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第百二十三話 空の上の土の下! 安定志向!

「何を言ってるでありますか!? やめてほしいであります!」


《絶対にさせない》《そんなことは許されない》《どうしてもというのなら》《我が屍を超えていくがいい》《天国で待つ》


 グリフォンリースとキーニに泣きつかれてというか、完全に羽交い締めにされている状態で、俺は目を細めた。


「いや、あのな。別に本当に飛び降りるわけじゃない。ただ、この空飛ぶ島の横の方に何かないか調べるだけだ。命綱もつけるし、その前にパニシードにちゃんと下見もしてもらう」


 実はこの天球、俺たちが立っている上部に入り口がない。


 側面にあるのだ。


 ゲームでは何もない平原マップに下ろされ、その果てにある空色のフィールドに飛び降りるというアホをやらされる。高度何千メートルだと思ってるんだおいィ!?


 他にしようがないので、ゲームプレイヤーだった頃の俺はすんなりそれを主人公に実行させたが、現実でそれをやるというのは正気の沙汰ではない。もしこの世界にプレイヤーがいて、俺に「飛べ」と指示してきやがったら「死ね」と返したことだろう。


 だがここでは指示するのも反抗するのも俺だ。

 かつてない膂力で取り押さえてくる二人を何とか説得し、ラペリングを強行する。


 くそ、貴重な体験だぜ嬉しいなあ。


 命綱をつけ、ロープを手繰りつつ、後ろ向きに天球の端へと歩いていく。


「パニ、先に行って何かないか確認してくれ」

「あい」


 調査だけならパニシードだけでも十分なのだが、この先に入り口があるとわかっている以上、俺は先発隊として現地に行き、後続を誘導し、受け止めるという役割も担う。


 そろそろ角度的に、命綱を握っているグリフォンリースたちの姿が見えなくなる頃だった。ロープを固定する装備はラナリオたちが持っていたのだが、それに加え万が一に備えて、みんなでしっかり保持してくれているのだ。


 不安げに曇る彼女のブルーの瞳にうなずいて、勇気づけてやる。いや、勇気がほしいのは俺だが。


 足場の角度が徐々に垂直へと近づいていき、緊張を煽った。切り立つ崖の壁面に立っているような姿勢になる。


 ここから先はレベル99でもどうしようもない。命綱を握るみんな頼りだ。


 俺は不安定が嫌いな人間で、揺れる足場などはそれだけでじわじわ命を削られるダメージゾーンだ。魚をまな板の上に放置するようなものである。


 では今の状況はどうか。命綱あり。足下は揺るぎない大地。いや、大きくはないから小地。風はなく、日差しは穏やか。ただ重力の向きがおかしいだけ。

 踏ん張る足とは九十度近くずれた、背中方面からの引力。

 そしてその引力の底は、雲に隠れて見えない。ただ果てしなく遠いということだけわかる。

 いくら必死にロープを手繰っても、命の権利は自分にはない。


 ……ああ、不安定だ。


 一秒たりともこの状況でいたくない。

 どんなに強くなっても、人間は弱い。どんなにレベルを上げてもイベント死があるならそれに従うしかない。はしゃいで崖から落ちるだけという、類を見ないクソな死に方だとしても。あれは何のゲームだったか……。


 そんな適当な記憶で焦りを相殺していると、パニシードが興奮した様子で戻ってきた。


「あなた様! 人が作ったような足場がありましたよ!」

「よし。そっちに案内してくれ」

「あい! でも、何だか様子が変なんです」

「そうか。まあ確かめてみる」


 言われるまでもないことだった。この天球は、空に浮遊するまりもという時点で十分におかしいのだが、それにプラスして異常事態に陥っているのだ。

 俺は不安定感をかみ殺し、崖にかじりつく足に力を込めた。


「こっちです! こっちに石の足場が!」


 パニシードの誘導に従い、俺は天球の側面に敷設された足場へと降り立つ。


「何か変でしょう?」

「ああ」


 そこは小さな広場だった。

 天球周囲に張り巡らされた通路の一スペースのようだが、手すりのようなものはなく、いやに殺風景だ。広場から通路へ出る階段の位置も微妙におかしい。

 ただこれは、ある一つのピースを当てはめるだけで簡単に正答に行き着くパズルだった。


「とりあえず、みんなをここに呼ぼう」


 パニシードに案内役をやらせ、グリフォンリースたちを呼び寄せる。


「この足場の石は……地下都市や方舟と同じ材質だね」


 ラナリオが早速興味深そうに調査を始める。


「でもこの通路、何だか変でありますね。あっちに延びてる通路にも手すりが一切ないでありますし、造形のセンスがおかしいというか……。自分たちの常識と何かがずれている気がするであります」


 グリフォンリースの感想にキーニたちもうなずく。みなが同じ意見を持ったところで、俺は答えを明示した。


「それに関しては、この丸い島そのものが逆さまになっていると考えるとしっくりくる」


 みんなが「あっ」という顔になった。


 そう。この天球。何らかの事故により、上下がひっくり返っているのだ。

 俺たちが降り立ったのは、本来天球の底だった部分なのである。


 方舟本来の発着場は、今は天球の底部となって使用不能。それを感知し、あの方舟は安全なところに緊急着陸したのだから、これはもう、気が利かないどころか、花丸を与えないといけない。


「た、確かに、よく見ると通路の裏側に手すりとかがあるであります!」

「本当に逆さまになっているのか……。よく気づいたね少年」


 ただ答えを知っていただけなので、褒められると逆に申し訳ない気持ちになる。


 俺たちは用心しいしい逆さ通路を進んだ。

 道幅は広いが、何しろ手すりがないというのは落ち着かない。一歩踏み外せば、無限空へレリゴーだ。


 通路は下降しているが、構造的には上を目指していることになる。


「見ろ、入り口がある」


 俺が指さす先に、天球内部へと通じる穴がぽっかりと空いていた。

 この通路は、天球の周囲すべてをカバーするものではなく、側面のごく一部に敷設されているにすぎない。どこかで内部に進入しないと、やがて行き止まりになってしまう。


 ここでの最大の問題は、出入り口が通路の裏側にあるということだった。逆さまの世界を歩くというのは、そういうことである。


 入り口付近のオブジェなどを利用し、どうにか進入に成功する。


「今日ほど動きにくい鎧がうらめしい日はないであります」


 グリフォンリースが泣き言を吐き出していたが、本当に泣きたいのは実は俺だった。

 いよいよ、天球の本格的な攻略が始まる。

 つまり本格的なトラウマ再燃だ。


「さて」


 俺は隣でぼーっと立っていたキーニちゃんを抱き寄せた。


「ふぇ……?」

「これである程度精神ダメージを緩和する。さあ行けグリフォンリース! 先頭はおまえに任せた!」


 俺の指示にグリフォンリースは狼狽する。


「せ、先頭はいいでありますが、コタロー殿は何をしているでありますか!?」

「今の俺には心を落ち着かせる抱き枕的ぬくもりが必要だ」 


《待って》《何でもする前に心の準備がいる》《二つの冒険の同時攻略は無謀》《ここは一つに絞るべき》《ここはわたしたちに任せてみんなは先に行け》《心配はいらない》《後から必ず追いつく》 

 

 キーニのメッセージウインドに膨大な文字列が流れていく。が、その要望を却下する。


「いや、俺を置いていくのはダメだ。人は多ければ多いほどいい。このまま行く」

「ぬくもりならこのグリフォンリースにもあるでありますが!?」

「グリフォンリースちゃんは鎧姿なので硬いし」

「鎧がなくてはコタロー殿を守れないのに、鎧があっては抱きしめてもらえないとは! 騎士は神に見捨てられたクラスでありますう!」


 そんな俺たちの会話の外側から、呆れた声が聞こえた。


「いきなりどうしたんでしょうね、彼らは……」 

「緊張を和らげるための儀式だよ助手。見たまえ。あの少年、さっき崖から下りていこうとしたときより、ずっと強ばった顔をしている。かく言うわたしも、この場所に何だか薄ら寒いものを感じていてね……。こう言ってはなんだけど、わくわくしない遺跡というのはこれが初めてだよ……」


 珍しく沈んだラナリオの声に、俺はさらなるラブコメの加速を望んだ。


しばらくは更新日時が安定しないかもしれません。

のんびりお待ち下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] >俺は隣でぼーっと立っていたキーニちゃんを抱き寄せた。 >「ふぇ……?」 キーニちゃんがしゃべった!?!?!?
[一言] ジャイサガ、以前にやはり拝読していたみたいです。 朧げながら、112話の全部やるよの話と、地下都市の話を今更ながら思い出したところです。 そう言えばこの辺りまで読んでいたなぁ〜と。 方舟…
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