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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
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未来への不安

 太陽が沈んだのは随分前のこと。漆黒の闇がバーデン平原を包む中、アレクシスは一人エイミーの天幕にいた。夜着に身を包む彼女は湯浴みを終えたばかりなのか、覗く白い肌が薄らと火照っていた。

 遅い時間で天幕の中には二人っきり。若い騎士なら理性を抑えられないかもしれないが、今のアレクシスにとって重要なのはそこでは無かった。彼女が放った言葉が重要だったのである。


「何だと? 本気なのか?」


 エイミーの話を聞いたアレクシスは、驚きのあまりそれ以上言葉を発することが出来なかった。あまりに急な話に頭が追い付いて行かなかったのである。


「本気よ。帝国騎士団長の座をあなたに譲るわ。あなたなら適任でしょうから」


 話について行けないアレクシスは未だに呆然とした表情でエイミーを見据えていた。その様子に苦笑いを浮かべた彼女は、足元に座っていた白狼の頭を撫でながら話を続けた。


「もちろんすぐにでは無いわ。しっかりと戦後処理を終えて、帝国軍再建の道筋をつけてから引き継いでもらうつもりよ」

「なぜだ? 君ほどの人間だ。重圧から逃げるためではないだろう」


 エイミーという少女を間近で見て来たアレクシスは、彼女が重圧から逃れるためにその様なことを言っているわけではないことは理解していた。これまでも多くの苦悩を抱えながら、ここまで辿り着いた彼女である。そこにはもっと違う理由があるはずだ。そう確信してアレクシスは尋ねていた。


「帝国での戦争は終わるわ。でも大陸の状況は何も変わっていない。いえ……むしろ悪化したと言っても間違いではないわ。このレアーヌの敗北によって大陸中央部の情勢は近いうちに激変するわ。特に五大国の一つであるフロレス王国は絶対に動き始める。私はこう考えている。この帝国における動乱は大陸中央部の均衡を崩すために仕組まれたのではないかと」


 ようやく思考が回復してきたアレクシスは、エイミーの話を聞きながら大陸中央部に存在する国を思い出していた。レアーヌ王国・フロレス王国・ソフィア聖王国・ローランド王国・ビトリア都市同盟・自由都市連合など他にも複数の国が存在するのが大陸中央部である。


「近年は大規模な戦争が起こっていなかった。それはレアーヌという国が強大であり、武力によって他国に影響力を行使してきたから。でもこの敗北によってその優位性は失われた。各国はこう考えるわ。今ならレアーヌを――――」

「滅ぼすことが出来る。周辺国は報復の機会を得たというわけか」

「この動乱を仕掛けた黒幕にとっては、どちらが勝つかは重要では無かった。重要なのはレアーヌ王国が帝国に侵攻して消耗することであり、この結果は想像した以上のものでしょう」

「つまり何か? 俺たちはその黒幕に踊らされて計画の手伝いをしたというわけか?」


 エイミーの話はある程度理解は出来るが、それでも納得出来るものでは無かった。国を守るために命を懸けて戦い、多くの騎士がその命を散らして勝利を得たのだ。だがそれが何者かの陰謀で、その手伝いをしたかと思うと腹が立つのは当然であり、到底受け入れたくないことであった。


「その通りよ。でもこれ以上踊らされるのは私もごめんだわ。だから少しだけ反撃してやろうと思う。もっとも時間稼ぎにしかならないから、根本的な対策を講じる必要がある。そのためにも情報を集める必要があるわ。でも帝国の中にいてはそれは難しい。だからあなたに団長の座を引き継いでもらいたい」

「…………本気なんだな?」


 その目をじっと見つめて問いかけたアレクシスに、エイミーはただ無言で頷いて見せた。瞳を見れば冗談では無いことはすぐに分かる。あとは自身の問題だ。


「……帝国騎士団長か」


 騎士であれば誰もが憧れるその肩書は、生半可な気持ちで務まるものではない。総勢十万を擁する帝国騎士団の頂点であり、今や帝国を守護する最後の盾でもある。帝国軍は崩壊して、領主軍の多くは保身を優先している。もちろんこの戦争によって騎士団も大きく傷を負った。再編するにも時間が必要だ。


「責任重大だな」


 騎士団を再建して今よりも強力に。戦争が完全に終われば、それが今後の騎士団長に課される使命である。これまでと違い、ただ剣を振るっていればいいという話では無い。戦いの場の多くは社交の場や政治の場になる。そこは腹を探り合う陰謀渦巻く場所だ。


「まぁすぐに決めて欲しいわけじゃないわ。少し考えてもらいたいのよ」


 険しい表情で悩むアレクシスをしばらく眺めていたエイミーは、不意に表情を緩めると立ち上がって寝る準備を始めた。


「何だ寝るのか?」

「えぇ。ここ最近忙しかったから。少しは気分良く寝たいわ」


 白狼をしっかりと抱きしめて背中に顔を埋めるエイミーは、どこから見てもペットを可愛がる少女そのものである。


「確かにな。では俺も失礼するよ」

「おやすみなさい」

「…………先が思いやられる娘だな」


 男の目も気にせず横になるエイミーを見て、ため息が漏れたアレクシス。だが白狼を抱きしめながら幸せそうに目を閉じる彼女の姿に自分の娘の姿を重ねた彼は、静かにその場から立ち去ったのだった。




「…………本当にごめんなさいね」


 負傷した騎士たちが集められた天幕でセリーヌを眺めるテレージアは、悲しげな表情を浮かべていた。簡易ベッドで眠るセリーヌは包帯を巻かれていたが、至る所が血で滲んでいた。その傷はあの砲撃の嵐でテレージアを庇った時に負ったものだった。


「このままいなくなるなんて…………私は許さないわよ。まだお礼を言ってないんだから」


 椅子に座りながら一筋の涙を零したテレージアの姿を見て、見舞いに来ていたロイドとアベルはそのまま天幕をあとにした。


「それにしても……カッセル騎士隊も遠くまで来たものですね」

「そうだな。三人にまで減ってしまったがな」


 帝国最北の騎士隊カッセル。帝国でも知名度の低い騎士隊であった。だが今や皇妃が仲間のために涙を流してくれているのだ。アベルの遠くまで来たのという言葉にも頷ける。だがそこまでに払った犠牲はあまりにも大きい。


「…………自分が最前線で戦えば良かった。そんな顔をしているな」


 同じ村の出身であり互いに騎士を目指してきたアベルとセリーヌ。その彼女が死の淵に立たされているのだ。代われるものなら代わってやりたい。それがアベルの本心であった。だがそれは無理な話である。どれだけ悔やんでみても過去には戻れない。起きた事実は変えられないのだ。


「セリーヌは家族みたいな存在です。いつもそばにいて、騎士隊まで一緒にいるのが当たり前。でも今は違う。死ぬかもしれません」


 話によればセリーヌは重傷とのことだった。多くの負傷者を見て来たフリーデとイレーネはもちろん、戦場を巡っていたエイミーも彼女の傷を見て険しい表情を浮かべていた。


「彼女は大丈夫だ。必ず目を覚ます。あのロッテがそばにいるからな」


 蛮族の追撃を一時的に食い止めたロッテ・バルツァー。今のセリーヌには彼女の加護が宿っていると本気でロイドは考えていた。最前線で戦い続け、あの砲撃の嵐ですら死ぬことは無かった。簡単に死んだりはしない。そう信じていた。


(頼むロッテ。どうか彼女を助けてやってくれ)


 これ以上、戦友を失いたくない。祈るような気持ちで願ったロイドは、アベルを連れて自分たちの天幕へと歩みを進めた。すでに夜は更けている。早く寝ないと明日に差し障ることになる。戦いは終わっても戦争自体は完全に終わったわけではないのだ。




「…………ロシュエルの目的は大陸の覇権をその手に握ること。では悪霊の目的は?」


 アレクシスが立ち去ったあと、体を起こしたエイミーは言葉を呟きながら自問自答していた。動乱の陰で蠢くかつての敵は、何か目的があって帝国に来ていた。それを彼女は考えていた。


「悪霊の目的は悪神の復活。それと力を取り戻すこと。力を戻す方法は? 復活方法は?」


 記憶を探るエイミーは、目を閉じながら膨大な記憶を探った。それは百人以上の人生の記憶であり、大陸の歴史でもある。願いのために戦い続けた継承者の記憶は、どれも血に塗れた悲劇と惨劇の目を覆いたくなる記憶だ。


「そうか…………封印魔法陣の破壊。必要なのはその地域の負の力だ。だから手を貸している」


 エミリア・ロザンヌとアリス・コールフイールド。そして五人の聖騎士によって大陸全土に設置された封印魔法陣は、冥府の世界から流れる負の魔力を抑え込んでいる。もっとも全てを抑え込むことは不可能であったため、世界には負の魔力の影響を受けた魔獣が存在して精霊が姿を消したのである。


「もっと仲間が欲しい。このままでは絶対に勝てないわ」


 敵を殲滅するだけならエイミーだけでも何とかなるかもしれない。だが彼女が望む勝利はそんなものではないのだ。その先の世界――――継承者たちが夢見て来た世界を実現すること。そこに辿り着いて初めて勝利と呼べるのだ。そこに辿り着くには、帝国の仲間だけでは足りない。大陸中に仲間が必要なのだ。


「殺さなければ救われない世界なんて…………」


 掲げた左手の拳を強く握り締めたエイミーは、これまでしてきたことを振り返りながら自分に言い聞かせるように言葉を発した。

 自分を守るために人を殺した。仲間を守るために敵を殺した。無力な者を守るために仲間を死地に向かわせた。もはやこの手は多くの血に染まっている。そんな手で求めるのは許されないのかもしれない。それでも求めるのだ。


「私は認めない。絶対にっ!」


 多くの継承者が苦悩しながら前に進んで来たことを知っているから。何のために多くの命が失われたかを知っているから。その犠牲を無駄には出来ない。自分が歩いている道は、その犠牲の上に築かれた道なのだから。

 

「もう失敗は許されない。きっと……継承者は私で――――」


 小さな声で呟いたエイミーは、その責任の重さを噛みしめながら白狼を優しく抱き締めた。確かな温もりを感じなければ押し潰されそうだったからである。過去の継承者で五大精霊全てを召喚した人物は一人もいない。死んだかつての英雄を召喚出来た人物もいない。だから彼女にはその確信があった。


「…………怖いよ」


 先の見えない未来に不安を漏らしたエイミーは、そのまま白狼の背中に顔を埋めて何度も同じ言葉を呟いた。そしてその言葉を白狼は身動きせずにじっと聞いていた。彼女の心が落ち着き、眠るまでずっと。







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