思惑
ザールラント帝国とレアーヌ王国の決戦。その勝敗の結果を知った近隣諸国はすぐさま動き出した。
特にレアーヌ王国を中心として形勢されていた対帝国連合構成国――――ソフィア聖王国・ローランド王国・フロレス王国の三か国の動きは素早かった。
◆ソフィア聖王国 聖都バスチーユ◆
ソフィア聖王国は聖女と呼ばれる存在が国を治める宗教国家であり、イシュタルを神と崇めるヨハネス教団とは長らく対立してきた歴史が存在する。故に総本山が置かれるフロレス王国とは敵対関係にあり、動乱が始まってからは何度も刃を交わしたことがある。
だが四年前に起こったフロレス・ローランド連合軍の同時侵攻によって国は窮地に立たされ、聖女が対帝国連合としてレアーヌと同盟を結ぶことで窮地を脱したのである。
「会戦に敗北したのです。援軍を出す必要はもはや無いと思われますが?」
「だが要請が来たのだ。同盟を結んでいる以上は派遣しなければならないだろう」
「今さら援軍を出せば、今度は我が国が帝国の標的にされますぞ?」
「拒否すれば再び王国の脅威に晒されるぞ!」
「敗北した王国にはそれ程の力は残っていないと思うが?」
バーデン平原における決戦が開始される前、レアーヌ王国からは援軍の派遣を要請する使者がやって来ていた。これを受けソフィア聖王国は騎士団の派遣を決定したのだが、決戦に王国が敗れたとなれば話は別である。
貴族たちが互いに応酬し紛糾する会議。それを無言で眺めていた女性は小さくため息を吐いた。毎回繰り広げられる無意味な争いに苛立っていたのである。
(本当にどこまで無能なのかしら?)
対帝国連合の盟主たるレアーヌが負けた。それは新たな動乱を意味するのである。こんなくだらない話で時間を浪費している場合では無いのである。
「……死ねばいいのに」
無言を貫いていた最高権力者が漏らした言葉を聞いて、近くにいた側近たちは思わず言い争いを繰り広げる貴族たちに憐みの視線を向けた。
聖女――――国の基盤である教会と教会騎士団を支配する国の最高権力者。国民からも絶大な信頼を得ている存在ではあるが、彼女は決して慈愛に満ちた存在などではない。
「殺されたいのかしら? いい加減黙ってくれる?」
体から滲み出た出た魔力と共に発せられた言葉に、貴族たちは一斉に口を閉ざして自分たちが聖女の機嫌を損ねていたことをようやく理解した。聖女と呼ばれてはいるが、それは表の顔に過ぎない。この動乱の時代を生き抜くためには裏の顔も必要なのであり、彼女の裏の顔はとても聖女とはいえないものである。
彼女はレアーヌ王国と同盟を結ぶことを最後まで反対していた貴族を容赦なく叩き潰した。全く身に覚えの無い疑惑をかけて断罪したのである。親兄弟全てを含めて。
「……いいわ。それでローランドとフロレスはどうしているのかしら?」
今回だけは許してやる。そんな冷ややかな視線で貴族たちを見据えた聖女は、あからさまにため息を吐くと側近の一人に尋ねた。
「はい。ローランドはあくまでも同盟は帝国からの侵攻に備えるものであると宣言しており、援軍要請を拒否し中立の立場を貫く様です」
これを聞いた聖女は、やはりそうかと小さく言葉を発した。元々、対帝国連合を構成する国々は生き残るために同盟を結んだだけであり、レアーヌと本当の意味で友好的というわけではない。むしろ心の中では恨みを募らせている程である。
「そう。じゃあ問題はやはりフロレスになるわね」
「……どうしてそれを?」
話の続きを聞く前に聖女がそう発言したことにより、側近は困惑しながら言葉を返した。
「どうしても何も、少し考えれば馬鹿でも分かることでしょ?」
そんなことも分からない奴はいらない。まるでそう言いたげな聖女はその視線を貴族たちに移したが、幸いにもそこまで無能な貴族はいないようだった。
「フロレスも派遣はしないようです。ですが何やら怪しげな動きを見せているとの報告が上がっています。何か仕掛ける気かもしれません」
「軍を動かすつもりか……。それとも謀略でも仕掛けるつもりかしら。どちらにしろ厄介なことに変わりはないわね」
多くの国が存在する大陸中央部は、それだけ神経を尖らせる必要がある。隙を見せれば喰い殺される。まさに動乱の時代を象徴する危険地帯なのである。
そして今まさに強国レアーヌはザールラントに敗北したことで隙を見せた。これを見逃す程、この地域の国は甘くない。特に五大国に数えられるフロレス王国は必ず動きを見せるはずである。
「ローザンヌが消えたのは本当に痛いわね」
十年前まで存在していた女王を君主とした連合王国。その国は中央部における楔のような存在だった。強国ながら戦争を嫌い、仲介を頼まれればどんなところにも顔を出した。だがその存在を失ったことにより、大陸は完全に無法地帯と化してしまったのである。
(騎士女王……か)
聖女として彼女が国を率いることになったのはまだ十六歳の頃だった。先代の聖女が急死したために、後継者である彼女が急遽担ぎ出されたのである。多くの国の指導者が政治を知らない小娘と侮るなか、連合王国ローザンヌの女王だけは対等な立場で話をしてくれ、様々なことを教えてくれた。
『聖女様。上に立つ者は常に現実に目を向けることです。理想を求め追い続けることは悪くはありませんが、それは現実を理解していなければ実現しません』
『国を動かすのは私たちですが、国を存続させているのは民です。民を蔑ろにすれば、国は衰退して滅びます。互いを認め合うことです。聖女も女王も、民と同じ人なのですから』
『多くの仲間を作りなさい。味方ではありません。仲間です。味方は自分の損得で動く人間です。心を許せる仲間を得なさい』
(お母さんみたいで好きだったんだけどなぁ)
かつて交わした会話を思い出しながら、貴重な人材を失ったことに今さらながら惜しいと思う聖女は、険しい表情を浮かべながら玉座から立ち上がった。
「フロレスの動きをもっと詳しく調べなさい。あの国の動向は何一つ漏らさないように。それと援軍の派遣は中止する。今さら派遣して戦争を長引かせるのは得策ではないわ。それから先のことは帝国がどう動くのかを見て決定する。話は以上よ」
本人は気付いていなかったが、聖女は無意識のうちに貴族たちを威圧していた。だから彼らは聖女の不興を買ったと思い込み、彼女が立ち去るまで深く頭を下げ続けたのだった。
◆フロレス王国 王都セビリア◆
「老いたとはいえやはり帝国だったな。一時はどうなるかと思ったがな」
決戦の勝敗を聞いた国王は笑いを堪えながら宰相と言葉を交わしていた。王国の敗北という結果に満足していたからである。
「装甲騎士団まで投入して敗北を喫したとあっては、レアーヌもこれまでの様な強硬姿勢は取れないでしょうな」
戦争に勝利することによって他国を押さえ付けてきたレアーヌ王国。だがこの敗北によってそれは過去のものとなった。もはや武力によって他国を抑えることは不可能となった。
「王国との関係を考え直す時期かもしれないな」
「……それは手を切ることも含めてですか?」
フロレスは対帝国連合としてレアーヌと同盟を結んではいたが、それは帝国の脅威を名目にしたレアーヌ王国のための同盟でしかない。
「手を切るだと?」
宰相の言葉に国王は怪訝な顔で疑問の声を上げた。同盟締結以後、様々な名目でフロレスの富や資源がレアーヌに流れ続けたのだ。手を切るだけでは生温い。
「喰い殺すのさ」
それが当然の流れであるかのように告げた国王は、壁に張られた地図を眺めながら言葉を続けた。
「戦争によって王国軍は崩壊寸前だ。敗戦の責任を巡り貴族間の対立も激化するだろう。喰い殺す隙は充分にあると思うが?」
新興貴族と伝統貴族の確執は深刻であり有名な話だ。しかも戦争に負けたとなれは、これまでにない激しい対立が巻き起こるのは目に見えていた。さらに王国は軍事力そのものすら低下させた。これはまたとない機会なのである。
「他の友好国が見過ごすとは思えませんが」
「本気で言っているのか?」
宰相の疑問につい口調を強めて問い質した国王であったが、その表情を見ればすぐに本気の言葉でないことが分かった。他の国もフロレスと同じである。絶好の機会が訪れたと思っているのだ。
「ローランドもソフィアもレアーヌとは表面上の付き合いだけだ。まぁあの聖女が何を考えているのかは知らないがな」
ソフィア聖王国を統べる若き聖女。記憶が正しければ今年で二十六歳になる彼女は、忌々しいことに風と大地の精霊の加護を受け、しかも精霊を召喚出来る人物である。あの聖女のお陰で有利な戦況を覆されたことは数え切れない。
「……考えても仕方がないな。とにかく今はレアーヌだ。ようやく訪れた機会だ。楽しく踊ってもらおうじゃないか」
敗北したままでは五大国の威信に関わる。国王は不敵な笑みを浮かべ宰相を見据えると、彼も同じような笑みを浮かべていた。
「帝国は実にいい仕事をしてくれた。感謝しないとな」
レアーヌを蹂躙出来ることに喜びを隠せない国王であったが、その喜びが長く続くことは無かった。締結された講和の内容は、今の時代においてはあり得ない内容であったからである。それは勝者の権利を行使してきた国から見れば、まさに譲歩し過ぎの内容となっていた。
聖女様の登場。でも台詞は完全に暴君です(笑)




