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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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閑話・死闘を終えた女性騎士たち

 決戦を終え、戦後処理も一段落着いたバーデン平原。そこに展開する帝国騎士たちは、久々に訪れた平穏な時間を謳歌していた。


「それにしても……俺たちは実に恵まれているな」

「そうだな。確かに恵まれている。殺伐とした戦場にも救いはあったわけだからな」

「確かに和むな」


 平原に座って前方を眺める男性騎士たちの視線の先には多くの女性騎士たちがいた。彼女達は大きな布を広げ地面に座り、イレーネたちメイドが注いだ紅茶を飲みながら楽しげな表情で談笑に興じていた。


「しかし珍しい光景だな。あの子らが楽しげにしている様子は」

「まぁ武を馳せた騎士とはいえ、まだ十代の子供だ。お前の子供と歳は変わらないだろう」

「そうだな。あれが本来あるべき姿だ。戦い過ぎて忘れていたよ」


 最後の言葉を聞いた中年騎士たちは、全員が穏やかな表情を浮かべながらその光景を見守っていた。

彼女たちはこの帝国を支えた騎士であり、もはやこの中に彼女たちの名前を知らない者などいない。多くの激戦を駆け抜けて、多くの戦果を上げた歴戦の騎士なのだから。


「やはりあの子たちは笑っている顔が一番似合うな」

「そうだな。出来ることなら幸せになってもらいたいな」


 笑顔を見せながら話をする彼女たちを眺めながら、中年騎士たちは故郷の家族を思い出して空を見上げた。青く澄み渡った空はどこまでも続き、今日というの平穏な日々を彩っていた。




「それにしてもセリーヌの目が覚めて良かったわね」

「本当ですわ。一時はどうなるかと思いましたものね」


意識不明の状態が続いていたセリーヌであったが、彼女は二日前ようやく目を覚ました。どうやら峠は完全に越えたようで、復活後から食欲旺盛の姿を皆に披露したのである。


「それにしても久しぶりにゆっくり出来るわね」

「そうですね。戦争前が随分と懐かしく感じます」


 マルガレータの言葉に同意を示したミリアムは、ヴァルスの街にいた頃を思い出して目を細めた。蛮族の襲来から王国軍との激闘。途中では悪霊という存在にも出会った。はっきり言ってこの半年で、人生がひっくり返る体験を経験したのだ。物思いに耽るのも当然だった。


「それにしても私まで呼ばれて良かったのでしょうか?」


 そんな言葉を発したのは、居心地悪そうな表情を浮かべるクラリスだった。彼女としては敗北を喫した騎士として当然拘束されるものだと思っていたのだが、気付けばこの場に呼ばれていた。

 その疑問に答えたのはミリアムだった。彼女はかつての敵に柔らかな笑みを見せながらこう言った。


「エイミー様は言われました。『騎士として節度ある行動を心掛けよ』と。そして騎士長であるべティーナ様とアレン様が決定を下されました。私たちはそれに従うだけです」


 エイミーとアルフォンスが決闘を行ったあと、アレンとベティーナは王国軍の武装解除のみを行った。よって王国軍の将兵たちは基本的にバーデン平原を自由に行動出来るのだが、それは彼らへの配慮というわけでは無かった。捕虜として扱うにはあまりに数が多すぎたのである。

 降伏した王国軍は約三万七千人。それを捕虜として扱うには人数が足りなかったのである。決戦は終了したが、王国軍の敗残兵は未だに帝国各地に散らばっており、そちらに戦力を割く必要があったのである。


「それに戦闘は終わりました。ですからこうして談笑する機会を設けたのです。まずは敵を知ることから始まないと。知らないということはそれだけで恐怖ですから」


 微笑を浮かべたまま言葉を発するミリアムに、クラリスは何とも言えない心境だった。どう見ても年下の相手から漏れたその言葉は、少なからず今回の核心を突いていたからである。

 ――――ザールラント帝国。それは大陸最強の軍事国家でありながら、今まで大陸の動乱に関心を持っていなかった国だが、隣国に強大な軍事国家が存在するということは恐怖でしかない。それも不気味な程に静かなのだ。その軍事力がいつ国境を越えて来るか分からない。何せ相手の考えが分からないのだから。


「確かにお互いをもっと知っていれば、この様な戦争は避けられたでしょう」


 新興貴族による発言も、帝国を理解していれば当然否定することが出来た。この帝国が外の世界に興味を持っていないことを知っていれば。


「それはお互い様ですよ。王国軍は人の皮を被った魔獣。多くの人間がそう信じていました。何せ最初に侵攻してきた王国軍はやりたい放題でしたからね」

「それについては本当に申し訳ないことをしたと思っています」


 謝りたい気持ちを抱いていたクラリスが頭を下げると、マルガレータが苦笑いしながら彼女に告げた。それは真実であり、正直な気持ちでもあった。


「貴女が謝る必要はないです。最初に侵攻してきた敵の多くは報いを受けました。団長の怒りを買って」


 当初侵攻した王国軍は、その殆どが壊滅的損害を被った。容赦も慈悲も無いエイミーの命令によって。捕虜となった者も、指揮官や貴族たちは二度と祖国の地を踏むことは無いはずであった。


『略奪や虐殺を指示した敵に情けは必要ないでしょう』


 普段と変わらぬ表情でそう告げたエイミーの指示によって、彼らは帝都に送られることになった。そこで待つのは牢獄の番人である尋問官である。生き残ったとしても、まともな精神でいられるはずもない。もはや彼らは死んだも同然なのだ。


「…………暗い話は終わりにしましょう。今日はお互いを知る集まりなのですから」


 何となく重苦しい空気になりかけた雰囲気を察したミリアムは強引に話題を変えた。そんな話は今日でなくても構わないのだ。何故なら帝国と王国の関係を少しでも良くする。それがミリアムがこの場を設けた理由なのだ。


「とりあえず自己紹介から始めましょう」


 そう告げたミリアムはすぐに自己紹介を始めた。たがそれを聞いたクラリスは、すぐに衝撃を受けることとなった。あまりに違う王国と帝国の現実に。

 

「侯爵令嬢に伯爵令嬢…………。失礼ですが、帝国では一般的なことなのでしょうか? 貴族の娘が騎士になるのは」


 王国では貴族の娘が騎士になるのは一般的では無い。特に伯爵家以上の娘が騎士になることはまず存在しない。クラリスは例外中の例外だった。


「えっと……普通のことでは無いですか? 何せ我が国は皇妃であるテレージア様も騎士ですから」


 会戦の時、最前線で戦っていた方です。最後にそう付け加えたミリアムの言葉に、クラリスは衝撃を隠せずにいた。そして思い出す。自身が敗れた敵も皇族だったことを。


「その……騎士になることをご家族の方は反対されなかったのですか?」


 その質問にミリアムとマルガレータは顔を見合わせた。ミリアムは反対された記憶は無かった。それどころか騎士になると告げたら喜ばれたのである。父親は生まれた子供が三人とも女であったため、武を学ばせることは諦めていたらしく、その喜びようは凄まじかった。


「反対されたことは無いですね。どの家も同じなのでは? 武を誉れとするのは帝国では当たり前のことですからね。結婚すら左右されますから」


 それに答えたマルガレータもミリアムと同じようなものだった。貴族的な趣味に興味を持てなかった彼女が騎士になると告げた時、母親が涙を流して喜んでいた。唯一父親だけが寂しそうにしていたが、それはあくまでも縁談を世話出来なくなるからであった。


「帝国において武は基本です。現皇妃様であるテレージア様は元々は男爵家の生まれですが、その才能を認められ皇太子であったヘルムフリート様と結ばれました。それに平民出身の騎士が要職に就くことも珍しいことではありません。現近衛騎士総長であるリヒャルダ様も平民出身ですからね」


 聞けば聞くほど信じられない話にクラリスの頭は爆発寸前だった。王国において身分制度は絶対だ。そして要職に就くのは絶対に貴族である。何よりも信じられないのは女性騎士の多さと役職に就いている高さであった。


「アデーレ様も良かったら紅茶をいかがですか? 貴女もどうです?」


 クラリスが考え事をしていると、ミリアムが通りかかったアデーレに声を掛けた。


「紅茶ですか? そうですね…………お邪魔で無いのならば頂きましょうか」


 先に座っていた王国騎士を一瞥したアデーレ。一方のクラリスは、どこか仏頂面で自分を見据えた彼女に冷たい印象を覚えた。


「私に遠慮しないで頂きたい。所詮は敗北した騎士ですから」

「いや……そんなつもりでは無かったのですが」


 クラリスの自虐的な台詞に、アデーレは表情を変えずに言葉を紡いだ。実際のところ、彼女は非常に勘違いされやすい人間だった。彼女は殆ど感情を表に出さないのである。淡々と任務を遂行して、必要なこと以外はあまり口にしないのである。ただその実力は本物である。


「こう見えてもアデーレ様は優しい方なのですよ? 実際に彼女に憧れる女性騎士も多いのです。新人騎士の指導なども丁寧ですからね」

「……からかうのは止めて下さい。私は自分に出来ることをしているだけですから」

「しかしその実力は本物です。聞いたところによれば、蛮族の再侵攻を何度も防衛したと。エイミー様が副隊長に任命したのも納得ですわ」

「装備も戦略も持たない蛮族など、数が揃えば大した敵ではありません」


 一時期の間カッセル防衛を担当していたアデーレは、再侵攻して来る蛮族を何度も撃退した。その結果として今では蛮族の侵攻も止んでおり北部は平穏を取り戻していた。

 ただ彼女から見れば大した敵では無くとも、その戦いに参加していた騎士たちに言わせれば激戦に次ぐ激戦だった。数で攻め込んでくる蛮族は強大な敵であり、侮れるような敵では無かったのである。実力がある彼女だからこそ言える台詞であった。


「私としては王国軍の方が強敵でした。特に貴女たちは強敵だった。普通に激突すれば、帝国側は敗北していたでしょう」


 クラリスの顔を見て告げたアデーレの言葉にミリアムとマルガレータも同意見だった。決戦に勝利出来たのは、間違いなくエイミーの作戦があったからであった。純粋に騎士として戦えば、経験に劣る帝国が敗北していたのは確実だった。


「実際に我が軍の第一陣は突破され、第二陣も戦線を支えきれなかった。仮に大砲が無かった場合、装甲騎士団の突撃によって前線は蹂躙され本陣まで攻め込まれたでしょう。個々の力は互角でも、集団戦にはまだまだ課題が残ります」


 先の会戦を冷静に分析するアデーレ。それを聞いていたミリアムはやはり本物だと実感し、クラリスは優秀な人間だと思っていた。勝利に驕ることなく、彼女は問題点を指摘したのだ。


「こんな天気の良い日に難しい話は良くないわ」


 話が再び重い話題になりかけたその時、背後からそんな声が掛けられた。全員が振り返えると、そこにはテレージアがいた。


「私たちもご一緒しても良いかしら?」

「もちろんです」


 簡潔に答えたミリアムが場所を空けると、テレージアはクラリスを見つめて自己紹介をした。まさかの皇妃の登場に慌てたクラリスだったが、テレージアは微笑みながら告げた。


「堅苦しい挨拶は不要ですよ。ここは騎士の集まる場所。肩書など戦場では役に立ちませんからね」

「そ……そうですか」


 どこまでも王国と違う雰囲気にクラリスの価値観は崩壊寸前だった。それと同時にこうも思っていた。なぜ王国はこうまで帝国と違うのかと。


「そういえばエイミー様はご一緒では?」

「エイミー様なら夫とアルフォンス様とご一緒ですよ。今後の話を詰めている最中です」


 今後の話。それを聞いてクラリスはこれから先のことに不安を覚えた。今や王国に国を守れる戦力は無いのだ。そして帝国がその気になれば王国を潰せるのだ。そんな不安を見透かしたのか、テレージアが優しげな口調で告げた。


「安心なさい。きっと悪いようにはならないわ」


 今後の展開を聞いているテレージアはそう告げると、心の中でエイミーをことを考えた。


(本当に……彼女はどこまで世界を見通しているのでしょうね)


 小さな笑顔を見せたテレージアの様子から、帝国女性騎士の三人はそれが事実なのだろうと察した。









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