第十二話 念願の不動産を手に入れるぞ! 安定志向!
バグとアマゾネスと病気と正気がなんやかんやあって丸くは収まらなかった、その翌日。
探索者ギルドが備えている食堂兼酒場で、遅めの朝食をとっていた俺たちに、小太りの男が話しかけてきた。
「おい、あんたら……。俺の依頼を受けた探索者だろう?」
「どなたでありますか?」
ミートソーススパゲティを頬いっぱいに溜め込んだグリフォンリースがたずねる。
「……商工ギルド長のモーリオだ」
ゲームではただの一般町人ドットだったが、さすがに実物は特徴ある容姿だ。
「いつまでたっても話を聞きに来ない上に、子飼いの連中にハリオに会いに行けだとか言ったそうだな? それで、さっき会ってきてみれば、どういうことだ。利権を争ってた案件を全部こっちに譲ってきやがった。しかも気持ち悪いくらい俺を褒めそやして……絵の具がどうとか……」
俺は川魚のフライをパンにはさみながら、その話を聞く。
昨日のことを何も知らないこの人からすれば、驚天動地の心持ちだろうな。いや、一部始終を見てた俺だって悪夢だったけどさ……。
作ったフライサンドにかじりつけず、げんなりしていると、沈黙から勝手に言葉を想像したのか、
「俺も商人だ。タダより怖いものはねえとわかってる。あんたが何をしたかはわからねえが、ギルドでの提示額分三〇〇〇キルトはちゃんと支払う。それでいいな?」
うなずく、くらいしかできない。
「……それとあんた、町の外のあばら屋で寝泊まりしてるそうだな。もしよければだが、まだどこにも売りに出してないアパートがあるから、その一室を使ってくれ。こいつは依頼とは無関係の、ハリオの野郎と俺の仲を戻してくれた個人的礼だ」
それだけ言うとモーリオさんは、照れ隠しするみたいに顔をしかめ、頭をガリガリと掻きながらギルドを出ていった。
そこでようやく、俺は笑うことができた。
このアパートが俺のチャートの最重要物件だ。
「あなた様! あなた様! アパートですって! 最新の集合住宅のことですよ。おわかりになりますか?」
コーンポタージュを皿の端からなめ取っていたパニシードがはやし立ててくる。
「ああ、知ってるよ」
異世界では最先端でも、俺らの世界じゃ普通の建造物だしな。
さてこのアパートだが、これ以降主人公たちの拠点として活躍する。
主人公の分をのぞいて全八部屋。ここに、フリー加入の仲間を置いておくことができる。
このゲームの仲間たちは基本的に世界各地をふらふらしており、パーティーから外した場合、運が悪いとなかなか再会することができないのだが、部屋を割り振れば、そこに留め置くことができるのだ。
ただし、一部屋のロック解除にかかる費用は一〇〇〇〇キルト!
アホか!
スタッフはケタを一つ間違えたとしか思えない。
そんなものに金を使うくらいなら、大人しく世界を回って仲間を捜した方がいい。
が、ゲーム的には役立たずでも、現実的視点からすると、わりと見過ごせない点が多い。
まず、内装のドットがやたら凝っていて、普通の民家の三倍くらいは豪華。
道具屋や武器屋の並ぶメインストリートに建っていて、買い物も楽。
そして、三階建てという高層建築は、グランゼニス城をのぞけばここにしかないという希少性。
これ……貸し出したら儲かるんじゃないか?
家賃収入だけで暮らせるって天下無敵じゃないか? と俺は思うわけだ。
現在の俺の所持金は三〇〇〇〇キルトと端数。
また〈グレガリアン〉狩りをすれば、そのうち九〇〇〇〇キルトに届くだろうが、戦闘はもう面倒くさい。いや、戦ってるのはグリフォンリースだけどさ……。
というわけで。
「親父、この剣買ってくれ」
俺は〈ルコルの聖剣〉を武器屋に持ち込んだ。
「ぶううううっ!? その剣、売っちゃうでありますか!?」
グリフォンリースが猛烈に吹き出した。
「そうだ。もう用はないからな」
「しっ、しかしっ、でもっ……」
俺に「返してくれ」と言われたときは素直に聖剣を手放したグリフォンリースだったが、売却することへは抵抗があるようだ。
何しろ、世界に一振りしかない、正真正銘の伝説の武器。
彼女もいっぱしの騎士なら、所有欲が働くのも無理はない。
「聞け、グリフォンリース。これを売って得る金は、俺とおまえの将来に必要なものなんだ」
「えっ……しょ、しょうらい……?」
「そうだ。いかに聖なる剣とはいえ、これは敵を倒すことしかできない。だが、この剣を売った金は、無限の可能性を秘めている。金さえあれば、それを俺たちの幸せへと還元することができるんだ。わかるな?」
「自分たちの……幸せ……」
「そう、俺とおまえの幸せだ。俺とおまえがこれから先もずっと一緒にいるための幸せだ」
「い、いっひょひ……」
グリフォンリースの頬がぽおっと赤くなった。
「だから俺を信じて待っていてくれ。必ずおまえを幸せにしてみせる」
「はひぃ……」
顔を真っ赤にした彼女は盛大に後ろにひっくり返ったが、まあ頑丈なので大丈夫だろう。
それにしても、グリフォンリースちゃんのチョロさはまずい。こんな簡単に人の言うことを信じるなんて、悪い虫が付くまえに仲間にできてよかったよ、ホント。
「相方との相談は終わったのかい。この色男が」
カウンターに頬杖をついた武器屋の大柄な親父が、こちらに苦笑を向けてきた。
「ああ。それで、いくらで買ってくれる?」
俺は改めて〈ルコルの聖剣〉を親父に見せた。
「……おい、マジか?」
手慣れた手付きで剣を受け取った親父だったが、ぎょろりと動いた目玉が鞘の刻印へと吸い込まれた途端、ビクリと震えて動かなくなる。
「本物だよ」
〈ルコルの七士〉にも同様の刻印があるが、この剣はそのどれにも当てはまらない。
未発掘のルコルの武器。しかも、巨人製だ。
人の手によって作られたものでないことは、その道のプロである武器屋の親父にはすぐにわかったのだろう。
慌てて手ぬぐいを持ってくると、手脂がつかないように剣との間にはさみ、さっきとはまるで別の、臆病なほどに慎重な動作で、状態を確かめ始めた。
「おい……おい……おいおい兄ちゃん!?」
「はい、はい、はいはい親父?」
「こっ……こいつをどこで手に入れたんだ?」
「どこだか言わないと買い取ってくれないか?」
俺が茶化して言うと、親父は大まじめに首をぶんぶん横に振って、
「いや、いや、とんでもねえ! 買う。絶対買うよ。だが、問題は値段だ。いくら値をつければ妥当なのか、今すぐには決められねえ……」
一応、六〇〇〇〇キルトで売れるんだよな、これ。
「そっちが決められないなら、六〇〇〇〇でどう?」
「ろ、六〇〇〇〇か! 兄ちゃんがそれでいいなら、その額で買うよ! でもちょっと待っててくれ。今、商工ギルドから金出してもらってくるから!」
そう言うと親父は、巨躯を揺すりながら町の通りを駆けていった。
「もうちょっと多くしてもよかったんじゃないですかあ……?」
パニシードが不穏なことを吹き込んでくる。
言うな。俺だって、ちょっとそう思ったんだ。
ほどなくして帰ってきた武器屋の親父から六〇〇〇〇キルトを受け取り、これで九〇〇〇〇キルトは稼ぎ終わった。
そして、このアパートをモーリオさんから買い取ることで、俺が当初立てたチャートも完成ということになる!
万歳! 俺の異世界での冒険、完!
……と思ってたんだよなあ、このときは。
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