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アグリジェント戦記  作者: 黒いたぬき
帝国解放編
91/173

帝国騎士団長対装甲騎士団長

主人公がようやく戦います。

「悪いな。こんなことを頼んで」

「構いませんよ。ただの小娘に負けたとあっては、王国将兵の方々も無念でしょうから」


 アルフォンスの言葉に笑顔で答えたエイミーは、会戦では一度も抜くことは無かった剣に手を掛けた。これを見たアルフォンスは、しっかりと剣を構えて戦闘態勢に入った。


「悪いですが、あなたを相手に手加減は出来そうにありません。死んでも恨まないで下さいね」


 エイミーは軽い口調でそんな言葉を紡いだが、心の中では静かに闘志を燃やしていた。纏う雰囲気と王国軍の期待に満ちた目を見れば、相当な実力を持っていることは簡単に想像出来た。何より王国最強と謳われる装甲騎士団の団長である。その地位は決して家柄で選ばれることは無い。言葉通り王国最強の騎士が選ばれるのである。


「頼んだのはこっちだ。恨んだりはしない。もっとも私が勝つことも考えられるが?」

「私も恨んだりはしませんよ」


 笑みを絶やさず言葉を続ける今のエイミーは、誰が見ても帝国全ての騎士を束ねる騎士団長という存在には見えなかった。見守る王国騎士たちはこれなら勝てると思っていたが、対峙するアルフォンスはそんな彼女を不気味に感じていたのだった。


「帝国騎士団長エイミー・ベンフォード・ステラ。参ります」

「王国装甲騎士団長アルフォンス・クラウリー・ロワール。全力で行くぞ」


 その言葉と同時に駆け出したアルフォンスとは対照的に、エイミーは一瞬にして火球を複数生み出す。その数と展開の速さに王国の将兵たちは驚きの声を上げたが、帝国騎士たちはこれぞ団長といった様子で声援を送っていた。


「舐めるなっ!」


 向かってくる火球を回避するアルフォンスであったが、眺めていた王国の者たちは冷や汗を流していた。複数展開すれば、威力は一発より劣るのが普通である。だが火球の威力はどれも凄まじく大地を深く抉る程だった。仮に人に当たれば木っ端微塵の威力なのである。

 しかしアルフォンスが怯むことは無い。装甲騎士団長という地位まで上り詰めたのは家柄では無く、その実力を認められた結果なのだ。この程度の攻撃で歩みを止める人間では無い。


「魔法に長けたことは理解した。ならば次は剣の腕を見せてもらう!」


 あっという間に間合いに飛び込んだアルフォンスは素早い動きでその剣を振り下ろしたが、エイミーは後方に飛び退きその斬撃を回避した。


「良い動きだが甘いっ!」


 アルフォンスは地面に刺さった剣をすぐに蹴り大地を抉って土を跳ね上げエイミーの視界を塞いだのである。そして僅かに動きを止めた一瞬の隙を付いて、アルフォンスは剣を水平に振り抜いた。


(間に合わない!)


 エイミーは瞬時にそう判断するとベンフォードの紋章が刻まれた短剣を抜いてその斬撃を受け止めた。だが鍛え抜かれたアルフォンスが放つ一撃はあまりに強力で、非力な彼女では受け止めることが出来なかった。


「「エイミー団長!」」


 横に勢いよく吹き飛ばされたエイミーが無様に地面へ転がるのを見て、悲壮な声を上げた帝国騎士たちであったが彼女はすぐに立ち上がってみせた。だが体勢が整うのをアルフォンスが待つことは無かった。彼は容赦なく斬撃を繰り出したのである。


「防御に徹するつもりか?」


 斬撃を捌き続けるエイミーに、アルフォンスは攻勢を強めながら問い掛ける。エイミーはそれを微笑みで返したが、内心ではどうしたものかと真剣に悩んでいた。

 装甲騎士団長を務めるだけあって、その斬撃は速く何より重かった。故にその剣を受け止めることは不可能であり、こうして捌く以外には対処法が存在しなかった。


(長期戦は不利ね。しかもさっきの一撃で……折れたわね)


 脇腹の痛みに顔を顰めそうになるエイミーであったが、それを彼女は強烈な意志で抑え込んだ。隙を見せれば負ける。戦っている相手はそういう相手なのである。


(勝機は一度…………距離を取ることさえ出来れば)


 アルフォンスの斬撃を捌き続ける右手は、その衝撃によって麻痺し始めていた。すぐに捌くことすら困難になるはずであった。もはや躊躇っている余裕は無い。


「では反撃させていただきます」


 エイミーは迷わず短剣を捨て去ると、大勢の男性騎士が観戦しているにも関わらず自ら騎士服のスカートを捲り上げ、太股部分に巻いてあったベルトから投剣を抜いた。


「ちっ! 投剣とは厄介な」


 飛んできた投剣を剣で捌いたアルフォンスは、エイミーの左手が右腰に吊していた剣に添えられていることに気付いた。


「〈全てを焼き払え〉」


 詠唱と呼ぶにはあまりに短い言葉と同時に鞘から抜かれた剣は、紅蓮の炎を宿していた。


「〈恵みを我が手に〉」


 火魔法に対して水魔法で対抗しようとしたアルフォンスだったが、剣に込められていた魔力が桁違いだった。激突した時の衝撃は凄まじく、アルフォンスは足に力を入れていたが踏ん張りきれずに吹き飛ばされることとなった。


「くっ……魔法では分が悪いな」


 受け身をとって衝撃を和らげ、すぐさま立ち上がったアルフォンスは思わず本音を洩らしていた。純粋な力ではアルフォンスに分があったが、そこに魔法を加えるとエイミーに分があった。


(あの剣…………どこかで)


 目の前で剣を軽く振って感触を確かめてたエイミーが剣を鞘に納めるのを見て、王国の者たちは怪訝な表情を浮かべるが、アルフォンスの意識は別のところを向いていた。彼女が持つ特殊な剣をその目で見たことがあったからである。


(子供の頃に外国で…………。確かあれは)


 長いブロンドの髪を長い漆黒の髪に。透き通るような青い瞳を燃えるような赤い瞳に。幼さが残る顔を成長させてみれば、それはかつて子供ながら見惚れた姿に重なる。

 今は滅び去った連合王国。その頂点に君臨していた――――『騎士女王』


「もしかして君は……あの連合王国の――――」


 だがその先の言葉は続かなかった。大地を蹴ったエイミーが一瞬にして間合いを詰めていたからである。左足を大きく前に踏み出し腰を深く沈め、右手を鞘に添えて左手で柄を握るエイミーは、言葉と同時に左手を僅かに動かした。アルフォンスは鞘から覗いた刃を見た瞬間、死を覚悟した。

 

「終わりだ」


 そこにいたのは幼い少女などではない。突き刺さるような鋭い視線に、愛らしい顔からは想像も出来ない低い声。纏う雰囲気はまさに歴戦の騎士そのものであった。そしてエイミーは躊躇うことなく剣を振り抜いた。手加減など出来る相手では無い。彼は確かに強敵だった。


「聖槍ならぬ聖剣だな」


 全てを切り裂く光魔法を宿した剣を、アレクシスはテレージアが行使する聖槍と同じだと感じてそう表現した。もっともその威力はテレージアが行使するものとは桁が違った。アルフォンスが瞬間的に繰り出した剣を破壊して着用する鎧すら切り裂いたその刃は、彼の体にまで達していたのである。


「……私の…………負けだ」


 膝を着いて胸の傷口を抑えるアルフォンスは、王国全ての人間に向けてそう告げた。まだ戦えると息巻く一部の王国軍――――特に伝統貴族たちを納得させるために行われた決闘。エイミーその全てをこの一戦で黙らせたのである。


「彼を死なせないで。これからの交渉に彼は絶対に必要だから」


 後方に控えていたフリーデとイレーネに厳しい口調で命じたエイミーは、その剣を王国軍に向けた。


「決戦に負け、大将同士の戦いでも王国軍は敗北した。潔く敗北を認めろ」


 実力を見せつけたエイミーの言葉に、もはや抵抗を継続しよと考える者はいなかった。バーデン平原における会戦は完全に終わったのである。


「分かっているとは思うが戦闘は終わりだ。降った者は丁重に扱え。恨みや怒りはあるだろうが、騎士として節度ある行動を心掛けろ。アレン、べティーナ。あとを頼む」


 二人の騎士長にこの場を任せることを告げたエイミーは、悠然と帝国軍の本陣へと戻って行った。その凛々しい後ろ姿を帝国騎士たちは尊敬の眼差しを以って見送った。


「馬鹿力にも程があるわよ。あぁ……痛い。痛くて泣きたい」


 そんなことは知らずに本心を漏らしたエイミーは、天幕に戻るとそこで待っていた白狼に抱きついて顔を深く埋めたのだった。


「痛すぎる…………。本当に泣きたくなってきたわ。慰めて頂戴」


 ようやく騎士の顔から少女の顔に戻ったエイミーは、最後は大好きな白狼に甘えて決戦の日を終えたのだった。この日、皇帝陛下の下に決戦勝利の報告が伝えられた。


「エイミー・ベンフォード……やってくれたか」


 執務室の椅子に背中を預けたヘルムフリートは、天井を見上げながら安堵の声を漏らした。もはや王国には帝国へ侵攻出来る程の戦力は残されていない。つまり戦争の主導権は王国から帝国へと完全に移ったことになる。


「リゼールをここに。それと親衛隊副隊長も頼む」


 控えていたメイド統括長のフィーナにそれだけ告げたヘルムフリートは、再び天井を見上げて決意を固めた。帝国の騎士たちは己が使命を文字通り命を懸けて果たした。そして決戦に勝利した今、戦いは剣から言葉――――外交の場へと移行することになる。


「王国相手にどこまで通用するか楽しみだな」


 自分の戦いが始まることに興奮を隠せないヘルムフリートは、いつの間にか不敵な笑みを浮かべていたのだった。





 




そろそろ番外編。どんな話にしようか悩んでおります。

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