第二十四話 マユラの事業だ! 安定志向!
「思いついたって何をだよ」
俺は丸パンをちぎってスープにつけながらマユラにたずねた。このところミグたち三姉妹も俺の真似をしてこの食べ方をしているが、作法としては悪くはないらしい。
「うむ。ミグたちにアパートのハウスキーパーを任せるのだ」
「わたしたちに?」
「はうすきーぱーって何だ?」
「お留守番のこと?」
マユラの提案に、三姉妹が次々に質問を投げかける。
「ハウスキーパーというのは、いわゆるメイド長だ。しかしアパートには使用人はいないので、実質的にはメイドのことであるな」
「俺たちのじゃなく、アパートの、なのか?」
俺がたずねるとマユラは強くうなずき、
「うむ。このアパートの他の入居者たちにもサービスを提供する。もちろん有償でな」
「大丈夫でありましょうか……」
「掃除ならかなり完璧だと思うけどな」
「それだ、コタロー」
びしっ、と俺に指を突きつけるマユラ。
「我は時折アパートの住人たちの部屋を目にすることがあったが、ヤツらは基本的にずぼらで横着だ。着ているものが綺麗なだけで、生活態度はケトよりも悪い」
「お、おお……」
「そこで我は考えた。連中の部屋の世話をすれば、それはきっとお金になると!」
こ、こいつ……猫探しに飽きたらず、別の仕事まで開拓するつもりなのか?
断じて魔王の発想じゃない。この女の子のパーソナルだ!
「とりあえず、テスト期間を設けてロイドの部屋あたりを掃除させてみたらどうだろう。具合がいいようならきちんと料金を伴った契約をしてもらえるよう、すでに話はつけておいた」
「マジで!? すごい行動力だなおまえ!」
「うむ! 我すごい!」
えへんと胸を張るマユラ。しかし肝心のミグたちの気持ちはどうだろう。
「ご主人様のお役に立てるんですか? だったら喜んでやります!」
「掃除すればいいんでしょ? うん、楽勝だよ楽勝」
「お勉強ばっかりより体動かしたいもんね~」
こちらも乗り気なようだ。
ロイドは温厚さではアパート一だし、三人の掃除の腕前を考えれば不安も少ない。
「わかった。じゃあ、試しにやってもらおうか」
こうして、マユラの新事業が始まったのだが……。
「ガハハハ! 大家! オレの部屋も頼む! 可愛いメイドが来てくれるのだろう!?」
「うちも頼むぜ。こないだロイドのところ行ったら、部屋中まばゆく光ってやがんの。金は倍出してもいいからさ」
「ああ、ついでにさあ……何か食べられるもの作ってくれないかな……もうレストランに行くのも面倒くさくて……食材を生かじりしてるんだ最近……」
とまあ、試験期間が終わる前から依頼殺到だった。
このアパート、だらけ者同士の結びつきがやたら強いので、すぐ話が拡散するのだ。
三姉妹の契約料は、月に一〇〇キルト。
毎朝嵐のようにやって来ては、チリも残さず去っていく。おまけに、メイドさんたちはどれも可愛く献身的ときてる。これで繁盛しないわけもなかった。
もちろん、これに先駆けて三人用のメイド服を注文しましたよ俺ぁ。
金髪ロリメイド……何かとても大切なものを取り返した気分だ!
しかも、話はそれだけにとどまらなかった。
「よお、達者でやってるか」
と、俺の部屋を訪れたのは、アパート関係のことで色々面倒を見てくれたモーリオさん。
「どうもお久しぶりです。こちらは平穏無事にやってますよ」
「謙遜しねえのは結構だな。商売人じゃねえし、それくらいあけすけな方がいい。だが、ちょっと聞き捨てならない話を聞いてな。あんた、腕の立つメイドを持ってるそうじゃないか」
「アパートの人たちから聞いたんですか?」
「まあな。それで急な話で悪いんだが、ちょっとだけそいつらを貸してもらえねえかな。実は、お客にとある空き家を案内しないといけないんだが、管理人がすっかり掃除をさぼってやがって、今すぐ人手が必要なんだ」
「そういうことなら話を聞いてやらなくもない。ただ、代金はそれなりに用意してもらうぞ?」
俺の脇からぬっと顔を出したのはマユラだ。モーリオさんは目をぱちくりさせて、
「あんた、あの女騎士と子供でも作ったのかい」
「俺とグリフォンリースにこんなでけえ子供がいるわけないだろ……。こいつはマユラといって、そのメイドさんたちの雇用主ですよ。商売の話はこいつを通してくれますか」
「お、おう? わかったよ」
そして俺の部屋で話を交わすこと数分。
「では、部屋の多さと敷地の広さ、そして緊急性を加味して、代金はこれくらいで」
「優しくもねえが、痛くもねえ。いわゆる妥当って額だな。そこまでドンピシャで言われたら交渉する気も失せるぜ。わかった、それで頼む」
あの……。なんか、僕、すごく疎外感感じるんですけど。
マユラ様、どんどん成長していってないですか?
「誰だか知らないが、大した娘だよ。うちの息子もこれくらいだったら心配ねえんだが」
モーリオさんは上機嫌で帰っていった。
「お、おいマユラ……?」
俺が救いを求めてマユラを見ると、彼女は契約書らしきものを、小振りな手提げ鞄に収めるところだった。その仕草にはよどみがなく、すっと向けられた怜悧な瞳に、俺は首をすくめる他なかった。
「うむ、よい契約ができた。さて、念のため我も三人の様子を見に行こう。コタロー、ついてきてくれ!」
「はっ、はい! ただ今!」
悲報。俺、付き人と化す。
それでだ。
この仕事における三人の働きぶりが、その後の評判を確定させることになった。
空き家は結構な広さのある、お屋敷一歩手前って感じだったんだけど、それだけに汚れの総量も半端じゃない。ミグたちはそれを瞬く間に瀟洒なモデルハウスに変えてしまったのだ。
彼女たちは小柄で、どんな隙間にでも器用に潜り込む。そして、そのとき初めて知ったんだけど、見てる方がハラハラするような高所にも平気で上る。身軽な上に、バランス感覚も並はずれているのだ。このあたりは、やはり獣由来の能力か。
散々叱られた後の管理人曰く、元のぼろ屋敷より綺麗になった、とのこと。
モーリオさんの来客までには当然間に合ったし、先方が物件の綺麗さに感動して、契約もその日の内に済んでしまったという。
「参った。脱帽だ。また何かあったら頼む」
と、モーリオさんがボーナスを支給したくらい、三人の働きは完璧だった。
「うむ。贔屓に頼む」
マユラの堂に入ったその受け答えは何なんだよ。
この一件によってグランゼニスの商人界隈でもミグたちのその噂が流れ始めた。
可愛くて働き者の三つ子のメイドさん。
それだけで宣伝効果は十分なのに、商売成功の幸運を運んでくるとの噂も立って、ミグたちはアパートの外からもしょっちゅうお呼びがかかるようになってしまった。
しかしマユラは張り切りすぎていた……。
ミグたちの消耗を考えず、仕事を詰めすぎてしまったのだ……。
ミグたちは仕事の途中、三人揃って倒れてしまった……。
とかあればまだ俺の出番もあったじゃん!?
ないよ! 全然ない! マユラのスケジュール管理完璧すぎ!
ミグたちにはきっちり休みを取らせる! 無理はさせない! クライアントもしっかり納得させて、苦情も出させない! 信頼と実績だけが上がっていく!
んで、自分は自分で猫探しを続行!
何なんだこいつは!?
「うむ、コタロー! これが今月の稼ぎだ。受け取ってくれ!」
しかも稼いだ分はきっちり俺に渡してくるんだよ。
「ご主人様、わたしたちのお給料もどうぞ」
「ちゃんとご主人様に恩返ししないとなっ」
「お金あげる~」
マユラが三人に支払った給金も、俺に回ってくるんだよ。
確かに、食費とかは俺が出してるけどさ。
これ……黒字ってレベルじゃないよ?
まさに何もせずに稼げる環境なんだけど……こんな小さい子を働かせて自分だけダラダラしてるって、クズ親そのものじゃないか……?
なんか……落ち着かないゾこの状況……!
マユラ魔王やめるってよ