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第二十六話 あっ…………………………! 安定志向!

「ねー、ご主人様?」


 俺の腹の上で寝そべる三姉妹の次女マグが問いかけてくる。


「何だ?」

「シェリルがさー、最近一緒に掃除するんだよねー、なぜか」

「そうか。師匠にでも見張られてるんじゃないか?」

「シェリルもそんなこと言ってたけど、部屋にはわたしたち以外誰もいなかったよ?」

「シェリルの師匠だからな。気配を絶つなんて朝飯前なんだろ」


 俺とマグはベッドの上で体を一つに重ねている。……とか扇情的に表現してみるが、実際は、十文字になって寝ているだけだ。


 何? わけがわからない? 俺もよくわからない。


 俺が寝転がって本を読んでいたら、マグが突然ベッドに上がってきて、俺の腹を枕にして同じく本を読み始めたのだ。

 この時はまだTの字だったのだが、やがてマグがずりずりと頭上方向へと移動していって、十になってしまった。


 彼女は現在、背筋のストレッチをするみたいなエビ反り体勢になっているのだが、まったく気にした様子もなく、文庫サイズの武器図鑑を読んでは、時折俺に世間話を振ってきている。


 ここでの日々が重なるうち、一番早く本性を表したのがこのマグといえるだろう。


 彼女は三姉妹の中でも一番活動的で、ボーイッシュな側面が強かった。

 近頃は髪を短くしようか考えているところらしく、町でショートやボブカットの女の子を見かけると、じーっと観察して自分に合うか検討中だ。

 それに感化されたのか、三女のメグはツーサイドアップが気に入ったらしく、時折その髪形でいる。一方ミグは、頑なにストレートを堅持していた。


「コタロー、コタロー」

 ドアノッカーが叩かれマユラの声がした。入室を許可すると、猫カゴを背負ったままの彼女が姿を見せた。


「あっ、ボスー」

「どうしたマユラ。一人で猫探しはギブアップか?」

「そっ、そんなわけないだろ。我はもう独り立ちできる! ん、マグもいたのか。今日は休暇だったな。しっかり遊ぶんだぞ」

「はーい」


 マグがエビ反りのまま手をブンブン振る。マユラと三姉妹の間には、すっかり上下関係と、そして信頼関係が構築されていた。


「ところでコタロー。確か妖精が、〈ミルクローズ〉の種を持っていたな?」

 マユラが部屋の中をうろつきながら聞いてくる。


「ああ。パニが寝てる横の棚に入ってる。全部持っていくと後でうるさいから、気をつけろよ?」

「一粒でいいらしい。それにあとでちゃんと返す」

「誰かに頼まれたのか?」

「うむ。植物学者のテイミーに頼まれた。いいか?」

「ああ、いいよ」


 種を取ると、マユラは部屋を出て行った。


「さすがご主人様。太っ腹だなー。憧れちゃうなー」

「それほどでもない」


 後から思えば、このときすでに、俺は完全に調子に乗っていた。


「コタロー殿、お客さんであります。近所の歴史家のマルローさんであります」

「ホドリスの伝記? 持ってけ持ってけ」

「すごいなー」


「ご主人様、アパートの外に落とし物が……あっ、マグ! いないと思ったらご主人様に何をしてるの!?」

「それ、ハリオさんの懐中時計だから、ローラさんにでも渡しておいて」

「すごいなー。ミグもおいでよー。メグも呼んでさー」


「コタロー君いるかい? シェリルのヤツが逃げたんで、探すのを手伝ってほしいんだが」

「シェリルなら、ギルドの樽の裏に隠れてますよ」

「すごいなー」

「すごいです……」

「すごいね~」


 わはははは。

 ベッドの上にいるだけですべての問題を解決してしまう。

 まるで安楽椅子探偵ではないか!

 俺の上で寝ている三姉妹からの評価も鰻登りに上昇。

 すべてのイベントとフラグを理解するとはこういうことだ!


 …………。


 ……あ?


 イベ……ント……?


 どくん、と心臓が一度大きく跳ねて、止まった気がした。


「おいコタロー」


 再び現れたのが魔王マユラだったのは、あるいは、俺の運命を暗示してのことだったのかもしれない。


「何だかわからんが、ギルドからおまえに報酬を渡すよう言われたぞ。ずいぶんあるな。二〇〇〇キルトはあるんじゃないか?」


 そう言って置かれた麻袋が、テーブルの上でじゃらりと鳴った。

 オレはその袋を、腐った魚の視線で捉える。


 イベント……。そう……だ。


 朝からあれこれ頼まれてたのは……全部イベントだ……全部……。

 全部、世界情勢進行フラグを持った……イベント……だ!


 ばっ…………ばかなあああああああああああああああああああああああっ!?


 俺は頭が真っ白になった。

 その硬直を、敏感なミグは即座に感じ取ったのか、すぐに体を起こして顔をのぞき込んでくる。


「ご主人様、どうしました? 顔色が悪いです。わたし、何か粗相をしましたか……?」


 そう言われても俺は否定の返事さえ口にできない。


 俺は……ギルドにはできるだけ近づかないようにしてきた。

 マユラと同道するときも、イベントの発生地点はさりげなく避けてきた。

 やむを得ず手をつけたことはあったけど、それも二回くらいだ。


 安全な家にいたのに、どうしてそのイベントがむこうからやって来た!?

 しかも情勢移行イベントばかりが! 一気に! 油断した俺の心の隙間に、ナイフを差し込むように!


 何回だ? 俺は今日、何回クエストをこなした!?


「コタロー殿、ちょっとお話いいでありますか?」


 グリフォンリースが浮かない顔で部屋を訪ねてきた。不穏な空気を察知した俺は、マグたちを部屋に戻して彼女の話を聞く。


「外で小耳に挟んだのでありますが、世界のどこかで魔王の軍勢が目覚めたとかいう噂が流れてるそうであります。魔王って、おとぎ話の……。それに、以前コタロー殿と一緒に行ったのも、魔王の城でありましたよね……?」


 ほっ、ホアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?

「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 俺が声も出ないかわりにパニシードが絶叫してくれた。

 そして、俺と二人、魂の抜けた顔を見合わせて、彼女は言った。


「あ……あなた様、どうやら、平和は時間切れのようです……」

 気をつけてたのに。

 用心してたのに。


 ついに、世界が、動きやがった。


調子の乗るとロクなことがない人は、一定数いる

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― 新着の感想 ―
[一言] 半自動的にクリアしちゃうイベントが続いたら慣れちゃうのも仕方ないね
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