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第二十九話 甘えるコミュ障! 安定志向!

《どうしよう》《男の人の部屋に入っちゃった》《違う》《何でもはOKしてない》《逃げなきゃ》《逃げなきゃ》《逃げなきゃ》


「その……あんまり固くなるなよ? 別に話をするだけだからさ。あ、今、ミルクローズのお茶入れるからな」


《ミルクローズのお茶》《嬉しい》《この人優しい》《はっ、油断してはいけない》


 ああ、すっげー大変。

 何が大変かって、こいつの猛烈なスピードで流れるメッセージを逐一読まないといけないのが超大変。


 俺はキーニを自分の部屋に招いた。

 話を聞く……というか、読んだところによると、彼女は昨日もここに来ていたらしい。しかし、アパートには人が大勢いるし、俺が異性だということもあって、近づくことすらできずに帰ってしまったようだ。


 きっと、俺が最初に〈魔導士の塔〉に入っていったときも、じーっとこっちを見つめながら、こいつは混乱の極致にあったに違いない。

 ちょっと悪いことしたかもしんない。この町は馴れ馴れしい住人が多いから、俺もいつの間にかそのやり方に染まってしまったのだ。普通に考えたら、知らない人が部屋に押しかけてきたら、怖いに決まってるわな。


「砂糖いるか?」

 俺はたずねる。


《三個》《三個》《三個!》


 そんなに連呼するほどのことかよ……。

「じゃあ三個な……」

 角砂糖を三個、ティーカップに沈めた。

「…………」

 じーっ。

 キーニが俺をガン見してくる。

 ……! しまった。つい三個入れちゃったけど、これじゃ心を読んでるのがバレる!

 俺は焦りつつステータス画面を注視する。


《通じた》《砂糖三個!》《どうして?》《わからない》《怪しい》《でも》《それより早く飲みたい》


 疑り半分、食欲半分といったところ。ややまずい。

「ど、どうぞ」

 俺がキーニの前にカップを置くと、少女は慎重な手付きで抱えるようにそれを持ち、小さな口でちょろちょろと飲み始めた。


《おいしい》《おいしい》《憧れのミルクローズティー》《甘い》《甘い》  


 喜んでもらえてるようだが……。砂糖の件は大丈夫なのかな?

 カップに口をつけつつ、キーニの様子を密かにうかがっていると、彼女のステータスにまたテキストが生じた。


《優しい男の人》《お茶を飲ませてくれる》《本もくれた》《何で?》《何で?》《わからない》《でも……》《それより》《おかわりほしいな》《もう一杯だけ飲みたいな》


「お、おかわりいるか?」


《ほしい》《飲みたいな》《ほしいな》《聞かずに入れてくれないかな》


 …………。

 仕方ない。そこまで懇願されると、無視するのも気が引ける。

 俺はティーポットに残っていたローズティーをキーニのカップに注いだ。


《!》《!!》《!!!》《!!!!!!!!!!!》


 テキストが激しく動いた。

 し、しまった……!?

 こいつまさか、俺を試しやがったのか!? 俺が本当に心を読んでいるかどうか……!

 しまった、情に流されて入れてしまった!

 こいつ、ますます俺を怪しんじまう!


《この人……》


 くっ! どうやってごまかす!?


《わたしのことわかってくれてる!!!!!》


 えっ……。


《わたしが何も言わなくても、わたしのことわかってくれる人!》《嬉しい》《しゃべらなくていい》《無理しなくていい》《それでも伝わる》《ようやく会えた》《こんな人に》《だったら》《甘やかしてほしいな》《すごく甘やかしてほしいな》《もっと》《もっと》


 そ、そういう解釈!?

 つうか甘やかしてほしいって何だよ! とにかく警戒は解けたと思っていいのか?

 ジト目無表情が一切崩れないから全然わからない。


「コタロー殿、あの子は来たでありますか?」

 ここでグリフォンリースが部屋に入ってきた。

 その姿を見るなり、キーニの肩がビクンと跳ね上がる。


《あのときの女の子だ》《塔に一緒に来た》《恋人?》《恋人?》《可愛い》《挨拶しなきゃ》《怖い》《何て言えば?》《帰りたい》《やっぱり帰りたい》


 男だけじゃなく、同性相手でも話ができないのか。

 これは重症だ。

 だけどこいつは、他人の気を惹くためにわざとこんな態度を取ってるわけじゃない。

 むしろ、こいつの心の叫びは顔にも出ないし、俺にしかわからないのだ。

 今日までよく生きてこられたな……。

 さすがに可哀想になってきた。こいつの言うとおり、少し甘やかしてやるべきか?


「コタロー、新しい仲間を加えたというのは本当か? 一体どんなヤツだ?」

 続いてマユラが入ってくる。


《誰?》《誰?》《可愛い子》《まだ十歳くらい》《でも話し方が偉そう》《何で?》《怖い》《挨拶しなきゃ》《もう帰りたい》


「ご主人様、今日の仕事が終わりましたので、ご挨拶にうかがいました」

「楽勝だったよー。もう何度も掃除してるおうちだしねー」

「あ~。誰かお客さん来てるよ~。誰かな誰かな~」


 今度はミグたち。ああ、フォローを入れる時間がない。


《!?》《同じ顔が三つ!?》《違う》《さっきの子も合わせて四つ!?》《何で!?》《ご主人様って!?》《こんな小さい女の子を隷属させてる?》《奴隷!?》《怖い》《怖い》《女の子ばっかり》《ハーレムだ》《わたしもそうなるの?》《逃げなきゃ》《逃げなきゃ》《逃げなきゃ》


 やばい。テキスト量がやばい。

 キーニの対人許容量が限界を超えてるのか!?


《そうだ》《この人オンナタラシなんだ》《だからわたしのこともわかるんだ》《逃げなきゃ》《何でもはOKしてない》《帰りたい》《逃げなきゃ》《無理》《入り口が遠い》《逃げても回り込まれる》《捕まる》《無理矢理》《メイド服を着せられる》《無理矢理》《女の子同士で絡まされる》《無理矢理》《変な世界につれていかれる》《無理矢理》《色々仕込まれてご奉仕させられる》……。


 おおおおおおーい! 帰ってこおおおおおい!

 あっぶねえなこいつ! どういう思考回路してんだよ!

 確かにマユラたちが全員揃ったら混乱するのも無理はないけど、どこの世界につれていかれるつもりだおまえはよお!

「キーニ、落ち着け。最初に入ってきたのがグリフォンリース。次がマユラで、メイド服の三人が、ミグ、マグ、メグだ。マユラはミグたちの雇用主で、ミグたちは見たまんまメイドさんをやってる。いきなり言われても全然覚えられないだろうけど、とりあえず怖がる必要は全然ないってことだけは理解してくれ」

 口早に説明した俺に、キーニは何やら熱視線を向けてきた。


《全然覚えられないけど》《わたしに気を遣ってる?》《タラシじゃない?》《ウソは言ってなさそう》《優しい》《やっぱりわたしのことわかってくれてる》《優しくしてくれる》《安心した》


 ふ、ふう、何とか……。


《でも何が目的?》《塔で言ってた》《わたしを仲間にする?》《まさか?》《はぐれ者のわたしを?》《本当に?》《……だとしたら嬉しい》《仲間になりたいな》《仲間にしてほしいな》《わたしをみんなに紹介してほしいな》


 …………。うん。

 ちょっと変なところはあるけど、わりといい子なんじゃないのか、キーニ。

 孤独だったみたいだし、喜んで仲間になってくれそうだ。


それから俺は、全員集合したこの場で、改めてキーニを皆に紹介した。

 新しい仲間を、みんな歓迎してくれた。


 マグとメグに髪の毛をいじられて、ガチガチに固まって助けを求めてきたけど、今後のことを考えてこれは放置。これからしょっちゅうそうなるんだから、免疫はつけてもらわないとな。


 キーニについては、特別な魔法を使う【魔術師】だと話した。

 正確には【古代暗黒術師】という極めて特殊なクラスを所有している。


 このクラスの仲間は『ジャイアント・サーガ』においてキーニ一人しかいない。他はすべて敵側に位置する。

〈古代暗黒魔法〉が、そもそも魔物の魔法なのだ。

 つまりキーニは、本来魔物が使う魔法を、唯一使える人間というわけ。


 ただ、この敵だけが使える魔法、というのが一つ問題だった。

 彼女が使う〈古代暗黒魔法〉は、敵の攻撃を跳ね返す、とか、受けたダメージをそのまま相手に返す、とか、最大HPと現在HPの差分のダメージを与えるとか、敵側からの攻撃を想定した魔法が多い。


 それだけなら何ら問題はないのだが、『ジャイアント・サーガ』の基本戦法は、殺られる前に殺れ! なのである。


 味方のHPは最大でも999で打ち止め。しかし敵の中には、そんなの関係ねえと1000以上のダメージを出してくるヤツが少なくないのだ。よって、敵に攻撃される前に速攻で倒すのが、このゲームの基本的な戦闘セオリーになっている。


 そんな中で、完全に受け身なキーニの魔法はすでに扱いにくい。

 そもそも彼女は、敵から攻撃されたら指先一つでダウンするほど虚弱なのだ。

 強靱な肉体を持つ魔物が使ってこそ、〈古代暗黒魔法〉は真価を発揮するのである。


 しかし、キーニには最後の砦と呼ばれている魔法があった。

〈リベンジストブレイズ〉。

 ダメージ数ではなく、ダメージを受けた回数で威力が高くなるという性質を持っている。

 もし彼女の防御をガチガチに固めて敵の最前線に放り込めば、こいつは自動反撃プログラムを持ったキラーマシーンとして、そのすべてを殲滅するだろう。


 ……防御をガチガチにできれば……だ。


 もうおわかりだろう。

 できないのだ。


 キーニは防御力や耐性が優秀な防具を一切装備できない。

 これはオンリーワンのクラスだからという理屈もあるのだが、巷では、キーニのキラーマシーン化に気づいたスタッフが、使える装備を彼女から勝手に取り上げてしまったという噂が有力だ。


 それくらい、こいつは攻撃手段を露骨に持っていない。


 だがな。


 甘えんだよスタッフ!

 世の中には、ゲームの外道を何の迷いもなく直進するヤツらがいるのだ。

 こいつを使うためならゲームなんていくらでもバグらせてやる、という熱い心を持った漢たちが!

 俺はキーニを最強最悪の魔術師に育て上げる!


 そして待ってろよドラゴン。

 おまえの首は、もう残り薄皮一枚だかんな!


報われないゴミキャラに愛の手を!(タイトル風)

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― 新着の感想 ―
[一言] 俗に言う青魔法ってやつですね
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