

 セーブ絶対厳禁の〈停戦バグ〉。

 これを引き起こしたところで何も得することはなく、その後できることといえば、ただひたすら戦闘で経験値を溜め、レアドロップを集めることくらい。最悪のバグの一つだ。


 だが、そのゲームが現実である俺には必要なバグだった。こうすることでグランゼニスとオブルニアの戦闘は回避され、戦争そのものも進展しなくなる。


 そして……俺の求めた、完全に安定した平和も完成する。

 この世から魔王が消えることはない。そのかわり、人間が脅かされるイベントの数々も起こりえない。

 世界は永遠に静止する。

 これにて、中盤チャート、完遂。


 ※


 したのはいいけど、こんな俺に居場所なんてもうねえよなあ!?

 ゲームしてるときは無頓着だったけど、いくらなんでもこの状況は俺に悪すぎる。

 いや、わかってはいたんだよ。

 グリフォンリースとキーニも、こういうことを心配してたわけだし、俺だってわかってた。今やこの大陸で俺に怒りを抱かない国はごくわずかだ。


 あれから――

 グランゼニスの奇襲部隊を率いた俺は、彼らをダンダマリアの平原の外に待機させ、一人戦場へと戻った。


 そのときの両陣営の動揺ぶりは、遠くからもはっきりとわかるほどだった。

 そして、それは起こる。

 霧を挟んで目隠し状態にある両軍が、ゆっくりと後退し始めたのだ。


 諸手をあげて喜ぶべきなのだが、その一方で何が起きたのか、俺にはちんぷんかんぷんだった。

〈停戦バグ〉を起こした後に、ダンダマリアの平原には人っ子一人いなくなるから、両軍が下がっていくのは、そりゃそうだろと思えるところだが、問題は、なぜ彼らがそうしているかだ。


 この世界の住人は、決してプログラムによって作られた存在ではない。

 バグでイカれた行動を起こしたにしても、そこには彼らの人格、人物像にまつわる行動原理がちゃんとある。


 何が彼らを同時に後退させたのか?

 決して負けられない戦いを、どうして放棄したのか?

 俺はその答えにたどり着くことができず、さっさと姿を隠すことを先決にした。


 それで、こっそりとナイツガーデンに戻ってきたのが昨日のこと。

 みんなは当然大喜びで歓迎してくれたが、俺は感謝と挨拶もそこそこに完全居留守モードを宣言し、部屋に閉じこもった。


「わかったであります。タタロー殿はここにはいないであります」


《了解》《あなたは留守》《ここにはいない》《わたしだけには見えている》《妖精》


「何だかわからないが、タタローがいるのは秘密なのだな?」

「ご主人様がそうしたいのなら、そのようにします。大丈夫、お屋敷から一歩も出なくたって、退屈しないようわたしがちゃんとお世話しますから」

「うん。わたしもする。任せて!」

「わたしも~。もうどこにも出かけないでね~」

「かしこまりました。リリィは、お屋敷にも内緒にいたしますわ。アンドレアもそのように」

「はい。もちろんでございます」

「わたくしどもも、そのように振る舞いましょう。神様もそれくらいは許してくださるはず」


 誰も、何の疑いもなく俺に協力してくれた。

 ありがてえ。


 でも、シスターたちも含めて俺の部屋にみんなで詰まってるってのは、さすがに狭すぎじゃないですかねえ!?


「だって、久しぶりに会えたんですよ! 少しでもそばにいたいじゃないですか!」

「は、はい。すいませんミグさん。あ、膝の上に座りますか? どうぞ……」


 帰ってきた直後から、みんな自分の部屋を忘れたんじゃないかと思うほど、暇さえあれば俺の部屋に入り浸るようになった。

 特別な話があるわけではない。わざわざ本を持ち込んで読んでいるヤツすらいる。


 だがそんな中、誰一人として、俺に何があったのか聞いてこないのが優しかった。


 一応、戦場から両軍が完全に撤退したのは確認している。

 当事国ではないナイツガーデンに、そこから先のことが伝わるのはもう少しかかるだろうが、そのとき、俺は彼女たちに物事の始まりから終わりまでを打ち明けられるだろう。


 しっかし……さすがに狭い! ベッドの上すら満員だよ! クレセドさん、寝っ転がって祈りの教本とか読んでていいんですか!? 神様とマクレアさんに怒られますよ!

 喜んでくれてるのは嬉しいけど……別に俺、屋敷から逃げたりしないから!


 真実が明らかになる日はわりかしすぐにやってきた。

 俺が、あんまり普段の日常と変わらない居留守生活を始めて、三日ほどたってのことだ。


「タタロー。タタロー、いるの?」


 聞き覚えのある声の主。クリムが屋敷の扉を叩いた。


「タタローさんならまだ帰ってきてませんよ」


 そう受けて、クレセドさんが早速追い返しにかかる。俺がここにいることは、クリムにも、ツヴァイニッヒにも内緒だ。


「あ、クレセドさん。それホント? 匿ってるんじゃないの? だったら心配なんていらないわよ!」


 が、クリムの声が興奮気味に上擦ったことで、自室に潜む俺と、そしてきっとエントランスにいたクレセドさんも困惑する。


「ねえ、タタロー、いるなら聞いて。あなた、とんでもない英雄になってるわよ!」


 へっ……? なにそれどういうこと?

 俺は部屋の扉をそっと開けて、エントランスからの声に耳を澄ます。


「今度グランゼニスで、オブルニアとの和睦会議が開かれるの。あなたそのパーティーに呼ばれてて、主賓だそうよ! もしいるなら、顔見せてあげたら!?」


 どういうことだ?

 俺が思わず振り向くと、グリフォンリース以下、部屋に遊びに来ていたマイファミリー全員が驚いた顔で首を横に振った。誰も、何も聞いていない様子だ。


「わ、罠とかじゃないですよね」


 パニシードが恐る恐る小声でたずねると、まるでそれが聞こえたみたいに、クリムが階下から叫んできた。


「心配しなくても罠じゃないわよ。このあと〈魔王征伐団〉の会議が再開されるから、ナイツガーデンだって招かれてるんだから。これがもしあなた一人を捕まえるための芝居だったら、さすがにシュタイン家も怒るわよ」


 確かにな、という納得と、あの為政者二人がブチ切れたらそれくらいやるんじゃ、という不安が戦い、まるで決着がつかない。

 だが、俺も気にならないわけではないのだ。

 あのとき、そしてあの後何があったのか。

 なぜ〈停戦バグ〉の名の下に戦争が終結し、両国が手を結ぶことになったのか。


 それを知るためにも……。行って、みますかグランゼニス。

 もちろんこっそりな!


 ※


 コソ……コソ……。

 ああもう、人間に見つかっちゃいけないGってのはこんな気分なのかねえ。

 ワンミス=死とか、やってられないよホントに。


 パーティーとやらに間に合わせるため、俺は急ぎ足でグランゼニスに到着した。

 レベル99を人間とは思わない方がいい。


 あの後、クリムとしっかり会って話を聞いたところ、パーティーまでは二日くらいしか猶予がなかった。

 本来、ナイツガーデンとグランゼニスは、馬の歩みでだいたい七日間ほどの移動距離がある。普通ならもう間に合う時間ではない。

 しかし俺は、異様な脚力と無尽の体力で、この距離を二日で踏破してしまった。

 走っても走っても息が切れない体ってのは、我ながら不気味なものだったよ……。


 現在の俺の位置は、グランゼニス城の裏庭。

 時刻は、夜の入り口といったところだ。


 遠い昔(四ヶ月以内)、ここから王城の地下倉庫に侵入し、そこから〈壁すり抜けバグ〉を使って、魔王城に空き巣に乗り込んだんだっけ。

 心境としてはあのときのものに近い。

 見つかったらアウト、って意味で。


「あああ。美味しそうな料理、ハーブのいい香り……」


 物欲しそうな顔のパニシードを、俺は襟元に押し込んだ。

 パーティーはすでに始まっている。


 裏庭に面した宴会場はすべての扉が開け放たれ、賑やかな人の声に混じって優雅な音楽が流れてきている。その中を漂う数々の料理の薫香が、植え込みの陰に隠れる俺たちまで漂着し、ここまでの道中で寂しくなった胃袋を盛大に鳴らさせた。


「どうなんだ。マジでパーティーやってるように見えるが……」


 俺は疑り深い男である。

 今から、


「やーやー、どーもどーも」


 と出ていったところで、楽しげにパーティーに興じていた人々がいきなり槍を取り出して俺を追い回すという超展開の可能性を捨てきれずにいる。


「早く行きましょうよ。大丈夫ですって」

「まだ待て。あ、見ろ。あそこに勲章いっぱいつけたオッサンがいるだろ。多分、今回戦争を指揮した将軍だ。別のとこには、オブルニアの将軍らしき人もいる。あの二人が近くに来て談笑とかしだしたら、少しは信用できるはずだ……」

「…………」

 …………。

「…………」

 ……。

「あの」


 はっ!?


 俺が咄嗟に振り向くと、背後に二つの人影があった。

 共に、褐色の肌を持ち、一人はドレス。もう一人は略式的な騎士の出で立ち。


「…………ッッッッッフひぅ!? カ、カカカカカリナと、クーデリア皇女様!?」


 気づいたときにはもう遅かった。

 クーデリア皇女は、茫洋とした瞳のまま森で暮らす小リスのように素早く動くと、その小さく繊細な指で俺の服をはっしと捕まえていた。


「捕まえました。カカリナ、お母様にすぐ連絡を」

「はっ、はいっ! ただちに!」


 二人分だったのか、山盛りの料理を盛りつけた皿を持ったまま、カカリナが弾かれるように宴会室へと駆けていく。


 俺は……逃げられるわけなかった。


 この儚さ炸裂のクーデリア第七皇女が、綺麗な口をへの字に曲げてまで、俺を逃がすまいと小さな手に力を込めている。

 ふりほどくのは簡単だったが、何より、すでに一度裏切っている彼女の必死の思いを、これ以上傷つけることができなかった。


 いざとなったら、牢屋をぶち抜いて逃げよう。少なくとも、今逃げちゃいけない。

 そう心に決めたとき、兵士と思しき血相を変えた男たちが、カカリナにつれられて駆けてくるのが見えた。

 彼らは俺を見るなり叫んだ。


「お待ちしておりました、停戦の英雄!」


 ほら、やっぱり罠だよ。

 双方にウソついたんだから、これくら

 …………。

 ……。


 マジ?


やっと戦場での顛末が明らかになるます

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― 新着の感想 ―
[一言] ベッドの上も満員だと心を落ち着けるために爆睡しようとしてもおちおち寝ることもできないでしょうね…… まあ日常のほうがコタ……タタロー殿の癒しになっていればいいのですが
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