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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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終戦

◆ソフィア聖王国 聖都バスチーユ◆


 ソフィア聖王国の聖女。それは国の最高権力者である王であり、教会の最高位聖職である教皇であり、教会騎士団を束ねる騎士総長でもある。女王という立場だけでも大変なのに、他にも二つの組織のトップに立つ彼女は常に忙しい。裁いても途切れることの無い案件の数々。貴族との面会。いつもは休むことなく仕事を片付けていくのだがこの日は違った。


「困ったことだ。これさえなければ良い指導者なのだが」

「そうだのう。前回は確か…………いつじゃったかな?」

「前回はレアーヌ王国と同盟を締結した時です」


 王宮の廊下を歩く二人の男性が困った顔で言葉を述べると、隣を歩いていた女性が考えることも無くその疑問に答えた。二人の男性は騎士総長代理と教皇代理。女性の方はこの国の宰相であった。

 全員が問題にしていたのは、執務を放りだした聖女についてであった。前触れも無く私室に籠って仕事を放り出すことがある彼女。ただ厄介なのは、彼女が嫌になって仕事を放り出しているわけではないことである。


「今度の理由は何だ?」

「間違いなく帝国と王国の間で結ばれた講和でしょう」

「そうじゃな。あの講和の内容はあまりに不自然じゃからの」


 聖女が執務を放棄して私室に引き籠る時は、何か不測の事態が国や大陸に起こった時である。丸一に私室に籠ったかと思うと、彼女は突拍子もない策を実行に移すのである。前回は同盟の締結と反対派の大粛清を行い国は救われたが、心臓に悪い出来事だったのはいうまでも無い。


「また突拍子もないことを始めなければ良いが」

「期待しない方がいいじゃろうな」

「そうですね。心の準備はしておく必要があるでしょう」


 嫌な予感を拭えないまま、三人は聖女の私室へと歩みを進めた。執務を放り出した彼女に会わないことには何も始まらない。さらに執務が滞れば国の運営に支障が出る。この国は舵取りを少しでも間違えれば簡単に沈んでしまうほど脆い国家なのだ。だからこそ、一刻も早く戻ってもらう必要があるのだ。




「……あの講和の内容をどう思った?」


 私室に通された三人は、高級な椅子に座りテーブルに置かれた紅茶を眺めながら聖女の質問にどう答えようかと考えていた。もっとも質問した聖女はベッドの上で枕に顔を埋めていたため、その表情が分からなかった。ただ声から想像するに、険しい顔つきなのは簡単に予想出来た。

 

「帝国は譲歩し過ぎだと感じました。これでは引き分けと同じです」


 帝国と王国の間で結ばれた講和条約。その内容はあまりに帝国が譲歩したものとなっていた。勝者であるはずの帝国が王国に求めたものはあまりに少ないのだ。騎士総長代理の考えは間違いではない。


「そうね。どうしてあんな内容なのだと思う?」

「外交を行って来なかった帝国が、交渉を有利に進められなかったとも考えられるがのう」

「確かに王国の外交力は高い。その可能性もあるだろう」

「しかし帝国の外交能力は未知数です。仮に外交能力が低いとしても、王太子を討ち取り決戦でも王国を圧倒した。これだけの戦果があれば、無能な人間でももっと要求すると思いますが」

「つまり宰相殿は、帝国には何か狙いがあって譲歩したと言いたいのだな?」


 聖女の問いかけに、三人は次々に意見を述べていく。帝国が交渉の席で失敗したと考える教皇代理に賛同する騎士総長代理。それに反対するのは宰相である。どんなに外交が下手であっても、ここまで譲歩する国など存在しない。宰相の言うとおり、帝国は多大な戦果を上げたのだ。


「狙いか……。少し整理しましょう。帝国に狙いがあるかは措いて、この講和によって何が起こるかしら?」

「少なくとも当初想定していたような中央部での大規模な戦争は、すぐには起こらないじゃろうな」

「そうだな。戦力を消耗したとはいえ、装甲騎士団を始め多くの領主軍が本国に戻ることになる。本国の守りは厚くなり、容易く侵攻することは不可能になる」

「つまり王国は一時的にせよ、帝国のお陰で滅亡から逃れたことになります」


 三人の意見を聞いた聖女は、しばらく無言で思考に没頭した。講和の締結によって、王国軍は帝国領内から追い出されることとなった。それは侵攻した全ての戦力である。つまり総戦力二十万の内、生き残った約十三万であり、その中には捕虜となっていた騎士や兵士も含まれていた。


「帝国が提示した講和の条件は王国軍の即時撤退。それと侵攻して虐殺や略奪を働いた新興貴族の身柄の引き渡しのみ。確かにこれだけ見れば帝国は随分と譲歩した様に見えるわ。確かにね」


 枕から顔を上げた聖女は三人を見据えながらそう呟いた。戦争に勝つには武力だけでは足りない。それを効果的に使う能力が必要になる。どこで、何を、どうするのか。作戦とそれを統率する指揮官がいて初めて軍は力を発揮する。無能な人間では戦争には勝てないのだ。


「あなたの言うとおり、帝国は何か狙いがあってこの講和を結んだと思う。たぶん帝国はこれまでの方針を転換してくるわ。きっと今後は外に目を向ける。この戦争によって帝国は生まれ変わり、もはや時代に取り残された古き帝国では無くなる。名実共に大陸最強の軍事国家として、この世界に目を向けるのよ」


 この戦争で帝国は多くの英雄を生み出した。その中でも反撃の狼煙を上げた新たな帝国騎士団長は別格だ。あの状況から帝国を勝利に導いた。それは運だけで成せるものでは無い。実力があって初めて成せるものである。


「王国は獅子を眠りから覚ました。もしその獅子が大陸の覇権を望めばこの世界は荒廃するわ」


 懸念を露にする聖女だったが、それは残る三人も同じだった。大陸西部を統べるロシュエルと大陸東部を統べるザールラントが激突すれば、これまで以上の戦争が起こることになる。そうなれば中部に存在する弱小国家に生き残る術などないのだ。


「…………帝国と話したいわね」


 重苦しい空気が漂い始めたその時、何かを思いついたかのように聖女がそんな言葉を漏らした。これを聞いて三人は驚愕の表情を浮かべて顔を見合わせた。これは非常にまずい展開だからである。


「話したいとは申されても、帝国とは国交がありませんぞ。まずは使者を送るべきじゃろう」

「それ以前に帝国と接触したら、レアーヌやフロレスが黙っていないだろう」

「そうです。一応、我々は対帝国の同盟を組んでいるわけですから」


 口々に聖女の考えを否定する三人に、彼女は仏頂面になりながら答えた。彼女とてその行動が何を招くかは承知しているのだ。


「馬鹿にしているの? それくらい分かっているわよ」


 ふてくされた表情で告げた今の聖女を見れば、貴族たちは揃って目を丸くしただろう。それだけ珍しい光景なのだが、実際三人にとっては見慣れたものであった。

『冬の女』と恐れられる聖女だが、彼女も一人の女性でしかない。怒りもすれば笑いもする。違うのは彼女が大きな権力と類い稀なる才能を持つということだけ。


「はぁ……帝国が味方になってくれれば、この地域もある程度安定するはずなんだけどなぁ」


 そんな聖女の言葉に三人は何も言えなかった。今の時代、強大な国に対抗するには同じように力を持つしか方法が無い。だがソフィア聖王国は軍事力の面では周辺国に後れを取っている。生き残って来れたのは情報を生かして外交に反映させ敵の敵と手を結んだ結果であるが、それは根本的な解決にはならない。裏切られる可能性は常に付きまとうのだから。








◆ザールラント帝国フルダ辺境伯領 ローデンブルグ◆



「結構苦労したんだがな。壊れる時は一瞬だな」


 会戦終結後、エイミーの許可を受けたアウレールは五千の騎士を率いて自分の領地へと戻っていた。決死の抵抗を見せたローデンブルグの街は壊滅的被害を受けており、あらゆるものが王国軍によって略奪されていた。


「騎士の遺体は丁寧に葬ってやって――――言わなくても分かっているか」


 街の至る所に転がっていた騎士の遺体。それを見た騎士たちは誰もが深く祈りを捧げてから、遺体の搬送を行っていた。住民を逃がす為に勝ち目の無い戦いに身を投じたローデンブルグ騎士隊。同じ騎士として誰もが彼らの行為に敬意を抱いていたのである。


「……お前たちのお陰で、私は一番大切な財産を失わずに済んだ。ありがとう」


 壊れた建物は直せばいい。奪われた物はまた集めればいい。だが住民の命はどうにもならない。死んでしまえば二度と帰って来ることは無いのだ。彼らがいれば街は復興出来る。だからアウレールは本心から散っていった仲間に感謝を述べた。


「さて、仕事は山積みだな。住民を戻して街を再建して領を立て直す。何年掛かることやら」


 被害を受けた街を眺めながら、アウレールは遠くで指示を出している妻シャスティルに視線を向けた。


「本当に帝国の女性は勇猛な人間が多いな」


 皇妃に皇女に騎士団長。他にも数え切れない女性騎士がこの戦争で活躍した。怯えていた道楽貴族連中に見習わせたい程である。そして今やシャスティルも前線に立つ様になった。

 もちろん武の才能など殆ど無い彼女が剣を振るったりはしない。戦場に立ち味方を鼓舞することで存在感を発揮したのだ。彼女には分かっていた。自分が戦場に立てばどういう効果があるのかを。


「道楽貴族連中も見習っておけば、少しは言い訳出来ただろうに」


 領主軍派遣を決めた道楽貴族たちであったが、その領主軍が決戦に間に合うことは無かった。彼らの行軍速度はあまりに遅かったのである。流れを見極められなかった彼らは今後、帝国内で様々な非難に晒されるはずである。


「しかし自業自得だな。これで少しは改革もやり易くなるだろう」


 彼らに同情するつもりも無いアウレールは、今後の領地経営を考えるために自分の屋敷へと歩き始めた。もっとも今戻ったところで、屋敷には何も残ってはいないだろうが。


「ベッドくらいは残っていることを祈るか」


 そんなことを呟きながら屋敷に戻ったアウレールは翌日、王国と帝国の間に終戦協定が締結されたことを知った。

 これにより戦争は終結。帝国における一連の動乱は終わりを迎えたのであった。





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