第百六十三話 グリフォンリース 安定志向!
『ジャイアント・サーガ』。
小学生時代にやり込んだ、俺が唯一、詳しいんだぞと胸を張れるゲーム。
数年ぶりに手に取ったにもかかわらず、パッケージを見た瞬間、脳みその古いところからいくつもの攻略チャートが自然と浮かび上がってくる。もはや体の構成部品の一つと言っても過言ではないレベルだ。
電源を入れると、ゲーム機は以前と変わらず起動した。ナントカタイマーなんぞクソ食らえ。日本の製品は優秀なのだ。
「どのチャートで行くか……。あんまりガチガチなのより、楽にプレイできるのがいいな。そう、安定チャート。バグありで」
メインテーマと共にオープニング画面が映し出される。
!”#$%&’()~=~|
「……ッッ?」
また、胸の奥がうずいた。
うー。何だ? わからん。変な病気とかじゃないだろうな。
人生が順調なのがフラグだとしたら、たまらん。
気を取り直して、NEWGAMEを選択。
主人公の名前はコタローにしておく。正直、自分の名前をつけるのは恥ずかしいのであまりやらないが、元々セーブするつもりがなかったので、これでいい。適当に懐かしんだら終わりにしよう。これがベテランのプレイングだ。
名前の入力が終わると、最初のイベントが始まる。
旅の途中にいる主人公が〈はじまりの馬小屋〉で寝ていると、妖精のパニシードが現れて、〈導きの人〉となることを告げられる。そこから彼の新たな旅が始まる――。
「パニ……シード」
妙に胸がざわめいた。
…………。
「……で、いいんだよな。パニシード。うん。そういう名前だった」
俺は今、何に引っかかったんだ? パニシードはパニシードだ。間違えて覚えていたわけでもない。あってる。
気を取り直して画面を注視する。
「そういえばここ、マップチェンジバグやると〈終わりのガントレット〉手に入るんだよな。はじまりの場所に終わりがあるとか、やっぱ『ジャイサガ』は変なゲームだよ」
イベント的には結構入り組んだ場面で使うアイテムなので、今はスルーする。
懐かしい気分に浸りながら、グランゼニスの城下町へ入る。
「さて、と。誰を仲間にしようかな……。楽にやるなら、やっぱアインリッヒとクラフツカは鉄板……。いや……。…………ええと……」
違う。違うな……。もっと別のヤツを……? え、何で? アインリッヒ兄貴は強キャラの一人だったはず。
何かがそれを拒んでる。
クッソ、やっぱ久しぶりだから忘れてんのかな。この二人を選ばない理由……。何かデメリットあったっけか……? うーむ、わからん。
「あー。なら、あいつでいいか。あの役立たず。確か裏路地にいたよな」
ひとりごちながら、キャラを移動させる。
「何て名前だっけな。グリ……グリフォン? 何か強そうな名前」
名前は強そうだけど実際は弱い。【騎士】のクラスとして中途半端な性能のせいだ。
しかし、そこはプレイヤーの腕の見せ所。うまくバグを使っていけば、序盤から面白い戦法で戦えるキャラになる。
よし、今回はそれでいこう。ちょうど、そのためのチャートも閃いた。
そのキャラは、裏路地の粗大ゴミ置き場らしきところにひっそりといる。
全身鎧のドット絵。それだけでは性別すら不明だ。
話しかけると、
「自分はグリフォンリースであります! 仲間を守るタテとしてがんばるであります!」
というテキストが表示され、次に、
・よし、タテになってくれ!
・いや、ちょっと考えさせて
の選択肢が表示される。
『ジャイサガ』の性悪な選択肢からすると、温情ある文面だ。まだ序盤だから、スタッフも様子見で済ませてくれているらしい。
俺は――
少し考えて「いや、ちょっと考えさせて」を選んだ。
「ザンネンであります……」
グリフォンリースの寂しげな台詞が表示され、会話は終了する。
「…………」
俺は、もう一度話しかける。
「自分はグリフォンリースであります! 仲間を守るタテとしてがんばるであります!」
・いや、ちょっと考えさせて
「ザンネンであります……」
同じ反応が返ってくる。
もう一度話しかける。
「自分はグリフォンリースであります! 仲間を守るタテとしてがんばるであります!」
・いや、ちょっと考えさせて
「ザンネンであります……」
また同じ反応。何度やっても同じだ。
「自分はグリフォンリースであります! 仲間を守るタテとしてがんばるであります!」
四度目で俺はようやく、
・よし、タテになってくれ!
を選んだ。
「よろしくお願いするであります!」
短い文章を表示し、メッセージウインドウは閉じて、グリフォンリースの姿が消える。
メニュー画面を開くと、彼女がいた。
俺は……。
メニューを何度も開閉し、ステータスを見て、装備欄をいじった。
彼女が最初から持っている〈騎士の鎧〉をはずしたり、主人公の武器を持たせたりしてみた。同じようなことを何度も何度も繰り返した。
気が狂ったみたいに、自分でもどうしようもなく、その奇行を繰り返した。
コントローラーを握る手の上に何かが落ちる。
濡れた、熱いもの。
「あ、あれ……? 何だこれ……」
俺の目から、なぜか涙が溢れていた。
何かの間違いかと手で拭うが、滴は次から次へと落ちていく。
「わかんねえ。何で涙が出るんだ……? 懐かしすぎたかな……?」
何度も何度も目元をこする。それでも涙は止まらない。
懐かしさなんかじゃない。
かすれた声がもれた。
「なんでだよ、グリフォンリース……」
俺はテレビに手を伸ばすようにしてうめいていた。
「どうして何も言ってくれないんだよ」
舌が不可解な言葉を紡いでいく。
なぜ自分がそんなことを言うのかわからない。でも、止められない。
胸が、顔が、体中が熱くて、寒い。
「どうしてだよ。おまえはもっと……色んな顔と色んな言葉を俺に……俺にくれたじゃないかよ……。なあ、笑ってくれよ。何か言ってくれよ、グリフォンリース……! 頼むから……お願いだから……!」
涙で滲んだ画面の中のドット絵は動かない。
伸ばした手がテレビ画面にふれて止まる。
どうあっても、その先へは進めない。
彼女にさわれない。
溢れてくる言葉と心は、いつしか嗚咽に変わっていた。
「ううううううっ……あああああ……!」
悲しい。苦しい。彼女がこの世界にいないことが、どうしようもなくつらい。
何で泣くんだ。何が悲しいんだ。自分のことがわからない。けれど、この慟哭は間違いなく俺のものだ。
胸が張り裂けそうだった。空っぽになった思い出が、無性に悲しい。
俺は何を考えている。俺は何を忘れている。
そんなことどうでもいい。ただ、
会いたい! グリフォンリースに会いたい!
息苦しさに耐えられなくなって、俺は胸を押さえた。
そんなことでこの痛みから逃れられるはずもなかったが――
そのとき。
指が何か硬いものを掴んだ。
そこには何もない。それでも、指は確かにその感触を掴んでいる。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、みっともなく鼻水を垂らしながら、俺は口元がぐにゃりと曲がるのを自覚した。
胸の奥で何かがきらめく。
「そうか……」
俺はなぜか笑っていた。無理矢理、笑っていた。
「なくさないよう、首から提げてたんだよな……ははっ……。忘れるなっつーの……」
服の上から感触だけのそれをしっかりと掴み、俺の口は勝手に言った。
「ここは俺の現実じゃない」
コマンド。
使う。
〈奥の瞳のペンダント〉。
「終わりだ〈古ぼけた風〉。ひでえ悪夢だったよ」
手の中の〈奥の瞳のペンダント〉から生まれた爆発的な光が、視界のすべてをなめつくしていく。
薄暗い部屋は黄金の輝きに埋もれて消え、俺は自然とまぶたを閉じて、光とともに体を包むぬくもりに心を委ねた。
遠ざかっていく。
音も、誰かの声も、約束も……。
すべて。
おつかれさまでした。
この話をもって、当作品のシリアスは終了です。
後は気の抜けた展開をお楽しみください。
なお、前回まで後書きにあった変な文章ですが、パソコンのキーボードをよく見ると何が書いてあるのか読めるようになるかもしれません。(うちの場合はシフトキーの二つ右)
書いてあるものの意味がわからない人はググってみましょう。使わない知識が増えます。