勝利の祝い
帝国の勝利に沸き立つ帝都ザクセンハルトでは、朝から興奮状態の臣民たちが大通りに群がっていた。皆が帰還して来る騎士たちを一目見ようと思っていたからである。
「おい来たぞ!」
「本当だ! 皆来たぞっ!」
帝都の正門から入場してきた騎士たちを見て、臣民たちは一斉に歓声を上げた。先頭を任されたのは、戦争当初から戦い続けてきた『最北の英雄』の生き残り三人が率いるカッセル騎士隊だった。
「き、緊張しますね」
「シャキッとしなさいよ。これは勝利の凱旋なのよ?」
「笑ってお前は手を振っておけ」
慣れない状況に戸惑うアベルをよそに、セリーヌは笑顔を臣民たちに向けて馬を進めていた。本当なら手を振りたかったのだが、左腕は未だに包帯が取れていなかったため、右手の手綱を離すことが出来ず断念したのである。そんな二人を見て、ロイドはアベルに彼女の代わりに手を振るように告げたのだった。
「あれが『双璧の魔法騎士』か。可愛い子たちじゃないか」
「お前も出世すれば結婚出来るかもしれないぜ?」
「お前たちではどう見てもつり合わないだろう」
続いてやって来たのはミリアムとマルガレータが率いるアルテミス騎士隊とアテナ騎士隊だった。二人は先頭を進みながら、それぞれの隊旗を掲げて大通りを進んだ。
「私たちは二人で一つの扱いみたいね」
「私が防御で貴女が攻撃。間違ってはいないわ。素敵な二つ名だと思うわ」
半人前扱いされているようで釈然としないマルガレータとは違い、ミリアムは満面の笑みを浮かべながら周囲の声に答えていた。二つ名を持つ騎士は認められたという証であり、帝国騎士にとっては名誉なことなのだ。
「確かにそうだけど……一気に霞んだわね」
しばらく進んだ先で後方から上がった大歓声。それを聞いてマルガレータは小さな声でミリアムに囁いた。本命が入場したのである。
「ディアーナ様だ! こっちを向いて下さい」
「あれがエイミー様よ! 凛々しくて素敵な顔だわ」
「テレージア様もいるぞ! 皇妃様万歳!」
敗戦瀬戸際の帝国を立て直して圧倒的な勝利を飾った帝国騎士団長エイミー・ベンフォード。皇族でありながら常に戦場に立ち続けた第二皇女ディアーナ・ハウゼン。国を背負う皇妃でありながら戦場の最前線で槍を振るったテレージア・ハウゼン。その三人が帝都に入場してきたのである。
「凄い人気だな」
「これだけの大勝利を上げたのです。今や帝国の顔です」
後方を進む二人の騎士長――――べティーナ・オードリーとアレン・ブリュッケルは、帝都中に響き渡る大歓声にそんな声を上げた。その名前を知らない人間は今や帝国に一人もいないのだ。
「エイミー様も少しは笑って下さい。表情が硬いですよ」
「……これほどの賛辞には慣れていないもので。それにしてもディーは慣れたものね」
「忘れているのかもしれないけど、これでも皇族の一人だからね」
余裕の表情で手を振り微笑みを浮かべるテレージアとディアーナとは対照的に、エイミーの表情はどこまでも硬かった。それは珍しく彼女が緊張しているからであった。
「ふふ。これからが本番――――あら?」
これからのことをテレージアが話そうとしたその時、大通りに人が三人飛び出してきたのである。
「何をしている。そこで止まりなさい」
馬を止めたエイミーたちの前に出た親衛隊騎士たちが剣に手を掛けて制止するよう命じるが、その相手はキョトンとした表情で彼らを見上げていた。飛び出してきたのは子供だった。
「申し訳ございません。すぐに退かせますから」
すぐに親らしき人間たちが飛び出して来て頭を下げ子供たちを抱き上げようとしたが、それを止めたのは馬から降りて来たエイミーたちだった。
「可愛い子供たちですね」
帝国の英雄に声を掛けられた親たちは突然のことに声を出せなかったが子供たちは違った。ただ純粋に親たちが絶賛する憧れの人たちに感謝の言葉を述べたかったのである。
「馬をお願い。私たちはこの子たちと一緒に行くわ」
「それは楽しそうね。貴女が子供だった頃を思い出すわ。たまには甘えてもいいのよ?」
「もう子供ではありませんので」
親衛隊騎士に馬を任せたエイミーが子供の一人を抱き上げると、残る二人の子供をテレージアとディアーナが抱き上げた。
「先ほどよりも良い表情ですねエイミー様」
「子供は好きだわ。まだ何も知らない子供は特にね」
心の底から嬉しそうに笑うエイミーは、緊張のあまり動けなくなった親たちを立たせると、そのまま大通りを子供抱え親たちと話しながら進み始めた。その行動は臣民たちに好意的に受け取られた。帝国五大貴族の一員にして帝国騎士団長。今や絶大な権力を握る彼女が、平民に対しても分け隔てなく接する人物であるということが分かったからである。
「まずは礼を言いたい。君たちのお陰で帝国は滅ぶことなく戦争に勝利することが出来た」
凱旋を終えたエイミーは皇帝執務室に通されヘルムフリートたちと対面していた。現在の母であるエレノアと一緒にである。
「迅速な行動と適切な対策により北部の情勢は安定した。今後は南部の復興と帝国軍の再建を行うことになるだろう。もちろん北部の復興もだ。手を貸してくれるか?」
「お手伝いさせていただきます。帝国のために力を尽くすのは陛下に仕える貴族の務めですから」
「全員がそうなら話が早いのだがな」
エリノアの言葉にヘルムフリートは大きくため息を吐きだしながら、自分の隣に座る娘のリゼールに視線を向けた。
「お久しぶりですエリノア様。まずはお悔やみを申し上げます」
「ありがとうございますリゼール皇女殿下。ですが夫も騎士です。戦場で負った傷ならば本人も納得でしょう。それで何か動きがあったのですか?」
一瞬だけ悲しげな表情を浮かべたエリノアだったが、すぐにいつもの表情に戻って会話を続けた。
「動きの鈍かった中堅貴族の方々でしたが、ここに来て一気に動き出しました。当面の目的は活躍した方々と関係を持つことだと思われます。特に今回の戦争では多くの若い女性騎士が活躍しましたから」
「なるほど。生き残るために必死というわけですか。私は無駄なことだと思いますが。そこのところはどうなのでしょうか陛下」
そんな言葉と同時にヘルムフリートに視線を送ったエイミー。そんな彼女を見てヘルムフリートは胸の内に秘めていた想いを打ち明けた。
「帝国の腐敗は貴族の多さにある。私はこれを一掃したい。そのために皇帝となってから奮闘してきたが、結局は間に合わずにこうして多くの犠牲を生むこととなった」
「なるほど。それで陛下は何をお望みなのでしょうか?」
「帝国の再建だ。かつて最強を誇った帝国の力を取り戻す。それが叶えば君の望みも叶うだろう」
ヘルムフリートの言葉から彼が何を望んでいるのかを察したエイミーは、腰に差していた剣に手を掛けて考えを巡らせた。方法は複数存在するが、エイミーが得意とする方法はかなり危険な方法であり、間違いなく国を割ることになる。
「君の得意な方法で構わない。この惨状を見て私は悟った。もはや手段を選んでいる場合ではない」
「そうですか。ではお手伝いさせていただきます。私も味方は多い方が良いですからね」
エイミーの返答に満足したヘルムフリートが頷くのを見て、エリノアが静かにソファーから立ち上がった。
「では陛下。私たちはそろそろ失礼させて頂きます。今夜の戦勝パーティーに遅れてしまいますので」
「そうだったな。今夜は祝いの日だ。素敵な姿を楽しみにしている」
二人の会話を聞いたエイミーは、これまで一度も見せた事のない表情を浮かべた。それは動揺から生じるものであった。
「貴女でも緊張することがあるのね」
「着飾った場所には縁が無かったものですから」
「貴女も今ではベンフォード家の一員です。たまには剣を置いたらどう? 人生とは幸せを追い求めるものなのよ」
エリノアの言葉に黙り込んでしまったエイミーは、大きく肩を落とすと静かに立ち上がった。参加しないという選択肢は無い。ここで参加しなければ主催者である皇帝の顔に泥を塗ることになるからである。
「ご期待に答えられるとは思えませんが努力はしてみます」
最後に頭を下げたエイミーは、重い足を引きずるようにしてエリノアのあとに続き執務室を出て行ったのだった。これから始まる夜の集いに緊張しながら。




