第二十一話 奴隷じゃないよ! 安定志向!
その日、俺たちは闇市場に来ていた。
何だか不穏な名称だけど、要は表通りにある正規の市場じゃなく、許可を得ていない一般人でも店を出せるフリーマーケットみたいなものだ。
「色んなものがあるぞ、コタロー! それにどれも非常にお手頃価格なのだ!」
地面に布を敷いただけの簡素な露店の間を、踊るように行き来しながらマユラが嬉しそうに言った。
「あっ。このティーカップ、ペアで使えるようになってるであります。コ、コタロー殿、こ、これ、どうでありますか」
「ああ。買いたければ買っていいぞ。そのために来たんだからな」
闇市について教えてくれたのは、同じアパートに住むロイドという商家の息子だ。
骨董品を扱う傍ら、再利用できそうな中古品の売買にも手を出している家らしく、この町の闇市はなかなかレベルが高くて、その道では有名なのだそうだ。
そして、彼が教えてくれたこの闇市のもう一つの楽しみ方。
「いらっしゃーい。自家製のハーブティーを用意してるよ。気軽に飲んでいってね」
「アカヤマガニ釣りだよ。一回たったの一キルトだよ」
「ネズミのレースはこちら。見事一等当てた人には、特製の砂糖菓子だ!」
このお祭りみたいな雑多な感じ。
生業にはできないが、ちょっと思いついた、とか、ちょっとやってみたかった、で店が出せるから、そのバリエーションは従来の市場の比ではないらしい。
その分当たりはずれも大きくて、失敗したくなければ相応の目を養わないといけないそうだが。
「わたしの眼鏡にかなうような商品はなかなかないですねえ」
虚栄心およびブランド志向の強いパニシードはあまり興味がなさそうだ。
その分グリフォンリースとマユラが縦横無尽に駆け回っているので、俺としては一人くらい大人しくしててくれた方が助かるが。
さて、歴史書か伝記でも手に入れば、個人的には大満足なんだが、どうかな。
しばらく進むと、店も少しまばらになってきた。
メインストリートから遠ざかると客足も伸びなくなるので、このあたりは出遅れた店主ということになるのだろう。
ただ、その分広くスペースを使えるので、あえてここに陣取る店主もいるのだとか。それを見越してやってくる通もいる。まあ、全部ロイドの受け売りだけど。
「あっ。猫だ。猫だぞー」
ここ数日、猫を探して町中を歩き回っていたマユラが、その影に反応して吸い寄せられていった。
「このお店は、何でありますか?」
「よく聞いてくれたね、お嬢ちゃんたち。ここは、オッチャンが捕まえてきた動物を売ってる店だよ」
他の露店の三倍くらいの広さに、小型の檻がいくつも置いてある。
中にはどれも小さな動物が入れられており、寝ていたり、うろうろと歩き回ったりしている。
ペットショップらしい。
ただ、俺はこの町でペットショップというのを見たことがない。もしかすると、これはこの世界ではまだ未開発の業種なのかもしれない。
「わあー。可愛いでありますね」
グリフォンリースが小さい檻をのぞき込みながら目を輝かせる。
「だろ? そいつはね、リスリコリスっていうんだ。まあ、うちの裏庭に山ほどいたやつなんだけどね。都会じゃ珍しいだろ?」
店主のオッチャンも、ガタイはいいけど顔は優しくて、口調も親しみやすい。何より楽しそうだ。これは気をつけないと何匹か買わされてしまうかもしれないな。
「おい店主。こっちの大きい箱は何だ? 布がかけてあって中身が見えないぞ」
マユラが指さす先には、人がゆうゆう入れそうな大きな檻がある。大型の動物でも入ってるのか?
「お目が高いねえ、お嬢ちゃん。そいつは今日の目玉商品だよ。かなーり珍しくて、オッチャンもそうそう見たことがないんだ。ちょっと恐がりだから、布で覆って外が見えないようにしてあるんだ」
「何だ。恐がりなのか。じゃあ、我も見ない方がいいのか?」
優しいマユラが一歩退こうとすると、
「いやいや。お嬢ちゃんは優しそうだから、きっとこいつも喜んでくれると思うよ。じゃあ、ちょっとだけ見てみようか」
すべては段取り通りといわんばかりの動作で、オッチャンは立ち上がって布に手をかけた。
単純なマユラはもう釘付けにされて離れることもできない。
まあ、さすがにあんなでかい檻がいるような動物を飼うわけにはいかないし、特段注意しなくてもいいだろ。
俺がそう思った、そのときだった。
「ぎゃ……ぎゃにゅわああああああああああああああっ」
悲鳴を上げてマユラが盛大に後ろにコケた。
「ひっ……ひーっ……ひっ、ひっ……」
涙目になりながら、オッチャンが布をめくった箱の中身へ、ぶんぶんと指先を振る。
「あれ? どうしたの? そんなに怖かった?」
きょとんとするオッチャン。
子グマでも入ってたのかな? 俺とグリフォンリースは顔を見合わせ、マユラがひたすら指を突きつけている檻をのぞきこんだ。
不思議そうに笑いながら、オッチャンも中を見る。
少女が、いた。
粗末な服を着た十歳くらいの少女が三人、肩を寄せ合って、ぶるぶると震えながら、怯えた目をこちらへと注いでいる。
髪は金。瞳はブルーだが、どちらも色あせ、汚れて見えた。何かとてつもない悪意に打ちのめされ、心を砕かれた後のように。
「人っ……人が……人がーっ……」
マユラがようやく言葉を発した。
そう。人が売られていた。
「な……なにいっ……」
「な、何でありますか、これはっ……!?」
俺もグリフォンリースも動揺を隠せない。
しかし一番驚いていたのは、多分。
「えっ……ええええええっ……ええええええええええええええええっっ!?」
店のオッチャンだった。
「なっ、何で!? 俺ぁ確かに、ケダマキツネの子供を三匹捕まえて、この檻に入れたのに!? なんで女の子が入ってるんだよおおおおおっ……!?」
俺たちが完全に恐怖の眼差しを向けると、オッチャンはさめざめと泣きながら、
「違うっ、違うよ! 俺はこんなひどいことしてない! だって人じゃん! オッチャンだって人と動物の区別はつくよ! これは何かの間違いだよおおおおっ!」
ここで俺は、あることに気づいてしまった。
この子たち、表情や汚れのせいでちょっとわからなかったけど、マユラそっくりだ。
実は、この闇市というマップには、ある特殊なバグが存在する。
ゲーム内でもここにはペットショップが存在して、動物の購入ができるわけじゃないけど、檻の中に動物が入っているところまではドットで表現されてる。
その檻の中の動物が、ある条件でグラフィック変化を起こす。
直近で、グラフィック変化をさせたものと、同じ姿に。
やっ、やっちまったあああああああああああああああああああ!
子供の頃「人が檻の中に入ってるぜプゲラ」とか言いながらプレイしてたけど、現実で見るとこれはやべええええええええええええええ!
俺は「違うよ、違うよ」と言いながらむせび泣いているオッチャンを見た。
オッチャンは確かにナントカキツネを捕まえたのだろう。そしてこの檻に入れた。
そのときはそうだった。しかし……俺がここに来たタイミングか、それともオッチャンがここに来たタイミングかで、世界がバグったのだ。
三匹のキツネは、三人の女の子になってしまった。
マユラの元になった、律儀で、勤勉で、可愛らしい女の子の姿に!
まるで奴隷だ!
ということは……この三人は、俺が奴隷に落としたも同然なのか……!?
そして、何も悪くないオッチャンは人身売買の闇商人に……!?
う、うわああああああああああああああああああ!
ここでは世界一奴隷が大切にされているのだ
昨日の投稿がミスっていたようなので、二話分更新します