第四話 金策は川で行う! 安定志向!
「コタロー殿! コタロー殿!」
「なんだ、グリフォンリース」
「川であります! グランゼニスの民が愛する、シェスタの川であります!」
「そうだな」
俺たちの目の前には、昼寝じみたのどかな流れの川が横たわっている。
「しかしコタロー殿、川に来てどうするつもりでありますか? 確か、お金を集めると聞きましたが。それも、五七〇〇キルトもの大金を……」
「そうだ」
「だったら、探索者ギルドで仕事を受けるのが一番早いと思うであります。それでも大変だと思うでありますが、地道に魔物と戦っていれば、いつかは……」
「戦闘なんて野蛮なことやってられるか! それに危ないだろおっ!?」
「ええーでありますう!?」
魔物狩りに出るのは、下準備がすべて揃ってからだ。
しかも俺の準備じゃない。グリフォンリースの、だ。
俺がハズレキャラのグリフォンリースを仲間にしたのは、同情心からでも、弱キャラ縛りがしたいからでも、ましてや追い剥ぎのためでもない。
彼女には隠された戦法があるのだ。
最強の戦法でも、最高の戦法でも、最速の戦法でもない。
強いて言うなら……最適。
具体的な中身については、後ほど語ろうと思う。
俺はきらきらと光る川面に目をやった。
ゲームでは簡単に横断できるサイズの川だが、さすがに現実ではかなりの幅だ。見た目は浅そうだが、深みにも気をつけないといけないだろう。
さて……川縁から二歩、南へ三歩ってのは、現実のサイズではどんなもんなんだろうな。
対岸との距離を目測で調べ、ゲーム内の比率に落とし込む。
「あのへんを調べてみるか」
俺はブーツを脱ぎ捨てると、ざぶざぶと川の中へ入っていく。
「コタロー殿、何をするのでありますか?」
「ちょっとな。おまえはパニシードと遊んでていいぞ」
「本当でありますか! パニシード殿、水遊びをするであります!」
「わあい!」
鎧を脱いでアンダーウエア姿になったグリフォンリースは、何の疑問も抱かずにパニシードと遊び始めた。
クッソ素直でいい子なんだよなあ。
大きな幸せに直面するとヘヴン状態になってぶっ倒れるというイカれた体質さえなきゃ、何の不安定要素もないんだがなあ。
「このへんかな……」
俺は足の裏で川底をさらう。反応はなし。少し移動して、また調べる。また移動する。
RPGの、しらべる、って実際やると結構大変だな……
少しして――
「コタロー殿っ」
「おフッ……!?」
目の前にいきなり細身の金髪美少女が現れ、俺の口から謎の吐息がもれた。
グリフォンリースだ。
「パニシード殿が飽きて寝てしまったので、自分も手伝うであります!」
「お、おう……助かる」
水に濡れたせいでアンダーウエアが肌にはりつき、グリフォンリースの肢体のラインが浮き彫りになっていた。
お胸もお尻も決して大きいわけではないが、無防備すぎる仕草と濡れそぼった髪が一体となり、健康的で無邪気な色気を俺に照射してくる。
いかん……。ムッツリは人間安定度が低いから、最初からオープンスケベであれと心に決めているものの、こいつをガン見するのは罪悪感と背徳感がひどい。
仕方ない。やはりムッツリ観察するにとどめておこう……。
「コタロー殿、自分は役に立ってるでありましょうか?」
俺の真似をして、川底の泥を足で掻き回しつつ彼女が聞いてくる。
「ああ。一人より二人だな。効率が断然違う」
「よかった。嬉しいであります」
そう言ってグリフォンリースは朗らかに笑う。
うわぁ……こんな可愛い笑顔、地球人は一切俺に向けてこなかったよ。
「こうして二人で時を過ごして、信頼を確かめあい、魔物との戦いで時には窮地に陥ったりするけれど、最後には力を合わせて完全無欠の勝利を……あへぁ」
「自らヘヴンに昇っていくのかよ!?」
こいつ、想像以上に問題児だぞ!?
「だっ、大丈夫であります! まだ耐えられるであります!」
不安しかねえですが。
グリフォンリースの幸福値が過度に上昇しないよう気をつけながら、俺は川底の調査を続けた。
ふと川岸に目をやると、グリフォンリースの脱いだ鎧の上で、パニシードが居眠りをしているのが見えた。風が吹くと周囲の草と一緒に彼女の羽も揺れ、それが気にくわなかったのか、迷惑そうにもぞもぞと寝返りを打つ。
のどかすぎんよ。
そう思ったときだった。
チャリ、と硬いものを足の裏が引っ掻いた。
「これだっ……! グリフォンリース、俺の足下を調べろ!」
「はいであります! ……ファアッ!?」
川底に手を突っ込んだグリフォンリースが奇声を上げる。
ククク……。やっぱりあったぜ。
グリフォンリースが両手ですくい上げたもの。
それは、真新しい金貨だ。
一枚で十キルトの価値がある。
俺とグリフォンリースは、本能に突き動かされるように川底の金貨をあさった……。
「ヒャアアアアアア。お金、お金が空から降ってきたああああああ」
居眠りをこいていたパニシードの頭上から金貨を振りまいてやると、寝ぼけ眼の彼女はその中を楽しげにクロールし始めた。
なんという俗物。こんな曇りきった目では本物の〈導きの人〉が見つかるわけがない。
「ハッ! あなた様!? グリフォンリース様!? こ、このお金は!?」
「コタロー殿が探していたのはこれだったのであります! すごいであります!」
グリフォンリースがはやし立てる。
「す、すごい……! 冒険初日にこんな大金を手にするなんて、あなた様こそ真の〈導きの人〉に違いないです! あなた様に会えてよかった!」
パニシードも大興奮だ。
よせよせ。鼻が天を突き刺しちまう。
気をよくした俺は、彼女たちにこのバグを説明してやることにした。
「こいつはな、〈蜃気楼の箱バグ・危険度:低〉だ」
「…………?」
きょとんとするパニシードとグリフォンリース。素直な反応でよろしい。
「こいつは、一つ下の階層にある宝箱は、座標が同じなら、一つ上の階層からでも取れる、という素敵なバグだ」
「?? ! ? !? ……?」
一生懸命理解しようとしている二人が可愛い。
ゲーム的に説明すると、王都グランゼニスというマップは、グランゼニス城下町→グランゼニス城という順の階層でできている。
城下町と城、二つのマップを重ねたとき、川底のあの地点は、グランゼニス城の宝物庫の宝箱と同じ位置にくるのだ。
まあ、言って通じるものじゃない。説明している方が頭おかしいと思われるだけだ。
俺たちは金貨を数えた。
全部で一五〇枚。しめて一五〇〇キルト也。
「こっ、これだけあれば、当分は贅沢して暮らせますよね。あなた様!」
世界を救う気はないんかい。
でも俺の心の闇の代弁者だから仕方ない。
「グリフォンリースは大丈夫か?」
「は? 何がでありますか?」
「大金を手にしてまた舞い上がってるかと思ってさ」
「? それはコタロー殿のお金であります。自分のではないであります」
きょとんとした顔で言ってくる。
なんて誠実なんだグリフォンリースちゃん! もうおまえが世界救うべきだよ!
それにしても、一五〇枚の硬貨というのは結構な量だ。俺は一応荷物入れを提げてるけど、これを持ち歩くのはなかなかしんどい。
どうしたものかと悩んでいると、パニシードが俺の顔の前に飛び出してきた。
「あなた様、あなた様! 余分なお金やアイテムは、わたしに預からせてください!」
そういえば、こいつ〈旅立ちの服〉を何にもないところから取り出してたっけ。
『ジャイアント・サーガ』でも、キャラクターが持つアイテムとは別に、バックヤード的なアイテム欄があった。ひょっとして、パニシードがそれを管理しているという設定だったのかもしれない。
「じゃあ頼む」
俺はパニシードに金貨袋を差し出す。
すると、虚空に光の渦が現れ、それを飲み込んでしまった。
「出したいときはいつでも言ってくださいね」
手にした金貨に恍惚の笑みを浮かべるパニシードの斜め上あたりに、例のステータス表示が見える。
所持金: 一五〇〇キルト
アイテム: 〇個
預けた状態が把握できるらしい。これは便利だ。
川から広場へと戻ってきた俺たちの前を、町の衛兵らしき人たちが、慌ただしく駆けていった。
「何かあったのでありましょうか」
グリフォンリースが小首を傾げる横で、俺は何となく察しがついていた。
広場のベンチに座っていた、戦士風の男たちの会話が耳に入る。
「城に忍び込んだ賊がいるらしいな」
「白昼に大胆な野郎だ」
「誰にも気づかれず、宝箱の中身だけ奪って逃げたらしい」
はーい。犯人は俺でーす。
一五〇〇キルトは有効に使わせてもらいまーす。
「でも間抜けだよな、その盗賊」
え?
「あの宝箱に入ってた金貨はよ、鋳造所が王族のために作った特注品だったそうだぜ」
「ああ、今年新しく作った金貨の質を見せるための、あれかあ」
えっ、えっ?
「職人たちは、町に出回らないような質のいい金貨を納めるからな。どこかの店で使おうものなら、あっという間にバレちまうだろうぜ」
ええええええあああああああああ!?
何でだ!? 聞いてない!? そんな設定ゲームになかったぞ!
いや、それどころじゃない!
この金を持ってるのはヤバイ!
名乗り出るのはもっとヤバイかもだけど……俺の安定欲求が、この不安要素を早く排除せよと叫んでいる!
「あの、すいませーん。衛兵さーん……」
俺は衛兵の一人を呼び止めて、詳しく事情を聞きながら、慎重に話を切り出した。
「実は、それっぽい金貨を拾ったんすけど……」
「何、本当か? 見せてみろ」
俺はさっさと金を渡して退散したかったのだが、俺の心の闇ことパニシードが土壇場で返金に大反対した。
「これはあなた様が川底から拾ってきたお金です! 断じてお城から盗んだものではありません! ありませんったらありません!」
「おいやめろ! こじれさすな!」
「誰にも渡しません! このお金でわたしとあなた様は贅沢に暮らすんです! もうそう決まったんです!」
「それ以上俺の本性を晒さないでくれえ!」
「な、なんと、妖精……!?」
衛兵が面食らったのは妖精の汚い性格ではなく、その存在そのもののようだった。さっきまでの懐疑的で高圧的な態度から一変、急に慎重な様子になり、
「貴殿、妖精と旅をされているのか? お名前は?」
「え? ああ、コタローです。こいつはパニシードで、こっちはグリフォンリース」
「申し訳ないが、城までご足労願えるだろうか? 王がお会いになる」
『えっ……』
俺たちの声は見事に重なっていた。
『ジャイアント・サーガ』は架空のゲームです。
もし似たようなゲーム、似たようなバグが現実にあったとしてもそれは決してクソゲー、クソバグではなく、プレイヤーを最大限楽しませるためのエッセンスであったことでしょう。