第十八話 こんなのただの女の子だよ! 安定志向
「むしゃむしゃ、むしゃむしゃ……」
俺はマユラをつれて、アパート近くの食堂に来ている。
腹が減っているというので、とりあえず好きなものを注文させてみたが。
こいつ、三人前のハンバーグぺろりと食べやがった。
しかもここは探索者や肉体労働者がよく利用する、質より量のお店だぞ。
「おい、口くらい拭けよ。行儀悪いぞ」
俺はハンカチを取り出して、ミートソースで汚れたマユラの口元を拭ってやる。
「んー。すまん」
目を閉じて、されるがままになっているマユラ。
こうしてると魔王だなんて到底思えない。
それに何だこの不思議な充実感は。他人の世話を焼くなんてまっぴらごめんなはずなのに、なぜか心が満ち足りてくる。
世話焼きの幼なじみヒロインってのは、こんな気持ちだったのかもしれんな。
自分の中の父性の目覚めを断じて認めない俺は、マユラの食べっぷりに見とれて、半分も飲めていなかった自分のオレンジジュースの残りをのどに流し込んだ。
「とてもおいしかった。ありがとうだぞ、おまえ」
にこにこと屈託のない笑みを浮かべながら、マユラが言う。
まだ少し髪は湿っているが、服は同じアパートのアマゾネス、ローラさんから貸してもらえた。サイズはやはり大きかったが、濡れた服よりは断然ましだ。
「ああ、それはよかった。あと、俺の名前はコタローな」
「コタローか。わかったぞ、コタロー!」
呼び捨てか魔王。まあ、呼び方はどうでもいいや。
グリフォンリースは未だ気絶中で、パニシードも住処に避難したままなので、今、ここには俺とマユラしかいない。
別の客はいるけど、今後のことについて話し合っておくなら、今しかないだろうな。
「それで、おまえはこれからどうするつもりなんだ? 何かアテがあるのか?」
「あったら、おまえのところになんか来るはずないだろ。我をこんな体にした相手だぞ」
「そりゃそうだな。……じゃあ、部下はどうなんだよ。おまえを探したりしてないのか?」
俺がそうたずねると、マユラはわずかに顔を翳らせ、
「知能の低い連中ならまだしも、〈源天の騎士〉たちは我が身を案じているかもしれんな」
「ヤツらか……」
〈源天の騎士〉は、いわゆる四天王とかのポジションにいる中ボスだ。
「知っているのか? コタロー」
「まあな」
「驚いたぞ……。おまえは一体何者なのだ? ただの人間ではあるまい」
「いい加減に選ばれた〈導きの人〉……要するにただの人間だよ。俺は」
「そうか。でも我は、もっとおまえのことが知りたいな?」
テーブルに頬杖をつき、小悪魔めいた笑みを向けてくるマユラ。こいつ、悪い女に育ちそうだよ……。
「俺のことは追々知っていけばいいさ。それより俺が不安なのは、おまえを追いかけて、他の魔物がこの町に入ってこないかってことだ」
「それなら心配はいらんだろう」
クスクス笑いながら、自分の胸に手を当てる。
「我はこんな体だぞ? 一体どうして、我がディゼス・アトラだと気づけるのだ?」
「それもそうか……」
自分の部下に食われることを心配してたくらいだもんな。
俺がそう納得し、一瞬会話が途切れたときだった。
「おっ、迷い猫バスターズじゃねえか。久しぶりだな。いつの間にか子供まで作って……もう探索者は引退したのかい?」
テーブル横を通りかかったエキストラ顔の男が、俺にそんなことを言ってきた。
こいつが俺の子供だったら、いつ仕込んだってんだよ……。
「別に引退したつもりはない。今はちょっと別のことをしてるだけだ」
「そうか。肉体労働は苦手そうだしな。まあ、頑張れよ」
名もなき探索者は、気楽に手を振りながらカウンターのおばちゃんの方へと歩いていった。
俺が現状で最強の探索者だってこと、誰も知らない。たまに自分でも忘れる。
「コタロー、コタロー!」
「なっ、なんだよ。そんなに身を乗り出して」
「迷い猫バスターズって何だ!? かっこいい!」
なんてキラキラした目なんだ。うっ……まぶしい……。
「迷い猫探しが得意だからついたあだ名だよ。別にかっこよくないぞ」
「いいや、かっこいいぞ! 我見たい! 猫探すところ見たい!」
「えぇ……」
俺が顔をしかめると、マユラは席から立ち上がり、猛然と弁舌を振るい始めた。
「我は知っているのだ。大人は労働をするものだと。それは尊いことだと。しかし労働が尊いのではない。労働によって人の営みが続き、安定した暮らしが続いていくことが尊いのである。そこをはき違えてはいけない!」
おお……と周囲のテーブルから歓声が上がり、続いて拍手がわき起こった。
なに魔王に感化されてんだよ、お客さんども!
この女の子グラのオリジナルも何者だよ!?
「というわけでコタロー! 我に人の営みを見せてくれ! 猫を探そう!」
びしっと突きつけられた指先に留められ、俺はしぶしぶうなずいた。
※
「迷子にだけはなるなよ。ここは大都市だからな」
「うむ。任せろ!」
マユラが俺の手を抱き込むようにしてしがみつく。
死ぬほど柔らかい。何でできてるんだ、この女の子は……。
俺はすでにギルドで猫探しの依頼を受け、捕獲用のカゴを背負った状態にある。
雨上がりのグランゼニスの空気は澄んで、吹く風に乗った草のにおいも瑞々しい。
クソッ、いきなり雨がやんだりしなければ、せめて猫探しを拒否する言い訳もあったのに。
「おっ、あの赤い果物は何だ!? すごくいいにおいがするぞ!」
「はっはっは、これこれ……」
「見ろ、強そうな武器が売ってる! すごいなーあこがれちゃうなー!」
「はっはっは、これこれ……」
「あそこの屋根青いぞ! 珍しいぞ! 綺麗だぞ!」
「はっはっは、これこれ……」
「あれは――これも――!」
はっはっは……。
ハ――――――――ッ!
危ねえ! 脳内で気合いを爆発させなかったら、孫娘と歩くジイサマにグラチェンジしてしまうところだったぞ! それくらいのどかな状態だった!
魔王もグラ元の女の子に引っ張られすぎだろ! ただの幼女じゃねえか!
「魔王には人間の町がそんなに珍しいか?」
人の腕をぐいぐい引っ張りながら歩くマユラへたずねる。
「以前は興味などなかった。だが、この体だ。この小さい体が、すべての景色を欲し、楽しんでいる。我はそれを抑えきれないのだ」
ふるふると武者震いしながら答えるマユラ。
この女の子は、もしかすると外に自由に遊びに行くのを禁じられてたのかもな。やっぱり、いいとこのお嬢さんなのだろう。
にゃー。
「あっ……ねこ……か?」
商店の前に置いてあった木箱の上から、黒猫があくびを向けてきた。
ようやく迎えが来たか、ってツラしてやがる。
この……可愛いやつめ!
「そーだよ。わかったら、さっさと篭屋のカゴに乗りな」
こちらの言葉が通じたはずもないのだが、黒猫はぱっと飛んで俺の肩を蹴ると、自分からカゴの中へと入っていった。
にゃー。
「おおおおっ、すごい、すごいぞおまえ! 猫がおまえの言うことを聞いたぞ!」
カゴの中で座っている猫を見ながら、マユラがぴょんぴょん飛び跳ねて興奮を露わにする。
何だ。魔王かと思ったら天使だった。
「よし、決めたぞ。我は働く」
「えっ」
待って。今なにかとてつもなく難しい決意をあっさりと固められた気がする。
「我も猫探しを手伝って、おまえの役に立つぞ! 世話になってばかりではいかんからな。それが人の道だ!」
お、おいおいおい。
これ魔王の思念じゃねえだろ。絶対、女の子の方の信念だろ!
すげー立派! 一体ご両親はどんな素晴らしい教育を施したんだ? 俺だったら養ってくれる相手見つけたら、永遠に縁側でお茶飲んでるはずだが!?
「いいだろう? コタロー!」
目を希望の光で満たしたマユラが、全身の期待を込めて俺を見上げてくる。
これを断れる鬼畜がいたら、そいつはきっと社会的に短命タイプだろう。
「ああ。好きにしてくれ」
「やった、ありがとう! 嬉しいぞ!」
ぎゅーっと抱きついてくる。
温かく、柔らかい……羽毛布団かな?
あれ、でもちょっと待って。
それって、俺もマユラに同行して猫探ししなきゃならないってこと?
もう寝転がってても金が入ってくるご身分になれたのに?
そんなあ……。
女の子のパーソナルに振り回される魔王と主人公の回