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缶コーヒーからはじめよう。  作者: 崎ちよ
第3章  言えない理由
12/25

第12話 「始まる時間」

 ●●●●●●


 軍隊も夏は水泳がある。

 少年学校にはプールがないので、学生は海軍金沢基地まで行って泳ぐことになる。

 ちなみに私たち職員も学生たちに水泳を教えなければならないので、事前に水泳の訓練をしている。

 そういうわけで金沢基地のプールに来ていた。

 来ている、というよりも、連れてきたと言った方がいい。

 外の人から見れば仕事でプールだなんて、遊んでいると思われても仕方がない。

 ただ私のような中隊付副官という職は遊ぶひまもなかった。

 普段から中隊の訓練から人事まで握らされている面倒臭い仕事。

 つまり泳ぐだけではすまない。

 プールを使うために、ここの海軍さんと連絡を取ってお願いをする。

 それから訓練の計画を作って、使う前使った後まで管理人に頭を下げる。

 現場は水泳が得意な下士官がいるので、彼を教官に指名して仕切らせればいいが、何かトラブルがあれば謝りに行くのは私。

 やれ、ゴミを散らかしただの、シャワーの水がとまってないとか、誰かが下着を忘れたとか……そういう窓口を私がやる。

 だいたい、プールといっても軍隊指定の黒の競泳水着と決まっている。

 何も楽しくない。

 ほんと、おいしくない仕事。

 別に将校がやることでもないと思う。

 しかし、そんなストレスを溜めるのはよくない。

 お肌に悪いこと間違いなし。だから、今日は思いっきり自由に泳ぐことに決めた。

 わがまま言って訓練とは別。

 将校の特権。

 現場は下士官、私は別口でゆっくり泳ぐことに決めた。

 たまにはいいじゃないか。

 そういうわけで、清々しい気持ちで金沢海軍基地に乗り込んだ。

 だが、それを台無しにすることが起こった。

 もめごと。

 休憩しようと泳ぎ終わってプールサイドに上がった時だ、男子更衣室の前あたりで何かもめる声が聞こえた。

 関わるな。

 関わるな。

 と心の中で念仏のように唱える……でも、そういうわけにはいかない。

 悲しいけど私が責任者、この訓練の。

 私は水泳キャップを外し、ゴムで髪の毛を後ろで束ねながら、そっちに向かう。

 なーんか若い男同士が言い合っている。

 め、ん、ど、く、さ、い。

 こんなのは綾部軍曹(あいつ)に処置させればいいんだけど。

 見渡すが、彼はいない。

 そりゃそうだ、今朝『人事の仕事で手一杯なんですって、泳いでる暇なんてありません』と言い訳をして彼はこなかったから。

 ふと、鈴と目が合う。

『メンドクサイ仕事がんばってー』

 彼女はにっこり笑顔。

 目がそう言っていた。

 ガッデム!

 めんどくさいめんどくさいめんどくさい。

「ここには泳ぎにきている! 喧嘩しに来たんじゃない……さっさとプールに入って、喧嘩もできなくなるぐらいになるまで泳いできなさい!」

 私は手をパンパンと叩きながら近づいた。

「だから、俺は……もう何もやりませんって」

 二十代前半の若い男が、血気盛んで有名なうちの伍長に詰め寄られていた。

「てめえ、また中隊(ウチ)の兵隊に因縁つけやがって!」

 はいはい、めんどくさいことはやめてよね。

「伍長! はやく訓練に戻らないと、先任とお話することになるから」

 伍長君がびくっとして、あわてて私の視界から隠れた。

 目の前の若い男は私より拳一個分は背が高くて軍人にしては細いけど筋肉質な体。

 見慣れない顔だけど……どちらかと言えばかわいい顔をしている。

 きっと海軍の人。

「申し訳ありません、私の中隊の者がご迷惑を……」

 と頭を下げたあと相手の目を見上げた。

 男はビクッとした後、なぜかおびえた目をした。

 その反応にイラっとしつつその目をすうっと見据えた。

「あ」

 声がこぼれた。

 見覚えのある顔。

「うああ」

 男が情けない声をだす。

「ああ?」

 つい、問い詰めるような声で答える私。

 いや、もっと淑女な反応しろよ、私。

 おびえた目。そして、私の体を物色するようにチラッチラッと見ている。

 この目。

 そう。

 あの子だ。

 反射的に私は彼の首根っこを掴み、そして壁に押し付ける。

 怯えた顔のまま彼は抵抗をしない。

一貫(いっかん)

 彼はコクンコクンとうなずく。

 うちの学校の学生に因縁をつけて喧嘩をして――しかも、返り討ちに会い――伊藤先輩と鈴のデートを邪魔した挙句、その彼女を強姦しようと――本人はするつもりがなかったと先輩から聞いているが――して失敗。

 そして、あいつに叩きのめされた。

 私の親友であり幼馴染であった大川牡丹(おおかわぼたん)の弟。

 大川一貫。

「あんたねぇ」

 自然に首根っこを掴んだ手に力が入る。

 一貫は「くわっ……か、く、くる……」とか情けない声を上げている。

 しょうがない、少し緩めてやる。そして、逃げたら殺すという念を入れながら睨みつけた。

「あなたに言いたいことは百あるんだけど、とりあえず二つ」

「は、はいぃ」

「私のところの学生に手を挙げるなんて、一貫のくせして生意気」

「……」

「返事」

「はいっ!」

「謝罪」

「すみませんでっしたっ!」

「腹いせに伊藤大尉を襲うなんて、一貫のくせに生意気」

「申し訳ありませんっ!」

「それから、私の友達の鈴をレイプしようなんて、生意気どころが万死に値する」

「そ、それはっ」

「言い訳するな、馬鹿」

「しかも、二回もあいつにやられるなんて、情けない」

「……申しわ、けっ、ぐ……」

 私は喉を掴んだ手に力を入れた。

「申し訳ありません、すみませんじゃすまない」

 ぐいぐいと喉を押す。

「だいたい()チンのくせに」

「あれは、まだ……子供のころ……げほっげほっ」

「やかましい」

「牡丹の弟なのに、情けない」

「……」

「どうせ、部下が暴走したとか、そんなこと言うんでしょう? そもそも部下の統御もできない小隊長が悪い、小さくとも指揮官なんでしょう……責任をとりなさい、責任」

「す、すみません」

「あと、さっき私の体をいやらしい目で見たのは、市中引き回しの刑に値する」

「み、見てません、そんな」

「うそをつくな、昔からあんたがエロいませガキだったことは知っている」

「……」

「あと、こんなに近くにいるのに挨拶に一切来なかったよな、いい度胸している」

「す、すみません」

「小さいころ、あんなに可愛がってやった恩を忘れるとは、磔獄門ね」

「も、申し訳ありませんっ」

 震える一貫の首を掴んだ手を緩める。

 彼は解放された瞬間、屈んで下を向いたまま荒い息ではあはあ言っている。

 いや、ほんとこの姿。

 情けない。そして懐かしい。

「顔を上げなさい」

「はい?」

 私は向かい合った状態で一貫の左手首を掴んだ。

 それからくるっと体を回して、おどおどする彼を横目にその左腕に一瞬抱きつくようにして体を密着させる。そして、横に並ぶようにして彼の肘を私の胸の下に垂直に立てるようにした後、両手でその手の甲を抱えた。

 ちょうど、前腕と手首を垂直に折るようにして。

「痛ててててってて」

 ぐっと私はその手首を押さえるようにして圧迫した。

 彼がつま先立ちになる。

 あれだ、捕縛術のひとつ。

「謝りに行くからついてきなさい」

 彼は歩こうとしない。

 容赦なく、手首関節をきめる。

 彼は泣きそうな顔でつま先立ちになり歩き出した。

 そうやって彼を例の件で私の中隊の人間で迷惑をかけた人の前に強制連行し、ひとりずつ謝罪をさせた。

 鈴の前にも連れて行き頭を下げさせたが、彼女は一切一貫を見ることなく無視していた。

 いや、本当に愉快、ざまあというやつだ。

 生意気にも親友に手を出した天罰だ。

 少し涙目で、本当に申し訳なさそうに一貫は謝っていたが。

 一切目を合わせることなく、微動たりとも反応することなく鈴は無視していた。

 ……謝る若い男を前にこの反応。

 さすが、親友ながらメンタル強ぇ。

 それからプールの端に連行し「ちなみにあの子、一貫をボコボコにした男と付き合うことになったから」と教えると、少し固まって申し分けそうな顔をして、それから、少し安堵したような顔になった。

 その表情を見て思うところがあったので、問いただしてみる。

「なに? 伊藤大尉に悪いことしたって思った?」

「……はい」

「で、鈴があんなことあったのに、ちゃんと男と付き合えてて、そんなに傷が深くなくてよかったって思った?」

「は、はい」

「一貫のくせに生意気な」

 容赦なく、さきほどからホールドしている手首を思いっきり折り曲げて、関節をきめる。

 面白いようにさっきみたいに彼はつま先立ちになり「いててててて」と情けない声を出している。

 ああ、懐かしい。

 こんなことやっていたな。

 牡丹といっしょに小学生のこの子をこうやって遊んでいたっけ。

 牡丹。

 ごめんね、この子の面倒見てやれなくて。

 こんなに最低で低俗で馬鹿な男に育ってるって思わなかった。

 ちゃんと面倒見ないといけなかったよね。 

 本当にごめん。

 ……今はいない牡丹に謝りながら思い出に浸った。

 その間、手首にかけた力を緩めることはない。

 あれ? そうか、本当に痛かったんだ。

 一貫が泣いている。

「痛かった?」

「いや、もう、痛いとかそういう次元じゃないです」

「ほうほう、自分がやったことを棚に上げて、そんな言い方するんだ」

 私はもう一度手首関節をきめる。

 彼の左肘は私の胸の下にしっかり捕獲されているものだから、一切自由効かないのだ。

 まったく、一貫のくせに生意気なことをするからこうなる。 

「あ、あの」

「やかましい」

「で、ですから」

「何? 緊急?」

「はい」

「重要課題?」

「はい」

「なら聞いてやる」

「あの……その晶ねえちゃん、ずっと、その、恥ずかしいけど、そろそろ、その、む、胸が当たってるんで、ちょっと、やばくて」

 確かに。

 よく考えるとこいつの上腕におっぱいが当たってる。

 そして、この子。

 さっきからもぞもぞと前かがみになっている。

 うーん。

 私はその手の甲を持った両手を外した後、無言でその後頭部を平手打ちした。

 一貫のくせして私のおっぱいに触れるとは、生意気だ。

 私のそれに触れたぐらいで欲情するとは百年早い。

 だいたい、たった十数年でいつの間にか私より背が高くなっていることが許せない。

 チビ一貫だったくせに。

 本当に生意気だ。

 この訓練の後、こんなに生意気になった彼をほおっておくこともできないし、牡丹への思いもあったので連絡先を交換した。

 少しはまともな大人にしてあげないといけない。

 ああメンドクサイ。

 でも、牡丹の弟。

 しょうがない。

 まったく……。


 ■■■■■■


 正直に言ってしまおう。

 そうしないと前に進めない。

 夕食を外で済ました後、いつものように彼のアパートに入る。

 それから、ちょっとしたおつまみといっしょにふたりで缶ビールを飲んでいた。

 私は少し甘えるようにして彼の隣で体を密着させ、その体温を感じていた。

 もし、これを聞いて私を嫌いになるなら……。

 そう言おうとして飲み込んだ。

 こんな言い方をするのは彼に失礼だし、それに彼に『捨てないで』と言っていることと同じ。

 卑怯な言い方だと思う。

 だから、直球でいった。

「あのね、できない理由、正直に話す」

 カウンセリングの先生とこのことを相談して、やっぱり話すべきだと自分で思った。できない理由。

 与助くんを受け入れられない理由。

 そして、今まで、それを言うこと躊躇していた。

 きっと、嫌われると思っていたから。

 だからいつもしようとすると、怖くなって、知られた時が恐ろしくて、受け入れられなかった。

 あの子を裏切ってしまうという罪悪感も。

「怖いから、与助くんの子供が欲しくなることが怖いから」

 彼は、うなずくだけで無言だった。

「前の……あの人との……赤ちゃんがお腹にいたの」

 彼の体が強張るのが伝わってくる。

「わかった後、堕ろした」

 声が震える。

 でも、言っておかないと。

「赤ちゃん、殺しちゃった」

 心臓がバクバクなる。そして震えてしまう。

「生まれていれば、もう幼稚園に入ってるぐらいなのに……」

 ごめんね。

 ……。

 しばらく無言のまま、アパートの外の音が聞こえるくらいの静寂。

「私やっぱりだめだ」

 堪えてた、絶対にだめだと思ってたのに、涙がこぼれてしまった。

「あの子を置いていけない」

「鈴」

「ごめんね」

「鈴」

「だって、ずっとあの人が『堕ろせ』って言ったことのせいにしてたけど、ちゃんと考えたら、それに、やっぱり最後に決めたのは私……」

「鈴」

「産もうと思えば産めたし、やっぱり私が……」

「鈴さん、いいから」

「よくないよ」

「いいんだ」

 そういいながら、彼は強引に私を引き寄せ、そして苦しいぐらいに抱きしめられた。

 あれ? 何を言いたかったんだっけ。

 どうしてこんなこと言っているんだっけ。

 喉がカラカラだ。

「ごめん、俺は鈴さんの気持ちがわからない……正直生まれていない赤ちゃんがそもそも命があったのかどうかってこともわからない、実感がない、ごめん……だからたいしたことはないとか、しょうがないとか、そんなふうに気楽に言えないから、聞くことしかできない」

 彼は私の後ろに回りこみ、体操座りのようにひざを抱えた私を大きく包みこんできた。

「それに、もし自分が父親になるとか、鈴さんと子供を作るとか、結婚するとか、そこまで覚悟ができているわけでもない……だから、鈴さんのその苦しみをわかってあげるなんておこがましいことだと思っている」

「ごめんね、やっぱりだめだね」

――私を嫌いになるなら、気にしないから……。

 そう言おうとしたができなかった。

 彼が後ろから抱きしめたまま私の顔に手を当て、あてがった手に力を入れて顔が後ろに振り向された。

 気づいたときには唇に彼のそれが押し当てられていた。

 ゆっくりと唇を離し、右手を私の下腹部に触れた。そのまま、彼は少し緊張した声で話を続ける。

「でも俺は、ここに居たその子も含めて今の鈴さんを大切にする」

 下腹部に触れる彼の手が暖かい。

「だから慌てなくていい……まだ時間はたっぷりあるから、鈴さんのペースでいこう」

 ――ありがとう。

 そう返事をしようと思ったが声にならならない。

 私は何度かうなずくだけで、顔をあげることはできなかった。


 □□□□□□


「どうしてそんなに、与助くんは優しいの?」

 よく言われる。

 男にも言われたことがある、そして付き合っていた(ひと)たちにもさんざん言われた。

 そして鈴も……。

「よくわからない、自分のどこが優しいかわからない」

 そう正直に答えた。

 わからない。

 わからないのだ。

 昔から困っている人間を見るとほっとけない。

 それが優しさというのだろうか?

 そうだ、鈴もそうだった、最初はほっとけなかった存在。

 だから監視役とかそういうものを引き受けた。

 でも今は違う。

「やっぱり、私がダメ人間だからかな……」

 彼女は目を伏せる。

 俺は彼女の背中を抱きしめるような体勢のまま、その耳元でできるだけ優しく、できるだけ静かに声を出した。

「ばーか」

 彼女が振り向く。

「鈴さんは自分にしっかりと向き合おうとしているから好きになったんだよ」

 俺は続ける。

「今話してくれたことも、自分に向き合おうとしている、鈴さんらしいと思う」

「私らしい?」

「だから、今の会話でまた惚れなおした」

「今の……で」

「うん」

「……」

「さっきもいった通り、俺は鈴さんほど、子供とかそういうことまで考えたことがなかった。正直に言うけど、そういう覚悟はできていない」

「うん」

「だから、今はがまんする」

「うん」

「もしするときもちゃんと避妊する、ゴムつける」

「そこかっ」

「あれ?  ……えっちするしないの話じゃなかったっけ」

「……そーなんだけど、なーんか、すっごく軽い話になっちゃった気がする、がっくり」

「いや、恋人になればえっちは大切なことだし」

 俺はあえて真面目な顔で彼女を見る。

 できれば、こんな話笑いながらしたいけれど……。

 すると彼女は顔を伏せた。

 やばい。

「あ、ごめん……違う、ちょっとおちゃらけ過ぎた、ごめん、深刻な話って苦手、そのカッコイイ話とか自分で言ってて恥ずかしくなったし」

「……」

「なんて言うかな、もう訂正……そういう話じゃないか、うんもっと、高尚な話だったな、なんか、本当にごめん」

 彼女は震えだした。

 いや、口からくくくって漏れている。

 ……笑いを堪えているようだ。

「ははは」

 彼女は堪らす笑い出した。

「ははは?」

 俺も釣られて笑い出す。

「私も、なんか深刻に話していたことや、悩んでいたことが馬鹿みたい」

「ごめん、そういうつもりじゃなくて」

「違う、違う、だって私も与助くんと同じ気持ちなんだもん」

「同じ?」

 彼女は後ろから抱きしめていた俺の腕を解く。

 そして、くるりと体を回し、俺に向き合った。

「だから、えっちしたい」

「あ、いや、その」

「今、ムラムラっときた」

「え、でも」

「与助くんのお陰、今日は最後までできる気がしてきた」

「落ち着こう……いや、まださっきの話の余韻があるし」

「意気地なし」

「そういう問題じゃなくて」

 そう俺が言ったとたんに彼女は俺を押し倒して馬乗りになった。

「よし、与助くん、覚悟してね」

「いや、覚悟とか……さっきまでの深刻な空気返して、なんか、もうさっきまでのシチュエーションが台無し、すっごくいい話で終わりそうだったのに」

 俺の腹の上に跨った彼女が熱を帯びている。

 触れている場所から伝わってきた。

 本気ですか。

 本気ですか鈴さん?

「し、た、く、な、い?」

 なぜ、区切る。

 でも、その言い方は、俺の理性をぶっとばした。

 俺は彼女の赤くなった頬の上にある、潤んだ目を見つめる。そして答えた。

「したい」

「本当にしたい?」

「したいです」

 ふふふーと彼女は笑った。

「清楚で淫乱だってこと忘れていたでしょ」

「忘却の彼方でした」

「じゃあしよう」

「じゃあって」

「いいからしよう」

「いいからって」

「与助くん、意外とロマンチストだよね」

「シチュエーションは大切です」

「最高にムラムラしてるんだけど」

「あのね、それは鈴さんだけ」

「意地悪、じゃあしないの?」

 俺は笑ってしまった。

 彼女も笑う。

「します、よろしくお願いします」

「なに、それ」

 それから彼女は力を抜いて俺に体を預けてきた。ゆっくりと彼女の体を横に倒して、それから口付けした。

 ……彼女の体は少し震えている。

 やっぱり、少し強がって、少し無理をしている。そして、そんな彼女をとても(いと)おおしく感じてしまった。

 その気持ちを少しでも伝えようとして彼女の体の隅々までゆっくりと触れていった。

 どれだけ時間が流れたんだろう。

 俺の手が彼女の下腹部のあの子が居た場所に触れた時、お互いにゆっくりと顔を向る。

 ……。

 ……。

 長い時間、しっかりと何かを確かめるように彼女と見つめ合った。

 そして、お互いに少しだけ息を荒くした長い口付け。

 ゆったりとした俺たちの時間が始まった。



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