第六十五話 騎士の見守り役! 安定志向!
なんか一件落着したように思えるけど、〈白い狼騎士団〉の選抜試験ってまだ始まってもいないんだよな。
んで、この試験の内容はというと、ある魔物の討伐なのだ。
〈アイシクルロングヘッド〉と呼ばれるドラゴン亜種で、名前の通り冷気のブレスを吐く強敵。
ナイツガーデンから少し遠い〈吹雪の谷〉に住んでいて、他は温暖な気候なのにここだけが寒冷地なのはすべてこの魔物が悪い。
「殺せえ! わたしを殺してみせろォ! くっ……くははははは! くはははははあ!」
「わかったから落ち着け。エントランスで騒ぐと家中に響く。みんなが何事かと心配するだろ。心配は精神に良くない」
目を血走らせて絶叫するクリムをなだめつつ、俺は、なるべくしてなった事態に吐息をもらした。
試験内容が知らされたのは、まさに今日、試験開始の日。
騎士院に出向いたクリムたちの熱意は、竜のブレスより前に、監督騎士の説明によって凍りついたという。
無理だ。死ぬ。それが騎士たちの満場一致した感想だった。
そう。〈アイシクルロングヘッド〉を倒すのは容易なことではない。
RPGの魔物というのは、主人公と戦うときと、何でもないNPCが戦うときでは、明らかに難易度が違う。
この『ジャイアント・サーガ』でも、討伐を達成できるのは主人公だけだ。
しかし、一度試験に志願してしまった以上、「怖いからやめます」というわけにはいかないのが騎士というもの。逃げ戻った町で待つのは、恥だけでは済まない糾弾の地獄だ。
しかも、試験である以上、単独行動が原則。このあたり主人公はパーティーを組んでズルしていたことが今判明したわけだが、一人縛りプレイがどれほどアホらしい難易度かは、何度か挑戦してそのつど潰された俺もよく知っている。
唯一の救いは、もし、〈アイシクルロングヘッド〉に出会えなければ、〈吹雪の谷〉の雪を小瓶に詰め帰ってくる、というルール。
合格にはならないが、逃げたという不名誉にもならない。実現可能なリタイアだった。
これもいたずらに騎士たちの命を失いたくないという、騎士院の親心か。
「だから、みんなで雪詰めて帰ってくればいいんだろ」
甲子園の砂みたいにさ。
「そうだけど。そこにたどり着くのだって危険なのよ。〈アイシクルロングヘッド〉って、別に寒冷地じゃないと生きられないわけじゃなくて、住んでる場所が勝手に寒くなるだけなんだから。雪があるってことは、つまりそこが連中のお気に入りの場所ってことよ」
ソファーの上で頭と膝を抱え、梱包された荷物みたいに縮こまっているクリムが反論してくる。
「もう手詰まりなのよ。だからさ。これが最後の別れになるかもしれないから挨拶に来たのよ。今までありがとうって。クリムは〈吹雪の谷〉に散りますって」
そんな潔い心がけなら、どうしてさっきヤケクソになって騒いだんだ。
「コタロー殿……」
グリフォンリースが何か言いたげに俺を見る。
まあ、クリムの心もグリフォンリースの気持ちも痛いほどわかる。
俺だって、ここで友人を見殺しにしたくはない。
「みなまで言うな。俺たちも同行するよ」
「本当!?」
クリムがぱっと顔を上げる。
「も、もしかして、〈アイシクルロングヘッド〉を倒すところまで協力してもらえちゃったりして……?」
「それはやめとけ。〈白い狼騎士団〉はそんな生やさしいところじゃない」
あの白い狼騎士のようになるには、もっと図抜けた執念の才能が必要だ。人の形をしたまま人を捨て、心を捨て、命を捨てる、人智を超越した執念が。
クリムにはそんなものないし、ない方がきっといい。
※
〈吹雪の谷〉攻略に必要なのは、冷気のブレスに対抗する装備、それ一つに尽きる。
が、なんとナイツガーデンには、その装備が一切ないのである。
ないものはしょうがない。
自分で作ろう。
というわけで、〈暗い火〉との戦いを終えたキーニに、〈フレイムサーキュラー〉はもう不要。装備のアドレスをバグでもう一つずらして〈フリーズサーキュラー〉を用意する。
「いざとなったらキーニを盾に使い、凌ぐ」
《えっ》《今何て?》《待って》《それはよくない》
まあ、対策なんてこれくらいで十分だろう。
実際、冷気耐性のある装備でいくと〈アイシクルロングヘッド〉はほぼ無力化できる。亜種だけあって、本家ドラゴンの膂力には遠く及ばないのだ。
クリムとグリフォンリースは町中を駆け回り、早速このことを参加騎士たちに伝えた。
事前訓練で大半がへこたれたのか、参加者の大部分がツヴァイニッヒの部下たちだったので、連絡はスムーズに行われ、一旦、単独で町を出た後、待ち合わせ場所で集合するという手段で全員が合流することができた。
「みんなで生きて帰るであります!」
「ウオオオオ!」
「生きてえ!」
「俺たちに〈白い狼騎士団〉はまだ早かった!」
グリフォンリースの振り上げた拳に、生存本能丸出しで答える三十名あまりの騎士たち。
すでに同じ恥をかく者同士、正直かつ息もぴったりで大変よろしい。
「何かさ、一気に気が楽になっちゃった」
道中、ぞろぞろと列をなす中、クリムが俺とグリフォンリースを見ながら言った。
「俺の屋敷に愚痴りに来たときは、死にそうな顔してたもんな」
「うん。半分死んだ気になってた」
素直にうなずく。この普通さが、クリムの一番いいところだと思う。
「でもさ。みんな一緒だからって言うより、グリフォンリースが一緒にいると、何だかみんな、何とかなるんじゃないかって思えちゃうんだよ」
「か、買いかぶりすぎでは……」
「うん。そうなんだけどね」
クリムはあっさりと言った。バカにしているわけではない。いつも一緒に行動しているから、グリフォンリースが太陽でも女神でもなく、一人の人間で、少女であることをよく知っているのだ。
「それでもね。そばにいると安心できる人っているんだよ。支えてもらえてる気がするんだ。思い込みだとしてもね」
「……そうでありますか」
はにかむように笑ったグリフォンリースに、俺は密かに笑いかける。
一つ、あの白い狼騎士に言ったことが真実だと裏付けられたな。グリフォンリース。
おまえは彼らのように悲愴に戦うんじゃなく、みんなと楽しく一緒にいるのが正しいよ。
「それとコタロー」
「え? 俺?」
「あなたは、重要な局面にはいつもいる気がするのよね。グリフォンリースの後ろにだけど」
「それはあってる」
「ヴァンパイアのときも不思議なことしてたし。今回もそれを期待したいわ」
「いや、今回それはないな……」
嫌がるキーニを抱えて盾役をするくらいだろう。
笑いながら答える俺は、このとき、事態をあまりにも甘く捉えすぎていたことを、まだ知らなかった。
二回分の野営を経て、俺は黒ずんだ空に舞う、ひとひらの純白を見ることになった。
雪だ。
本格的な降りというより、どこかから流れてきた迷子のような雪片は、俺たちの頭上を素通りして、そのまま遠くへと去っていった。
そのすぐ後に吹いた一陣の風には、さっきまでとは別物の冷たい水気が含まれ、寒さとは違った寒気を俺たちにもたらした。
〈吹雪の谷〉が近い。
翌日には入り口に到達することを見越して、その日は早めに野営の準備に入った。
明日、雪を一握り瓶に詰めて持ち帰るだけでいい。戦いはない。
だから、みんな少しだけ、油断していたのかもしれない。
テントを激しく叩く音で、俺は目が覚めた。
雨粒? 違う。もっと大きな何かが断続的にテントを打ちつけ、天井に波を作っている。
「コタロー! コタロー!」
扉の役目を果たしている布が激しくめくられ、風雨にも耐えるカンテラを手にしたクリムがテントの中に顔を突っ込んできた。
「……!? どうした!?」
疑問と驚愕は二つ。
明かりが必要な夜中にクリムが飛び込んできたこと。
そして、そのクリムの肩に雪がべっとりとへばりついていたこと。
「みんな起きて!〈アイシクルロングヘッド〉に囲まれてる!」
クリムの震える叫び声が、外気と一緒に体の中に入り込んで、心臓の鼓動を一拍遅らせた。
〝囲まれてる〟だと?
フラグの折れたイベントに参加していく奇抜なスタイル