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第十九話 ねこだいすき再び! 安定志向!

 翌日、捕獲用のカゴを背負っているのはマユラだった。

 彼女の背中は、その大きなカゴですっぽりと隠れてしまうほど小さい。


「マユラ、大丈夫でありますか? カゴはコタロー殿に任せた方がよいのでは?」

「大丈夫だ、グリフォンリース。我は……おっとっと」

 突風に煽られたマユラがさっそくよろけ、俺は無造作にそれを支えた。


「ダメそうですよ、あなた様」

「そ、そんなことはないぞパニシード。今の風は、たまたまいじわるだった!」

 意地を張る魔王少女が、助けを求めるように俺の方を見てくる。

「ふわあ」

「何語だっ! あくびをするな! 我は真剣に働こうとしているのだ!」


 わかってるけど、ここ最近早起きとかまったくしなかったから、さっきからあくびが止まらないのだ。


 今は時刻でいうと、朝の七時くらいなのかな。

 照明器具が未発達なせいか、異世界人の朝と夜は早い。

 だからグランゼニスの住人たちはもうとっくにフル稼働しているわけだが、俺、そしてパニシードは最近のぼんくら暮らしが災いして、まだ半分スリープモードだ。


「よ、よし。猫を探すぞっ。我、頑張るからなっ」

 緊張した面持ちで、通りの階段を下りる。


 勾配が急で、段差が高く、一段一段を慎重に踏みしめていく様子を見て、

「心配であります」

 と不安げなグリフォンリースの声がした。


 今日は普段着のグリフォンリースは、初対面時の修羅場とは裏腹に、マユラとすぐに打ち解けた。

 でっち上げた恩人の娘設定もあろうが、最大の要因は、グリフォンリースが小さい子供の面倒を見るのが得意だったことにあるだろう。何でも、故郷では年下の世話係のようなことをよくやっていたらしい。

 そんな裏設定があったんだね、グリフォンリースちゃん。ますますこいつの健気ポイントが上がってる気がするよ。


「迷い猫やーい。迷い猫やーい」


 が。探せどもなかなか猫は見つからない。

 俺は他人の初見プレイを見ている思いで、マユラの後ろについていった。

 一切の口出しは不要だと、昨日のうちに釘を刺されていた手前、猫の隠れ場所の近くを通過しても声一つあげられないもどかしさ。


「ふあーあ。暇ですねえ。あなた様の肩で寝ててもいいですか?」

「好きにしろ」


 一時間ほどたっても猫は一匹も見つからなかった。

 そうだった。この猫探し、本来はクソ面倒くさいクエストなんだった。

 報酬は安いしヒントは少ないし、戦闘もないから結局退屈だし、初見では間違いなく一番時間がかかる。そんなことをするくらいなら、とっとと戦闘クエストに出るのが普通だ。ゲームなんだから、しくじったらリセットすればいいし。


「つ、疲れたぞ……」


 やる気も尽き果てたか、マユラはベンチに座り込んでしまった。

「見つからん! なぜだ! コタローは簡単に見つけていたのに!」

 俺は答えを知ってるだけなんだよ。知らないとこれはクソクエだ。

 その目線がかち合うと、マユラははっとした表情になり、

「何も言う必要はないからな。我は全っ然、諦めたりしてないからな。ホントだぞ!」

「はいはい……」


 俺は周囲の様子に目をやった。

 一般的に〈貧民街〉と呼ばれる場所だ。木造の掘っ立て小屋も多く、荷馬車が通るための石畳も整備されていない。


 ただ、大通りにある洗練された賑やかさとは違った、素朴な騒々しさがここにはある。

 子供は無邪気に駆け回り、ぶつかられた大人たちは「気をつけろガキども!」とわめき散らすが、顔はどちらも笑っている。住人たちの距離感の近さがうかがえた。


 そんな喧噪から、子供たちの一団が抜け出て、ひそひそ何か言い合いながら、こちらに歩いてきた。


「なあ」

「ん。我か?」

 年齢は、マユラより少し下くらいだろうか。日焼けした活発そうな少年で、さらに下のちびっ子たちを引き連れた、これはまさか、ショーワにいたというガキダイショーってやつではないだろうか。


「何なんだ、これ」

 少年が指さしたのは、マユラの横に置かれた猫取りのカゴだ。「猫、捜索中!」の張り紙は未だに健在。


「我は迷い猫を探す仕事の最中なのだ」

「猫いねーじゃん。探してもいねーじゃん」

 少年が言うと、ちびっ子たちもクスクス笑う。

「ちょ、ちょっと休憩中なだけだぞ、ワラベども!」

「……? ワラベって何だよ」

「子供という意味だ。それくらい知っておけ」

「おまえだって子供じゃねーか」

「う、うるさい!」


 マユラが必死に目を尖らせた。しかしこの程度の威嚇、下町の子供たちには通用しないだろう。「ふーん」とだけ言った少年は、今度は不思議そうに聞いてきた。


「おまえ、何で子供なのに仕事なんかしてるんだ? こいつにやらされてんのか?」

 俺を指さしてくる。

 パニシードは居眠りしたままだから、グリフォンリースあたりがやんわり訂正してくれるかと思ったが、チラ見してみると何やらニヤニヤ笑っている。おいおい。何だ?


「違うぞ。我は我の意思でこいつの仕事を手伝っているのだ。まあ、その、確かに猫は見つかっていないが……」

「ふーん。おまえ、カネモチのくせにエライな」

「おまえではない。マユラという名前がある。それから我は金持ちではない」

「そ、そっか。おまえマユラっていうのか。オレはケトだ。何だ、マユラはカネモチじゃねーのか。そんな綺麗な服着てるから、間違えちゃった」


 ケトは一度ちびっ子たちと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


「カネモチじゃねーならいいこと教えてやるよ。このへんに、よく猫が来るんだ。野良じゃない、ちゃんとしたやつだ」

「わたちたち、ちゃと、って呼んでるんだぁ」

 マユラよりもずっと小さい舌足らずの女の子が、嬉しそうに口添えした。


 そういえば〈貧民街〉に隠れてる迷い猫もいたな。


「本当か? コタロー、どう思う?」

「探してみる価値はあるな」

 立ち上がりかけた俺を、ケトが砂に汚れた手で制する。

「おっと待てよ。今回は特別にオレたちが探してきてやる」


「? なぜだ?」

 とたずねたのはマユラ。


「い、いいからちょっと待ってろよ!」

 ケトは焦ったように言うと、ずんずんと大股で歩いていった。その後を、ちびどもがちょろちょろと追いかけていく。


 ふと、グリフォンリースが俺をつついて、耳打ちしてきた。

「あの男の子、マユラに気があるみたいであります」

「へっ? わかるのか?」

「一目瞭然であります。会話を始めるときも、いつも自分から話を振って、気を引こうとしていたのであります」


 へえ……。偉いぞ少年! 俺がそんな果敢なアタックができたのは、幼稚園くらいまでだ! でもそいつの正体は魔王だから、その恋は早めに摘み取っておくんだぞ。


「他人の恋の花ほどしおれて楽しいものはないですよね、あなた様」

「なんで目覚めるなり赤裸々なクズ発言してんだよ。おまえの過去に一体何があった……」

 そんな雑談をしながら、ケトたちが戻ってくるのを待っていたときだった。


 身を寄せ合うようにして並んだ家屋のむこうから、絹を裂くような悲鳴が上がった。


誰にでも初見プレイはあるので、生暖かく見守ろう(戒め)

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― 新着の感想 ―
他人の恋の花ほどしおれて楽しいものはないですよね、 まさにまさに
[一言] 初見プレイについ口出ししたくなっちゃうのわかります
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