第10話 「それでも一言は欲しい」
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誰もいない将校室。
壁かけ時計は二十三時を表示していた。
1四半期分の報告書類を作っていたら、こんな時間になってしまった。
無意識に机上札の『第一中隊副官 中尉 日之出晶』をじっと見つめる。
目の前には綾部軍曹が『お疲れ様でした、先に帰ります』と嫌味な笑顔とともに置いていった缶コーヒーがあった。
春先に私がやっていたことの裏返し。
あの季節、人事の仕事が忙しくて、彼は遅くまで残業をしていた。
私はそんな彼にお疲れ様と言って、缶コーヒーを置いていった。
目の前にある缶コーヒーは甘々のロング缶タイプのもの。
きっと彼はすべての女が甘いものを好きだと思い込んでるんだと思う。
うん。
なんというか。
そんな男はみんな滅びてしまえばいいのに。
私は蟻じゃないって。
そう思って、つい、ため息をつく。
そして反省。
ため息をついたことに。
――晶、ため息をついたら、幸せが逃げる。
お父さんにそう言われたのを今でも覚えている。
私が小学生の低学年ぐらいだったか。
あのころの私は、なぜか大人ぶった仕草をすることが好きで、よくまわりの大人たちの真似事をしていた。
ちょうどその時も、前日に見たテレビドラマの女優がやっていた、少し色っぽいため息を真似していた。
私が何度もため息をついていると、怒るわけでもなく、諭すわけでもなく、頭を撫でながらそうお父さんに言われた。
その次の年ぐらいにあの戦争があって、お父さんは戦死した。だから、物心ついたくらいの時に言われたこと――数少ないお父さんとの思い出――はしっかり覚えている。
私はふと廊下に出て、将校室の隣にある『第一中隊長室』という看板を見た。
二十年前にお父さんがいた部屋は下の階。
ちょうど同じように『第三中隊長室』という看板がある場所だ。
二十年前と変わらないこの古い建物、各階の造りはほとんど同じ。この下の階に父親が居たと思うと、いまだにそわそわした気分になる。
幼いころに連れられてきたこの建物。
二十年ぶりに、あのころの記憶のままの内装を見た時はほんとうにびっくりした。
まさか、自分が違う中隊とはいえ、同じ場所で勤務するとは思わなかったからだ。
ファザコン。
違う。
鈴はわたしのことをそう言う。
でも違う。
もしも、もし、お父さんが生きていればそうなっていたかもしれないけど……。
けっしてファザコンじゃない。
鈴が私のことをおっさんが好きだと誤解しているのはそのせいもある。
中隊長に酔っ払って『パパー』と抱きついたことがあるらしいが、覚えていない。
お酒のせいだからしょうがない。
現に勤務していても、あのおっさんたちから漂う加齢臭は生理的に受け付けない。
お隣の二中隊副中隊長の野中大尉。
あのだめっぽさが前面にでているおっさんなんかは目を合わせるだけで寒気がする。
二中の小隊長である伊原少尉なんかは『素敵』と言ってたけど、私からすると物好きとしか思えない。
きっと、ああいう子こそ、ファザコンでおっさん好きなんだと思う。
またため息……が、でそうになったがなんとか飲み込んだ。
――幸せが逃げちゃう。
そう思って思いとどまった。
でもため息だってつきたくなる。
はやく帰りたいし。
それに。
……本当は遅くなったのは仕事のせいじゃない。
ぼんやり考え事をしてしまった。
伊藤大尉との電話のせいで。
『真田さんとは付き合えない』
開口一番先輩はそんなことを言った。
私は固まって言葉がでなかった。
先輩は一方的にすまないと謝るばかりで理由を言おうとしない。
でも、私はその理由を聞く権利があると思った。
だから根気強くそれを聞いた。
『俺よりもふさわしい人間がいた』
――ふさわしい?
『真田さんを守れる奴だ』
――なにそれ。
『たぶん、陸軍の奴だろう、短髪で三十手前、めっぽう強い奴だった』
――それが私も知っているひとだとしたら……彼は鈴の監視役で、あくまで命令で鈴のそばにいるというか、恋愛感情なんかはなくて……。
ふと、そのへらへらした彼の顔が頭の中に浮かんだ。
『そんなもんじゃない、もっと深いものがあった』
……まさか、あの馬鹿……鈴に手を出したんじゃ……しかも、伊藤さんとの邪魔をするなんて。
――何があったんです?
それから先輩は、公園で暴漢達に襲われ鈴が暴行を受けそうになったこと。そして自分は助けることができなかったこと、それからあの男が彼女を助けてそのまま鈴を預けたことを淡々と話した。
『面目ない』
――でも、そんなことだけで諦めるなんて、あいつに鈴をまかせるなんて……。
『真田さんには心底惚れた、今でも惚れている』
――じゃあ、どうしてですか。
『暴漢達のリーダーが大川一貫だった』
私は息を飲んだ。
一貫。
大川牡丹の弟。
『牡丹、あの牡丹の弟だ……今は海軍少尉、金沢基地の陸戦隊の小隊長をやっている』
彼はため息をついた。
『ほっとけないだろう』
――そんな。
牡丹は先輩の元カノであり、私の幼馴染――軍人宿舎繋がりで同じ学校の同級生、そして同じ建物に住んでいた――であり、統合士官学校の同期でもあった。
私は陸軍、彼女は海軍の士官で別々の道を歩むことになったけど、しばらくは予定が合えばカラオケにいったり、それ以外は電話で話すぐらいの付き合いが続いていた。
仕事が原因で三年前に自殺するまでは。
その死んだ牡丹の弟である一貫。
私がよく知っている彼は、あの気の弱そうな五歳年下の男の子。
あの軟弱っ子が鈴を暴行しようとするなんて生意気な……としか思えないような子。
私にとっては、小さくて弱々しい男の子という印象しかない。
中学生のころ、小学生の彼をいじって遊んでいた思い出がある。
ついついいじめたくなるような子で、彼をつまんでひっぱったりして遊んでいた。
だから、あんなんで鈴に暴行しようとしたと思うとおかしくてたまらない、いやそれよりも『生意気』のひとことに尽きるのだ。
そりゃまあ、その子が海軍陸戦隊で小隊長、あれも成長もしているだろうけど。
……残念ながら、私の頭の中では海軍の制服を着たあの小学生の一貫の顔形しか浮ばない。
そうか、この前うちの学生と喧嘩したという大川少尉。
あれはあの子だったのか……。
ああ、やっぱり一貫のくせして生意気な。
一貫のことも気になる。
気になるけど、それよりも鈴と先輩の話をしないといけない。
――先輩は、まだ牡丹のことを……。
『三年経って、忘れられると思ったんだが』
先輩は少し寂しそうな声だった。
『ずっと、弟の方は遠巻きに目をつけていたんだが、まさかあんなことをするとは思わなかった……それで、つい面と向かって話すと思い出して、ほっとけないと思った、そうしたら、鈴さんよりも優先してしまった』
――でも、まだ間に合います……あのふたりは付き合うとか、そういう仲ではないんですよ、本当に鈴のあの症状を監視するために中隊長に言わ……。
『鈍感な俺でもわかる』
言葉を遮る先輩。
『真田さんは、あの男に惚れていたしあの男も惚れている』
沈黙。
かける言葉がなかった。
先輩は『せっかく日之出が紹介してくれたのにすまん』と何度も謝った。
少し空気が悪いと思ったんだろう。
先輩にしては珍しく『また、いい女をまた紹介してくれ、ボッチだから』と軽い感じで言った。
ええぜひ、と答えた後、お互いにおやすみなさいと言って電話を切った。
私は先輩の言葉をひとつひとつ思い返していた。
あまり集中することなく残りの書類をカタカタと打ち進めていた。
そのうち、仕事に集中できるだろうと思いながら。
でも、どうしても集中できずに、いたたまれずに、ついさっきみたいなため息をついてしまった。
私は時計を見て立ち上がる。
携帯のメール着信音。
普段からマナーモードにしているので、正確に言うと着信の振動なんだけど。
私はそれを見てまた事務椅子に腰掛けた。
『夜更かしは体に悪い、早く帰って寝たほうがいいですよ』
あの日……鈴と伊藤先輩のデートを綾部軍曹と尾行して以来、鈴の近況とか日常を含めて週に一、二回はメールをやりとりしている。
残念ながら、仕事の連絡の方が多いけど、たまに今日のようにぼやきメールをしたりしている。
送ったのは先輩と電話をする前。
最近鈴のことでメールがなかったので『鈴は大丈夫? なんだか、職場でふたりが会話していないみたいだし、喧嘩とかしていない? ちなみに今残業中でそのことが気になって仕事に集中できないから、すぐに理由を言って』と送った。
三時間ほどして返って来たメールが『現状維持、海軍の人のことはあまり話ししないからわからない』と『夜更かしは……』だった。
返信が遅い。
しかも、なんかいろいろ隠している。
……それにしても鈴。
鈴だって、この話をしてくれていない。
どうして。
なんで遠慮。
どうして。
鈴……。
私は机に突っ伏した。
おでこに机上に敷かれている軟質ゴムマットのひんやりした感触が伝わる。
私の醜くてドス黒い感情がでてきそうになるのを抑える。
情けない。
かっこ悪い。
ほんとうに、私。
また、嫉妬。
ため息をつく。
あー。
今のはなし。
お父さん、このため息は黒いものを吐き出したものだからノーカンでお願いします。
幸せは吐き出してません。
「いつもこうなんだよなあ」
私は声に出して呟いた。
古い事務椅子の腰掛に体重をのっける。それと同時に両腕を頭のうえに伸ばす様にして、伸びをした。
古い椅子はギシギシと油の切れたバネが悲鳴を上げる。
いつもこう。
伊藤先輩と牡丹の時も、あの男と鈴の時もそう。
恋愛感情未満。
いいなあ、と思った頃には……もしかして、好きなのかなと思った時には親友とその人は付き合いだす。
綾部軍曹のことは……悔しいけど、ありえないけど……『いいなあ』と思ったぐらい。
絶対にそれ以上はない。
きっと、だらしがなさそうで、ちょっと中途半端に悪そうで、軽い感じがするけど根は逆の人間。
そういうギャップがある人は今まで出会ったことがなかったから、たまたま惹かれていたんだと思う。
……惹かれていた……なんだか、むかつく思いだけど。
そうだ、この閉鎖空間が悪い。
あんな男なのに。
そりゃ、男気溢れてたけど。
あの日、恋人握りした時は物凄く恥ずかしかったけど。
ため息。
あー今の。
今のはお父さんごめんなさい。
これは幸せが漏れました。
逃げました。
反省。
やっぱり気づかれていたのかなあ。
鈴に。
それでもひとことは欲しい。
大切なことだから。
……そんなことを考える自分がメンドクサイ。
ため息を飲み込み、そして、目の前の馬鹿みたいに甘い缶コーヒーを飲んだ。
胃の中から口の中までドロッと甘いものが広がり、気分を更に悪くした。
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バギー型の軽装甲車を運転。
機嫌が悪い副官様が隣に乗っている。
むすっとした顔のまま、ファイルに綴じた書類を睨んでいた。
きっと、あの日だ。
今日は絶対に粗相がないようにしよう。
推定されるあの日に何度か地雷を踏んで痛い目にあったことがある。
そもそも、この予定外の外回りも急遽呼び出されたものだった。
「綾部軍曹、車の運転準備して」
今日の俺は仕事が緩だったから、道場で汗を流そうとして、てきとうに組み手をやっていた。
そんな副官の声で汗だくの顔のまま振り返ると、むすっとして立っている彼女がいた。
「騎兵小隊が装備している装輪歩兵戦闘車の射撃を大隊長が現場視察することになった、それで急遽私が行くことになった、綾部軍曹は操縦手、わかった?」
騎兵小隊。
鈴が小隊長をしている小隊だ。
そういえば、WFVの一○五ミリ砲を撃つとか言っていたな。
「いや、え?」
「三十分後出発」
「三十分!」
「車の用意はさせてる、汗流せばじゅうぶん間に合う」
「俺じゃなくても、ほら小隊の奴らで暇しているの使えば」
「こういう時、中隊本部の仕事は中隊本部で済ませる」
「俺、人事係ですよ、暇じゃないですよ」
「暇じゃない人間が、道場で汗を流さない」
「……」
今日の副官は目が据わっていた。
俺は「了解」と言って準備をする。そして、速攻でシャワーを浴びて、WFVを動かすのに必要な書類を集めて支度を済ませた。
射撃ができる演習場まで二時間ほど、その間、隣が副官というだけで気分が重くなる。
苦手なのだ。
苦手。
そんなことをしていると、肩をぽんっと叩かれる。
振り向くと中隊長がニヤニヤしながら「いやー、綾部、頼むよ」と言う。
こいつか、黒幕は。
「おう、綾部、安全運転な、事故ったらお仕置きだ、あと副官のご機嫌とりもよろしく」
先任上級曹長がドスの効いた声で睨んでくる。
そんなこんなで慌しく演習場へ向かうことになった。
無言の車内。
この車、戦車やWFVに比べれば車内の騒音はかわいいものだが、一般的な車に比べれば雲泥の差がある。だから、話をしようとするとどうしても大きな声を出さないといけない。
だから世間話もしにくい。
大声で世間話なんて、野郎同士だったら下ネタでゲラゲラ笑いながらできるが、お隣の副官とはできるはずがない。
さっき、先任から釘もさされたので、タバコも吸わず、両手でしっかりハンドルを握って安全運転をしていた。
副官の不機嫌さも手伝ってずっと緊張した状態。
正直疲れる。そして、警戒している。
この前、鈴のことでメールして以来、なんとなくだけど、俺と鈴の関係を勘ぐっているような気配があるのだ。
その事について問い詰められる可能性があるんじゃないかと思っていた。もちろん、付き合っているとは言わない。
鈴が、話さないほうがいい、まだそういうタイミングじゃないと言っていたからだ。
こういうことはちゃんと鈴から言うべきだし、俺から言うことではないと思う。
俺と副官と彼女達とでは関係の年輪が違うからだ。
それにしても。
鈴はちゃんとできているんだろうか?
小隊長として射撃の指揮をできてるんだろうか。
いつものあの雰囲気からはまったく想像できない姿だった。
ああ。
それにしても口が寂しい。
「タバコ吸っていいですか?」
ジロッと副官が睨み、両手の人差し指ばつを作った。
ですよね。
一切会話をしたくないという意思表示のように思えたので、俺は黙って運転を続けることにした。
『第二! 一の台、右の敵戦車! 撃てっ!!』
無線から流れる射撃号令。
普段の鈴からは想像できない凛々しい声。
『APFSDS! 発射! 命中!』
どーんとWFVの一〇五ミリ砲が火を吹くとほぼ同時に、二千メートル先の的に砂煙が上がる。
『前へ!』
キュイーンと唸る独特の装軌音を上げながら、鈴がハッチから頭を出して指揮しているWFVを先頭に三両が縦隊になって前進をした。
そして『停止!』と彼女が言うと、三両は鈴の車両を中心に横隊に展開した。
『小隊! 二の台、敵装甲車三両! 正面射! 撃てっ!』
なかなかの迫力。
小隊の三両が一斉に火を噴いた。
同時に的が三つとも吹き飛ぶ。
『対戦車榴弾、発射! 命中!』
『了解!』
やや興奮気味……と思う鈴の声だ。
やっぱり普段聞かない声だからすごく違和感があるが。
そりゃそうだ。
彼氏になったばかりの俺が、彼女の全部を知っているわけではない。
正直、いい小隊長っぷりだと思った。
上から目線でなく、下から目線で、いち軍曹として。
「一中隊の射撃の腕は悪くないな」
大隊長がダンディーな声で副官に声をかける。
「ありがとうございます」
「佐古少佐が羨ましい」
中隊長が羨ましい?
「何がですか?」
少し警戒した声の副官。
「こんなに美しくて強い部下を二人も持っている、僕が彼と変わりたいぐらいだ」
褒めているつもりなんだろう。
このダンディーおっさんは言っている内容は十分セクハラなのだが、なぜだかこういう発言をしてもセーフだった。
すごく自然なせいかもしれない。
「それにしても、君たちは付き合っている男はいるのかな?」
仕事中ですよ、大隊長。
「いません」
「僕が付き合いたいくらいだけど、まあ、心当たりがある男がいるから、また君たちに紹介しよう」
「遠慮いたします」
「今度は悪くない」
「先回が最低でした」
「経験だ、経験」
「結構です」
はあとため息をつく大隊長「僕が結婚なんかしてなければ」なんて言っている。
「私、奥さまと軍人宿舎でよくお話をするんですよ」
副官、脅しに入る。
「うーん、あいつも五十だというのに、若作りしすぎてて怖いだろう」
大隊長の奥さんは、そういう意味で有名なのだ。
年は五十ぐらいだと聞く。そ
うは見えない服装――ピンクと黒のゴスロリファッション――と化粧でだいぶがんばっているあのお顔。
美人変人な奥さんで有名。
「そんなことはありません、お美しい奥様とよく手をつないでお買い物とかしているのを見かけますし、浮気もせず硬派な旦那様で素晴らしいですねと常々お話させていただいてます」
「僕は嫌なんだけどね、あれが手をつなごう手をつなごうと言うものだから」
ドゴーンと射撃音が聞こえるなか、おっさんのお惚気話になっていった。
その話のかわし方、副官さすが、できる。
それにしても奥さんの『若作り』は、旦那のあなたがいろんなところで女性関係の噂が絶えないことが原因だと思うのは俺だけじゃないだろう。
視察も終わり一服をしていたところで副官が近づいてきた。
「真田中尉も見かけによらず、なかなかいい指揮されてますね」
いつまでも会話しない訳にもいかず、吸いかけのタバコを携帯灰皿に押し込めながらそう言った。
「やるときはやる子なの」
「保護者的発言」
ジト目で俺を見る。
「そう言えば、先輩……伊藤大尉と鈴はうまく行かなかったらしい」
その話になるか……。
「そーなんですか……いや、真田中尉からは何も聞いていなかったので、お似合いだったのになあ」
「そう、お似合いだった」
嫌な予感。
「……」
「監視役の仕事ちゃんとやってる?」
あれ、仕事だったんだ。
「ええ、まあ週末は、ときどき」
もしかしたら、伊藤から副官に話がいっているのかもしれない。いや、でも男がわざわざそういうことを後輩の女性に話をするものだろうか。
「相手の、あの伊藤という人から聞いたんですか?」
「……そうよ」
――話さないほうがいい、まだそういうタイミングじゃない。
伊藤がどこまで話したかわからないが、今はこの微妙な空気を耐えるしかない。
しかしだ。
なんで鈴は副官に黙っているのだろうか。
親友といっていい仲なのに。
「だめだった理由知ってる?」
副官がジト目のまま聞いてきた。
まさか、暴漢達に襲われたところを俺が乱入して、伊藤といっしょにぶちのめした後に、鈴を好きだということに気づいてしまい、そのまま連れ帰ってしまって告白したら付き合うことになりました。
なんて口が裂けても言えない。
「……さあ?」
それに対して、副官が口を開けて声を出そうとしたそぶりを見たが、彼女は結局しゃべることなく黙った。
ただ、ジト目から上目遣いに変わり、俺を見上げた後は「ふーん」と言って顔を背けた。
その表情は今まで見たことがないくらいに豊かなものだった。
珍しく。
だからけっこうかわいいと思った。
かわいい、いや、ちょっと違う……面白い顔するんだな、ぐらいだろうか。
「帰ろっか」
副官がいつもの表情に戻ってから言った。
「もう、戻りますか」
「ええ」
「了解、準備します」
そう言った時、目の前に円筒のカラフルな物が投げ渡された。
「帰りも安全運転お願いね」
副官が投げたそれは、悪名高い甘々コーヒー……いやミルク砂糖水と言っていいロング缶だった。
「あ、ありがとうございます」
どうも、この前のことを根に持っているらしい。やっぱりこの人、根に持つタイプのようだ。
そて思う。
これからふたりきりの車内で二時間。
大声でしかしゃべれないような軽装甲車に乗ってきて本当によかったと。
さすがに、鈴と俺のことは大声でしゃべったり追及したりするものではないと思うから。
それでも、あと二時間緊張が続くかと思うと、すごく喉が渇いたので早々にその甘ったるい缶コーヒーを飲み干すことになった。
なんにしても、鈴に、早く俺たちのことを話してもらった方がいいと思った。
そうしないと……さすがに、耐えるのが辛い。
しんどすぎた。




