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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国改革編
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戦勝パーティー

 多くの貴族たちが酒の入ったグラスを傾けながら、戦勝パーティーの主役である人物たちを密かに目で追っていた。それは騎士として多くの戦場を駆け抜けて多大な戦果を上げた人物たちであり、今宵は皆が着飾り普段とは違う輝きを見せていた。


「エイミー・ベンフォード。あの時とは随分と雰囲気が違いますな」

「確かにそうですな。何と言うか年相応に見えますな」

「あの時は死ぬかと思いましたからね」


 エイミーのドレス姿を遠目から眺めていた貴族たちは、小さな声で囁き合いながら感想を述べ合っていた。彼女のドレス姿は一度お披露目されているが、その時はドレス姿よりも傷跡の方が印象的であり、その姿をあまり覚えていなかったのである。


「それにしても……まさか本当に戦争に勝利してしまうとは」

「我々もこれから先のことを考えないといけませんな」

「情勢を見極めないとなりませんね」

  

 エイミーを眺めながら囁き合う貴族たちだったが、当の本人は正直言って戸惑っていた。幼い頃から傭兵として生きてきた彼女にとって、この様な煌びやかな世界は全く縁の無い世界だったからである。


「剣が無いと落ち着かないわ。それにこの格好もなんだかなぁ」


 腰に手を当ててそんな言葉を発するエイミーに、そばにいたディアーナがグラスを差し出しながら微笑みを浮かべて告げた。


「似合っているわよ。貴女はスタイルも良いからドレス姿も様になっているわ」

「そうかなぁ。確かにディーは似合っているけど、私はダメな様な気がするわ」


 差し出されたグラスを受け取り中身のお酒を一気に飲み干したエイミーは、近くにいたメイドに空いたグラスを渡して違うグラスを手にした。ちなみに帝国法ではお酒は十五歳からである。


「そう言えばエイミーはお酒は強いの?」

「こんな上品なお酒は飲まないわね。私が良く飲んでいたのは樽酒ね。良く傭兵仲間と飲んだわ」

「つまり飲めるというわけね」


 お酒に強いということが分かったディアーナは少しだけ羨ましいといった表情でエイミーを見つめた。ディアーナ自身はお酒に弱く、エイミーが上品と評したこのアルコールの弱いお酒でさえ沢山は飲めないのである。


「それにしても……こんなに貴族って存在したのね」


 エイミーの言葉を聞いて視線を会場に向けたディアーナ。その目に映るのは完全に三つに分かれた貴族たちの姿だった。エイミーと共に王国と戦った貴族たち。貴族としての義務を放棄した道楽貴族たち。そしてフロスト会戦以後に兵力を派遣した中堅貴族たちである。


(……これから面倒なことになりそうね。敵を知り一気に終わらせる。そうしないと悲惨な内戦に発展する。それだけは困るわ。上手くやらないと駄目ね)


 ヘルムフリートからの頼まれ事――――それを実現するための計画を頭の中で練っていたエイミーだったが、すぐに貴族たちに囲まれて思考を中断することになった。最初にやって来たのはエイミーたちと戦争を戦った貴族たちであった。


「戦場で見る姿とは随分印象が違いますね。お似合いですよ」

「確かに似合っているじゃないか」


 やって来たウォルターとアウレールはエイミーのドレス姿を見て素直に賛辞の言葉を口にした。その姿は可憐で美しく、とても普段の彼女からは想像出来るようなものでは無かった。


「こうして見ると、とても蛮族や王国軍を撃退した騎士団長様には見えないな」

「失礼ですよ。エイミー様は元から素敵な女性です。あなたの目は節穴ですか?」


 続いてやって来たアレクシスの言葉に、アンナは夫に懐疑的な視線を向けながら言葉を発した。アンナの言うとおりエイミーは若くて愛らし顔をしているため、普通に想像すれば今の姿も予想出来る範囲内のものであった。だが男性陣にとっては騎士として戦場を駆ける姿の印象が強すぎるため、今の姿が想像出来なかったのである。


「まぁ褒めても何も出ませんので、そのくらいで勘弁して下さい」


 素直な賛辞に慣れていないエイミーは珍しく照れながら控えめな声で言葉を返した。だがこれは始まりに過ぎなかった。今回のパーティーの主役はエイミーであり、これからが本番なのである。何せこれから多くの貴族を相手にするのだから。





「よく無事で戻ったわねミリー」

「それにしても貴女が英雄とはね。名前を聞いた時にはビックリしたわよ」

「英雄と呼ばれるほど活躍した覚えはありませんよ」


 『双璧の魔法騎士』の二つ名を持つミリアムは、久しぶりに出会った姉妹との会話を楽しんでいた。


「嫁ぎ先はいかかですか姉様」

「特に問題は無いわね。戦争にも派兵したからこれからも大丈夫なはずよ」

「問題は私の嫁ぎ先ね。困ったことに一人も派遣しなかったわ。このままじゃまずいわ」

 

 ミリアムの質問に対して、二人の姉は対照的な表情で違う答えを返した。少しでも先が見える人間ならば、それがどんな事態を招くかなど容易に想像出来ることだった。


「国の命運を掛けた戦いにおいて、派兵しなかったことは今後問題となるでしょう。きっと陛下もお許しにはならないわ。それにあのエイミー様も」


 次女は声を潜めながら遠くで貴族に囲まれているエイミーに視線を向けた。どこまでも縮こまっているその姿は、とても帝国騎士を束ねていた人物とは思えない。だが彼女の戦いぶりはすでに帝国中に広まっている。敵対する者には容赦のない鉄槌を振り下ろす人間であると。


「五大貴族の一角であったカルヴァート家でさえ、陛下は躊躇うことなく取り潰したわ。もはや害のある者を放置することはなさらないでしょう。私も生き残ることを考えないと。エイミー様と仲の良い英雄様と違って安泰ではないからね」

「酷い言い様ですね姉様。私も少なからずお手伝いさせて頂きますよ。姉様を失いたくはありませんから」


 次女が片目を閉じて告げた冗談に、ミリアムは真面目な顔で返事を返した。それを聞いた長女はミリアムに右手を差し出し微笑みながら告げた。


「ならば私たちを紹介してくれるかしら? エイミー様とお話をしてみたいですから」

「それならば喜んで姉様」

 

 その手を掴んだミリアムは、満面の笑みを浮かべながら姉妹を紹介するためエイミーの下へと向かって行ったのだった。




「これからが大変だな」


 会場を眺めるヘルムフリートは、グラスを傾けながら隣に立つテレージアにそんな言葉を漏らした。


「ですが帝国を変えるためには必要な事でしょう。ここで変わらなければ、帝国は本当に滅びてしまいますからね」


 腕を絡め微笑みながら物騒な事を口にするテレージアだったが、ヘルムフリートはそれを否定する気にはなれなかった。何故なら戦争において帝国が勝利出来たのは、運の要素が強かったからである。


「そうだな。とにかく障害になる貴族は娘に探らせよう。今も奮闘している様だからな」


 会場の中央で貴族たちに囲まれているリゼールは、上品な笑みを浮かべながら会話をこなしていたが、そこに群がるのは帝国を害する道楽貴族たちだった。


「どうやら彼らは娘の才能に気付いていないみたいですね」

「武の才能は無いが俺と同じで政治の才能はあったな。あの顔で何を企んでいるのやら」


 笑顔で敵を騙す才能――――それは間違いなく政治向きである。もっともヘルムフリートとは違い、リゼールは謀略といったことには向いておらず、情報収集という面でその才能を発揮していた。話を聞き、会話から情報を引き出す才能である。


「まぁ奴らは娘に任せておけば問題は無いだろう。今の問題はあれだな」


 その言葉と同時に視線を会場入り口に向けたヘルムフリートは、そこにいる若い人物を見て険しい表情を浮かべた。


「あれはバクスター家の娘エルザですね。確かにこれは問題ですね」


 帝国五大貴族に名を連ねるバクスター家。その娘がこの会場に現れたのである。それは会場に僅かな混乱を生み出した。


「カルヴァート家が取り潰された今、バクスター家が最大の障害だ。奴らが旗を掲げれば、それに続く貴族も多くなるからな。さて……彼女はどう出るのやら」


 迷うことなくエイミーの下に突き進んでいくエルザを眺めながら、ヘルムフリートとテレージアは彼女たちがどの様な会話をするのか見守ることにしたのだった。




「お元気そうで何よりです皇女殿下。それとお初にお目に掛かりますエイミー様。私はハンブルグ侯爵バクスター家の次期当主エルザ・バクスターと申します」


 上品な仕草で挨拶したエルザ。だがそれを見た者の反応は冷たいものが殆どだった。アウレールを始めとするエイミーと共に戦った者たちは、何を今さらといった表情で彼女を見つめたのである。


「エイミー・ベンフォードです。こちらこそ宜しくお願いします」

「お久ぶりですねエルザ」


 しかし声を掛けられたエイミーとデイアーナだけは楽しそうな表情を浮かべて返事を返した。この状況で話を掛けて来るなど、はっきり言ってしまえば無能な人間か、豪胆な人間かのどちらかしかないからである。


「今日は挨拶だけで失礼させて頂きます。他にも挨拶しなければならない方々がおりますので」

「そうですか。少し残念ですが仕方がありませんね」

「良ければ今度、お茶でもいかがでしょうか? エイミー様とは皇女殿下には末長くお付き合い頂きたいですから」

「お誘い頂ければ喜んで参加させて頂きます」

「私もですよエルザ」

「では日を改めてお誘い致します。会話を中断させてしまい申し訳ありませんでした」


 丁寧に頭を下げてその場を去って行くエルザを、興味津々といった表情でエイミーは見送った。


「何を考えているのかは分からないけど面白そうな人ね」

「そうね。この状況で話し掛けて来れるなんて尊敬するわ」


 周囲の敵意を無視して堂々と話し掛けてきたエルザにエイミーは興味を持ち、ディアーナは心の底から驚いていた。ただし問題も十分に理解していた。


「さて、味方か敵か悩むところね」

「出来れば敵にはしたくないなぁ。五大貴族がいるかどうかで、こっちに付く貴族の数も変わって来るだろうから」


 目指すのは皇帝を頂点とする統率の執れた組織の確立である。そのためには害を及ぼす貴族を全て一掃する必要がある。だがそこに辿り着くには一筋縄では行かない。


「本当に忠誠を誓える者以外はなるべく排除したい。それも見極めないといけないわね」

「そうね。害虫を残すわけにはいかないからね」


 エイミーとディアーナはお互いに意見を述べ合いながら、立ち去って行ったエルザを目で追っていた。彼女は今まさに、その害虫である道楽貴族たちと会話を行っていたのだった。







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