第7話 「伊藤さん」
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結局、俺は朝の六時に起きていた。
朝食のヨーグルトとバナナを食べ、そして歯を磨いた。
髭は休日なので剃ることなく、足取りは重いものの香林坊行きのバスに乗った。
あの性格の悪い副官との一方的な約束を果たすために。
お人好しと言われる。
馬鹿とよく言われる。
どうしてそんなに得にならないことをするのか、とよく言われる。
そう言われても、俺は俺なりに損得勘定で動いているつもりだし、人も良くないと思う。
だけどお人良しと言われる。
そんな風に言われてしまうと、なんとなく格好悪くて、胸くそ悪い。
時計は九時五十五分。
待ち合わせ場所に五分ほど早く着いていた。
そろそろ副官が到着していていてもいいころ……むしろ、俺よりも早くついていて欲しい。
あっちが頼んだんだから当たり前だと思う。
しかしきょろきょろ見渡しても、あの後ろで束ねた黒髪のキツイ顔した女はいない。
スーツ系又はラフな場合はジーンズにTシャツ。
そういう格好してくるので、俺はそれを目印に探す。
しばらくキョロキョロしても、視界に副官は現れない。
そうしているうちにやや香水の匂いがきつい女が近づいてきたと思ったら、俺に声をかけてきた。
「やっぱりきた」
見知らぬギャル。
「そういうところはやっぱり評判どおりなんだよね」
硬直。
なんか見に覚えがある顔と声。
「……あんた、誰?」
俺の目の前に立っているのは茶髪ロングにキラキラした化粧に、長いつけ眉毛。胸元が強調された上着にミニスカ。そしてなんか模様の入ったパンプスを履いたハイヒール。
声が副官なので、かなり異様な雰囲気だ。
「これ……隠れた趣味ですか?」
「違う!」
「いや、変ですよ……なんで、ギャルなんですか?」
「あのね、斥候するんだから素性がばれないように」
「いやいやいや」
「むしろ、軍曹の方が、普段どおりすぎる」
そんなことはない。
キャップにサングラスを使って変装している。
目立たないようにするには、森の中にあるよくある植物になるのが一番。
それに対してよく目立つギャル副官。
ぜんぜん隠れてないんだけど。
素材といっていいのだろうか。
なにせ、端から見ると――俺は性格を知っているからそうは絶対に思わないが――素材はいい。
スタイルもいい。
化粧もうまくやっている。
だから目立つ。
それで隠れているつもりなら、こいつやっぱりバカなんじゃないだろうか。
……将校のくせに。
「とにかく、鈴の人生……幸せがかかっているんだから、中途半端な気持ちでついてこないでちょうだい」
本気で帰ろうと思った。
だが、ギャルな副官を前に圧倒されて、そうすることは不可能だった。
恐怖。
ギャル副官。
そんなやりとりをしているうちに、ターゲットの真田中尉と例の海軍大尉らしい人が歩いてきた。
ふたりで慌てて物陰に隠れた後、尾行を始めた。
一八〇センチを越す身長に、服の上からもわかる筋肉質な体。そして、顔はずっと眉間には皺がよっているしかめっ面。
「いい? わたしたちの設定は恋人同士」
「なんですか設定って」
「私とあなたの今の関係は恋人」
「恋人……」
「気持ち悪くなるから、復唱しない」
「あの、物凄く理不尽に思えるんですが」
「どこが?」
「……もういいです」
すっと、彼女は俺の腕に絡みつくようにして体を寄せてきた。
この女天然なのか……俺の腕が思いっきりその豊かな胸に触れて少し緊張する。
雑念を払うために俺は軽口を叩いてみた。
「ところで、その茶色くなった頭……どうやったんですか?」
「かつら」
平然と答えるギャル副官。
「高かったでしょう」
高いはず。いや、趣味で持っていたのだろうか。
「奮発した」
「このために買ったんですか」
「あの子のためならぜんぜん問題ない」
これも平然と言ってのける。
「なるほど女同士って、最近流行ってますしね」
もちろん最近流行ってはいないが、ついそういう風に言ってしまう。
そりゃ男っ気が無さ過ぎるんだもん、この人。
と思った刹那、言ったことをすぐに後悔した。
彼女は抱えた俺の腕をサクッと決めたからだ。
立ち腕ひしぎ、って痛!。
タップしようと左手が動いたときには、もう解かれていた。
一瞬声が出ないくらいの激痛が走りつま先立ちになったんだが。
「すみませんすみません生意気でした」
「わかればよろしい」
彼女はまた俺の腕を抱え込む。
副官は制服で着やせするタイプだと思った。
尾行に集中できない。
あまりに生々しい感触。
ギャル系ファッションで強調された胸の部分、決してつくりものではない胸の膨らみそのものが、がっつりと腕を圧迫する。
「副官、よろしいですか」
「何?」
「ちょっと腕が」
「腕が? そんなに痛かった?」
痛くはありません、むしろ気持ちよすぎて歩くのが辛くなってくるかもしれません。
なーんて言うとぶん殴られる恐れがあるので遠まわしに言おうと思う。
「……そんなに芝居しなくても」
「バレたらどう責任とるのよ」
「いや、そんなにくっつかなくても、手握るぐらいでもいいんじゃないかなって」
俺は所謂恋人つなぎの要領で彼女の手を握る。
「ちょっ」
「え?」
「それは、やりすぎ……」
ギロっと、仕事の時に見せるあの恐ろしい目つきで彼女に睨みつけられた。
ただ、いつもと違うのは顔が上気していた。
俺が座っている状態で上から見下ろされるのに対し、今は上目使いなものだからなんとも拍子抜けする。
どうも勝手が違う。
に、しても。
腕を組んでおっぱい押し付けるのはよくて、恋人つなぎがだめって、よくわからない。
ふと見るとターゲットの二人は昼食でもとるのだろうか? いかにもデートコースですと言わんばかりのイタリアンな店に入る。
俺たちは少し距離を置いて、その店に続いて入った。
ふたりに気づかれないよう顔を逸らしながら店内に入る。
副官はいかにもギャル子の雰囲気を出すようにして――無理に語尾を上げるような感じで、しかも俺の腕により絡みつき、無駄に足を折り曲げたり大げさな振りをしながら――近くのテーブルに座った。
店員がお冷を持ってくる。
「ねえ、ダーリンは何を食べるー? えー、たらこパスター食べたいしー」
と、どう考えても不自然な話し方を副官はしていたのを除けば、俺たちも普通のデートのようだった。
そんな感じに店内に入ってターゲットに近づく。
ほんと趣味悪いがそっちの会話に耳を澄ませて集中した。
ぶっちゃけ盗み聞き。
ふたりの会話の内容は世間話だった。
ふつうもふつう。
もちろん俺の話題などはいっさいでない。
……いや、そんなことはどうでもいい。
あほか。
俺。
と、一時間も経たないうちにふたりは店を出た。
ちなみに俺たちはそういう雰囲気を察し、一足先に店を出て電柱の陰から待ち伏せをしていた。
なんとも、趣味が悪いことをしている。
そうバツが悪い気分に浸っている頃、そのふたりが出てきた。
「真田さん、また会って欲しい」
海軍大尉の方が、恥ずかしそうに言っている。
声がでかいのでよく聞えるのだ。
真田中尉の方はなんと言っているかわからなかったが、大尉の方がうれしそうにもじもじしている。
オッケーなんだろうな……。
「とりあえずよかったー」
ギュッと抱きかかえる俺の腕に力を込められる。
ますますおっぱいの感覚が強くなったので、副官の顔を見る。
少しぞわっとした。
副官が涙目だったからだ。
本当にうれしそうな顔で。
女の友情ってこういうものだろうか。
よくわからないが、少し違和感があった。
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グラサンかけて尾行した真田中尉と海軍大尉のデートが成功して、副官の日之出中尉涙ぐんだあの日の夜。
俺は下宿でビールを数缶と安い小さな瓶の安いウイスキーを飲み干して、いつのまにか布団の中で眠っていた。
夜中に一度目が覚めて、電気がつけっぱなしなことに気づきそれを消した。
目を閉じてしばらくたったか、それとも眠った後かわからないが携帯が振動したので反応する。
半分寝ぼけた状態。
電話にでると真田中尉だった。
なんだろうと思いながら少しだけ話をした。
昼の海軍大尉の話。
彼は伊藤というらしい。
無骨でぼそぼそっとしか話さないが、誠実な男だと言う。
年齢は二十九歳で俺と同じ。
艦隊勤務で巡洋艦に乗っていて、将来は有望。
来週またデートをするらしい。
でもまだ手も握っていない。
そんな内容。
目が覚めてきて、ひとつだけ質問した。
「その大尉さん、どう思う?」
『好きになれそう』
好きになれそう。
今は好きではない。
一目ぼれしているわけではない。
なんだろう?
でも、好きになる予感。
無理やりそうしようとしているとでも訴えているのか……無意識で使った言葉なのか。
俺はそういう考えは投げ捨てて、ひとこと感想を言う。
「そりゃよかった」
と。
『うん、これでやっと晶が私に気を使うこともなくなる』
どうして副官がここで出てくるのか。
「俺が言うことじゃないと思うけど、おふたりさん……ちょっと変」
『変……よね』
自覚があるのだろうか。
「女同士ってここまで干渉しちゃうもんなのかな」
『晶はね……』
しばらくの沈黙。
『私がこんなになっちゃった原因は自分だと思い込んでる』
少し声が震えていた。
『晶が紹介してくれた男の人が、原因だったかもしれないあの男だったから』
泣きそうな声。
俺は何度か聞いていた男の話を思い出す。
支配欲が強く、かつ変わった性癖で性格が最悪な初めての男。
『もちろんそんなことはないし、私は晶が原因だなんて一度も思ったこともない……そうじゃないって何度も言っている』
沈黙。
『……ほんと馬鹿、晶は……ほんとうに馬鹿……ずっと抱え込んでいて、私がこんな感じだって知っちゃってから……彼氏とかも作らないし……お互いもう……いい年なのに』
俺は「そう」とだけ頷きながら言った。
『だから、晶が紹介してくれた伊藤さんと、うまくお付き合いして、うまく続ければ……』
「それで、副官の思いが晴れる?」
『晶は私に構わず、自分のことをできるようになる……そして私は責任を果たせる』
俺はため息をついた。
「そんな、変な責任感だけで、お互いを縛って、やっぱりおかしいんじゃ?」
『じゃあ、どうすればいいの?』
俺は沈黙してしまった。そして、ふわっと白山のまっしろな吹雪の世界が頭の中に浮かんだ。
『……そんなこと言うなら、どうすればいいか教えてよ』
自分を犠牲にしてでも仲間を見捨てなかった平川。
逃げて助かった俺。
彼のようになりたかった俺。
「……わからない」
俺はゆっくりと言葉を選んで話した。
「わからない……ああ、だからやっぱり鈴さんが言うとおりのことが、やっぱ、悪くない答えなんかな」
少し深く息を吐く音がスピーカーから聞えた。
『悪くない答え』
彼女は俺の言葉を繰り返した。
「ベストじゃないと思うけど……ごめん、それ以上はどうすればいいかわからない」
正直に言った。
しばらくして。
『うん。ありがとう』
といつもの明るい声が聞えた。
彼女も一歩を踏み出しているのだろうか。
いびつだけど友達のため。
自分のため。
俺はあの一歩踏み出す勇気があるのだろうか。
平川のように。
えらそうに俺は彼女に言ったものの、結局あの吹雪の中にいたあの頃の自分と何も変わっていない。
一歩も前に進んでいない。
そんなことに気付くと。
布団がずっしりと俺の体の上にのしかかってきた気分になってしまった。
■■■■■■
伊藤さんと初めて会ったとき、あの事を正直に聞いた。
前もって晶から伝えてもらっているとは聞いているが、もう一度確かめたかった。
「今は落ち着きつつあるんですが、私がセックス依存症ということはご存知ですよね」
と。
彼は気難しい顔を少し緩めて。
「ええ」
と言った。
私は街を歩きながら、そのことに興味をもったので失礼かなっと思いつつ、正直に包み隠さず聞いてみた。
「どうしてそんな私と会うことを許したんですか?」
と聞いた。
「許すとか、そういうことでなく……」
「だって私、イカレているんですよ」
イカレている。
そう、私は頭がおかしい。
この前だって、あれだけ私にちゃんと向き合って接してくれるあの人に一瞬の出来心とはいえ、欲情してしまったんだから。
伊藤さんは少し言葉を選ぶようにして、ゆっくり答えた。
「俺も、イカレているんです」
「……」
「ほっとけないと思った」
「同情ですか?」
ゆっくりと一言一言を考えるようにして彼は答える。
「ちょっと違うんです、俺は自分のためにほっておけないんです……あなたの話を聞いた時から」
少し興味が沸いた。
うそは感じなかった。
何度か合って話すうちに、彼は統合士官学校時代から付き合っていた女性が、仕事が原因で自殺したという話をした。
彼女が死んだ原因は仕事なんだけれど、それを救えなかった自分に原因があるんじゃないかと悩んだ時期があったそうだ。
仕事にのめりこむうちに、そういう悩みも晴れたがいつの間にか私のように何かある人にしか興味を持てなくなったという。
「罪滅ぼしとかそういうものじゃないんです、彼女の代わりとかそういうものじゃなくて、あれから五年以上経った今だからわかるんですが……なんて説明すればいいか」
――だから決して、真田さんに対する同情ではない。
私は少し笑いながら
「変わっていますね」
と答えた。
「ええ、変人なんです……それに、なぜか真田さんと話していると正直な自分になれる、かっこつける必要がないんです」
ああ、もしかしたら。
このひととだったらうまくいけるかもしれない。
与助君に迷惑をかけずにすむかもしれない。
晶にも……。
その夜、迷ったあげく与助君に電話をかけてしまった。
かけた瞬間、夜中だったことに気付いてすぐに消そうとしたが、スピーカーから安心する声が聞こえたため、消せなかった。
弱い自分。
甘えてしまう自分。
「彼とはうまくできそう」
そんな報告だけした。
彼は「それはよかった」と心から祝福してくれたようだ。
迷惑をかけているし、これでいい。
うん、よかった。
そう。
これでいいんだ。
これで。
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あれからしばらく経ったが日常は変わらない。
変わったことと言えば副官からメールがくるようになったぐらいだ。
前は仕事の話のみだったが、最近はプライベートの話なんかも入る。
彼女にとってはいい暇つぶしなのかもしれない。
内容はほとんど真田中尉の話。そして、ほんの少しのぼやきと世間話。
メールでは『鉄の女』が『女の子』に見えてくるから不思議だ。
もちろん面と向かってそう思うのは無理なのだが。
あれ以来デートの尾行なんて趣味の悪いことはしていない。
俺はしていないが、副官はまたギャルにでもなって尾行してそうだ。
やっていたら、相当性格の悪い女……いや、危ない女なのかもしれないと思うと笑いがこみ上げてくる。
あの尾行をした次の週に職場で「茶色い髪の毛ついてますよ」と制服を指差したら、本気で嫌そうな顔をしていた。
あの時の顔はいつもと違う雰囲気だったのが印象的だった。
それにしても。
真田中尉はうまくいっているようだ。
あの伊藤とかいう男はすごくいい奴らしい。
思ったよりも早く監視役も終われる。
やっと俺だけのための休日を取り戻せる。
よかった。
うん、よかった。
土曜日。
休みの日の今日は一時期続いていた鈴さんとの昼食をする必要が無かった。
あのいい奴とデートをするそうだ。
時間ができたので俺は朝早く単車に飛び乗り、田舎道を走ってあの白山までの往復をして自由を満喫することに決めていた。
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伊藤さんは、大きな身体を小さくしている。
「付き合ってほしい……正式に付き合って……ください」
言葉に嘘がない。
あの人とは違った。
べらべらと言葉が多かった。
初めての人。
「あの、こちらこそ」
私は彼の言葉を受けた。
すーっと、心が軽くなった気がした。
ちょっと暗くなった公園の街灯の下で告白された。
犀川の川べりの公園。
彼と手をつないで歩く。
これから先、艦隊勤務で長く海に出ることもあるから、ときどきしか会えないときもある。
さっき夕食の場でそういう話をしていた。
夕食はステーキ屋。
といってもメインのお肉は最後で、十種類ぐらい小皿がでてきた。
面白いことに和食メインの小皿。
高級そうなお店で、伊藤さんも私も緊張した感じで食べたのが面白かった。
――なんか味わった気分がしなかった。
そう笑っていた。
かわいらしい人だと思った。
晶は喜んでくれるだろう。
彼は喜んでくれるだろうか。
たぶん、喜んでくれるに違いない。
……これでいい。
みんな幸せになれる。
「また、来週会ってくれるかな?」
「もちろんです、お付き合いさせてもらっていますから」
私は笑った。
彼も「慣れてないんだ、もういいおっさんなんだけど」と言った。
伊藤さんはあの彼女さんがいなくなって以来、仕事一筋だったらしい。
晶からそう聞いていた。
たぶん本当だろう。
微かに震える手がほほえましい。
少し顔が揺るんだと同時に……ずきんと心臓が痛んだ気がする。
ほんの一瞬。
なぜか、わからない。
わからないけど。
「宿舎の近くまで送るよ」
と、彼が言った。
その時だった。
ドサリ。
鈍い音が聞こえる。
横を見た。
見上げるようにしていた彼の姿はなく、視線を下げるとうめき声を上げることもなく膝をついてうずくまっていた。
ガサガサと音がする。
雑音のような嫌な声が聞こえた。
「まったく大尉殿が……独立歩兵大隊の女と、しかも小隊長なんかと、おててつないでいちゃつくなんて、ゲンナリですよ」
左腕をギブスして、痛々しく吊っている男がしゃべってる。
嫌悪感の塊。
若い男性が数人、手には鉄の……警棒だろうか。
「いやね、そういう噂を聞いて、若いのつけさせてたら、いちゃついているって言うんで、お邪魔させてもらいに来たんですよ」
彼は右腕にもった警棒で彼の背中を思いっきり打ちつけた。
「先日はうちの若いのが、あんたの艦の奴らにお世話になっちゃって、あーついでに女の方の独立歩兵大隊にもこの間いろいろあったんですよ」
海軍陸戦隊の大川少尉。
海軍金沢基地の司令、大川中将の息子。
この前うちの学校の学生にロシアからの留学生の女の子に手を出すような卑劣な奴。
中隊長が激怒して綾部軍曹とかに狩らせた男。
弱いくせに偉そうなボンボン野郎。
「大尉ー、今なら逃げていいんですよ、この女はお世話させてもらいますんで」
汚い声と汚い言葉。
胸の底から嘔吐感がでてくる。
私は彼に寄り添う。
脳震盪を起こしているのだろうか……一生懸命立ち上がろうとしているが、動けずにいる。
私はバックの中の携帯をいじって、あの人にメールをした。
今更……今更頼ってどうするんだろうと自問しながら。
数人の男達が囲んできた。
「大川っ!」
伊藤さんがギブス男にタックルをするが足がもつれるが、ギブス男に掴みかかり、男を転がした。
他の男が警棒のようなものを出して彼を殴りかかる。
「真田さん、逃げてくれ!」
四人ぐらいの男が彼を囲んでいた。
彼はフラフラになりながらもうひとりを投げ飛ばすが、別の方向から蹴られる。
別のふたりが私の肩を掴む。
目が血走って興奮している男達。
「おい、逃げると犯すぞ」
そう言った男は目が泳いでいた。
伊藤さん。
私はそこまでして守るような女じゃない。
彼の額を棒がかすめ、血が垂れている。
三人がかりで彼を押さえ込みんでいた。
「待って」
私は自分でもびっくりするぐらいの声がでた。
たぶん、私は凄い顔をしている。
「伊藤さん、私は大丈夫」
肩を掴む男に一歩近づく。
「そういうことも慣れているし、大丈夫」
私の腕を掴む男に擦り寄った。そして、首に手を伸ばす。
よく見ると二十前後の子供の顔だ。
「どうせ、するんでしょ、だったら伊藤さんにはもうやめて……もうあの人は動けないし、もう観念したから」
自分でも怖いぐらいに冷たい声が出た。
伊藤さんのうめき声が聞こえる。
ごめんなさい。
やっぱりあなたの隣に座れるような女じゃないの。
「ひとりずつなの? それともまとめて?」
その子はごくりと生唾を飲み込む。
ごめん、晶。
伊藤さんは私なんかのために怪我をしちゃ、そんなことさせたらだめな人。
それに……。
それに、ぞくぞくする自分がそこにいる。
伊藤さんは関係ない。
久々の欲情。
抱かれたい。
だれでもいいから早く抱かれたい。
めちゃくちゃにして欲しい。
あの男が私にしたように。
真っ黒な欲情。
こんなシチュエーションのプレイをさせられて、すごく興奮したことを思い出す。
やっぱり逃げられない。
この快楽から。
そう自分に言い聞かせて、私は舌で唇を舐めていた。