第四十三話 騎士の町でお買い物! 安定志向!
「…………。何だ?」
地上に戻った俺たちに、マユラがかけた最初の言葉がそれだった。
うん……何だろう。何なんだろう。俺の状況は。
俺の背中には、足まで使ってがっちりと捕まるキーニがいて、隣には、色を失った瞳のグリフォンリースが、俺の手ではなく、手首を手錠そのもののように掴んでいる。
何だろう……本当に……。
「とりあえず、うめき声に関してはもう心配いらないってミグたちに伝えてやってくれ」
「う、うむ。わかった」
「俺はちょっと、外の空気を吸ってくるよ……」
「ちゃ、ちゃんと帰ってくるんだぞ」
マユラが不安げに言うくらい、俺の周囲の空気は不穏なんだね……。
※
俺は屋敷の裏手で、全力で説明した。
迂闊な行動を取ったのは俺だ。責任の所在ははっきりさせた上で、平謝りした。
素直に謝るというのは、結果がどうあれ、わりと心の平穏にはいい。
〝やるだけやった〟という気持ちは、それなりに人の心の支柱になる。
逆に無駄な言い訳とかを挟むと、相手は気分を害するし、後々自分も後悔するしで、いいことがない。
「他意はなかったんだ。求婚とかそういうつもりはなかった。申し訳ない。あの指輪はおまえのものだ。でも、結婚指輪とかじゃない。おまえへの報酬だ。〈ゴースト〉の脅威を引きつけてくれたことへの。それだけだ。本当にすまない」
《うん》《わかった》《結婚する》
わかってねえええええええ!
しかもよく見るとジト目の中にハートマーク浮いてるううううう!
やばい、悪い意味でチョロいよキーニちゃん!
雰囲気に飲まれて好きでもない相手にいいように騙されちゃうううううう!
こっちは熱が引くまでだめだ。
ならグリフォンリースの方!
「キーニに渡した指輪は、自動で傷を回復してくれるアイテムなんだ。キーニは術師タイプだから脆い。小さな傷が命取りになることもある。俺が〈力の石〉で回復してもいいけど、できれば意識は前衛のグリフォンリースに向けておきたい」
「ふうんであります」
つ……冷たい。グリフォンリースちゃんがいつになく冷たい!
どうにか……どうにかしなくちゃ。グリフォンリースのステータスはあっち方面にだけはやばいのだ!
「そ、そうだ。買い物に行かないか、グリフォンリース。おまえに贈りたいものがあるんだ」
「えっ。贈り物?」
おっとお!? これは脈ありですかあ!?
「よし、行こう。すぐに行こう。一緒に行こう」
「あ、あの、その…………」
俺はグリフォンリースの返答を待たずに彼女の背中を押すと、強引に町へと連れ出した。
※
ナイツガーデンは騎士の町にふさわしく、【騎士】クラスに関する装備が充実している。
パーティーに【騎士】系統がいて、そいつを愛しているのなら、絶対に訪れるべきだろう。まあ、愛してないならそのへんの武具屋でいいよ。『ジャイサガ』の防具って、結構趣味的なものが多いから……。
「わあ……」
案の定、グリフォンリースはその品揃えに心を奪われたようだった。
スラッシュブレイド、バスタードソード、グレートソード……。うーむ。名前も見た目もカッコイイ、少年の心をくすぐる品々だ。
今回の買い物は、ただのご機嫌取りというわけじゃない。
これから使うグリフォンリースちゃんの新戦法のために必要な装備を買いに来たのだ。
一石二鳥というと誠意が足りないが、後でフォローはするので罵らないでほしい。
今さらだが、『ジャイアント・サーガ』における複雑な〝技〟システムについて説明しておこう。
このゲームには多数の技が存在する。〈カウンターバッシュ〉などがそれだ。
これらを習得するためには、まず武器が必要となる。
それらを使い込んでいくと、技を覚えていくのだ。
〝基礎技〟は同じカテゴリの武器――たとえば片手剣なら〈ロングソード〉でも〈スラッシュブレイド〉でも同じものが覚えられるが、威力の高い〝上級技〟や〝奥義〟までいくと、それぞれの武器に固有のものが設定されているので、一つ一つきちんと極めていかなければならない。
そしてここからがゲーム的には面白いのだが、一度覚えた技は、同じカテゴリならば他の武器を持っても使えるようになる。〈ロングソード〉の奥義を〈スラッシュブレイド〉でも放てるようになるというわけだ。
つまり、はじめは武器についていた技を、修業の末に人が受け継ぎ、人がまた別の武器へと伝える形になる。このへん、何だかスタッフのこだわりが感じられて非常にグッド。
さらに、それとは別にキャラ固有のいわゆる〝必殺技〟が存在する。
だいたいのキャラがゼロから一つ持ち、キーニなら〈リベンジストブレイズ〉。そしてグリフォンリースちゃんは持っていないキャラに分類される。
このように技まわりはシステム的にも非常にややこしいので……。
当然の権利のようにバグがある。
まあ、そんな大したバグじゃない。
〝片手剣〟や〝斧〟といったカテゴリを超えて、技を使い回せるという〈技共有バグ・危険度:低〉だ。
このバグの神髄は、これ単体ではなく、他のバグとの組み合わせにあるのだが、それはそのときにでも紹介しよう。
「うーむ。ここにもないな。もっと高級品店でないと置いてないか……」
「えっ?」
「グリフォンリース、店を移るぞ」
俺は背中にキーニをひっつけたまま、店を出る。
ゲームでは三軒くらいしかないのだが、現実ではもっと店の数が多い。
似たような品揃えの店舗が多く、お目当ての商品を見つけるのは手間がかかりそうだ。
と。
「コタローさぁん」
正面からのんびりと歩いてくるのは、シスター服姿のクレセドさんだった。
「こんにちは。お買い物ですか?」
「ああ。グリフォンリースの装備を揃えに来てるんだ。クレセドさんは?」
「わたしは食料品を少し。修道院は自給自足が原則なのですが、足りないときは町に買いに来るのです」
「それって、俺らが世話になってたから……?」
クレセドさんはにっこりと笑い、
「すべてお勤めです。好きで人の世話を焼いているのですから、放っておいてくれていいんですよ?」
「言い方ストレートっすね……」
マクレアさんが聞いたら怒りそう。
「あら、キーニさんはどうされたんですか。まるで獲物に取りついた蜘蛛のよう」
《結婚する》
しねえよ……!
「そういえば、お住まいの方はいかがですか? どこかのどいつのせいで、とても面倒な御屋敷を押しつけられたとうかがいました。近々、お掃除にうかがおうかとみんなで話していたところなんですよ」
この場にはいないツヴァイニッヒに明確な敵意を撒きつつ、クレセドさん。
「それなら大丈夫だ。ミグたちが二日でやってくれたから。でも、遊びに来てくれるならきっと喜ぶよ。あ、そうだ……」
俺は、修道院の補修費用のことについて話そうとして、慌てて思いとどまった。
これはツヴァイニッヒから結果を聞いてからにした方がいい。ぬか喜びはさせたくない。
急いで別の話題を探す。
「え、えっと……その、クレセドさん。このへんで〈アイスソード〉とか売ってる店知らないかな」
「〈アイスソード〉? まあ、それは大層な……」
クレセドさんはグリフォンリースをチラリと見る。
「なるほど。コタローさんは、グリフォンリースさんを大切にされているのですね。とてもいいことです。贈り物は金額の大きさがすべてではありませんが、高価なものを贈りたいという気持ちは、相手への好意に他なりません。どうかあなたの心が、グリフォンリースさんに届きますように」
「えっ……?」
戸惑うグリフォンリースをよそに、クレセドさんは俺に店の場所を教え、修道院へと帰っていった。
俺は言われた通りに店に向かう。
あった。これか。
「〈アイスソード〉……。ええ、ございます。当店でも目玉商品の一つ。騎士院〈円卓〉クラスでなければ手に出来ない至高の逸品。名騎士と呼ばれた方々の伝説には、常にこの冷たい輝きが添えられているものです。しかしながら、ちょうど最後の一本が先ほど売れてしまいまして。残念ながら、品切れでございます。伝説の巨人から製法を伝えられたとされる剣でございますので、再入荷はいつになるか……」
「いや、ほしいのはそれじゃないんだ」
長い講釈を言わせといて何だが、俺にとって〈アイスソード〉がその店の目印だってだけの話。
本当にほしいのは……。
「コ……コタロー殿」
服の袖を捕まえられ、俺は背後へ振り向いた。
「どうしたグリフォンリース」
「あの……自分は……ごめんなさいであります!」
いきなり頭を下げてきた彼女に、俺は眉をひそめる。
「自分の心が狭すぎたであります。勝手にへそを曲げて、コタロー殿に、こんな高いお店にまでつれてこさせて……。こんな武器、自分には分不相応であります。もう落ち着きましたので、お屋敷に帰りましょう……」
「店員さん。〈ヒートダガー〉と〈ラッシュソード〉ください」
「コタロー殿おおおおおおおおおっ!?」
「お買い上げありがとうございます。二四〇〇〇キルトになります」
「ひぎゃあああああああああああっ!」
「じぶ……じぶ……じぶんは……じぶんはははははは……」
後悔と反省でカタカタと震えるグリフォンリースを店からつれ出した俺は、彼女を休ませるために広場のベンチに腰を下ろす。
「ううっ……ううう。自分は騎士失格であります。コタロー殿に誓いを立てておきながら、些細なことで腹を立てて、こんな高い買い物までさせて……ああああああ」
頭を抱えたままぶるぶると震えているグリフォンリース。
俺はそんな彼女の頭に手を置いて言ってやる。
「勘違いするな。これはこの先、俺たちに必要なものだ。俺たち全員に。別におまえに機嫌を直してほしくて買ったわけじゃない」
「でも……」
「おまえに渡したいのはこっちだ」
「えっ……」
俺が差し出したものを視界に捉え、グリフォンリースの涙目が大きく見開かれた。
「〈誓いの指輪〉といって、二人で装備すると微弱な回復の効果がかかるアイテムだ。戦闘中は指にははめてられないから、首にさげられるようにしてもらった。騎士の誓いにちなんだ、お守り程度のものだ」
騎士少女の手のひらの上にそっと指輪を置く。
「……二つで一五〇〇キルトの安物だがな」
するとグリフォンリースはぶんぶんと首を横に振り、指輪を握り込んだ手を、胸にかき抱いた。
「……嬉しいであります。お金の多さではないのであります。これはコタロー殿が、自分のためだけに買ってくれたものなのであります……。気持ちが……こもっているのであります」
「そう……だな」
俺の気持ちなんて、安物の器に入っちまうほどちっぽけなものだろうけど。
「嬉しいであります。今までもらったものの中で、一番」
…………。
……。
あれ、アヘらないな……。
ここでグリフォンリースがアヘって、話にオチがつくと思ったんだけど。
そうすれば、この何か甘酸っぱい気持ちに身もだえせずに済むのだが……。
おい……。
誰かボケろよ。
頼む……。このままでは俺がベッドで顔を枕に埋めてバタ足をするハメに……。
頼む……! 誰か……。
《結婚する》《何でもしてOK》
その夜……俺はバタ足した……。
特に何でもなくグリフォンリースを甘やかすだけの回