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第四十八話 ヴァンパイア襲来! 安定志向!

「コタロー。明日から、ミグたちを仕事に出すぞ」

 思えば、マユラのその一言がすべての始まりだった。


「ここでも掃除の仕事を始めるのか?」

「うむ。この前、初めてツヴァイニッヒが屋敷に来たときに、商談ついでに言っておいたのだ。よく働くメイドたちの宣伝をしてくれたら、料金はまけてやると」


 ほぼ初対面のときじゃないか。相変わらず抜け目がない、と思った記憶がある。

 セクレドさんたちが移り住んでくる前の俺たち同様、広い屋敷をもてあましている下級騎士の家は多く、大会優勝者のあのグリフォンリースの屋敷に仕えるメイドという宣伝効果も絶大で、ミグたちに掃除を頼みたいという者はすぐに見つかったという。


 これはその最初の客のときに起こった事件。

 今になって思えば、俺はその時期、もう少し用心深くなっているべきだった。

 そうすれば、あの悲劇は避けられたかもしれないのだ……。


 ※


 その日の午前中、グリフォンリースは、最近お決まりになったクリムとの町の警邏。

 シスターたちは町はずれにある畑へ野良仕事へ。

 俺とパニシードは、部屋にこもりたがるキーニを引っ張り出し、マユラたちと共に、ミグたちの初めての仕事場を訪れていた。


「明後日、上級騎士様が視察にいらっしゃる予定でね。念入りに頼むよ」

 と言ったのは、下級騎士とは思えない裕福な身なりの中年男フランクで、話によると金で騎士の地位を買った豪商らしい。


 騎士の仲間入りをすれば、俺たちの屋敷の元持ち主であるブラニーさんを追いつめた特別拠出金から逃れることができる上に、騎士院にすぐに商売を持ちかけられるようにもなる。つまり、いいことずくめなのだそうだ。


「世間じゃ騎士様たちを悪く言いますが、彼らは何も悪人じゃない。ちゃんとお付き合いすれば、お互い助け合えるのです。ようは、騎士院にお支払いした分を取り戻せる仕組みを、自分の側に作っておくことが大事です。何事も反発するだけでは、誰も得をしない」


 と、俺たちを客間でもてなしながら、彼は自信満々に言った。

 調子こいている点をのぞけば、美味しいお茶菓子まで用意してくれたいい人だ。


 金を持っていて、人格面でも問題ない顧客を引っ張ってくるのは、マユラの得意分野である。それでも、初めての客のところへミグたちを行かせるときは、念のため俺に同行してくれるよう頼んでくる。この用心深さこそが、安心してミグたちを預けられる最大の要因だ。


《ナイツガーデン名産》《ソードリーフティー》《おいしいな》《クッキーもおいしいな》《お土産にもっとくれないかな》《コタロー》《言ってくれないかな》


 言えるか。

 俺はキーニのステータス表を流れる、欲望にまみれたメッセージをスルーし、フランクさんが延々語る、ナイツガーデンで騎士と上手くやっていく秘訣講座に耳を傾けた。


 不意に、二階からけたたましい物音がした。

 花瓶か窓が割れ、獣が駆け回るような、そんな騒音が。


「おや……? 困りますな、そのように荒々しくされては。掃除を頼んだのであって、掃除の仕事を増やしてくれと頼んだわけではありませんよ」


 フランクさんの細目が、不機嫌そうに俺を咎めてくる。

 ミグたちが何かトチっただと? バカ言え。あの三人、その気になれば料理をびっしり並べたテーブルの上だって、少しの粗相もなしに歩けるんだぞ。


「見てきてもいいですか」

「ええ。わたしも行きましょう」


 俺がソファーから立ち上がると、フランクさんが先んじて客間の扉を開けた。


 廊下に出て、すぐに奇妙な気配があった。

 屋敷に来たばかりのときとは違う、妙に荒んだ空気。

 まるで、温室を冷たい風が吹き抜けた後のような、不思議な感覚。

 フランクさんのような、地位だけの騎士にはわからないだろう。

 これは……何らかの脅威が訪れ、そして去った後の気配だ。


 俺は足早に階段を上り、二階の部屋をのぞき込んだ。


「こ、これは一体……」


 フランクさんが声を震わせる。

 部屋にはガラスと花瓶の破片が散乱し、砕けた窓の木枠が、蝶番によってかろうじて窓枠に引っかかっていた。

 屋敷に開けられた穴から吹いてくる寒々しい風が、一枚の紙切れを、部屋の入り口で固まる俺たちへと運んでくる。


 娘たちは預かった。

 返してほしくば、この家の〈聖雷の槍〉を持って、処刑塔まで来い。

                            ケイル・ヴァンパイア


「そ、そんな、娘たちが……!?」

「ケイル・ヴァンパイア……!」


〈ヴァンパイア襲来〉イベントだ!

 そういえば、そろそろ来てもおかしくない時期だった。


 町人の娘たちがさらわれ、それを騎士たちが救出しに行くというオーソドックスな内容で、ボス戦もあり。

 しかしこのイベント、ゲームでは事件が起こった後、人づてに話を聞いて参加するものなのだ。まさか、自分がその現場に立ち会うことになるとは……。


 そのとき、俺は隣の部屋へ接する壁から、蚊の鳴くような声を聞いた。


「フランクさん、隣の部屋に誰かいる。誰の部屋だ?」

「つ、妻の部屋だが、今は外出している」


 俺とキーニは隣の部屋へと入り、音が聞こえたクローゼットを開けた。

 そこには……。


「マユラ!」


 涙ぐむ三人の少女を守るように、座り込んだマユラの姿があった。

 そしてその三人は――。


「おお、メアリー、ドロシー、アンナ!」

 フランクさんが泣き崩れるようにして、三人に抱きついた。


「お父様」

「怖かった……」

「この人が、わたしたちをここに匿ってくれて……」


 この三人がフランクさんの娘たちだ。

 おい……ちょっと待て。じゃあ、ヴァンパイアが連れ去ったのは……?


「コタロー……。あの三人はどこにいる?」

 マユラの硬い声が、決定的に冷たい答えを俺にもたらした。

 さらわれたのは、ミグたちだ。


 ※


 フランクさんが通報したことで、この件はすぐに騎士院へと通達された。

 しかし、真っ先に現場に現れたのは、町の警護を担当する騎士ではなく、グリフォンリースをつれたツヴァイニッヒだった。


「コタロー殿、ミグたちが魔物にさらわれたというのは本当でありますか?」


 取り乱すグリフォンリースに、俺は落ち着くよう言い聞かせてからうなずく。

 あれから屋敷の中を探してみたが、ミグたちの姿はどこにもなかった。

 フランクさんのところの三人姉妹と間違えられたのは確実だ。


「ど、どうしよう……どうすればいいでありましょう……」

「落ち着け。脅迫状が届いてるなら、あのチビたちはひとまず無事なはずだ。そうでなきゃ、処刑塔なんて場所は指定してこねえ」

 ツヴァイニッヒが口を出す。


 処刑塔という物々しい名前の建物は、ナイツガーデンから少し離れた場所にあるダンジョンだ。

 古い時代に使われ、その名の通り罪人の処刑に使われた。

 その方法は、何もない塔のてっぺんに放置し、何日もかけて衰弱死させるという拷問まがいのものだ。


 空腹もそうだが、一番致命的なのがのどの渇きで、遮るもののない太陽光は、あっという間に死刑囚の水分を奪う。空腹はある程度我慢できても、水なしでは一日たりとも健康でいられないのが人間の構造だ。

 彼らに残された唯一の希望は、塔の外壁を下って逃げること。

 しかし、壁は垂直でかけられる足場もなく、屋上から指が離れたが最後、墜落死は免れない。

 誰かが塔を中から上って助けてやる他ないが、塔自体が湖の孤島に建てられているため、簡単に近づくこともできないという、砦のような処刑場だった。


「この話は〈円卓〉にももう届いてるが、正直あてにはできねえぜ」

 ツヴァイニッヒはほぞをかむように言った。


「ど、どうしてでありますか? 町の人間の命なんてどうでもいいってことでありますか?」

 まくし立てるグリフォンリースに、彼は辛抱強い口調で答える。

「町を守っているのは騎士だ。たとえ、町人の生活を顧みない騎士たちでも、その矜持はある。だが今、〈円卓〉メンバーは序列の入れ替わりを巡ってごたごたしてるとこでな……。町の警備の担当者と、処刑塔付近の管理担当者と、外敵全般を扱う担当者が互いに責任を押しつけ合うのは目に見えてる。やっこさんが隠してた〈聖雷の槍〉についても色々あってな。そいつを密かに献上品として狙ってた騎士たちが、人命優先派と揉めてやがるのよ」

「そんな……そんなことしてる場合ではないでありますのに……!」


 ごちゃごちゃすぎて何が何だかわからないくらいだ。

 だが、こんなことはゲームをやっていた小学生の段階で経験済み。


「別にいい。俺が行く」

 俺がはっきりと告げると、ツヴァイニッヒは渋い顔になり、

「そうしろと言いたいところだが、突撃はまず思いとどまれ。チビたちをさらったのはヴァンパイアじゃねえ。ヤツらは日中は寝てるからな。つまり、他の魔物が使役されて、手紙まで届けたってことになる。確かにヴァンパイアは高位の魔物で知恵もあるが、手駒を使うような性質のものじゃねえ。こいつには何か裏がある」

「ああ、わかってる」

「話はまだだ。処刑塔のある湖は、数年前からでけえ魔物が住み着いてな。立ち寄る人間もいねえから放置されてたんだが、船を出そうものなら、あっという間に沈められる。こっそり近づくのは無理だ」

「わかってる。俺はその上を計算済みだ。グリフォンリース、キーニ、準備ができしだい行くぞ」


 眉一つ動かさなかった俺に、さすがのツヴァイニッヒも怪訝そうな顔を見せた。


「おい、待て。ホントに手があるのか? チビどもを心配すんのはわかるが、てめえが冷静さを欠いたら誰も助からねえんだぜ。騎士にゃあ選べない選択肢だが、てめえならヤツらの条件を呑むって手もなくはねえ。もう少し情報を集める時間をだな……」


 速攻がお得意のツヴァイニッヒがらしくないな。ひょっとして、ミグたちがさらわれて動揺してるのか? まさかな。


「ヤツらの狙いは、〈聖雷の槍〉を魔王軍の武器に加えることだ。グランゼニスが魔物の軍勢に襲われたことは知ってるな? ナイツガーデンにもその兆しがある。騎士院にそう伝えてくれ。信じるかどうかは、そっち次第だ」

「何だと……。おい、どこからの情報だ?」

「攻略本」


 さあ、さっさとミグたちを迎えに行ってやらないと。

 彼女たちも、塔から降りるまでしかできないだろうから。

 こっちはもうヴァンパイア戦への備えは万全なんだよ。


攻略本……懐かしい……響きだ

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― 新着の感想 ―
[一言] 攻略本と聞くと、大丈夫? 〇〇の攻略本だよ? っていうフレーズが思い浮かんでしまいますね
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