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缶コーヒーからはじめよう。  作者: 崎ちよ
第6章  わたしの知らないあなた(最終章)
23/25

第23話 「強さ」

 ●●


 とは言ったものの。

 私自身はどうだって話だ。

 鈴に偉そうに説教をして、そしてケーキ屋を出て。それから道行くカップルとすれ違い、またカップルとカップルとカップルと……。

 このバカップルどもがっ!

 と叫びたくなる衝動と、単純にうらやましいと感じる気持ちを抑える。まったくどれだけ飢えてるんだ、と自分につっこみを入れながら歩いた。

 歩きながら寂しくなって、そして今に至る。

 あれだけ飢えてるのかなっと思うのに、いざその場になると全然話しかけることができない。

 居酒屋の一室、女五に男四。

 小一時間が過ぎたころには、当たり障りの無い会話と返事。いや返事九割五分といったところだろうか。

 私はこういった場にくると、急に萎えてしまうのだ。

 主催の桃子さんには義理があるので、いつもの笑顔――猫を十枚くらい被った――で適当に会話はしている。もちろん相手が悪いわけではない。そこはさすが桃子さんコミュニティーと思うが、下品な会話やセクハラ的な行動――決してされたことはないし、それをしているとこは見たことはないけれど綾部与助アイツ的なイメージ――をとる人間はいない。

 ただ、なんというか違うのだ。

 こういうところで出会って、深めていくというのが苦手なのだ。

 だから私はいつも近い人を好きになる。

 いや、近い人しか好きになれない。

 そして、近すぎて好きだと言えずに恋は終わっていくのだ。

 ――初めてあった瞬間のインスピレーション、ああこの人いける!と思ったら押しよ、押し。そっちの方が新鮮で面白いし。

 大川牡丹ボタンにはそういって「恋愛指南じゃー」とか余計なお世話な説教されていた。

 まあ、それがあの山岡だったから、私は更に臆病になっちゃったんだけど。

 そういう訳で私は飲み専になっていた。なぜかというと、この時間帯になると男性陣四人は私以外の四人の女性と話込むようになっていたからだ。

 クリスマスの魔法とでもいっていいのかもしれない。誰もが積極的でそして狙いを絞っている。

 よかった。

 いくら桃子さんの義理で来たとはいえ、こんな魔法の下で恋愛はしたくないというのが正直なところだ。

 ――だからあなたはいつまでも生娘のまま。

 別に。

 それで何が悪い。

 いつものことだ。

 そう言って自分の胸の内でケンカをする。

 いい加減恋愛したい私と、それを面倒だと思う私。

 目の前のハイボールを口に含んだ時だった。

「すみません、遅くなりました」

 この個室の入り口から聞こえる声。知っている声。

 私は反射的に睨むようにして声の方向を見て、同様に声を発していた。

「一貫!」

 彼は暖簾を分けて顔を出したところで固まった。表情も一緒に。

 だから、なんでそんなに私にびびる、怯える。ああ、腹が立つ。

 でも、少し安堵。

 知っている身近な人間がこんな夜に近くに居てくれるのはうれしい。だから今日のところは優しく接してあげることにしよう。うん。

「何してんの?」

「いや、その呼ばれたので」

 優しい声を出したのに、まったく緊張がほぐれない一貫。

「呼んでない」

 ほら、冗談を言ってるんだから笑ってよ。

「晶姉ちゃ……晶さん」

「呼んでない」

「いや、あの、先輩に」

「何でいんの?」

 ますます顔を引きつらせる彼。

 この子こんな笑い方してたっけ。

 あれ?

「あれ?晶ちゃん、知り合い?珍しいわね、おっさん好きなのに」

 桃子さんがそう尋ねてくるので私は知り合いだと頷いて答えた。

「先輩ー」

 助けを求めるように目を泳がせる一貫。ああ、男性陣に先輩がいるんだろうか……って、なんであん子助け求めてんのよ。

「若い子呼んだぞー、二十三歳彼女なし、なかなかいい男なんだが、性格がちょっと残念な男子だー」

 たぶん一貫の言う先輩――たぶん桃子さんの彼氏さん――が「かんぱーい」と声を上げ意味無くわーーって感じで場が盛り上がる。そんな中、あの子は立ちっぱなしでキョロキョロしている。

 あーそうか、素面できたからこの場の雰囲気に戸惑っているのね。しょうがないおねーちゃんはそんなに酔っていないから匿ってやるか。そう思い、空いている隣かつ一番端っこにある座布団をポンポンと叩いて合図する。

「独り占め?かわいい子なのに」

 桃子さんがニヤニヤしながら言ってくる。そんなんじゃありません。この子臆病なくせして最近はいきがって、女の子襲ったりしちゃうんですから。私がしっかり監視しないと、ね。牡丹に悪いし。

「桃子さんはすぐに若い子いじっちゃうからだめですよ」

 ごちゃごちゃ言うのもメンドクサイので私はそう返して笑った。

「そんなことはしないわ」

 桃子さんが少し口を尖らせて「最近は年上の方がいいの」とすごく色っぽい顔で言ってきた。

 ああ、私はこういう表情はできないんだろうなあ。

 しようとも思わないけど、大人の女性ってことで憧れてはいる。一方挙動不審な一貫が横に座ろうとしていた。っていうか、なにもじもじしている。さっさと座れさっさと。と思いながらついつい睨んでしまった。

 あ、あぐら。

 生意気な。

「あぐら?ねえ、あぐら?」

「すみません、態度がなっていませんでした」

 一貫はすぐに正座する、さっきのモタモタ感はなく脊髄反射のような動作。

 そういう態度をするから、ついつい可愛くなってしまう。

「だいたい『晶さん』なんて生意気」

 テーブルをペチペチとついつい叩いてしまう。

「晶お姉様だろ、普通」

 笑顔が凍る。

 ああ、これだこれ。懐かしい感覚。

「そういえば、この前のメール帰ってきてないんだけど」

「えーっとどのようなメールでしたっけ」

「クリスマスのメール」

「えっと」

「晶お姉さまデートしませんかってやつ」

「いや、そんな直接的にはしてませんよ、しかも断ったじゃないですか」

「うん、断った」

「じゃ、じゃあ返信って」

「断ったんだから返信してよ」

「あ、え、その」

「まあ、飲め」

 そう言ってまだ一貫のドリンクが来ないので、空いているコップに私のハイボールの中身をそそぐ。

 そうだ、牡丹と私とそしてこの子でジュースをこうやって飲んでいたっけ。

 分け前が少ないと嘆くこの子に「五つも年下の癖に生意気な」とか「小学生が中学生と差があるのはあたりまえだ」とか理不尽なこと言っていたっけ。

「お礼がない」

「あ、ありがとございまっす」

「で、返事」

「いや、なんてすればいいか」

「ばか」

「はあ」

「ばかって言ってんの」

 それから一時間ほど一貫を楽しませようと話を続けた。

 桃子さんから「大丈夫?飲みすぎじゃない?絡んでいるし」と言われた。確かに量は多いが桃子さんが言うほどこの子に絡んだつもりはない。つまり私は酔ってはいない。だから私は適量を飲んでいる。したがって大丈夫。

 そう、絡みだしたら私は飲みすぎの証拠なのだ、そうなるとお酒を控えるようにしている。

 今夜はぜんぜん絡んでいない。

 お会計をしている間に桃子さんと一貫が何かを話しいる。

 おい、一貫彼氏持ちのしかも一回り違う女性に手を出すとは生意気にも程がある。ポキポキと音がする。

 そうか無意識に拳を鳴らしたようだ。

 そうしているうちに一貫が戻ってきた。

「もう、晶姉ちゃんじゃなかった晶お姉様帰りますよ。飲みすぎです」

 そう言いながらタクシー乗り場まで連れて歩かされた。

 冷たい風が少し開けていた胸元から侵入する。

 ぞくっとした。

 マフラーは巻いていない。あの夏の事件以来首に何かをつけることを避けている。だから夜風が直接入ってきてしまう。

 そのせいだろうか、少しだけ意識がはっきりした。だから確かに、少し飲みすぎたかもしれないと思った。

 あとは、あっちのタクシー乗り場に向かえばいい。

 家に帰って寝るだけ。ふと時計を見た。

 二十二時。

 綾部与助アイツが駅に着く時間。

 鈴はちゃん素直に話ができるのかな。二人はちゃんとクリスマスの夜を楽しめるのかな。

 夜風を避けようと襟を立てるが、それが風に煽られ冷たい布が首に当たる感覚で、またあの夏の恐怖が蘇ってきた。首に吸い付くように巻き込まれた細い腕。 闇に落ちる瞬間がフラッシュバックする。

 一瞬。

 一瞬ですべてが消えた。あの夏の夜。

 はっと我に返ったときは犀川からブオオと大きな音が聞こえた。

 強い風。

 髪の毛が煽られ、地面に落ちていた空き缶が音を立てながら転がっていく。

 私は慣れないハイヒールを履いていたせいだけでなく、だいぶ酔ってしまっているからだろうか。ふらっとバランスを崩した。

 ぐっと肩を捕まれる。

 あれ。

 一貫ってこんなに背が高かったっけ、こんなにごつごつした体だったっけ。

 お互いに分厚い服を着ているのにすごく体温を感じてしまった。あの恐怖が和らいでいくのがわかったから、しばらく身を預けていた。そして、あの恐怖が落ち着いてくるのと反比例するように、恥ずかしさが強くなってきた。

 私は顔を上げて彼を睨む。

 彼は目を背けて「ほら、早く帰りますよ、寒いし風は強いし」と言った。

 生意気な。

 ぐっと彼の体を押しのけるようにして離れた。

「飲む」

 私はそう宣言した。

「いや、もうだいぶ飲まれていますし、今日は家に帰ったほうが……」

「生意気」

 彼は顔を仰け反らす。

「こっち」

 私はちょうど目に入ったバーを指差す。

 いつもだったら桃子さんがやっているお店にいくところだが――今日は稼ぎ時にもかかわらず、あの合コンのために休んだということなので――指差した知っている店に行くことに決めた。

 前に二中の伊原少尉イハラチャンに雰囲気がいいということで行ったことのあるショットバーだ。

 引きずるように彼を連れて歩く。

 お店はお客で賑わっていて、カウンターがちょうど空いていたのでそこに座る。

 年上だろうか。すごく綺麗な女の人が目の前に立ってグラスを磨いていた。

 注文や、他の客との会話にハスキーな声で歌うように答えている。

 こんな大人の女性になりたかったんだけどと思う。

 どうしてなんだろう、いつの間にか、あの職場で『鉄女』と言われるぐらいになってしまった。たぶん色気が足りないんだと思う。色気。

 私はメニューを広げこの前飲んだコーヒーリキュールを指差す。ちょっとカクテルの名前をかっこよく言う自信がない。だから「これをお願いします」と言った。

 一貫はメニューを見て難しいそうな顔をして「こ、このバ、なんとかとかいうウイスキーを」と言った。その後、飲み方を聞かれてチンプンカンプンなことを答えていた。そして「あと水」もと頼んでるところが可愛かった。

 この前までの一貫なら、無駄にかっこつけて、如何にも知っているかのように振舞ったんじゃないだろうか。

 再会した時に見えた力んだ感じが抜けている気がする。

 そして少し笑えてきた。なぜならさっきまでのやり取りを考えると、私も含めこの店の雰囲気に合わなすぎるんじゃないかって。

 私もお姉さんぶっているが、あまり彼と変わらないのかもしれない。そう思ったあと「ねえ」と言って彼をじっと見た。

「だいぶいい顔になってる」

「そ、そうですか?」

「夏はガキンチョの目だったけど、少しは大人の目になったんだと思う」

「はあ」

 複雑な表情の一貫。せっかく褒めてやっているのに。

「なに?文句あんの。褒めてあげてるの。喜びなさい」

「あ、ありがとうございます」

 鈴とあいつ。こんな会話をしているのかな。いや、それはないか。でも、どうなんだろう、わたしの知らない二人がそこにはいるのだろうか。そりゃあっちからすれば、こうやって一貫と話している私はあなたたちの知らない私なのかもしれないけど。

 急にあの二人を遠くに感じた。

 寂しい、いや、何だろうこの気持ち。

 目の前に置かれたカクテルに口をつけて、その後テーブルに肘をついて両手で頭を支える。

「なんか、もうさ、いろいろありすぎて疲れちゃった」

「な、なんですか、もう」

「だから、いろいろあったの」

 私がジロッと彼を見るが困った顔をするばかりだ。なんで「何があったんですか」って聞かない。あんた、今年はどんだけあなたのお悩み相談に乗ってやったと思ってんのよ。

「そうか、聞きたいか、大人の悩みをとくと聞いて勉強するがよい」

 私はぐいっと上半身を起こし尊大な態度で言った。

 そうだ、これは一貫のために話をするんだ。

「複雑なのよ、嬉し悲しいってのが」

「はあ」

「大人ってそういうものなの」

 それから、鈴とあいつの話をした。二人の出会い、伊藤さんとくっつけようとしたけれど失敗、あほな男達が伊藤さんと鈴を襲ってそこで助けに入ったあいつとくっついて、それから山岡という悪い奴をやっつけて。

「あいつ、鈴の彼氏っていうのが、一貫をとっちめちゃった奴なのよ。ほんと粗暴で仕事も雑だし、ただ良い奴なんだよなぁ。それにお似合いなのよ、あの二人」

 あれ、なんでそんな顔をする。

 あーそうか、当事者の一人だもんね。強姦魔の一貫君。あーでも山岡の時はあれか、正義のヒーロー未満だったっけ。

「あの時顔を合わせてるものね」

 じっと彼は私の目を見た。

 なんだろういつもの怯えた顔ではない。

 心配するような目。でも口元は寂しそうな形。

 思い出す。

 牡丹だ。

 彼女は私が弱っている時、悩んでいる時にこういう表情をした。そして、私のためにいろんなことをサポートしてくれた。

 ただ、それは私にとってありがたいことだけど、させてはいけないことだと認識していた。そうしないと、友達の関係ではなくなるんじゃないかと思っていたのだ。だから、牡丹を心配させないために、牡丹にこの目をさせないために、ずっと強い人間でいた。

 私はそれからずっと強い人間でいるようにしていた。

 改めて一貫を見る。

 ああ、彼のその表情は牡丹のそれとそっくりだった。

 そうか、この心地よさから逃げようとしていたんだ。

 そうしないと、ますます弱い人間になってしまう、だめな軍人になってしまうと思っていたから。

 でも今は違う。

 どうして、逃げようとしたんだろう。

 これだけ心地よくしてくれるのに。

 私はだいぶ弱い人間になってしまっているのかもしれない。酔いのせいもあるのだろう、すごく心地がいいし、ずっとこの気分を味わいたくなっていた。

 彼はぐいっとウイスキーの入った琥珀色の液体を喉に注ぎ込んだ。そして、少し思い悩むような表情になっていた。彼は私を見て何か話をしようとしたが、結局無言のままだった。

 ……沈黙がさっきまでの心地よさを拭っていく。もう、私は弱音を吐いてはいけないのだろうか。

 一貫の表情や態度からはそれが読み取れない。

 それはそうだ、私にとってこの子は、牡丹の弟で幼馴染。この子にとって私は、姉の友達。

 さっきの表情は私の願望からでた、勘違いだったのかもしれない。

 沈黙が辛い。

 私はその沈黙に耐え切れず、仕事のぼやき――夏の学生達を守れなかった事件――の話を始めた。

 何度かメールで仕事で失敗したとかそういうぼやきは言ってはいたんだけど。

ただ、心に余裕がないせいだろう。しゃべっている自分が必死すぎて、情けなかった。

 彼が二杯目のグラスを開けた時だろうか。

「どうして、牡丹姉ちゃんは死ななきゃいけなかったんだろう」

 彼は今までに無い搾り出すような声と沈痛な面持ちでゆっくりとしゃべった。

 そうか、この子も私と同じで牡丹のことを考えていたのか。

 私たちの繋がりは彼女なのだから。

 私はため息をついた。

 そうかそうだった。私たちはたったそれだけの繋がりだった。

 でもそれはとても強固な絆でもある。

「そうね、牡丹が死んだのは十二月だったものね」

 私は頷いた。

 やっぱりさっきのは間違いじゃなかった。だから私はがんばって強くなりすぎる必要はないのだ。

 気を抜く場所を見つけた。

 そう思ったから、今なら彼女の死の原因がわかる気がした。

「牡丹は強くあろうとし過ぎたのよ」

 あの頃から、私たちはお互いに強くあろうとした。二人で競い合っていたぐらいに。

 彼女がいなくなったあとも強くあろうとした。

 でも、その先に何があったんだろう。

 強いってなんだろう。

 私は首の辺りを撫でる。

 今でもよみがえる恐怖。

 あの夏、たまたま殺さなかったかのしれない、まとわりつくような細い腕。

 一瞬で闇に落ちた瞬間。

 いくら強がっていても、強くあろうとしても、あんな風に一瞬で消えてしまうものなのだから。

 強くなくていい。

 声を一言かけていれば起きなかったのかもしれない。

次は最終話になります。

ここまでお付き合いいただきまずは感謝させていただきます。

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