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第百五十六話 生者の世界へ! 安定志向!

 耳の奥に激しい剣戟の残響を刻みつけて、戦いは終わった。

 斬られた際に持ち主の手を離れ、こちらまで転がってきた〈ヒスイの魔剣〉を拾うと、俺はテュルフィにそれを手渡した。


「これで〈ガラスの魔剣〉と〈ヒスイの魔剣〉が揃った」


 満足げにうなずく動作とは裏腹に、声に一抹の寂しさがあるように思えたのはなぜか。


「ありがとうコタロー。約束を守ってくれた」

「ああ、それはいいんだけど……」


 テュルフィの隣に浮かぶ〈グレイブキーパー〉をちらりと見やる。

 彼はこちらに背を向け、〈ヒスイの民〉の亡霊が霧散した地点をじっと見つめていた。祈っていたのかもしれない。

 とりあえず、ここからまたトムとジェリーが始まる心配はなさそうだ。


「さっきの、〈ガラスの民〉と〈ヒスイの民〉がおまえたちを生んだっていうのは、本当なのか?」


 俺は亡霊は叫んだ言葉についてたずねていた。

 もし本当なら、魔王を生んだのは人間ということになる。


 テュルフィはうなずいた。


「そうだね。彼らは現在の人間とは比べものにならないほど高度な文明を築いていた。そして彼らはついに〝黄金の律〟の秘密へと到達し、その操作方法を編み出した。彼らはそれを駆使し、ますます栄華を極めていった。その結果、〝黄金の律〟に大きな傷がつき、僕らが生まれたんだ」

「そうだったのか……」


 魔王は人間が生んだ。

 自らの繁栄のために世界の摂理をねじ曲げ、はるか未来まで人類の脅威となるものを作ってしまった。

 その真実は、俺だけでなく、話を横で聞いていたグリフォンリースたちを絶句させるに十分な衝撃を持っていた。


 何てこった。人間は悲劇的に襲われているわけじゃない。なるべくして危機に陥っているのだ。


 自業自得じゃないか、とニヒルに突き放すことはできる。しかし同時に、なぜそんな太古の文明のツケを俺たちが背負わされるのかという憤りもまた押し殺せない。

 なるほど。未来の俺たちのこの怒りを、あの亡霊は恐れていたわけだ。


「ただね、元より〝黄金の律〟には無数の狂いがあったんだ。それが形を成して世界に顕現するほどにまで成長したのは彼らが原因であったにしろ、時間の問題でもあった。いずれどこかで僕らは生まれ、君らとぶつかっていたんだよ。それがいつの時代であっても、意味に違いはない」


 自分の時代さえ平和なら……なんて考えに、意味はないのだろう。これはこの世界の、あらゆる時代のあらゆる命が直面する問題だったのだ。


 古代人たちも、こんなことになるなんて思わなかったに違いない。

 未来のために死んでもまだ戦う準備を残していたくらいだ。無責任ではなかった。


 そんな彼に、〈グレイブキーパー〉は、この世は生者のものだと言った。

 古代人の遺跡につばを吐きかけても何も解決しない。

 この世のことは、生きている俺たちが対処すべきこと。


 それに、過去からの負債をすべて拒むのなら、過去から変化しつつも続いてきた思想や文化、技術もすべて放棄しなければ虫が良すぎるってものだろう。

 繋がってる。善も悪も、何もかも。


「それで、どうする?」

「何が?」


 俺の問いかけに、テュルフィは首を傾げた。


「フルンティーガは、〈ガラスの魔剣〉を得て、本来の力を取り戻した状態で俺に挑んできた。俺たちには、おまえたちの協力が必要だ。そのためには、こちらの力を示すことが必要かもしれないと考えてる。おまえは俺たちと戦うか?」

「そうだね……」


 テュルフィは鋼の指先が包む〈ヒスイの魔剣〉を一瞥し、次に〈グレイブキーパー〉、そして俺たちへと視線を移した。


「いや、やめておこう。約束は果たしてもらったし、君に求めるのはどうやら単なる強さではなさそうだ。僕と君が組み、そしてあの墓守とさえ共闘したというこの奇縁こそが、君がもたらしたもののような気がするからね」

「そうか。ありがたい」


 よかった。〈ヒスイの魔剣〉版テュルフィなんてゲームにも存在していないから、実はまったく対策なんてしていなかったのだ。

 亡霊というアクシデントのことを考えれば、ここでテュルフィが突如敵に回るという可能性はゼロではなかったわけだけども……。


「話はまとまったか? すぐにその剣を持って火山に戻るぞ」


 ぬっと顔を近づけてきた〈グレイブキーパー〉に、俺はぎょっとなる。

 敵意がないのはわかっているが、この白いハンサム顔が間近にあるのは心臓に悪い。

 凍りつく俺をよそに、テュルフィは気安く言った。


「ああ、そうしよう。それにしても、ネズミに化けてまで僕らのあとに着いてくるとは、そちらも酔狂なところがあるんだね」

「この人間を追う最中に、〈冥道〉に何者かが侵入したのはすぐにわかった。そして、この人間も入り口の遺品には目もくれず、ここに侵入した。しかし、ここには死者以外何もない。その真意を確かめるため、正体を隠して同行したのだ。まさか〈導きの人〉と〈源天の騎士〉が組んでいるとは思わなかったが……」


「奇妙な組み合わせだろう? しかし、僕と死の守人であるそちらが、こうして平然と話をしているのも相当奇妙だ」

「生者の世界で、かつてないことが起ころうとしているということか?」

「それに賭けてる。その結果、何が起こるのかは、僕にもわからないけれど」


 何で普通に会話できてるんですかねえ、この二人……。

 俺なんか〈グレイブキーパー〉が怖くて何を話していいかわからない。


「しかし、あのヂューとかヂュエーとか言っていた変なネズミが、まさか死の番人だったとは。そんな強面で、なかなかの役者じゃないか」


 と思っていたら、テュルフィが言わなくてもいいことをクスクス笑いながら口にしやがった。やめろてめえ怒らせたらどうする!

 はらはらしながら〈グレイブキーパー〉の顔色をうかがうと、


「であろう?」


 砕けた様子で返しやがった。


 何だよこいつ! 何でちょっと楽しそうなんだよ! このお茶目さんが!

 そんなだから『ジャイサガ』でもっとも優しい人とか言われるんだよ死神!


 にしても――。

 俺は背中にへばりつき、顔も上げないキーニちゃんを振り返る。


 気絶から立ち直ってから、ずっとこんな感じだ。

 完全に怯えきっている。無理もない。あんなに可愛がっていたネズミの管理人は、どう見てもホラーな〈グレイブキーパー〉だったのだ。


 変なトラウマになってなければいいが。

 ダンジョンから脱出したら、しばらくはそっとしといてやらないとダメかもしれない。


 俺がそう思ったときだった。


 ――ヂューッ! ヂュエ! ヂュラ、ヂュラ!


 どこからともなく、聞き覚えのある声がした。

 それも、一つや二つではない。たくさんだ!


 振り返ると、部屋に通じる通路から、何匹ものネズミが駆け込んできていた。


「墓守、門番すっぽかして何してるヂュ!」

「ちゃんと働けヂュエ!」

「こっちはおまえの尻ぬぐいまでするつもりはないヂュラ!」


 彼らは〈グレイブキーパー〉のまわりに集まると、ヂューヂューはやし立てながら、嫌がらせのように黒衣に飛びついてはずり落ちたりしている。


 何だこれ……。ヂュラがいっぱいいる!


「わかったわかった。すぐに戻る。死者が余計なものを持ち込んでいたので、回収しに来たのだ」

「何だと! 死者の所持品を管理するのはそちらの仕事ヂュ! 職務怠慢ヂュ!」

「休暇よこせハゲ!」


 非難ごうごう。

 そうか。ネズミが管理人をやってるのは本当なのか。それに、管理人が一人……っつうか一匹だとも言ってない。つまり、ヂュラは山ほどいたのだ。


 ふと、背後霊の重圧が消えた。


「ヂュエッ!?」


 見れば、〈グレイブキーパー〉に飛びつくネズミを、キーニが掴んでいた。


「何するヂュこの人間!」

「離すヂュエ!」

「動物虐待は犯罪だぞヂュラ!」


 すげー既視感あるぞこの光景。


 管理人たちの非難を受けつつも、キーニちゃんは彼らを黙々と拾い上げ、頭の上に載せ、収まりきらないのは両手に抱えた。

 そのジト目には、満足げな光がある。


《とても可愛い》《あったかい》《癒される》


「まったくネズミの扱いがなってないヂュ」

「どこのヤツヂュラ」


 不満めいたことを言いつつ、鼻をひくつかせ、キーニの肩や腕を駆け回るネズミたち。

〈グレイブキーパー〉ももんくは垂れてたけど離れなかったし、相性いいのかキーニちゃんとネズミは……?


 ともあれ、これで彼女の傷は癒されるだろう。

 さあ、後は脱出するだけだ。


〈ヒスイの魔剣〉に魅入られた死者たちは、俺たちが近づくと一斉にうめきだしたが、通過した後は徐々に静かになっていった。

 執着していたものが去りゆくのを理解したのだろう。彼らもじき物欲から解き放たれ、転生するだろう。どうか守銭奴になりませんように。


「〈アークエネミー〉に戻ったとき、僕たちの精神は統合される」


 道すがら、テュルフィが話しかけてきた。


「別人になっちまうってことか?」

「解釈は任せる。こちらの人格は元よりフェイクだ。意思によく似たものが、〝黄金の律〟を傷つけようとする破壊衝動に付随しているにすぎない」

「難しい話をしても俺には理解できないぞ」


 本当はわかってる。ただ、こうして話ができている相手がフェイクだとかまがい物だとか、そういうふうに考えるのを嫌っただけだ。何しろ俺は、ボーカロイドやら読み上げソフトやら、何でも擬人化してしまう国の生まれだからな。


「ありがとう」


 テュルフィの返礼は笑いを含んでいた。


 俺は何となく思う。こいつは、今の自分がそれほど嫌いではないのかもしれない。〈ヒスイの魔剣〉を求める意志とは真逆に、〈アークエネミー〉に戻ることを、心から望んでいるのではないのかもしれない。

 しかし、今、その気持ちを確かめることはしないし、忖度もしない。

 俺はなすべきことの途中にいる。

 こいつも。


「〈アークエネミー〉は分断された〈源天の騎士〉の性質をすべて引き継ぐ。もし君がそれの協力を得ようとするなら、すべての〈源天の騎士〉からの同意が不可欠だ」


 静かに、訴えるような口調で、テュルフィは告げた。


「コタロー。〈古ぼけた風〉に会え。彼は魔王城にいる」

「ああ。そのつもりだ」


 俺は短く応じた。


「彼は間違いなく君を認めていない。彼の同意が得られなければ、僕らは〈アークエネミー〉になったとき、君への協力を拒むだろう」


 つまりその逆になれば、すべてうまくいくということ。

 そうなれば、いよいよすべての準備が整う。


 バグ技と安定チャートでいくフリーシナリオ異世界攻略の完遂まで、残る障害は、あとたったの三つ。


 とうとうここまで来た。


「君は〈古ぼけた風〉を納得させる力を示さなければいけない。だから、この場で、彼の力について僕から助言することはできない」

「わかってる。気にするな」

「でも、もし僕を友と思ってくれるなら、一つだけ言わせてほしい」


 意外な言葉が出た。友、だって?


 俺はテュルフィを見つめた。

 威嚇的な兜の隙間からのぞく闇に、きっとこいつの貌はない。

 しかしそれでも、素朴な誰かのはにかむ顔を見た気がした。


「聞かせてくれ。友達」


「――心」


 ただ一言、テュルフィはそう言った。


 ありふれた単語。それ一つでは何もわからない。

 しかし俺は知っている。

 こいつは、一番必要な言葉をくれた。


「わかった。心だな」

「うん。覚えておいて」


 ちょうど現世の入り口が見えたところだった。

 これで〈落冥〉も終了。地獄の底からの帰還してみれば、案外悪い冒険でもなかった気がする。


《この子たちみんなつれて帰る》《帰るしかない》《休暇だと思えばいい》《そのうち戻す》《気が向いたら》《可能なら》《行けたら》《だから認めろ!》


「ダメだ。そいつらは〈冥道〉を管理する役目がある。地上に出すわけにはいかない」


 キーニちゃんがヂュラたちを抱えたまま〈グレイブキーパー〉とにらみ合ってるんですが、これは……。


 なに? なにやってるのこの人たち?

 つーかキーニ、マジで何やってんだ!? 相手をよく見ろあの〈グレイブキーパー〉だぞ正気か!?


「〈導きの人〉、これを何とかしろ」


《コタロー》《このホネを黙らせるべき》《動物の過重労働は虐待と同じ》《正義はこちらにある》《見た目からしてこいつ悪》


 二人して話を俺に振ってきやがった! おいやめろ俺を巻き込むんじゃない!


「立場上、おまえはこの子に味方するのが当然ヂュ!」

「墓守と戦えヂュエ!」

「戦って我らを勝ち取れヂュラ!」


 うるせえネズミ! 外に出る気満々じゃねえか!


「おまえが代わりを務めるというのなら考えてやってもいいが?」

「ヒイッ!」


〈グレイブキーパー〉の冗談ともつかない脅しに、俺の心臓はワンサイズ小さくなった。

 クソッ、前言撤回! ろくでもねえ場所だよここは! 最悪な冒険だった!


「キーニ。よく聞くんだ。ヂュラたちと会いたければ、また遊びに来る。それに、これからが正念場だからそれが終わるまではちょっと我慢しよう。な?」


《…………》《本当に来る?》《絶対に来る?》《今日だけはウソつくのなし》《誓って言える?》《ウソついたら相当にひどいことになる》《本に挟んだしおりを抜く》《スープ用のスプーンをフォークにすり替える》《ベッドの下にくさい植物の鉢を置く》《実は本名がウソローだったと周囲にふれまわる》《コタローの観察日記つけて悪いことばっか記す》《墓石にわたしの名前を先に書く》


 じーっと俺を見つめるキーニのメッセージ表が、すごい勢いで更新されていく。


「ウソはつかない。本当だ。約束する。次がうまくいけば、いよいよ世界平和の実現だ。そうなったら真っ先にここに遊びに来よう。誓うよ」


 そこまで言って、ようやくキーニは納得してくれた。

 渋々抱えていたヂュラ(群)を離す。


 ……つうか、ここに遊びに来るって何だよ。リゾート地に見えるか? この世の果てだぞ、比喩でなく。

 世界平和の記念旅行が死の国とは、これも〈導きの人〉の業か……。


 ヂューヂュー言うネズミたちに見送られ、俺たちは、かくり世の門を後にした。

 生気のたぎる灼熱の洞窟を抜けたときは、〈ファイアラグーン〉の濁った空すらまぶしく感じるほどだった。

 生きてるって素晴らしいな。


 さて、異色のゲストキャラだったテュルフィともお別れだ。


「じゃあね。また会おう、コタロー」


 そう言って潔く背を向けた悪魔の騎士に対し、俺は、


「テュルフィ」

「ん?」


 呼び止めて、手を差し出した。


「これは?」

「握手だよ。やり方くらいは知ってるだろ?」


 俺は冗談めかして言う。

 テュルフィが一瞬止まったのは困惑からだろうか、それとも……。


「またな」

「ああ。また」


 テュルフィと俺は握手を交わし、今度こそ逆方向へと歩き出した。

 死を暗示する騎士の手は、洞窟の熱を吸っていたのか、ほのかに温かかった。


ネズミと骸骨の愉快な国です。

一生に一度は来てみてください!(強制)

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― 新着の感想 ―
[一言] なかなか愉快な死の国だったな
[一言] 骨とネズミに囲まれた世界に遊びに行くなんて発想があるからキーニちゃんモンスター説なんていうのが生まれるんだ!
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