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第七十三話 レベル99ってスゲー! 安定志向!

 確認しておこう。


 現在〈人類大陸戦争〉の真っ最中。


 このイベントへの参加方法は二つ。

 王都グランゼニスにつくか、オブルニア山岳帝都につくか。

 どちらも役割は奇襲部隊の隊長で、そしてこれが重要なことなのだが。


 ――どちらか一方にしかつけない。


 片方の勢力に参加した瞬間、もう片方の参加フラグは消滅する。

 が、俺のチャートでは、そのルールを真っ向から破る。

 両方の勢力につく。そして、その状態であることをして、バグを誘発させる。


 そのバグについては後ほど説明しよう。

 今語るべきは、俺の直近の目標。

 第七皇女クーデリアに会う。

 これが、もっとも簡単な、オブルニア側への参加方法になる。


 通常プレイでは、オブルニアの探索者ギルドで傭兵参加の話を聞き、そこでフラグを立てることでクーデリアの宮殿の入り口が、そのときだけ開く。ここが重要。これ以外の状況では、あの宮殿の入り口は閉ざされたままだ。

 実は、ゲーム上、ギルドでの傭兵参加のフラグはこの扉の開閉にしか作用していない。

 参加すれば扉は開き、しなければ閉じたまま、というわけだ。


 このとき、中にいるクーデリアは、実はいつでも傭兵参加を受け付けてくれる状態にある。会えさえすれば、オブルニア側に参加が可能なのだ。


 このアホな世界のことだから、窓をぶち破って侵入とかしても平然と受け付けてもらえるかもしれないが、さすがに危なくてやめた。

 ここでしくじれば、中盤チャートは完全に崩壊する。これまでの過程がすべてパアだ。いくら熟知したゲームといえど、そこまで強引にはできない。

 だから安定を取って、ツヴァイニッヒ、そしてカカリナとのコネを使わせてもらって、道理的に正攻法でいく。


 そして、今の状況だ。


「正気か、タタロー殿」


 呆れた顔の中に、かすかに身を案じてくれる気持ちを滲ませながら、カカリナは俺にたずねた。


「ああ。正気だ。第四の牙隊、全員で来てくれ。そうすれば俺の力量がはっきりとわかってもらえる」


 詰め所に案内された俺は、この発言により、他の隊員たちの顔がめいめいの性格に合わせて動くのを見て取った。苦笑する者、好戦的に笑う者、真顔になる者……その中で気遣わしげに周囲を見やってくれたカカリナは、さすが『ジャイサガ』ファンの推すもっとも可愛いドット絵キャラといったところだ(関連無し)。


「カカリナ、そいつの言うとおりにしてやれ。それくらいでなければ、こちらも皇女様に具申できん」


 眼帯をつけた熊の獣人が言った。二本足で立ち、身長は二メートルはある。皆が一様にうなずくのを見て、彼がリーダー格にある人物だと当たりをつける。


「我々は遊びで槍を振るわない。加減はできないぞ?」


 言い出しっぺの俺ではなく、グリフォンリースとキーニに確認するようにしたカカリナは、彼女たち二人がうなずくのを見て、最後の手心を捨てたようだった。


「わかった。訓練場に出よう」


 詰め所脇にある訓練場では、模擬集団戦闘も行われるらしく、十分な広さがあった。


「タタロー殿、頑張ってくださいであります! あ、準備運動はしたでありますか? ストレッチは!? 武器はちゃんと装備しないと意味がないでありますよ!」


《頑張って》《きっと大丈夫》《負けても慰めてあげるから》《病院は手配しておく》


 いまいち信用されてる気がしないな。

 入り口脇で見守る二人から声援を受け、俺は軽く膝の屈伸だけしておく。

 この山の中の都市を歩くだけで、準備運動なんて不要ではあるだろうが。


 向かい合うは、第四の牙隊総員。その数、十六。

 全員が艶すら感じさせる精悍な甲冑を身につけ、得物は訓練用に刃を落としてはあるものの、鈍器としてすでに十分な殺傷能力を持つ槍や剣。


 特に黒い金属の槍は、ナイツガーデンでセバスチャンが口にしていた【インペリアルタスク】の象徴、〈ダークホルン〉の愛称で知られる業物だ。

〝黒い頂〟の名前が示すとおり、持ち手をカバーする広いナックルガードから、鋭い切っ先までが、険峻な山を思わせるシルエットを描いている。まさに豪快の一語。


 俺は訓練用のナイフを借りた。

 正直、あの槍に対抗するなら、投石機かもしくはパイルバンカーくらいほしかったが、これまでろくに訓練をしてこなかったので、これくらいの短さでないと扱えそうもない。


「行くぞ!」


 眼帯の熊が号令を放つと、第四の牙隊は、性別も種族も入り乱れているはずなのに、恐ろしく正確な動きで飛び出した。


 まず突っ込んでくるのが、〈ダークホルン〉を手にした四名。一列に並んだだけで俺の逃げ場はどこにもなくなり、さらにその背後に、抜剣した四名がぴたりとくっついてくる。

 槍での突撃で相手を崩し、剣が接近戦で仕留める。

 単純な作戦だが、全員が一個の生物の四肢のように、わずかな乱れもなく動く様は、それだけでこの部隊の練度が高いことを物語っている。


 だが。

 俺はレベル99だ。

 この強さ、もはや魔人といっていい。


 逃げ場を封じる四本の槍を、俺は飛び上がってかわした。

 そのまま二本の槍を足場に数歩走ると、その先にある【インペリアルタスク】のヘッドギアを両手でとん、と押す。

 前進しようとする下半身と、俺が押し出した上半身で力のベクトルが入れ違い、彼らの足は空を切って、盛大に後ろ向きに倒れた。


 続く抜剣隊四名は、その光景を見ても、わずかな動揺も差し挟まなかった。

 最初から、こちらのことを、どこの誰とも知らない探索者とは侮っていなかったことの証拠。道を聞いた兵士がそうだったように、帝国兵士はみな真摯であり、そして精強だ。


 四人というのは、一方向から一人を狙うには多すぎる人数。

 まず、それだけの広さがない。普通に剣を振るえば、互いの肩がぶつかってしまう。同士討ちの危険もある。


 しかし彼らは、一瞬で半身に構えると、フェンシングのような動きで四つの突きを同時に向かって繰り出した。

 それぞれに位置が微妙に違い、ひとつを防いでも他の三本がぶっ刺さる角度だ。


 そう来るのか!


 驚きつつも、俺はナイフを立てて一つをいなし、残り三本を大きく体をそらしてかわした。この時点で体勢が崩された。


 背後から殺気!


 槍を抜けられた第一陣の残り二名が、もう得物を下に落とし、剣に持ち替えて斬りかかってきている。

 一瞬で包囲網が完成し、八方からの刃が俺を突き崩そうとする。


「うおお!」


 詰みだろ、と思ったのも一瞬未満のことで、俺は前後左右から容赦なく繰り出される突きを、すべてナイフと体捌きで凌いだ。

 単なる運動神経だけじゃない。危機の察知、相手の動きの先読み、姿勢の制御、まるで熟練の戦士のような感覚がレベル99の体には宿っている。


 狭まっていた包囲円が、やがて、俺の動きに押し返されるように広がった。

 よし、と思って一息つこうとした直後。


 俺の視界がにわかに翳る。


「御免!」 


 視界の上部。中空から黒い影が躍りかかってくるのが見えた。


〈ダークホルン〉を持つ腕を、大きく引き絞ったカカリナだ。

 包囲する山岳騎士たちの頭上を軽々と越え、鋭い跳躍の勢いのままに俺へと突っ込んできたのだ。

 包囲が弛まり、安堵が生じた絶好のタイミング。

 そこに、これまでの誰よりも鋭い速度での襲撃。

 正直、レベル20代では荷が重かったと思う。


【インペリアルタスク】の牙そのものである彼女の槍を、金属の破片にしか思えないナイフで受ける愚はおかさず、俺はあえて地を蹴って体を前へと押し出した。


「!」


 カカリナのグリーンの瞳に映る俺は、槍の切っ先に捉えられる瞬間、神速の動きで横にズレる。

 金属のニオイが嗅ぎ取れそうなほど、頬のすぐ横で槍の穂先をかわした俺は、カカリナの脇を通過しつつ、その脇腹にナイフの側面を軽く打ち込んだ。


「あっ……」


 カン、と小気味よい音が響き、それを置き去りにして俺はさらに前進する。今度こそ虚を突かれた隊員の一人に飛びかかると、手にした剣を力で強引に弾き飛ばした。

直後に腕を取ってその場に引き倒すと、甲冑の継ぎ目にナイフをあてる仕草を見せる。

 負けを理解したのだろう。その騎士は「ぐっ」と悔しそうにうめき、そこで動きを止めた。


「すごい……」


 呆然とこぼれたカカリナの一言を背中に染みこませつつ、俺はそれからも第四の牙隊の猛攻と、正面から渡り合い続けた。


 ……うん。それでさ。

 このかっこいい主人公は誰?

 まるで本当に世界を救いそうな勇者は?

 俺? 違うだろ。常識的に考えて。

 俺がこんな鮮やかに立ち回って、次々に相手をのしていくはずがない。

 しかし、じゃあ、俺は誰なんだ?

 やばい。なんでただ活躍してるだけで自我崩壊を起こしてるんだ。

 俺の名前は……ええと、何だっけ?

 ええとコタ……ええと……ええと……。


 ※


 クーデリア皇女は、水晶のように澄んだ緑の瞳で俺たちを見下ろしていた。

 まだ九歳だそうだが、謁見の間に入ってくる際に俺が見たのは、幼いながらも凛然とした顔立ちと、一歩歩く毎に、足下から押し寄せてくるような気品の波だった。


「面をあげてください……」


 クーデリアは、やや舌足らずな感じのする、魅惑のウィスパーボイスでそう発した。

 俺たちと第四の牙隊の面々は、ゆっくりと顔を上げ、彼女の姿を目視する。


 うぅわ……。カカリナが発狂して都を飛び出してくるわけだ。


 他よりいくらか色の浅い肌に、やや半眼気味の大きな瞳。

 形のいい鼻や口の形はこれ以上のない絶妙の位置に収まり、全体的にお人形さんのような愛らしさを醸成する。


 長い髪はクリーム色で、やや獣的な癖がついてはいたが、それがまた強烈なあどけなさとして属性のある波動を放ち、見る者の保護欲をかき立てる。

 褐色幼女の極みがそこにいた。いや、おわしました。パアフェクトでございます、姫。


「わたしに話があるというのは、あなたですか」


 クーデリアのどこか茫洋とした目が、俺を中心に据えた。


「は、はい。コタ……タタローといいます」


 声が震える。

 ここはまるで異世界だ。いや、すでに異世界なので、その中の異世界だ。

 小宮殿の内部は、外見の通りの精緻で優雅な装飾に溢れた作りだった。


 しかし、建物内を満たす空気は、繊細さが持つ脆さとはあくまで無縁で、厳しい自然が持つような生命の力強さが色濃く出ていた。

 優雅さと剛毅の融合。これに比べたら、グランゼニス城とて、俗っぽい大きな石の住居に成り下がってしまうだろう。


 それプラス、場の緊張感。それと相反する人形じみたクーデリアの美しさと、声。

 ここで小学生の算数ドリルを渡されたら、混乱して半分くらいは間違える自信がある。


「カカリナから詳細は聞いています。参戦の許可と、部隊がほしいのだそうですね?」

「はい」


 クーデリアは少し目を細め、視線をすぐ隣にいた第四の牙隊へと移す。

 ま、まさか不機嫌でいらっしゃるのではないですよね?


「我が帝国が助力を乞うのに十分な戦士と聞きましたが、相違ありませんか?」

「は。第四の牙隊、全員、折られました。面目次第もございません」


 全員が詫びるように頭を勢いよく下げ、バウルバという名前の、あの眼帯の熊が応じた。


 およそ一時間の激闘だった。

 自分の名前すら忘れるような、苛烈を極めるバトル。

 あのときのかっこよすぎる俺は、俺ではなかったと今でも確信している。


「あなたたちはわたしの牙。まさか、心までは折られていないでしょうね?」

「無論です。たとえひとかけらの骨片にまで砕かれようと、御身を守る心に揺らぎはありません」

「よろしい」


 …………。今の「よろしい」、なんかちょっとほっとしたみたいな感じがあった。

 かっ、可愛い……。こんなに威厳が溢れてクールなのに、しっかり彼らの身を案じて、頼りにしてる感があって、すっげー可愛い!

 これがカカリナを狂わせるクーデレの威力ですか!


「タタローといいましたね」

「はい」


 余計なことを考えていた俺は、慌てて真面目な声を絞り出す。


「あなたの話、お母様に伝えてみます。有用とあれば、取り立ててもらえるでしょう。それまで、この帝都で沙汰を待つとよいです」

「はいっ。ありがとうございます!」


 心地よい声を聞きながら、大きく頭を下げた。

 なんかもう、この人に会えただけで満足していいかな、俺?


この主人公、戦えたのか・・・

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分でも主人公としての自覚がないほどに主人公らしいことしてこなかったのかw
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