第二十三話 思わぬ威力の三姉妹! 安定志向!
「みゅー……みゅー……」
何これ。
朝。目覚めた俺は、ベッドの上がやたらぬくくて、やたら狭いことに困惑した。
「は……はああああっ……!?」
頭のすぐ横に一人。
脇腹のあたりに一人。
右足に一人。
金髪美少女が俺に密着し、丸くなって寝ている!?
ミグとマグとメグのキツネ三姉妹だ。
「あなた様。朝からうるさいですよ……」
妖精をダメにするシルクローズの花弁に、べったりと沈み込んだパニシードが、目を擦りながら言ってきて、
「おや……ゆうべはお楽しみですか? あなた様」
ベッドの上の惨状を見るなり寝ぼけ顔から一変、冷ややかに俺を見下した。
「そんなわけあるか。おい、どうすりゃいいんだ俺は。動けないぞ助けてくれ……」
「みゅー……みゅー……もぐもぐ」
「こ、こらっ、寝ながらパジャマを食うな」
このみゅーみゅー言ってるのは寝息か。キツネの名残かなにかなのか。
俺が彼女らの眠りを妨げないよう慎重に上体を起こそうとしたとき、玄関の扉が勢いよく開いた。
「コタロー、朝だぞ、起きろっ! ……ぴゃっ!?」
元気よく部屋に飛び込んできたマユラの目が、俺とベッドの上の三人を何往復もする。
やがて彼女は真っ赤になった顔を両手で覆ったまま、部屋を飛び出していった。
そして……。
ずん……ずん……と何やら重々しい足音が、ベッドの上で呆然とする俺を揺さぶった。
「コタロー殿……一体何をしたでありますか……?」
涙目のマユラは仲間を呼んだ。
大魔女神・フルアーマーグリフォンリースが現れた。
※
グリフォンリースにクレーンゲームの景品みたいに釣り上げられた俺は、部屋の端で正座したまま事情を説明した。
ほどなくして起きてきた三姉妹にも話を聞き、ようやく俺の潔白は証明された。
「わたしは信じてましたよ。あなた様は、身請けした少女を無理矢理手込めにするようなクズではないと」
ああ。だが、平気な顔して手のひらクルーのおまえはクズかもしれんな、パニシード。
初日の朝からこれだ。
「ど、どうして三人は自分の部屋で寝てないのでありますか?」
と、若干焦り気味にグリフォンリースがたずねたところ、
「三人だけだと不安でつい、ご主人様のところに……」
「三人より四人の方があったかいからだよ」
「ご主人様大きいから安心する~」
だそうだ。まさに純真無垢。
このあたりは動物の感覚が強く出ているのかもしれない。同じ少女のパーソナルに引っ張られているはずのマユラは、もっと自立志向が高いからだ。
そう考えると、グラフィックバグもなかなか奥が深い。
それからアパートを出て、近くの食堂に食べに行ったときも、差は顕著に出た。
というか、三姉妹の間でも結構差があった。
マユラは大食いではあるが、テーブルマナーそのものは悪くない。
しかし三姉妹は食器を使うのが苦手で、ともすればすぐ手づかみで食べようとする。
長女のミグは、すぐに行儀が悪いと気づいてやめるが、マグは積極的にやろうとするし、皿をなめたりもする。メグはそんな二人の真似をして、何だかよくわからないことをした。
見かねたグリフォンリースが声をかける。
「ええと、ミグ? マグ? どっちでありましたか?」
「わたしはマグだよ。グリフォンリース」
「そうでありますか。ではマグ。サラダはフォークでこうして食べるのであります。手づかみではなく」
「えー? 面倒だなー。手で食べた方が楽だよ」
「そんな食べ方をしていると、コタロー殿に恥をかかせることになるでありますよ」
「ぶー。わかったよ。ご主人様には恥をかかせない」
マグは渋々フォークを握る。
おお、素直なよい子ではないか! グリフォンリースもしつけ方が上手い。
いきなり大家族になって不安だったけど、これなら何とかやっていけるかな?
朝食を終えたあと、俺は昨日考えていたことを伝えた。
「グリフォンリース。俺とおまえで、手分けしてこの子たちに勉強を教えてみないか?」
「! コ、コタロー殿と初めての共同作業でありますかっ?」
いや、俺とおまえの共同作業は初めてでも何でもないが……。
「俺は日中マユラと猫探しに出てるから、その間はおまえが文字を教えてやってくれ。それで、帰ってきたら俺が歴史を教えるよ」
「はっ……はいであります! ふっ、二人で、こ、子育てするであります!」
いや、俺たちも、ミグたちも、そういう年齢じゃないだろ……。
自堕落な生活もよかったけど、マユラが来てから時間に区切りをつけるのも悪くないと思い始めていた。
そんなタイミングだったから、ミグたちの登場も俺にとっては少しも苦にはならなかった。歴史ったって、『ジャイアント・サーガ』の設定資料を読み上げるだけだし。友達とゲームの話をしているのと大差ない。
何よりミグたちが素直で積極的だったのが大きかった。
やんちゃ気味の次女マグでさえ、俺の名前を出すとすぐに恭順的な態度を示す。
これなら教える側が楽しくなってしまうのも、道理というものだろう。
そんなふうな、ちょっとうぬぼれ気味の張り合いを感じて数日がたった頃だった。
「ご主人様、おはようございます。それでは、お掃除させていただきます」
「はえっ……?」
ようやく自分たちの部屋で寝ることを覚えてくれたはずのミグが、朝から俺の部屋に押しかけてくるなり、楚々とお辞儀をしてそう言った。
「掃除だーっ」
「わあーい」
ミグの後ろから、マグとメグが風のように現れて、俺の部屋を駆け回った。
「なっ……何だ? 何だ?」
寝ぼけ眼の俺は、枕を抱えたままベッドの上で防御態勢を取るほかない。
窓が開けられ、テーブルに積み上げてあった本は棚に戻され、飲みかけだったコップは回収され、隅々まで雑巾がけがなされた末に、俺はベッドを追い出され、シワ一つない見事なベッドメイクが完了した。
十分もかからなかったのではないだろうか。
「それでは、グリフォンリース様のお部屋のお掃除もありますので、これで」
ミグが掃除用具を持ったまま一礼すると、妹二人も笑顔のままぺこりと頭を下げ、扉を閉めた。
そして数秒後、
「なっ、なっ、何でありますか!? あ、ああーっ!」
グリフォンリースの叫びが聞こえ、あちらの部屋でも大掃除が始まったようだった。
「どういうことなんだ……」
俺は昨日、マユラとの猫探しの途中で購入した動物図鑑を手に取って広げた。
昨夜のうちに読もうと思って、そのまま寝てしまったのだ。
「あのオッチャン、何キツネって言ってたっけ……パニシード、覚えてないか?」
「ええと、確かケダマキツネとかいう名称を、夢うつつに聞いた気がしますが」
「ケダマキツネ、ケダマキツネ……あった」
イラスト入りで紹介されている。名前の通り、ケダマに目と鼻と口がついているような可愛らしい生き物だった。
「愛らしい外見に反して、非常に賢く、優秀なハンター。その一方で非常にきれい好きで、巣穴の掃除を欠かさない。数匹の群で行動するが、彼ら総出の大掃除の様子は見事というほかない……これか!」
この本能が発動しているのだ。
確かに、掃除の手並みは凄まじかった。
手際の良さもあるが、何よりも彼女たちの身のこなしだ。
部屋の中を三人で行き来すれば相当手狭になるはずだが、器用にちょろちょろと動き回り、お互いがすれ違う際も、かすかな衣擦れの音だけ残し鮮やかにすり抜けていく。
生まれながらにして掃除のプロというわけか。
「ご協力ありがとうございました。グリフォンリース様」
「またね、グリフォンリース」
「ばいばーい」
「まっ、待つでありますマグ! あなたが頭にかぶっているのは、わたしの下着であります!」
…………。
まあ、まだちょっと変なところはあるけど、これは悪い資質ではない。
俺も部屋の掃除をしなくてすむ……っていうか、自分でするより全然綺麗だぞこれ。
これはとんだ拾いものをしたかもしれないな。
などと思っていたら、
「コタロー、我、思いついた」
いつもの食堂で、みんなで朝食をとっているとき、マユラが突然そう切り出した。
なおジェットストリームアタックは使えた模様