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第三十話 壊れた世界で下準備! 安定志向!

 キーニのためにアパートの一室を開放しようとしたが、生憎彼女は自分の塔の方が落ち着くらしく、しばらくはあちらでの生活を継続することになった。

 まあ、


《無理》《人と近い》《死んじゃう》《死んじゃう》《助けて》《お願い》《ごめんなさい》《許して》《お願いします》


 とまで言われたら、無理に引き留めるわけにもいかないよなあ。

 マグとメグは残念がっていたけど、翌朝、精神的に過労死した彼女がベッドの上で発見されるよりはずっとマシだろう。


 キーニには今日も俺の部屋に来てもらうことになっている。


《うちに来てほしいな》《来てくれないかな》《外に出たくないな》


 なんて訴えてきたけど、大事なことがあると説き伏せて、無理矢理承諾させた。

 ウソじゃない。

 ただ「だいじ」……というよりは「おおごと」に分類した方がいいだろう。


 キーニの強化計画として、今日はあるバグを発生させる。

 それがかなりリスキーなのだ。


 作業そのものは容易で、手順も難しくない。

 だが、もし一つ間違えると、どんないかれた結果が導かれるか、俺にもわからない。

 そのバグは〈装備憑依バグ・危険度:中〉と呼ばれている。


 こんこんこん、と部屋の扉がノックされた。

 扉を開けると、装備一式を整えた状態のキーニが、杖でノックした姿勢のまま、外に立っていた。


《怖い》《早く部屋に入れてほしい》《誰かに見つかる前に》《はやく》《はやく》


 わかったわかった。

「入ってくれ」

 俺が言うと、キーニは逃げるリスみたいに体を小さくして、こそこそと部屋に入ってきた。


 そのまま椅子に座るのかと思ったら、なぜかテーブルの下に直行して丸くなる。

 そして、いつものジト目で俺をじーっと見つめてくる状態に移行する。


《何だろ》《何するんだろ》《探索用の装備一式用意してきた》《一張羅》《冒険に出るのかな》《一緒に行ってくれるのかな》


 俺は同じくテーブルの下にしゃがみ込み、彼女に言った。

「今日は俺と一緒に、不可思議な世界に来てもらう」


《!!》《不可思議な世界?》《待って》《何でもはOKしてない》《監禁される》《調教される》《装備つけたまま?》《何をさせられるの?》《オークごっこ?》《やだ》《怖い》《助けて》


 また何か始まったぞ。俺はあえてツッコまずに言う。

「…………。おまえも魔術師なら、魔界や異世界ってものについて聞いたことくらいはあるだろ?」


《…………》《知ってる》《平行存在》《不可侵領域》《踏まずの僻地》


「そこに近いところに、俺と一緒に行ってもらう。ただし、かなり特殊な場所だ。多分、すごく驚くと思う。だが注意してほしい。そこに着いたら〝絶対に動くな〟。一歩たりとも足を動かすな。他は大丈夫だが、歩くのだけは絶対に厳禁。絶対にだ。歩くという行為が危険なんだ。わかるな?」


《わかった》《歩かない》《言うとおりにする》


 よし。さすがは魔道をいく者だ。むしろ普段より落ち着いている。


「パニシード。頼んでた例のものを出してくれ」


 俺はプランターに呼びかけ、アイテムを管理しているパニシードから〈命の根っこ〉を出してもらう。

『ジャイアント・サーガ』における、個人が携帯できるアイテムの数は、装備品をのぞいて八個まで。俺とキーニのその枠すべてをこの〈命の根っこ〉で埋める。


 そしてキーニをつれて、半開きにした玄関の扉の前に立つ。


「それで、ここから〈命の根っこ〉を投げればいいんですか?」

 部屋の中にいるパニシードが、何をしているのかまるで理解できない、という顔でたずねてくる。


「キーニが部屋の敷居をまたいだ瞬間に、こいつの背中に投げつけてくれればいい。後のことは心配するな」

「毎度のことではありますが……。あなた様のすることは、わたしにはわかりません」

「俺自身も、これで正解かはわかってない。とにかく、頼むぞ」

 俺はキーニの手をしっかり握った。すると、キーニも素直に手を握り返してくる。


「いくぞ!」

 部屋を飛び出る。

「それっ」

 パニシードのかけ声がした。

 瞬間――世界が血に染まった。


 ※


 これは……やばい。


 足下は生き物の体内を思わせる、肉色の床。

 骨とも牙ともつかない小さな白いものが、その肉を割って突き出て、風景にグロテスクな色彩を加えている。

 上や周囲の限りは見えず、ただただ肉の空と地平線が遥か彼方まで続いていた。


《あ》《あば》《あばば》《あばばばば》《あばばばばばばばば》


「キーニ、落ち着け。怖かったら目を閉じろ。何も見なくていい。俺の声だけ聞け。何でもない。白昼夢のようなものだ」


 キーニに向けた励ましは、あるいは俺の正気を保つために放ったものだったのかもしれない。


 世界を丸飲みにした生物の胃袋の中。イメージするならそんなものだろうか。

 抜け出す道も、助かる道も、思いつきかけた瞬間に本能が否定してくるような錯覚に囚われる。


 もう、死ぬしかないと。


 いやあ、この光景は普通の人間にはきついっす……。


〈命の根っこ〉を最大数所持し、マップが切り替わる直前の位置で、パニシードのバックヤードからもう一つ補充する。普通なら「もちきれません」と表示されるところ、なぜかもう一つ持つことができる。ただし、画面がバグる。

 そのままマップを切り替えると、このバグワールドへ移行するのだ。


 通称〈赤い部屋〉。

 一部のダンジョンと何かのカラーが混ざり合った変なマップなんだけど、実物化したこれは、俺の正気度を著しく削り落とすものだった。


「キーニ。これから、一歩右に動く。俺も一緒に動く。一歩だけだ。歩幅はいつも歩いているのと同じくらいだが、こだわらなくていい。一歩というのが大事だ。何も怖いことは起こらない。俺を信じろ。いいな?」


 キーニは尋常じゃない脂汗を垂らしながら、


《りょうかい》


 と返してきた。いつもはやかましいのに一言だけとは、彼女の頭がショートしかけている証拠だ。


「いくぞ。せーの」

 俺とキーニは手を繋いだまま、右へ一歩ずれた。

「よし。あともう一歩だけいくぞ。せーの」

 もう一歩移動。

 できて当たり前なのに、ミスれない緊張感と、この異様な世界の姿に、俺のひたいにも大粒の汗が浮いた。


「よし。成功だ。元の世界に戻るぞ」


 俺は荷物入れの中の〈命の根っこ〉をそこらに投げ捨てた。

 瞬間、目玉と一緒に世界がぐるりとひっくり返る感覚があった。


 ※


「あっ、あなた様!? ど、どこに行っていたんですか!?」

 アパートの玄関前に戻って来るなり、パニシードが俺に飛びついてきた。


「いきなり姿が消えてしまって……一体何がどうなったのかと」

「心配かけたな」

 俺は肩を掴んできている妖精の頬を指先で軽く撫でてやった。


「あれ……? それは何です? キーニ様の、服についているそれは」


《?》《服?》《…………》《!?》《なにこれ!?》《なに!?》


 キーニが装備中の〈魔導士の黒ローブ〉の異変に気づき慌ててパタパタと叩き始めた。

 簡素な黒地の上に、橙色の細い光が、魔術文様を描くように動き回っている。

 まるで、布地の上を火が這っているみたいだ。


「ああ。キーニの装備は〈フレイムサーキュラー〉という装備に入れ替わったんだ」


『ジャイアント・サーガ』の数あるバグの中でも、もっとも意味不明なものの一つ。それがこの〈装備憑依バグ〉というやつだ。


キーニの防具は、見た目は〈魔導士の黒ローブ〉なのだが、中身のパラメーターは〈フレイムサーキュラー〉に書き換えられている。


 これを引き起こしたのが、あの〈赤い部屋〉。

 あの場所を何と表現すればいいのか俺にもわからないが、あそこは例えるなら「セーブデータの中身」なのだ。


 俺たちのレベルだったり、持ち物だったり、イベントの進行状況だったりが、すべてあの部屋の中に詰まっている。

 あそこで右に二歩進むということは、「装備品のアドレスが二つ動く」ということを意味するらしい。

 今回に限って言えば「装備品が二段階強くなった」ということだ。

 つまり〈樫の棒〉が〈銅の剣〉にパワーアップしたようなもん。


 ちなみに、ゲーム画面で上方向……俺たちにとって後ろに進むとレベルが変動し、左に歩くと所持金とイベントフラグが変動する。そちらは数値が上がるなんて生やさしいものではなく、バグってメチャクチャな数値になる。レベルは100を超えているのに、HPが0になることもザラだ。だから絶対に右以外には歩いてはいけなかった。

 ひとまず、うまくいってよかった。


《知らない装備》《何が起こったの?》《力を感じる》《ローブだけじゃない》《杖も》


 もっと右に歩けばキーニの最強防具も手に入っただろうけど、装備品の強化は武器でも同時に起こっているので、今回は二歩が最適だった。


 火属性攻撃のダメージを1にする〈フレイムサーキュラー〉も大事だが、最大の目的は彼女が今しげしげと眺めている武器〈ネメシスの杖〉の方だったのだ。


 この武器はリベンジ系と呼ばれる、反撃タイプの魔法の威力を上昇させる特殊効果がある。

 これにより、彼女の必殺技〈リベンジストブレイズ〉の破壊力は1.2倍。


 さて、『ジャイサガ』をよく知らずに俺のこの話を聞いたら、「あれっ? こんな装備があるなら、キーニちゃん全然使えるじゃん!」と思ってしまう人も多いことと思う。


 安心してください。使えませんよ。


 何が使えないかって、この装備がだ。

〈フレイムサーキュラー〉も〈ネメシスの杖〉も、データとしては完璧に存在するのに、ゲームには一切登場しないのだ。


 これが、スタッフがキーニを意図的に使えないキャラにしたと囁かれる最大の理由。


 思い出してほしい。

 今回、俺は右に二歩動いた。イコール、装備を二段階強いものにした。

 たった二段階。その時点で、すでに存在しない装備。そして、それよりさらに上位の武具も同じくゲームには登場しないのだ。


 つまり初期装備の次に手に入る装備で、キーニにとっては最強装備になってしまう。

 そしてそれは、魔術師タイプとしては至って普通の、優秀でも何でもない、ただの市販品なのだ。


 これが恣意的な冷遇でなくて何だというのか。

 しかし、〈装備憑依バグ〉を使えば、スタッフが封印した装備を取り出すことなど朝飯前。これでキーニは本来の力を取り戻すことができる。

 あとはドラゴンの顔面に彼女を投げつけて、キラーマシーン化するのを待てばいい。


 負けイベントだと……?

 知るかヴァアアアアアアアカめ!

 俺はどんな手を使ってでもグランゼニスの町を守る。

 この、俺の、心の、平穏のためにな!!


防具の防御力より耐性を重視する人は、RPGが上手いと思います

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― 新着の感想 ―
こういう常識的な手段を使ってないって実感できる演出とかマジで大好き
[一言] 現実になったからセーブデータ=世界そのものですからね セーブデータの具現化空間なんて恐ろしくて当然
[良い点] 没アイテムはロマンが有りますよね…ロマサ○1のゴッズシリーズは頭おかしい防御力でしたなぁ。有名どころはF○Ⅴの裏技で装着される『え○えふ』とか? あと便宜上装備されてる敵専用装備(ロマ○ガ…
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