第四十五話 バグ技特訓! 安定志向!
〈街道警備〉のイベント……いや、任務はつつがなく終了した。
軽傷者は出たものの被害はそれくらいで、昼過ぎにはナイツガーデンに戻ってこられた。
今のところ他に仕事のないグリフォンリースは、ここでお役御免だ。
そんなわけで、俺たちは屋敷に戻ってきていた。
しかし、これで今日すべきことが終わったわけではない。
これより、裏庭にて、グリフォンリースに特別訓練を行う!
「……ってか、何でクリムまでついてきたんだ?」
「えっ? えへへ、あのう、わたしも一緒に訓練させてもらおうと思って……」
帰る途中に、俺たちがしていた話を聞かれたらしい。
別にいいけど。
「二人には〈技合成バグ・危険度:低〉の訓練をしてもらう」
「わざ……ばぐ?」
「危険度……?」
いきなり言われても何のことだかわかりもしないだろう。
さて……以前、このゲームの技の仕様についてお伝えしたが、その続きだ。
『ジャイアント・サーガ』の技はかなり凝っていて、攻撃力の他に、防御補正と速度補正がついている。
たとえばグリフォンリースの〈カウンターバッシュ〉には、防御のプラス補正がついている。これにより、仮にカウンターに失敗しても敵からのダメージが軽減されるという具合だ。
それと合わせて、少し前に、眼鏡魔法剣士シェリルに〈防御キャンセルバグ〉というありがたいバグを伝授したことを思い出してもらいたい。
実はこれは、技の使用でも同じことができる。
つまり、一度技を選び、すぐにキャンセルすると、そのキャンセルした技の補正や特性を、次に使う技に上乗せできるのだ。
これはメチャクチャ便利なバグで、うまく使えば二軍の仲間キャラがあっという間に一線級に化ける。好きなキャラ縛りをストレスフリーで楽しみたければ、真っ先に推奨される、もはや〝テクニック〟と呼んで差し支えない代物である。
「グリフォンリース。〈ヒートダガー〉の〈オーバーヒート〉を使ってみろ」
「は、はいであります」
ダガーを手にしたグリフォンリースの体が、橙色の光を纏う。
〈オーバーヒート〉は〈ヒートダガー〉の中級技で、数ターン火属性攻撃と、軽度の火耐性を得るものだ。
こいつをキャンセルすると……何と次の攻撃一回分だけ、火属性攻撃と火耐性が手に入る。
「次は〈ラッシュブレード〉で〈ツバメ落とし〉だ」
グリフォンリースが〈ヒートダガー〉から〈ラッシュブレード〉に持ち替えると、〈オーバーヒート〉も強制終了する。これが普通の仕様だ。
キャンセルという行為を現実でどう解釈するかが重要になるだろう。
「たあっ!」
素早い二連撃。クリムが「おおー」と言いながらぱちぱち拍手する。
敵を二回攻撃する〈ツバメ落とし〉は〈ラッシュブレード〉の中級技で、技にプラスの速度補正が乗る。先制が取りやすくなるので、非常に使い勝手のいい技だ。
これらを合成する。
このバグは、うまくいく組み合わせとそうでないものが決まっている。
これから会得してもらうのは通称〈カウンターツバメヒート〉と呼ばれるもの。
〈カウンターバッシュ〉の自動反撃と、〈オーバーヒート〉の属性攻撃、〈ツバメ落とし〉の速度補正と二回攻撃を兼ね備えた、とんでもないチート技に化ける。
しかも、本来反撃不能な非物理火炎攻撃にもカウンターをするようになり、弱いドラゴンくらいなら、キーニの力なしに単独撃破も可能だ。
そのためにはまず、〈技共有バグ〉から始めなければいけない。
やり方は難しくない。
「グリフォンリース。今装備しているすべての武器と盾の位置を交換するんだ」
「? はいであります」
グリフォンリースは言われたとおりに、左腰に提げていた〈ラッシュブレード〉と、正面右寄りに装着していた〈ヒートダガー〉の位置、そして、普段は滅多に取りつけない腰の後ろにある〈魔導騎士の盾〉を、一つずつずらす形で交換する。
「よし。じゃあ、その要領で何度か同じことをやってくれ」
「これは一体何をしてるの……?」
クリムが怪訝そうに聞いてくるが、グリフォンリースは素直にそれを実行した。
〈技共有バグ〉はこれだけで発生する。装備画面で武器の位置を何度か入れ替えると、使える技が交じるようになるのだ。
「コタロー殿、自分何だか、どこに何を装備しているのかわからなくなってきたであります……」
「ん……。そうか。じゃ、次の段階に移行する」
「え? ねえ、大丈夫なのグリフォンリース。自分の武器が体のどこにあるかわからないって、戦場では死活問題よ?」
クリムがもっともなことを言ってくるが、バグの世界に常識は不要だ。
「〈オーバーヒート〉を使ってみろ」
「はいであります――」
「と思ったがやっぱりやめて、〈ツバメ落とし〉!」
「えっ? えっ? えいっ――」
「と思ったがそれもやっぱりやめて〈カウンターバッシュ〉!」
「ひえっ! コ、コタロー殿、早すぎるであります!」
「遅い! もう一度最初から。技は本当に実行するつもりでやるように!」
「はっ、はいでありますう!」
俺のかけ声に合わせ、技をキャンセルしては、次の技を繰り出そうとするグリフォンリース。
「へ、変よあなたたち。一体これが何の訓練になるっていうの?」
いたって正常な反応を見せるクリムにも指示を出す。
「クリムは、〈ヘヴィタックル〉から〈アッパーバスター〉だ。さあ、すぐやる! はい〈ヘヴィ〉! と見せかけて〈アッパー〉! 早くしろ、何のためにここに来たんだ!」
「ひっ、ひい!」
ちなみに〈ヘヴィタックル〉には両手剣には珍しく速度プラス補正が乗り、〈アッパーバスター〉につく速度マイナス補正を相殺してくれる。彼女の場合得物は一つなので、〈技共有バグ〉はいらない。
「……何やってんだ、てめえら?」
裏庭の端から呆れたような顔をのぞかせたのは、ツヴァイニッヒだった。
「やあツヴァイニッヒ。今ちょっと秘密の特訓中だ」
「秘密の特訓っつうより、奇抜な発奮って感じだがよ……」
「これは面妖な光景ですな。我が家の家計簿がなぜか黒字なことの〇・〇〇七パーセントは面妖でございますな」
「それは俺が頑張ってんだよ!」
〈街道警備〉中はいなかったセバスチャンも同伴で、早速ツヴァイニッヒとコントを見せてくれる。
俺は特訓中の二人を離れ、彼らに歩み寄った。
「それでツヴァイニッヒ、グリフォンリースに何か用か?」
「いや、てめえにだ。修道院のことで――」
と、ツヴァイニッヒが言いかけたところを、
「なっ……何これ……!?」
クリムの驚愕の声が遮った。
彼女は戸惑いを滲ませる顔で今一度低く踏み込むと、下からすくい上げるようにグレートソードの一撃を放つ。
「違う……。今までの〈アッパーバスター〉じゃない。全然速い……!〈ヘヴィタックル〉のときの足の運びが、腕の振りを……いや、体全体の動きを滑らかにしてる。こ、こんなことって……」
ああ、そういう解釈になるんだ?〈防御キャンセル〉のときもそうだったけど、ちゃんと理屈があることになるんだな……。
「ほう……。クリムにしちゃ、なかなか鋭い技を打つじゃねえか」
「よい斬撃でございます。攻撃こそガーデンナイトの誉れ。クリム様にもその片鱗が見え始めましたかな?」
「えっ……あっ! ツ、ツヴァイニッヒ様!」
そこでようやく上司の存在に気づいたのか、クリムは武器を手放すと慌ててこちらに駆けてきた。彼女の背後では、未だにグリフォンリースが技合成に苦戦中だ。
「任務ご苦労様でした。あの、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
「おうお疲れ。その礼ならもう飽きるほど聞いたぜ。てめえは、コタローと知り合いだったのか?」
ツヴァイニッヒはすっかり砕けた口調になっている。
「い、いえ。先の任務で知り合ったばかりです。グリフォンリースが新しい技の特訓をするというので、わたしも参加させてもらっていました」
「そうか。んで、首尾は? さっきの調子だと、何か掴んだように見えたがよ」
「はっ、はい……」
クリムは怖々と俺の方を見た。
「驚きました。この方の言う通りにしたら、今までにない鋭い技を放つことができました」
「へえ、やるじゃねえか。てめえは度胸はねえが、爆発力はある。戦力アップは大歓迎だぜ」
「あっ……ありがとうございます!」
クリムは感極まった顔で、同世代の上司に頭を下げる。その姿を見るに、ツヴァイニッヒは部下から慕われているようだ。
「〈オーバーヒート〉と見せかけて〈ツバメ落とし〉と見せかけて〈カウンターバッシュ〉!〈オーバーヒート〉と見せかけて〈ツバメ落とし〉と見せかけて〈カウンターバッシュ〉!〈オーバー〉と〈ツバメ〉と〈カウンター〉!〈オーバー〉……っ!?」
おっ。来たか?
盾を構えるグリフォンリースの体が、薄い炎に包まれる。
「コ、コタロー殿! 何か起きたであります!」
「そのまま〈ツバメ落とし〉の要領で〈カウンターバッシュ〉だ!」
「はいであります!」
ブブン! と棍棒でも振り回したような音を伴いながら、グリフォンリースは素早く二度、盾を突き出してみせた。
「よし! それだグリフォンリース!」
グリフォンリースが〈カウンターツバメヒート〉を習得した!
盛大なファンファーレで祝ってほしい気分だ。
「結局、何をやってるんだこいつらは?」
「謎でございますね」
ツヴァイニッヒとセバスチャンはさっぱりわからない様子。
俺のパーティーが中盤において、ほぼ完成状態になったことを、誰も理解できないだろう。これからのイベントバトル、ボスはすべて、キーニと、この〈カウンターツバメヒート〉で殺る。
序盤みたいなレベル上げ?
しないよ。
中盤用の効率のいい場所はいくつかあるが、後でもっとぶっ飛んだことするから、こつこつ上げていく必要なし。まあ、併発するバグがちょっと厄介だから、できれば使いたくなかったんだがな……。
俺は、今の感覚を忘れないうちに、再試行をグリフォンリースに言いつけて、ツヴァイニッヒたちに向き直った。
「話が飛んじゃって悪い。それで、修道院の話だったよな?」
「ああ。とりあえず〈円卓〉の息のかかってない職人については押さえた。報酬については正規の料金でやってくれる」
「早いな。助かる」
あれからまだ数日しかたってない上に、こいつは騎士院で自分の仕事もしているのだ。その中でこちらの用事に手をつけてくるのだから、恐ろしい行動力である。
「ただ、大工の人数が少ねえから時間がかかる。二月くらいは見た方がいいかもな。その間のシスターどもの宿泊場所をどうするかまでは、俺も考えてねえ」
「何だ、そんなことか」
「どこか心当たりがあんのか?」
ある。とてもわかりやすい場所に。
俺はすぐ近くに見える高い屋敷の屋根へ、目を投じた。
「俺んちだ」
ハヤブサキャンセル は いいぞ