会戦の終結
崩壊していく王国軍を眺めながら、アルフォンスは諦めに近い表情を浮かべていた。もはや決戦において帝国軍に大打撃を与えることは叶わない。それほどまでに王国軍は追い詰められているのだ。
(まさかあれ程の火力を投入するとは。俺が迂闊だったな)
エイミー・ベンフォードはこれまで戦ってきた敵とは違う。報告書を読んだ時からそれを理解していたつもりだった。あらゆる状況に対応して敵を殲滅する少女。なればこそ、こちらも手を変えるべきだったのだ。装甲騎士団を前面に出さずに敵を敗北させられる方法を模索するべきだったのだ。
「主力で敵を殲滅しようと固執した結果がこれか……」
敵の主力を殲滅するのは主力である装甲騎士団の役目であると考えたアルフォンス。対してエイミーは装甲騎士団とはまともに対峙せず、崩れた敵を掃討することを主力に求めたのである。
「これ以上の戦闘継続は困難だな」
精強さを誇る王国軍の精鋭だけあって、これだけ被害を受けても完全に崩壊したわけではなかった。必死に剣を振るい、何とか戦況を変えようと奮戦する者もいれば、仲間を集結させて指揮を回復させようと奮闘する者もいる。
だがそれ以上に帝国軍の勢いは凄まじいものであった。どれだけ味方が奮闘しようとも、あの勢いを止めるのは不可能である。全ての敵が攻勢に転じており、間もなく戦線は総崩れとなるはずだ。そうなれば王国軍は一人残らず討ち取られることになる。
「……潮時だな」
頭に降伏の二文字が浮かんだアルフォンスは、しばらく考えてから右手を空へと掲げた。王国軍全体の取り決めである信号魔法を打ち上げるためにである。それを放った瞬間、この戦争は王国の敗北で幕を閉じることになるのだ。
「…………あれは……」
その時、ある光景がアルフォンスの目に飛び込んで来た。戦場を駆ける漆黒の軍馬。その軍馬に跨る女性騎士は、向かってきた王国騎士を手にするランスで簡単に突き落としたのである。その女性騎士は長い金髪の髪を靡かせながら次の敵を探していたが、偶然その目が重なったのである。
「長いブロンドの髪……女性騎士…………獅子の紋章」
アルフォンスは目から飛び込んで来たその情報で相手が誰だかを察した。その相手は軍馬を彼の方に向けてそばまで歩み寄ると、馬上から声を掛けてきたのだった。
「話が通じそうな相手だな。王国軍の指揮官はどこだ?」
まだ少し幼さが残る少女ではあったが、そこからは想像も出来ない凛とした声で尋ねきた女性騎士に、アルフォンスは戸惑いながらも言葉を返した。
「指揮官に会ってどうする? 首でも討ち取るのか?」
「そんなものに興味は無い。私の目的はこの戦争を終わらせることだ。すでに会戦における勝利は誰が見ても明らかだ。戦い続けたところで、もはや王国側に得るものなどないだろう」
少女の言う通り、このまま戦闘を続けても得るものは何もない。ただ分からない。敵を完全に殲滅する機会を帝国は手に入れた。ならば問答無用で敵を滅ぼせばいいはずだ。目の前の少女の意図が読めず、アルフォンスは再度問いかけたのだった。
「君は王国に何を望む。勝者の権利として何を望むつもりだっ!」
(強い…………帝国騎士がこれほど強いとは)
クラリスは目の前で剣を構える女性騎士に対して、睨むような視線を向けながらそんなことを考えていた。世界は広いということを嫌でも痛感させられる。
(これが帝国の皇族……アリシア様とは大違いね)
目の前の栗毛の女性騎士が皇族だと気付いたのは刃を交えてすぐだった。胸に刻まれた薔薇の紋章。それが皇帝家の紋章だったからである。
「くっ……」
皇族がここまで強いというのはクラリスにとって予想外だった。情報収集は怠らなかった。帝国に勝利するためにあらゆる話を集めさせた。その結果、帝国の皇族はかなりの実力を持つ騎士だと分かった。だがそれを彼女は国民の印象を良くするための作り話だと結論付けた。
皇族が最前線で戦うなどあり得ない。何か不測の事態で皇族を失うことになれば国の一大事だ。そんな危険を冒す国など存在しないし、そもそも皇帝が許可しないはずだ。そう思い込んでいたからである。
(私の認識が間違っていたということね。王国を基準に考えるべきでは無かったわ)
レアーヌ王国の女性王族が武を学ぶことは絶対にあり得ない。女性の王族は将来に備えた結婚準備さえしておけば良いのである。それが王国の現実であり、根深い差別の温床にもなっている。王族さえ現実はそうなのだから、低い身分になればもっと酷いのが当然だ。
「負けるわけには……負ければ全てが終わってしまう!」
装甲騎士団副隊長の地位まで上り詰めたクラリスにとって負けは許されない。負けた瞬間、彼女は全てを失うことになる。恥辱を受けてまで生き延びたことも、裏切り者を殺し尽くしたことも、王国の敵を蹂躙してきたことも、全てはレアーヌという国に認めさせるためである。女性騎士は決して男性騎士に劣りはしないということを。
「私はここであなたを倒す。倒して道を切り開いてみせる!」
道を阻む者は全てなぎ倒す。自分の夢を掴むために、クラリスは得意の幻惑魔法を発動して大地を力強く蹴った。それはこれまでどの様な強敵にも通用してきた必殺の攻撃である。だが――――。
「私には通用しないわ」
その言葉と同時に目の前の栗毛の女性騎士は振り下ろさる剣に自身の剣を当てて斬撃を防いだ。何が起きたのか分からないクラリスは呆然としていたが、相手はそのまま巻き上げながら剣を振り抜いた。
クラリスの剣はそのまま高々と上空へと舞い上がり、やがて地面へと落下して突き刺さった。
「なぜ……分かったの?」
これまで破られたことの無い光の幻惑魔法。それが通用しなかったことに動揺するクラリスの言葉に、栗毛の女性騎士は少し考えてからそれに答えた。
「何の魔法を使ったのかは正直、私にはよく分からなかった。でも何かを発動したのは分かった。だから私は防御結界を張った。地面を見れば分かるわよ」
その言葉でクラリスは視線を地面に向けた。そこには一面薄い氷の膜が張られており、自分の足跡がしっかりと残っていた。
「目の前の敵は動いていないのに、足跡が残ることは絶対にないわ」
幻惑魔法の弱点は、掛けられた対象者が疑問を抱いた時点で効果が無くなることである。だがクラリスはそれを把握していなかった。今まで使用して敗れたことが無いので完璧なものだと思い込んでいたのである。
もちろん栗毛の女性騎士もその様な弱点は知らなかった。彼女はその魔法を発動した本当の目的は、効果範囲内に飛び込んで来た時点で足元を凍らせ動きを封じることだった。だから目の前にクラリスが迫っていることに気付いた時には心の底から驚いた。もっともそんなことを教える必要などない。
だから栗毛の女性騎士は微笑みながら最後にこう言った。
「ディアーナ・ハウゼン・ザールラント。それが私の名前です」
呆けるクラリスに名を告げたディアーナは、そのまま強烈な風魔法を放って彼女の意識を刈り取った。
「ふう。それにしてもあの魔法はなに? 本当に死ぬかと思った」
倒れた女性王国騎士を眺めながら、デイアーナは本心を吐きだしていた。この勝利はまさに偶然の産物だった。違う魔法を発動していれば、今頃は確実にあの世に旅立っていたはずである。
「それにしても早く降伏しないかしら」
戦場を眺めながら思わず呟いたその時、上空に一発の信号魔法が上がった。それは帝国側のものでは王国軍側のものであり、それを見た瞬間、王国の騎士や兵たちは口々に声を上げた。
「嘘だろう? 降伏するのか?」
「負けた? そんなはずは――――」
「冷静になれ。このまま戦っても死ぬだけだ」
「そうだ。俺たちはこの会戦に敗北したんだよ」
その信号魔法は王国軍に降伏を告げるものだった。これまで一回も放たれたことの無い信号魔法を見て動揺を隠せない王国軍であったが、続けて二発目の降伏を告げる信号魔法が舞い上がった。こうなればもはや現実を直視するしかなかった。王国軍は敗北したのであると。
信号魔法を見て動きを止めた王国軍。やがて王国騎士の一人が剣を捨てると、王国軍は次々と武器を捨て始めた。その光景に何が起きたのか理解出来ない帝国騎士たちは、しばらくの間警戒しながら佇んでいた。
「帝国の全騎士に告げる。この会戦は我がザールラント帝国の勝利である。王国軍の将兵に告げる。王国軍の指揮官アルフォンスは降伏した。武器を捨て降伏せよ。戦闘は終わった」
そんな場所に現れたのは漆黒の軍馬に跨るエイミーであった。彼女は隣に王国騎士を連れており、大きな声で戦闘終了を告げていた。それに合わせるように、その王国騎士も声を張り上げ告げた。
「装甲騎士団長アルフォンスの名において、王国全軍に対して戦闘終了を命じる。この会戦は我が軍の敗北である。武器を捨て帝国軍に従え。戦闘は終わりだっ!」
両軍の最高指揮官が戦闘終了を告げたことで、誰もが本当に戦闘は終わったのだと知った。勝利に喜ぶ帝国騎士たちや敗北に悔しさを滲ませる王国騎士たち。そんな光景を馬上から無言で眺めていたアルフォンスは、隣で同じように戦場を見つめるエイミーに声を掛けた。
「あの話…………本当に間違いはないのか?」
確認するようにそう尋ねたアルフォンス。彼が降伏を選択したのにはある理由があった。
『この戦争……仕組まれたとは思いませんか?』
勝者の権利として何を望むのかと尋ねた時、エイミーはそれには答えず逆に質問を返した。その言葉を聞いたアルフォンスはすぐに反論することが出来なかった。確かに思い当たる節はあった。この戦争は今までレアーヌが行ってきた戦争とは違ったからである。
そんな無言になったアルフォンスに、エイミーは厳しい表情を浮かべながら言葉を発したのであった。
『どうやら……あなたの国にも裏切り者がいるようですね』
そう告げたエイミーは帝国に何が起きたのかを説明した。それは王国にとっても無関係ではいられない出来事であった。




