第二十七話 おちおちおち落ち着いて一人戦略会議だ! 安定志向!
どうしてこうなったああああああああああ!
なんてわめき散らすのは、『ジャイサガ』ファンのたしなみみたいなものだ。
冷静に考えて、昨日、たった一日のうちに世界進行イベントが規定数消化されるなんて絶対にあり得ないことだ。
何らかの、あるいは誰かの意図によるものと考えた方がいい。
そう。
俺はマユラを俺のアパートに導いたという声のことを忘れてはいない。
ここのところちょっと波瀾万丈で、記憶の片隅からこぼれ落ちかけて、99割くらい存在を抹消させかけていただけだ。
そいつが何か仕掛けてきた、と考えるのが妥当だろう。
その意図は? 目的は?
それを考えるのは前にやった。だから今さら思い悩む俺じゃない。
とにかく、世界は動いてしまった。
俺がすべきことは、この事態におろおろすることでも、理不尽にイライラすることでもなく、中盤を制圧するためのチャートを構築すること、この一つに尽きる。
だが、残された時間は少ない。
世界に魔王の影がちらつき始めると、このグランゼニスは一番最初に危険に晒される。
〈ドラゴンの王都侵攻〉という強制イベントが起こるのだ……。
こいつの回避方法はない。バグらせてイベントを潰す方法はあるが、最悪ゲームデータがブチ壊れる危険なやり方だ。もしそうなった場合、この世界で何が起こるか想像もつかない。
「悪いが、調べものがあるから一人にしてくれ」
と、パニシードをのぞく仲間たちを面会謝絶にし、俺は一日かけて、チャートを作成した。
なめるなよ謎の野郎。
俺の思惑を粉砕していい気になってるかもしれないが、その程度でくじけるほどヌルい『ジャイサガ』ライフは送っていない。
やってやる。今度は中盤の制圧だ!
「しばらく勝手に出歩くけど、気にしないでくれよ」
その次の日、朝食のときに宣言すると、仲間たちは一様に不安そうな顔を見合わせた。
「コタロー殿、何かあったでありますか……?」
代表してグリフォンリースが問いかけてくる。
今まで散々ぐだぐだしてたから逆効果だったか?
俺はみんなの顔を見回した。誰もがその質問を目の中に閉じこめているようだった。
これは隠しても余計に心配させるだけかもしれない。
少しくらいは打ち明けた方が、彼女たちの心の安定にも繋がる。それはつまり、俺の心の安定感でもある。
「ああ、久しぶりに探索者としての仕事をする。その下準備をする予定だ。そうだな……グリフォンリースは俺に付き合ってくれ。他のみんなはいつも通りだ」
「はっ、はいであります!」
グリフォンリースが背筋を正し、威勢良く返事をすると、他のメンバーも少し安心した顔つきになった。
……俺は彼女たちを守りたい。今、改めてそう思った。
〈ドラゴンの王都侵攻〉は今の俺にとっては実に厄介なイベントだ。
というのも、こいつは戦闘で負けてもゲームオーバーにならずに進行する――「一応勝てるようには設定されている」だけの、いわゆる負けイベントというやつなのだ。
敗北の結果、城下町はかなりのダメージを受けることになる。町マップのグラフィックも一新されるほどの被害だ。もしそうなれば、マユラたちも安全とはいえない。
……まあ、勝っても町はダメージ受けるんだけど、撃退できた方が被害は少ないだろ、常識的に考えて。
だから、ドラゴンは確実に潰す。
ただ、このドラゴンは、このイベントでしか登場しないボスキャラで、戦闘能力は終盤クラス。グリフォンリースの〈カウンターバッシュ〉戦法も通じない。
新しい戦術……いや、新しい仲間が必要だった。
朝食を終えると、俺はパニシードとグリフォンリースをつれてアパートを出た。
なんか、この世界でのはじめの頃を思い出す。
緊張はあるが……わくわくもしている、あの感覚。
「コタロー殿、まずは何をするでありますか?」
案外グリフォンリースもそんな気分なのかもしれない。少し声が弾んでいるように思えた。
「まずは買い物をする。パニシード、今の俺の全財産はいくらだ?」
「あい。ええと、四八〇〇〇キルトとちょっとです。あなた様」
本当は昨日確認してたんだけど、念のためな。
「グリフォンリース。部屋にある本を全部店に売りつけるから、運ぶのを手伝ってくれ」
「えっ。全部でありますか? コタロー殿があちこち歩き回って集めたのに?」
「必要になったらまた買い戻すさ」
どうせしばらく……下手すると、相当長い間読めなくなるしな。
顔なじみの古書店に持っていくと、ちょうど二〇〇〇キルトで引き取ってもらえた。
これで細かい金策の手間が省けた。
五〇〇〇〇キルト! こいつでまたどでかい買い物をするぞ!
俺が向かったのは、骨董品を扱うお店。
店内は古代の宝物庫さながら、広いはずの店内が手狭に思えるほど、わけのわからない物品で溢れかえっていた。
年代物の武具、食器、家具、絵画や、稀覯本……。何でもありそうだ。
「ああ……ロイド坊ちゃんがお世話になってるっていうアパートの……?」
「あ、はい」
珍品の洞窟の最奥にいた年老いた店主が、モノクルを軽く上下させて俺を見た。
「これはこれは、ようこそおいで下さった。坊ちゃんには手を焼かれているでしょう」
「いえ、別に何も……。アパートの住居者たちとも仲良くやっています」
「ほうほう……。どうやら、環境を変えたのは正解だったようですな。奥さまの提案は間違っていなかった」
「ところで、魔導書を探してるんですが」
話がロイドさんちの裏事情に脱線しそうだったので、俺はさっさと用件を切り出した。
「はい。どのような?」
「〈ネメシスの魔書〉」
その名を聞くなり、好々爺だった店主の眼差しが厳しくなった。
「それは……お安いものではありませんな。当店でも最高値。飛び出た目玉をもちぎって質屋に入れないと、お若い探索者殿の手に届くものではありませんぞ」
「五〇〇〇〇キルトでいいな?」
俺は前もってパニシードから引き出していた全財産をカウンターの上に置いた。
「おおっ……」
「ええっ!?」
「ひゃあああ……」
仰天したのは店主だけではない。仲間二人もだ。
「コ、コタロー殿!? コタロー殿のすることは信じているでありますが、本一冊にそれは……」
「だいたい、魔導書なんて買ってどうするつもりなんです!? そこにはあなた様が使えるような初歩の魔法は書かれていませんよ!」
「ああ、これは人にあげるものだ」
「ぴぎいっ!? 人に、あげ、あげ……」
キンチョールを食らった蚊みたいにひょろひょろと落ちていったパニシードを、グリフォンリースが咄嗟に両手で受け止める。
「心配するな。別に俺は頭がおかしくなったわけじゃない。〈魔導騎士の盾〉を買ったときだって、最初はわけがわからなかっただろ?」
「! そうでありました。もう余計な口出しはしないであります!」
グリフォンリースがビシッと背筋を伸ばしたところで、俺は〈ネメシスの魔書〉を手に店の外へと出た。
この魔導書は、ある仲間を加えるために必要なキーアイテムだ。
その仲間がちょっと特殊で、〈ドラゴンの王都侵攻〉後だと強制加入してくるのだが、その前に任意でパーティーに加えることもできる。
そのためには序盤の間にこの五〇〇〇〇キルトを貯めないといけないという苦行がつきまとうため、正気のプレイヤーは絶対にそんなことしない。
制作側も、ストーリー作りの一環としてそういうフラグ管理をしているだけだろう。
何しろその仲間……クッッッッッッッッッッッッッッッッッソ弱いのだ。
先に仲間にしたからって何も、何一つ、カケラも、いいことはない。
恐らく『ジャイアント・サーガ』最弱の仲間キャラ。
強制加入でパーティー枠が一つ埋まるというマイナスも付加されて、〈家まで勝手についてきた野良犬〉とか〈駅前で渡されたコンタクトのチラシ〉とか呼ばれているほどである。
〈五〇〇キルト貯金箱〉や〈鎧を売ったお金が本体〉などと呼ばれるグリフォンリースちゃんに比べて、その不人気ぶりは目に余るものがある。
だが、中盤を押さえる――いや、ドラゴンを倒すためにはどうしても必要な人物だ。
俺は期待を胸に、町はずれの〈魔導士の塔〉へと足を向けた。
誰を仲間にするかがRPGで一番わくわくするところです